湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

湖南史談会の『会報』が発行される・・・

2017年06月17日 |  3.湖南史談会

今朝、湖南史談話会の会員の方からお電話をいただきました。

湖南史談会の『会報』が発行されたのだとか・・・。A4判で18ページ・・・。電話下さった方の論文がメインで掲載されているとかで、とてもうれしそうでした。その論文の内容は、昭和44年7月、郡山市湖南町三代村の民俗調査に来られた三笠宮崇仁さまにまつわる話しとか・・・。そのほかに、会員の方2名の論文が掲載されているとかで、この『会報』、郡山史団連に加盟している各地の史談会に配布されたのだとか・・・。

湖南史談会の会報、<よそもん>が会員になっていたときは発行が中止され、<よそもん>が誰もいなくなったときに再刊されたようです。

筆者、湖南史談会に関して、すっかり関心をなくしてしまったようです。作々日の夜、『信濃の道祖神』(全3巻)を読んでいましたが、読みながら、<道祖神を調査・研究するには、歳をとり過ぎてしまった・・・>と実感させられました。<道祖神>は、ほとんどの場合、村境に置かれます。往々にして、村はずれの峠に置かれていますので、旧道を歩いて尋ね、探し回らなければなりません。『信濃の道祖神』は、その徒歩での調査記録・・・。出版されたのは、57~60歳のとき・・・。それ以前に調査・研究を終えてしまっているはずですから、たとえ湖南に限定しての道祖神の調査・研究だとしても、69歳の筆者がそれをするには、年齢的、体力的に遅すぎた・・・と思われます。晴耕雨読ならぬ<晴耕雪読>の積雪期間に道祖神を尋ね歩くことも不可能でしょうから・・・。

湖南の<路傍の神ほとけ>は、昔の湖南史談会の調査では、以下の通り

阿弥陀如来・・・1
薬師如来・・・1
聖観音・・・3
如意輪観音・・・23
子安観音(十九夜観音)・・・12
三十三観・・・4
罵頭観音・・・13
地蔵尊像・・・52
六地蔵尊像・・・7
地蔵塔・・・7
勢至菩薩・・・1
不動明王・・・15
弁財天碑・・・2
大黒天・・・6
十王・・・2
権現・・・3
牛頭天王・・・5
青面金剛像塔・・・3
種子庚申塔・・・28
金毘羅・・・7
像頭山・・・4
道祖神・・・5
磨崖碑・・・1
板碑・・・4
念仏等供養塔・・・63
題目碑・・・8
二十三夜塔・・・16
針供養塔・・・6
湯殿山・・・17
飯豊山・・・9
その他の山碑・・・7

ただ、この調査・・・、湖南の<路傍の神ほとけ>を網羅したとは言えないようです。たとえば、妻の実家の段々畑で農作業をしているとき、その都度、筆者の目にとまるのは、罵頭観音・・・。しかし、諏訪の内の罵頭観音は、湖南史談会の上記の調査からは漏れています。旧街道を自分の脚で歩いて、調査・確認する以外に、失われていく石仏・石碑を記録にとどめる術はありません。信州の道祖神によくみられる<双体神像>は、湖南では一基もなし・・・。

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