湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

cum silentio operantes, suum panem manducent・・・

2017年04月20日 |  3.日本基督教団の隠退牧師

2013年4月1日に、日本基督教団西中国教区の山口の小さな教会の牧師を辞して、隠退牧師となり、妻のふるさと・猪苗代湖の湖南に帰郷・帰農して、すでに5年目・・・。

旧長州藩領地でそうであったように、旧会津藩領地でも、筆者と妻は、この地上の旅人・・・。天路歴程の1行程に過ぎません。しかし、妻のふるさと・湖南は、筆者と妻にとって、終の棲家になることでしょう。

湖南の赤津村は、高齢化と過疎化が激しい場所・・・。1年1年、歳をとるごとに、高齢化と過疎化がすすみ、やがて、残された若い人々が耕作することができないほどの農地が残り、立地条件の悪い田畑は耕作放棄地となり、やがては、農村の体をなさなくなる・・・、と予想される方々も少なくありません。

そんな湖南の赤津村で、筆者と妻、いつまで、年金暮らし+有機栽培・無農薬栽培による米・野菜つくりで、田舎暮らし・山里暮らし・百姓暮らしをまっとうしていくことができるやら・・・。筆者、あと10年長生きすれば、そこでみなければならない湖南の赤津村の風景は、筆者と妻の農業に批判的な方々が、農業の第一線を退いているか、天命をまっとうして、この世を去って行ってしまっているか・・・。湖南史談会にしても、湖南四季の里にしても、その可能性が多分にあります。そんなことを考える筆者のあたまのなかを、聖書の言葉がよぎっていきます。

cum silentio operantes, suum panem manducent・・・

独語では、sie mit stillem Wesen arbeiten und ihr eigen Brot essen・・・
英語では、to work quietly  for their living・・・
日本語では、・・・ 

65歳のときも、75歳になっても、85歳になっても、さらに95歳になっても、cum silentio operantes, suum panem manducent・・・。

筆者と妻、2013年4月1日に、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農して以来、1度たりとも、<kotsujiki(乞食)>をしたことはありません。日本基督教団の隠退牧師として、cum silentio operantes, suum panem manducent・・・の生き方をまっとうしています。

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