湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

旧長州藩領地で30年、旧会津藩領地で4年・・・

2016年12月10日 |  3.日本基督教団の隠退牧師

筆者と妻、旧長州藩領地で30年、棲息しました。2013年4月1日に、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農して、旧会津藩領地に身を置いて4年・・・。

筆者と妻、<旧長州藩領地で30年生きてきたのですから、旧会津藩領地でも30年生きることにしよう>と、人生の晩年のPlanを立てて、それをDoしています。まだ、Seeの段階には達していないと思うのですが、この冬は、Seeをして、これからの人生の第1期の残り(筆者が75歳になるまで)、第2期(75~85歳)、第3期(85~95歳)の生き方を見直す必要があります。

筆者と妻は、死ぬまで、Plan・Do・See の繰り返し・・・。

そのために必要な Hard と Soft は、旧長州藩領地での最後の5年間と、旧会津藩領地での最初の4年間の9年間でほとんど整えることができました。旧長州藩領地での30年間が筆者に残した課題は、『部落学序説』の Rewrite と論文化による出版・・・。旧会津藩領地での新たな課題は、旧会津藩領地の山郷における、現代的百姓暮らしの構築・・・。その核になる佐瀬与次右衛門著『会津農書』は、インターネットの日本の古本屋経由で、2012年4月2日静岡の古書店・文遊舎から購入・・・。同『会津歌農書』は、同じく、2013年2月19日福岡のすかぶら堂書店から購入・・・。

妻のふるさと・湖南、赤津の歴史・民俗・伝承・産業・教育・文化・・・に関する史資料もすべて、旧長州藩領地にいるときに、インターネットの日本の古本屋経由で、日本全国の古書店から取寄せました。そのころは、妻のふるさとにいたる道がいたるところにありました。しかし、筆者が入手したあとは、水を切るごとくその道は消えてなくなり、閉ざされてしまいました。

妻のふるさと湖南に帰郷してからは、旧会津藩領地で30年間生き抜くために必要な Soft として各種資料を、インターネットの日本の古本屋経由で収集しました。この4年間は、湖南に埋没することがないよう、出来る限り広い視野を持つことができるよう、古書の収集も<特化>から<汎化>に移行しました。農書も、会津を含む東山道全体、美濃・飛騨・信濃・上野・下野・岩代・磐城・羽前・羽後・陸前・陸中・陸奥の古今の農業関連図書に及びました。

筆者が学び得たことは、妻に話し、それをもとに、筆者と妻の百姓暮らしを実り多いものにしていきます。筆者も妻も、湖南のプロの農家の方々とは話をしなくなりました。話をしても、ただ馬鹿にされるだけですから・・・。<ここらではできねえ!>、<ここらでは採れねえ!>、<おめえ、バカでねえのけ?> 認知症の、妻の実家のおかあさんのことばだけで十分です。それにしても、湖南のプロの農家の方々、認知症の、妻の実家のおかあさんと同じ物言いをするのでしょうね?

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