湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

民衆も歴史的存在・・・

2016年10月26日 |  5.部落学序説

筆者の祖父は、吉田永學、曾祖父は、吉田向學・・・。

筆者は、曾祖父の名前をとって、ペンネームにしているのですが、インターネット上で、ブログ『部落学序説』を執筆するとき、その名前をはじめて用いました。その時点では、筆者の先祖が、信州の真言宗・観聖寺の住職の家系であったことなどしるよしもなかったのですが・・・。

日本基督教団西中国教区の山口の小さな教会の牧師をしていた30年間、山口の被差別部落(大半は同和地区の未指定地区でしたが・・・)を訪ねて、その古老からいろいろお話しをおうかがいすることができました。そのとき、筆者が感じたのは、その古老が背負っている歴史の重さでした。しかし、ほとんどの古老は、その重い歴史を捨てようとはせず、むしろ、自覚的に担って生きている方々でした。

身元を隠しながら同和対策事業の利権獲得に汲々としている各種運動団体下の被差別部落の人々とは、異なる生き方がそこにありました。

筆者、複数の山口県立高校で仕事をしていたとき、日本史や古文・漢文の担当教師の方々に、『部落学序説』の執筆計画を見せて、いろいろ指導してもらいました。市町村の教育長をされた方々とも、被差別部落の歴史解釈について情報交換し、多くの示唆を与えられました。山口県立文書館の研究員をされ、山口大学の講師をされていた北川健先生からも・・・。

根なし草の民衆にならないために、民衆も、自らの歴史を自ら調べて自分のものにしていく必要があります。他者の歴史を自分の歴史としてすり替える営みは、自己欺瞞に他なりません。被差別部落の人々の歴史は、被差別部落の人々自身が担って行かなければならないもので、担うことによって、マイナス面だけでなく、プラスの面も引き受けて生きていくことができるようになります。

筆者は、山口に棲息したいた30年間、被差別部落出身者ではないとあいさつしていましたが、訪ねていった被差別部落の古老たち、<牧師さんが話す言葉には、部落のものが話す言葉が含まれていない。部落に生まれたら、必ず使う言葉がひとつも出てこない・・・>と話しをされていました。ひとの使う言葉も、歴史的な存在です。無意識的に身につけた言葉を取り除くことはほとんど不可能です。出身を偽ることはできません。

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