湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

福島県内の被差別部落・・・

2016年10月23日 |  5.部落学序説

2013年4月1日に、30年間棲息していた山口の地を離れ、妻のふるさと・福島に帰郷・帰農しましたが、その前に、筆者、福島の、幕藩体制下における穢多・非人に関する資料、明治以降の融和事業・同和対策事業の対象地域に関する資料を収集していましたが、それから、3年7か月、筆者の資料に追加できたのは、郡山地方史研究会の会長をされている大河峯夫先生の論文集だけ・・・。

帰郷後、つい最近まで会員になっていた湖南史談会の一日研修会で、会津の神社仏閣めぐりをしたことがあります。そのとき立ち寄ったひとつの場所は、<被差別部落>・・・。同和対策事業がなされていないので、いわゆる<未指定地区>になりますが、湖南史談会の会員の方々は、それを御存知なのかそうでないのか、判断がつきかねて、湖南史談会の会員の方々に、確認することはしませんでした。

昨日の、郡山地方史研究会の史跡めぐりのとき、参加された方から、その場所が、<被差別部落>ではないとの話をお聞きしました。その方が、その理由を話しておられましたが、筆者の視点・視角・視座からしますと、まさに、近世幕藩体制下の穢多村、明治以降の<被差別部落>の特徴そのもの・・・。<概念>が違うだけで、その<外延>と<属性>は、近世幕藩体制下の穢多村、明治以降の<被差別部落>(未指定地区)そのもの・・・。

<部落差別>は、一種の<共同幻想>です。差別される側と差別する側の両方がその<共同幻想>から解放されないと、差別そのものをなくすことはできません。

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