湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

夕方、北朝鮮の水爆実験の報道を見てびっくり・・・!

2017年09月03日 |  3.自衛隊と国防

夕方、風呂から上がって、着替えているとき、テレビのニュースで、今日、北朝鮮が、水爆実験を実施したとの報道がされていました。

日本を敵国視し、軍事的侵略をほのめかすと、日本の周辺諸国、中国・韓国・ロシア、そして北朝鮮・・・。そのうち中国・ロシア・北朝鮮は、核保有国・・・。韓国も核保有を推進すると宣言していますので、日本を敵国視しする周辺四か国を前に、日本政府・日本国民は、どう対応することになるのでしょう?

筆者がもし首相であったと仮定するなら、日本国憲法を尊重しつつ、それを越える自然法に基づいて、日本国の存続と日本国民の平和と繁栄のため、自衛のためのあらゆる手段を講じることになるでしょう。戦前の日本基督教団の牧師の中には、戦争に反対し、自分の頭の上にだけ爆弾が落ちて来ないように祈った牧師もいるとか・・・。座して、観念的平和を追求することで事足れりとすることは、戦争に賛同、戦争を補完するいとなみでしかない。

日本の左翼の思想家たちの中には、日本が、中国・韓国・ロシア・北朝鮮によって軍事的な支配下に置かれることを歓迎するむきもあります。<一度、日本人全体が外国の軍隊に蹂躙され支配下に置かれたら、現在の日本の社会の中で差別されて苦しんでいる被差別部落民・在日韓国人・在日朝鮮人・障害者などの気持ちを理解できるようになるだろう>と語るひともいます。・・・現実を直視することができない、いつも現実から逃避・逃亡して、左翼イデオロギーの幻想の世界に身を委ねてよしとしているひとの姿でしかありません。

<ならずもの国家>との対話、外交は最初から成立する余地はありません。日本政府と日本国民は、日本を侵略するいかなる国の軍事基地に対してもカウンター攻撃でき、戦争を早期に集結させることができる軍事力を保持すべきです。日本国憲法第9条は、侵略戦争に対する自己規制の条文であって、防衛戦争まで否定した条文ではないからです。軍事力にしても、防衛戦争に必要な軍事力を否定するものではありません。それに、日本国憲法は、大日本帝国憲法の<改正>によって成立したもので、それは、<改正>を許さない<改正>ではありません。日本国憲法<前文にも明らかなように、日本国民は平和のうちに生存する権利を有するものであるから、我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を取り得ることは国家固有の権能の行使として当然のことである>。

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布引高原の行楽客のくるまで交通渋滞・・・

2017年09月03日 |  2.猪苗代湖南

午後4:30に農作業を終えて、家に戻ると、妻が、<帰ることができないのではと、心配していたの・・・>といいます。

筆者が、<どうして・・・?>と尋ねますと、妻は、<国道、見たでしょう? この前の同じで、観光客のくるまで交通渋滞・・・。南から戻ってきても北から戻ってきても、交通渋滞にまきこまれて大変ではないかと思ってたの・・・>といいます。筆者、<棚田から家までスムースに走って帰ってきたよ>といいますと、妻は、<たまたま、交通渋滞が緩和したときに帰ることができたのね。今なら大変!>といって観音堂の前を指さしますので、振り返ってみますと、そこには交通渋滞の長いくるまの列ができていました。

妻は、1日家にいて家事・・・。みんなのふとんを干して、家の中を大掃除・・・。そのとき、妻の実家のおかあさんの補聴器を、おかあさんの部屋の前の廊下でみつけたそうです。今日、妻の実家のおかあさん、デイケアの担当者のひとに、<おらあ、補聴器をなくしてしまった・・・>と相談したそうです。担当者の方からその話しを聞かされた妻、<ああ、それなら、デイケアにでかけたあと、母の寝室の掃除をしたとき、寝室の前の廊下に落としていたのを見つけてしまってあります。>と答えたそうです。妻は、<補聴器をなくしたって、どうして私に言わなかったのかしら・・・?>と不思議がっていました。

昨日の夜、階下で、ガタガタガタガタ音がするので、様子を見におりてみますと、おかあさんが、なにやら探し物をしていました。<ねえ、ねえ・・・>とつぶやきながら探すときは、<オラのカネがねえ!>という言葉が続きますので、筆者、そのままにして、自分の寝室に戻り寝てしまいました。どうやら補聴器を探していたようです。しかし、どうして、寝室ではなく、寝室の前の廊下のカーテンの下にあったのか、妻は、<とても不思議>だといいます。

