湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

『近世科學思想上』・『種痘伝来』を注文・・・

2017年03月24日 |  1.古文書独習

昨夜、郡山地方史研究会の20年前の古文書講習会のテキストを読んでいました。

そこに描かれていたのは、疱瘡でいのちを失っていくこどもたちの悲惨な姿・・・。安積地方の医師したちが代官に、こどものために種痘をするように訴えた文書・・・。ただ、その古文書、書かれた年が明記されていません。古文書そものを精読していけば年代を推定することができるのでしょうが、鎖国していたはずの日本で、江戸時代に東北の安積地方で種痘が施されていたとは・・・。

インターネットで検索していますと、筆者の疑問に答える本が見つかりました。『種痘伝来・日本の開国と知の国際ネットワーク 』・・・。それと、『近世科學思想下』は蔵書しているのに、『近世科學思想上』は、いくらさがしても見つかりませんでしたので、それをあわせて注文しました。

日本の歴史・・・、古代から現代にいたるまで、アジアの国々(中国・朝鮮)から影響を受けつつ、そこから離脱して独自の文化を構築して行こうとする傾向が非常に強いのですね。新井白石の影響を強く受けている筆者、とくにそう思うのかもしれませんが、西洋文化の知識・技術の吸収は、すでに中世からはじまり、近世で顕在化、明治維新による日本の近代化は、外圧による突然変異ではなく、日本人の内側からの切々たる、進取気鋭の要求からなされたようです。古代日本の先祖、縄文人が持っていた民族的傾向・・・。

筆者が入手した、郡山地方史研究会の古文書講習会のテキストは、全部で22冊・・・。それをひもときながら、筆者が思うのは、<賤民史観>・<貧農史観>は、日本の民衆に対する典型的な差別思想、日本の民衆に対する知識階級による唯物史観的イデオロギーにもとづく、愚民論的侮辱・侮蔑でしかないと・・・。

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中世文書・・・

2017年03月11日 |  1.古文書独習

今日の古文書講習会は、中世文書・・・。白河結城家文書の中から、3文書・・・。

今日、講習が終わったあと、講師の高橋明先生が筆者に話しかけて来られました。<近世文書より、中世文書の方が見やすいでしょう?> 筆者、<とんでもありません。中世文書を読むためには、時代的背景を把握する必要がありますので、大変です。今回の中世文書の予習をするときに、どれだけそれを実感させられたか・・・>とお答えしましたが、筆者、インターネットの日本の古本屋経由でやっと中世文書を読むために必要な基本図書を入手しただけ・・・。

学者・研究者による<白河結城家文書>の総合的研究・・・、古文書ひとつひとつの紙質も分析して、古文書の年代を推察、古文書の真正性を確認されたようです。中世の文書が、400~800年、高温多湿の保存に不適格な日本の風土の中で保存・継承されてきたことは、筆者にとっては驚き・・・。昔の製紙技術、高等技術だったのでしょうね。

古文書の年代を推定するための和紙の分析、どうすればいいのか、筆者の蔵書の中から探してみたのですが、顕微鏡で紙の繊維を調べた写真が掲載されている本が1冊ありました。贋作の古文書を詐欺的に売りつける犯罪捜査のときに使用される紙の鑑定方法・・・。江口治著『探偵學大系』に掲載されていました。

ものはついでに・・・、とインターネットの日本の古本屋経由で、柳橋眞他著『和紙の手帖 和紙の歴史・製法・用途・産地のすべて』(@500円)と町田誠之著『紙のふるさとを行く 歴史の中の和紙のはなし』(@700円)の2冊を注文しました。中世文書が現代まで伝えられている背景には、当時の紙漉き職人の技術がありますから・・・。その職人の技術なくして、古文書とその内容の継承は不可能ですから・・・。

近世幕藩体制下の旧長州藩の<三白政策>の<一白>のひとつは和紙でした。その抜け荷を取り締まっていたのが、当時の司法・警察であった<穢多>役・・・。それを調べていたとき、近世幕藩体制下における和紙について調べ、妻と2人で、津和野の紙漉きの現場を見学に行ったことがありますが、妻のふるさと・湖南の赤津村の、筆者の手元にある記録には、こうぞ・みつまたが赤津村で採取されていたとの記録はありません。

