湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

郡山農業土木史・・・

2017年05月20日 |  2.郡山地方史研究会

今日の午後、<平成29年度郡山地方史研究会>の総会と講演会がありました。

講演会の演題は、「郡山盆地の溜池分布-発展・潰廃・残存について-」。講師は、77歳の高田衛先生・・・。

配布された資料の中に、『地理学評論』(1939年)の竹内常之氏作成の日本の<溜池の分布>地図がありました。それをみますと、筆者の父の生まれ故郷・香川県と、筆者の生まれ故郷・岡山県に匹敵するほど、福島県の郡山を中心とした地域には、溜池が多かったようです。

溜池は、稲作の伝播と同時に、人工的に作られた池のことですが、小規模の溜池は、古代・中世に既に稲作地帯を中心に完備されていたと思われますが、郡山を中心とした地域の大きな溜池は、近世幕藩体制下の1650~1700年間に、新田開発と石高の増大を目指して藩政によってつくりだされたもののようです。配布された資料の中に、郡山盆地の溜池の写真が12枚掲載されていましたが、筆者の生まれ故郷、岡山県児島郡琴浦町の、小さな山あいの溜池とはまったく異なる様相をしています。水田地帯として放棄され都市化が進みますと、農業用水の溜池としての機能を失い、宅地造成のために溜池干拓が行われる可能性があるようです。その溜池の中には、環境保全のために、野生の動植物が生息できる場所として保存の対象になっている溜池もあるようですが、東日本大震災と同じく、想定外の<大旱魃>到来の可能性を否定できませんので、昔のひとの知恵と技術、労力によって作り出された溜池、できるかぎり温存したほうがよさそうです。

今回の講演会を聴講して、筆者、<郡山農業土木史>・<郡山農業気象史>に強く関心を抱くようになりました。

東北地方の農村的地域社会では、<冷害>に関する関心は高そうですが、<干害>に関する関心は相対的に低そうです。湖南の民俗伝承の中から<干害>に関する民話が徐々に姿を消していく傾向にあります。湖南の農家の方々に、筆者が<干害>に関する民話の話しをしても、ほとんどの農家の方は、まったくご存じないご様子・・・。さすれば、<冷害>につていはどうかといいますと、昭和55年や平成5年の大凶作に関する記憶も風化と忘却、著しいご様子・・・。

<平成29年度郡山地方史研究会>は、知的刺激がいっぱい!

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