考えられることは、畳の上に落とした補聴器を、黒猫黒兵衛が、てだまがわりに補聴器で遊んで、廊下のカーテンの下まで転がしていった可能性が大であること・・・。

居間のガラス越に交通渋滞のくるまをみながら、妻の実家のおかあさん、<今日は、なしてこんなにたくさんくるまがいいんだ?誰か死んだのけ?誰だべなあ?>と独り言を言っていました。妻の実家のおかあさん、最近、とみに思考回路が脱線したり混線したり停滞したり停止したり暴走したりすることが多くなりました。

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秋空の下、棚田の田で農作業・・・

2017年09月03日 |  2.微気象

今日は、秋の晴れた空の下、妻の実家の棚田の田で農作業をしました。午前9:30~12:00と午後1:00~4:30までの6時間・・・。

農道の草刈り、棚田の上段の田畑転換した畑の草刈り・・・。今日は、妻が疲れて田畑での仕事はお休み・・・。それで、妻が予定していた、エダマメの周辺の草取り、キュウリ支柱やミニトマトの雨除け栽培用トンネルの中の草取りをしました。妻の草取りと違って、とても雑な草取りでしかありませんが、全体としては、草取り、草刈をしたことがわかる程度にはなりました。

そのあと、上段の田畑転換した畑の農業用水路に0.6坪ほどの<溜池>をつくりました。棚田の上の田から漏水してくる水を明渠を通して、東側半分は山側の農業排水路に長し、西側半分はこの<溜池>にためて、ある程度たまると、農業用水路にバケツかないしは排水ポンプで排水することにしました。掘り起こした土は、軽トラをとめる場所に敷き詰めました。その前に板材を敷き詰めましたので、ある程度は、ぬかるみを抑えることができると思われます。

作業を終えた午後4:30に、ポケット気象計で気温を測定してみますと、22.6℃でした。赤外線温度計で、農業用水路の水を測定しますと、15.6℃、温水田経由でコシヒカリの田に注ぐときは、22.6℃でした。午後4:30時点での温水田による水温の上昇は、+7.0℃でした。農作業にとっては、さわやかな一日でしたが、田んぼの稲たちにとっては、涼しすぎる一日になりました。

OCNのHPの天気予報では、明日の最低気温は、13.0℃なので、低温対策のため、今日1日、農業用水路から水を取水して温水田であたため、ひめのもち、はえぬき、コシヒカリの田に配水しました。土と水の比熱の差を利用して、少しでも体温対策をとることにしました。湖南の赤津村のあきたこまちの田は、中干ししている田が少なくないのですが、筆者は、中干しはしません。中干しは、ひとの子育てでいえばスパルタ教育と同じ、それは、筆者と妻にはなじみません。

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風に揺れる、妻の実家の棚田の田の稲穂・・・

2017年09月03日 |  2.微気象


午前10:00に、標高550mの湖南高原の棚田の、妻の実家の田で、ポケット気象計を使って気温をはかってみました。21.4°C・・・。今朝のOCNのHPの天気予報では、今日の最高気温は25度・・・。会津若松市は、湖南と比べて300m以上標高が低いので、300m/100m×0.8℃=2.4℃、気温が湖南より高くなります。今日は、ほぼ、この気温が続くのでしょうか・・・。

農業用水路の水は、15.9℃・・・。はえぬきの田の水の表面温度は、18.6℃でした。風速は、最高風速が5.4m/秒、平均風速が3.3m/秒でした。そのため、妻の実家の棚田の田の、ひめのもち、はえぬき、コシヒカリの穂がゆっさゆっさと揺れていました。その垂れ穂の揺れぐらいから、稲粒が入熟していっていることを推察することができました。低温・日照不足にめげずによく頑張ってくれている稲たちです。

湖南の赤津村の田は、郷社の諏訪神社で豊作祈願がなされていますが、妻の実家の田は、天地を創造し生きとし生けるものを守り育ててくださる、聖書の主なる神さまに全面的に依存しています。湖南の赤津村のあきたこまち・・・、豊作になる可能性が高いようで、実り過ぎた稲が倒伏するきざしがあちらこちらで見えています。<倒れるか倒れないか、ぎりぎりのところまで窒素やって多収するのがここらの農家の腕の見せどころだ!>と言われるプロの農家の方々が多い湖南の赤津村で、素人百姓の筆者と妻のコシヒカリは、2014年に生まれてはじめて、未経験のまま有機栽培・無農薬栽培をはじめて1度も倒伏して収穫が減少したということはありません。なにしろ、おお苗植え、粗植で、収穫量より安全で自然に美味しいお米をつくることを目標としていますので・・・。

現在のところ、コシヒカリの穂がなびく姿を見て、倒伏の可能性はないと推察しました。

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