湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

児玉幸太編『古文書調査ハンドブック』が届く・・・

2016年12月07日 |  4.読書

今日、インターネットの日本の古書店に注文していた『古文書調査ハンドブック』・『日本中世史研究事典』・『日本近世史研究事典』の3冊が届きました。

筆者の書斎の<事典>類は、この前カウントした91冊に、上記3冊と、まだ未着の『日本古代史研究事典』・『日本近現代史研究事典』2冊をあわせて、96冊になります。

今日、送られてきた本に、『五十嵐書店・古書目録 第3号 平成28年10月』が同封されていました。国文学・国語学・書誌学・日本史・民俗地誌・仏教・神道に関する<古書>がずらり・・・。読んでみたい<古書>がいっぱい・・・。

筆者の妻、<年金暮らしのわたしたちには入手不可能な高価な本ばかり・・・>と話していましたが、筆者、<こんな本を、学者・研究者が私物として購入するのかなあ・・・?多分、大学・図書館・研究室で、公費で購入するのでは・・・?>とつぶやきながら、1時間ほど、この古書目録を眺めていました。

68歳のこれまでの、筆者の人生、大学での学問・研究とは無縁の生き方でした。18歳までは、小学校・中学校・高校で学び、そのあとの50年間は、もっぱら独学・・・。ゲーテの『ファウスト』に出てくる、

<ああ、わたしはこれで哲学も
法学も医学も
あらずもがなの神学まで
熱心に骨おって研究しつくした。
そのあげくがこのとおり
哀れな愚かものだ。
前よりちっとも賢くなってはいない・・・>

という言葉に触発されて、独学を余儀なくされた筆者、一生を<愚かもの>として終わらざるを得ないなら、この哲学・法学・医学・神学を独学してみようと、思ったことがあります。68歳になって振り返りますと、この哲学・法学・医学・神学に歴史学と農学を加えて、<愚かもの>の独学の範囲がさらに拡大されています。

<古文書、そんなものが、一口のめば、
渇が永久にしずまるという神聖な泉なのかい?
よみがえる生気は得られない、
それが君自身の魂からわいてくるのでなければ>

ファウストの言葉です。

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