湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

南東北、梅雨入りを前に張れた日が続く・・・?

2017年06月15日 |  1.湖南の天気



南東北、梅雨入りを前に、晴れた日が続くようです。

今朝8:30に、妻の実家の棚田に行って、農業用ビニールハウスの側窓を少しくあけてきました。そして、農業用水路の水を、温水田経由で、コシヒカリの田に入れ始めました。<フコク>の、昔の木製の手押し式除草機ころころで、田のひえなどの除草をするのに最適な水深を保つため・・・。

今日は、専業農家の方々の姿はありませんでした。みなさん、布引高原の広大な農地で<布引大根>や<高原キャベツ>を栽培しておられるので、布引高原に出かけたのでしょう。プロの農家(兼業農家)の方々も、それぞれの本業に戻っていったようです、棚田で作業をするのは、素人百姓の筆者と妻ばかり・・・。

今朝、目が覚める前に、夢をみました。日本基督教団日中国教区のちいさな教会で、2017年6月15日まで牧師をしている筆者の姿・・・。芸予地震やそのあとの台風によって大きな被害を受けて、牧師である筆者が自分で修復作業をしましたが、その教会堂も老朽化してボロボロになった建物の中で、ひとり暮らしをしている老牧師の筆者の姿・・・、夢の中でもなにとなくみじめな姿をしていました。そこを軽蔑のまなざしで通り過ぎる教会の信徒たち・・・。夢から覚めて、筆者、ほっとしました。日本基督教団の隠退牧師になり、田舎暮らし・山里暮らし・百姓暮らしをしながら、筆者と妻の食べる米を自給自足することがdえきるのですから・・・。しかも、プロの農家の方々が口をそろえて、<ここらではできねえ!>といわれるコシヒカリを有機栽培・無農薬栽培で収穫できるのですから・・・。今は、山口の小さな教会での健康状態がうそになるような、福島での健康な日々・・・。

妻の実家のおとうさんが残してくれた田畑4.6反・山林8.0反での福島での百姓暮らしが夢なのか、それとも、山口の小さな教会での暮らしが夢なのか・・・?この世の中には、どんなに努力しても無に帰することがらも少なくありません。どんな努力を強いられるか、立たされた状況と環境によって決定されてしまいますので、自由意志で選択できるわけではありませんが、すべての努力が<無>に帰するを経験する最短の道は<農業>・・・。筆者と妻の<農業>も、はや5年目・・・。筆者と妻より、一足早く、広島の農村に帰農した荒川牧師夫婦を尋ねてから、すでに10年の歳月が過ぎようとしています。<60歳ならまだ間に合う。65歳過ぎたら帰農は無理。出来る限りはやく帰農するように・・・>すすめをうけたのですが、筆者、諸般の事情で65歳で帰農・・・。帰農は、筆者にとって、主なる神さまが与えてくださった恵みの時になったようです。主なる神さまが共にいてくだされば、65歳の帰農も捨てたものではありません。

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