湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

旧会津藩領の山郷の農家に馬鹿にされる会津農書・・・

2017年04月19日 |  2.赤津村の風景

妻のふるさと・福島県郡山市湖南町赤津・・・

旧会津藩領地に属する山郷のひとつです。行政区分としては、中通りの郡山市に属しますが、地理的環境・気象的環境は会津地方に属します。

会津城下からみても、二本松城下からみても、湖南の赤津村は、いずれも国境にある辺境の村・・・。両藩からあまり重きを置かれなかった場所であるようです。

2013年4月1日に、妻のふるさと湖南の赤津村に帰郷・帰農するまえに、筆者、湖南の郷土史・郷土誌などの文献を集めて、2012年4月に、インターネットの日本の古本屋経由で、佐瀬与次右衛門の『会津農書』・『会津歌農書』を入手しました。そして、赤津村に帰郷・帰農した次の年から、『会津農書』をひもときながら、標高550mの湖南高原の棚田で有機栽培・無農薬栽培でコシヒカリの栽培をはじめましたが、湖南の赤津村のプロの農家の方々からは、ボロクソに批判されました。<そんなんで、ここらで米が採れるわけねえべえ!>

筆者、ことあるごとに、佐瀬与次右衛門の『会津農書』・『会津歌農書』をもち出すのですが、湖南の赤津村のプロの農家の方々は、ほとんど関心なし・・・、というか、佐瀬与次右衛門の名も、その著作の名も御存知ないようでした。

あるとき、筆者がそんな非難をあびていたとき、ある農家の方が、こんな話をされていました。<おめえら、なして吉田くんの米つくりを批判してんだ? 吉田くんは、ここらのもんがむかしやっていたのと同じ方法で米をつくってんだ!吉田くんの米つくりを馬鹿にするのは、おめえらの先祖の米つくりを馬鹿にするのと同じだ!>

会津農法を、世界農業遺産に登録するだけでなく、日本農業遺産に登録するにも、これまでの日本の世界農業遺産8か所、日本農業遺産8か所の登録より、かなり困難がともないそうです。現在の会津の農業は、あまりにも近代農業の洗礼を受けてしまっていますから・・・。

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