湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

冊子化した『部落学序説』第3章の<第1節・穢多の定義>と<第2節・穢多の役務>を読んでみる・・・

2017年11月18日 |  5.部落学序説

郡山地方史研究会のSato先生から要望のあった、筆者のブログ『部落学序説』・・・、全部プリントアウトをするのは大半なので、『部落学序説』第3章の<第1節・穢多の定義>、<第2節・穢多の役務>だけで、A4版、1ページ2段組で縦書きの68頁の冊子にしました。

3部印刷して、1冊は、Sato先生に・・・。もう1冊は、おそらく、一番批判的に読んでくださることを期待できる Takahashi先生にお渡ししました。3冊目は、筆者の手元に・・・。その冊子化した『部落学序説』第3章の<第1節・穢多の定義>、<第2節・穢多の役務>を読み直してみたのですが、自分で書いたものを自分で読みながら、ブログ『部落学序説』、『被差別部落の地名とタブー』、『田舎牧師の日記』の部落差別問題に関する記事を、順次冊子化していくことにしました。そして、冊子化したものを最後に1冊の本にすることに・・・。

郡山地方史研究会のSato先生、<全部読ませてほしい・・・>と話されていたので、『部落学序説』の最初から冊子化することにしましょうか・・・。Takahashi先生には、強引に送りつけて読んでいただくことに・・・。

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娘夫婦がやってきて歓談のひとときを過ごす・・・

2017年11月18日 |  1.田舎暮らし

今日の午後、郡山に住んでいる娘夫婦が突然やってきました。

でかけたついでに、立ち寄ったのだとか・・・。すると、妻が飼っている黒猫の黒兵衛、娘のご主人の膝に自らのってゴロゴロのどをならしながらあまえていました。この黒兵衛、言葉を話すことができるような鳴き方をします。餌を催促するときは、<ゴハン、ゴハン>とないているような鳴き方をします。妻にあまえるときは、<おかあにゃん、おかあにゃん>と呼びかけているような鳴き方をします。

この前、妻が、<最近、黒ちゃん、外に行かないわね。以前はよく、ねずみをとってきていたのだけれど・・・。もしかした、ねずみをとっていたのは、長男の文太くんで、次男の黒ちゃんは、それをもらって遊んでいただけ・・・?>と筆者に話しかけていました。筆者も、<今の黒兵衛をみると、そうかもしれない・・・>とこたえましたが、次の日の朝はやくでかけた黒猫黒兵衛、筆者が玄関にでると、目の前に、はつかねずみの3匹の死骸を横たえ、筆者に向かって、<ねずみ、獲ってきた!>と、まるで自慢するかのようにないていました。その次の日も、はつかねずみ1匹をつかまえてきました。冬になると、ねずみもモグラも動作が鈍くなるのでしょうね。

今日は、筆者と妻と、娘夫婦で、黒猫黒兵衛の話し・・・。黒兵衛は、みんなの中心にいて、とてもうれしそうでした。昨年、祖母猫のまこ、今年母猫のみやこ、長男の文太をなくして、突然、ひとりっこになった黒兵衛、とてもさびしそうで、すっかりひとにあまえっこになってしまいました。娘夫婦の話しでは、今住んでいるアパートで、12月1日から、ペットをかってもいいことになったのだとか・・・。ただし、大家さんがそのペットと面接してOkがでたら・・・。筆者も妻も、娘夫婦も、声をそろえて、<それならダメだ!黒ちゃん、知らないひとをみたら、すぐ爪を出してひっかいてかみつくんだから!> 妻の実家にやってくる、郵便局員さん、宅急便の方、お豆腐やさん、湖南史談会の方々・・・、黒兵衛のことを、<かわいいわね!>といって近づいて、爪で引っかかれ噛みつかれたひとは少なくありません。

朝、妻が、<地方史研究会の集会が終わったら、スーパーで、黒ちゃんが好きな味を7匹買ってきて!>といいますので、安積黎明高校の前のフェスタで、@100円の、長崎産真アジを12匹買って帰りました。ねずみ獲りという仕事をはじめた黒兵衛に対するご褒美のつもり・・・。

 

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湖南の三代村の農家は、あきたこまちを反当たり12俵収穫・・・!

2017年11月18日 |  2.猪苗代湖南

今日、湖南の三代村のプロの農家の方から、今年の米の収穫量について少しく話を聞くことができました。

その方の話しでは、今年、あきたこまちは、反あたり12俵収穫できたとか・・・。いつも収穫量が少ない山側の田でも9俵の収穫があったとか・・・。今年は、低温・日照不足の異常気象であったけれど、例年より収穫量は多く、しかも、これまでで一番美味しいあきたこまちを収穫することができたとか・・・。コンバインによるあきたこまちの刈入れが遅ければ遅いほど収穫量が多かったとか・・・。

その方、筆者の米つくりとは反対の米つくりをした結果、天候不順の中でも豊作になったとか・・・。

そういえば、同じような話しをどこかで耳にしたことがあるような・・・。<素人の吉田くんのやり方と反対のやり方をすれば豊作になる>と、湖南の赤津村のプロの農家の方々に言われたような・・・。

<農家は、豊作のときは、どれだけ採れたのか、沈黙を守るのが普通・・・。しかし、不作のときは、必要以上に大騒ぎをする・・・>と、ある農書に書かれていたことを思い出しました。湖南5ケ村、今年は、あきたこまちは大豊作だったのでしょう。沈黙をやぶって、豊作を語るほど・・・。しかも、これまでで一番美味しい米が採れたと、大喜びするほど、今年は大豊作・・・!

出穂期の低温・日照不足、登熟期の霖雨と台風の影響を受けたにもかかわらず、例年より多く米が採れ豊作を祝うことができる湖南は、めでたし、めでたし!

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郡山地方史研究会の研究発表会に参加して・・・

2017年11月18日 |  2.郡山地方史研究会

今日。郡山地方史研究会の研究発表会がありました。

研究発表者は、柳田和久先生と垣内和孝先生の2人・・・。それぞれの演題は、<阿武隈川渡船場の意義について>と<「安積開拓神話」の形成>・・・。

柳田和久先生の講演<阿武隈川渡船場の意義について>は、<阿武隈川における渡船場の運営と役割について>19の史資料と2つの地図の内容紹介・・・。垣内和孝先生の<「安積開拓神話」の形成>は、安積開拓に関する論文・書籍の内容の紹介と、論文・書籍の時系列による研究の変化に関する話し・・・。どちらも、詳細な資料が配布されました。

両先生とも、文献の内容紹介が中心で、その文献の<批判・分析>にまで踏みこまれなかったのは、研究発表会に参加される方々を配慮されてのこと・・・?最後に、郡山地方史研究会の大河先生、史資料紹介による研究発表は、史資料収集の範囲によって研究が制限される・・・、というようなコメントをされていました。

郡山地方史研究会の研究発表会・・・、奥羽山脈のぶところに抱かれた湖南の山郷に埋もれていたのでは、決して遭遇することがない知的刺激に富んでいました。

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