湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

気分転換にならなかった読書・・・

2017年08月24日 |  4.環境保全

北原貞輔他編『自然を捨てた日本人 破壊と保全・復興の谷間で』・・・

昨夜、気分転換のためによみはじめた本ですが、筆者にとっては、挑戦的問題提起が多過ぎて、気分転換どころか、最近の医学・看護学書、農書を読む延長線上の読書になってしまいました。

気分転換になった箇所といえば、修験道に関する箇所・・・

<高野山の木を代表する「高野六木」のういち、コウヤマキはとくに有名である。それは・・・おそらく、修験者であった弘法大師やその弟子たちが、コウヤマキの優秀性に着目してこの山に移植し、増殖をはかったものと思われる・・・>。

<木はなにも言わないから・・・>、<木は足をもたないから・・・>、<粗末に扱えば反転して意外な結末を引き起こす>、<気象その他に変化が起これば、立枯れ現象を避けることはできない・・・>、<日本の自然は、すでに過去のそれと大きく変わっているのではないだろうか。その自然の変化に対し、日本人の体は、果たしてどれだけ適応できるのだろうか・・・>。<一時的経済効果>のために自然を犠牲にしてやまない日本、やがて、<日本の崩壊に結びつく>。

筆者の祖父・吉田永學、曾祖父・吉田向學は、信州栗田村の真言宗・観聖寺の住職の家系・・・。修験道に深く関係していますが、日本基督教団の隠退牧師である筆者にも、父、祖父や曾祖父と同じ<血>が流れているのかもしれません。

田畑の生きもの、<彼らを傷つけ、殺すことは、自分や自分の子供たちを傷つけ、殺すことと同じような恐ろしいことである。木も海も、魚も鳥も人間も相互依存の固い絆で結ばれた自然の一員として同格であることに思いいたろう。すなわし、木1本と自分が同格であることを体感できなくてはならない>。

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