湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

老後の寂しさの意義・・・

2017年04月29日 |  2.老化と老化対策

昨夜、塚本哲編『老後問題事典』を読み始めました。

この本は、昨年、インターネットの日本の古本屋経由で購入した事典類の1冊・・・。その<序にかえて・老後をいかに生きるか>の文章を書いた塚本哲氏、このような文章で書き始めています。

<老後の寂しさの意義

わたしが今、70という老境に立ってみて、これから後の生涯を生き抜くことの容易でないことを切実に感ずる。現在とは過去から来たものであり、また、かくあらんとする未来につながる、いわば接点であるが、来し方をふりかえって、「何ごとかをなした」という記憶のあまりに少なく、醜さばかりが大きく心を痛めて、ただ痛恨の思い出に追いつめられるのである。自らの努力が他人より著しく劣っていたとは思われないし、ひどく怠惰な生涯であったとも思わない。極めて普通に平凡に生きてきたように思うけれど、いつかの戦時中の空襲の後のように荒寥とした寂寞感がただようのみである。

こうした感慨はおそらくわたし一人のものではなく、老境にある人の一般的な思い出にもつながるものであろうと思われる。老人が怒りっぽく、頑固で吝嗇で、嫉妬し、失望し、時には激しく自己を顕示し、自慢をする。それは、背後にどこからともなくおしよせてくる冷たい人生の黄昏があるためであろうか。仙厓和尚はその昔、老人六歌仙という狂歌風のもののなかにくしくもこのさまを風刺している。

しわがよる、ほくろができる、腰がまがる、頭がはげる、ひげ白くなる。
手は振れる、足はよろつく、歯は抜ける、耳は聞こえず、目はうとくなる。
見に添うは、頭巾、襟巻、杖、眼鏡、たんぽ、温石、しびん、孫の手。
聞きたがる、死にとはながる、淋しがる、こころはまがる、欲ふかくなる。
くどくなる、気短になる、ぐちになる、出しゃばりたがる、世話やきたがる。
またしても、同じはなしに子を誉める、達者自慢に、人はいやがる。

仙厓和尚は人間の老後について、まことに的確な警告を与えながらも、自らは生き生きとして意義深い88歳の生涯を送っていられる。つまり人生の黄昏の暗さを知ることによって、逆に明るい老後を教訓しているのである。われわれも仙厓和尚と等しく人間であってみれば、老後の寂しさをかえって意義あるものにおきかえることは決して不可能ではない。としたら老後というものについていささか考えてみることが必要であろう>。

筆者、あと9か月で、70歳になります。

金沢大学図書館の廃棄本である、塚本哲編『老後問題事典』、筆者にとっては、<老い>と対話するときに絶好の本になりそうです。

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