湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

素人百姓の筆者と妻の精神衛生・・・

2016年10月14日 |  2.老化と老化対策

昨夜、村松常雄著『精神衛生』の読み直しをはじめました。

その中にこんなことばがありました。<農夫が開墾の努力で収穫が得られると同様に、人間は日常生活に於いて時間を無駄にせず、各自の仕事に励み、同時に自己批判や、反省の能力をもって自我の開墾を怠らないならば、人間本来の在り方が自分で発見され、その収穫としての「妙覚」が得られる・・・>。

旧約聖書の中に、<主なる神は土のちりで人を造られた>とあります。そして、また、こんなことも・・・。<主なる神は・・・人が造られたその土を耕させられた・・・>。つまり、主なる神によって創造された人間は、己を耕すことができる存在、生きている限り<自我の開墾>ができる存在につくられたということを意味します。

精神医学者・村松常雄氏の上記の言葉は、実存主義哲学の創始者といわれる Kierkegaard と、絶対弁証法に基ずく独自の田辺哲学の田辺元の共通項を集約したことば・・・。村松常雄氏は、精神衛生において、基督教や禅宗の教理が有用性を否定していません。むしろ、節度を持って宗教を精神医学の中に取り込んでおられます。

この村松常雄著『精神衛生』、筆者、若かりし日、何度も何度も読んだ本ですが、68歳になって読み直しますと、この村松常雄氏のものの見方、考え方は、筆者の血となり肉となっているのに気づかされます。2013年4月1日に妻のふるさと湖南に帰郷・帰農する前、山口に棲息していたとき、インターネットの日本の古本屋経由で、村松常雄氏の著作を集めたことがあります。その大半は、国立金沢大学医学部の蔵書の廃棄本・・・。

<主なる神さまを信じ、土を耕し、己を耕す>ことは、妻とであって、話し合った、筆者と妻の人生の理想とする共通の生き方・・・。

筆者と妻、最近は、毎日土を掘ってレンコンを掘り起こしていますが、それは、主なる神さまが、筆者と妻に与えてくださった祝福と恵みのとき・・・。

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