湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

今朝4:00に起床、2時間ほど聖書を読む・・・

2017年06月15日 |  3.日本基督教団の隠退牧師

今朝、4:00に起床・・・。

2時間ほど、『文語訳・新約聖書』を読んでいました。ヨハネによる福音書の言葉が、心の中に深く沈んできます。その『文語訳・新約聖書』にはさんであった文書を開いてみますと、1995年8月20日、京都教区の草津教会の主日礼拝でした説教の原稿でした。

2013年3月31日に、日本基督教団西中国教区の山口の小さな教会の牧師を辞し、4月1日に、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農するとき、神奈川教区の開拓伝道に従事していたときと、その教会で福音宣教に従事していたときの説教原稿をすべて廃棄したのですが、聖書や神学書の間にはさんであった説教原稿(ワープロ文書)は、そのままにしておきました。今朝、読んだ説教原稿もそのひとつでしょう。

無学歴・無資格、教会の信徒から、<霊性を欠いた、教団の牧師の中で最低の説教・・・>と批判されてきた、筆者の説教ですから、記録にとどめる必要なしと、筆者も認識して、説教原稿はすべて破棄しました。1995年8月20日、京都教区の草津教会の主日礼拝でした説教は、筆者が、神奈川教区と西中国教区で仕えていた伝道所・教会以外の教会で説教した、最初で最後の説教です。

1995年8月20日から開催される、京都教区の部落差別問題夏期研修会の参加費用と山口と京都の往復旅費を支援してくださるためにあたえられた説教の機会でした。筆者、部落差別問題とはなにのかかわりもない説教をしたようで、とても評判がよくありませんでした。

それからしばらくして、日本基督教団部落解放センターの角樋牧師から、<ほかの牧師には、部落差別問題と取り組めと要求するけれど、あなたには、言わない。部落差別問題の取り組みからすぐ手を引くように!>と、引導を渡されることになり、京都教区の部落差別問題夏期研修会への参加も自粛、その取り組みから遠ざかることになりました。筆者が、日本基督教団部落解放センターや京都教区部落差別夏期研修会の取り組みの方向性から大きく逸脱することになったのは、筆者のブログ『部落学序説』で書いた内容をすでに主張しはじめたため・・・。<左翼用語を使わないで、部落差別問題を論ずる牧師>、それが、排除の理由でした。

筆者にとっては、他の教会での最初で最後の説教、1995年8月20日、京都教区の草津教会の主日礼拝でした説教をこのブログに転載しようと思ったのですが、長~い説教なので、やめました。近世文書を駆使した説教・・・、その形式・内容からみても説教らしからぬ説教だったようです。筆者の祖父・吉田永學、曾祖父・吉田向學は、近世幕藩体制下の、信州・栗田村の真言宗・観聖寺の住職の家系・・・、筆者は、その17世にあたるようですが、筆者にとっては、<キリスト教>ではなく<基督教>・・・。欧米のキリスト教の王道ではなく、日本的基督教のけものみちを歩いてきたようです。

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