<鉄>だけでなく<紙>も視野に入れて、調べた方がよさそうです。

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書斎で古文書を読んでいると・・・

2017年03月06日 |  1.古文書独習

書斎で、郡山地方史研究会の古文書講習会のテキストを読んでいたとき、妻がやってきて、

妻:あなた、いまなにをしているの?
筆者:これを読んでる・・・
妻:あなた、もう辞典なしで古文書読めるようになったの?
筆者:だいたい読めるようになったけれど、まだ、1ページに、2~3文字は、読めない文字が出てくる・・・。
妻:なんて書いてあるの?
筆者:これは、・・・

といって、読んでみせるのですが、妻は、<わたしには無理・・・。あなた、よく読めるようになったわね?>といいますので、筆者、<郡山地方史研究会の先生方、教え方が上手だから。66歳から、古文書講習会に出るようになって、今年で4回目・・・。古文書を前にしても臆することがなくなったから、古文書講習会に参加した甲斐があったのでは・・・。古文書講習会での指導法も身につけていっているし・・・。講師の先生の指導法、みんな個性があって、そのいいところだけをとって、自分にあった指導法をみにつけることができそう・・・>と答えました。

もちろん、自分で自分を指導するときの指導法のことです。古文書を読んでいるとき、筆者のこころは、in shrink 状態ではなく、out stretch 状態・・・。in shrink 状態では、継続的に古文書を読むことは難しいのですが、 out stretch 状態では、継続的に古文書を読み続けることができます。

古文書を読んでいて<躓く>ことがありますが、<躓く>のは、大きな石ではなく、小さな石・・・。極ありふれた文字が読めなくなるのは、古文書読解の大きな壁にぶつかったのではなく、ただ単になんでもないことに躓いただけ・・・。筆者、歳をとってから古文書読解力を身に着けようとしていますので、老化がはじまている筆者にふさわしく、なんでもない文字に躓くことしばしばありますが、気にしない・・・。いつか、読めるようになるさ・・・、とひたすら、前に向かって読み続けます。

なにごとにつけても妥当しますが、ものごとの90%の知識を身につけるのは、少しの努力で簡単に身につけることができます。しかし、あとの10%をマスターしようと思いますと、膨大な努力と時間が必要になります。残りの10%を時間と労力をかけて身につけたひとのことを、その道の  professional といいます。 筆者は、なにごとにつけても、永遠に、 amateur・・・。 筆者がよく使う英和辞典で amateur をひきますと<なまかじりや>とあります。

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異国船渡来ニ付諸御達留帳・・・

2017年03月06日 |  1.古文書独習

今日は、のんびり休養しています。

郡山地方史研究会の第29回古文書講習会のテキストから、

<嘉永七年二月異国船渡来ニ付諸御達留帳>を読み始めました。

郡山地方史研究会の古文書講習会のテキストのいいところは、古文書の写しのみが掲載されていて、判読文も解説文も添付されていないところ・・・。それを読むためには、数冊の古文書解読辞典を傍らにおいて、自分で読みすすめなければなりません。読めない文字は、最初の通読のときに印をつけておいて、再読で精読するとき古文書解読辞典にあたります。古文書全体の大意を把握できれば、読めない文字が読めるようになる場合も少なくありません。

旧長州藩領地の高佐郷につたわる、当時の寺子屋の教科書『高佐廻り地名記』にこんな一節があります。

少し岡は水ケ峠  (すくなしおかは みずがたお)
不動の堂より詠れば  (ふどうのどうより ながむれば)
嘉永六から相生の  (かえいむつから あいおいの)
松の噂も高佐ごや  (まつのうわさも たかさごや)

黒船来襲を歌ったものですが、黒船来襲は、近世幕藩体制下の日本の津々浦々に大きな衝撃を与えたようです。郡山宿も、江戸城警備のために召還される各藩の江戸出張にともなう様々な賦役を求められます。その様子がことこまやかにしるされているのですが、それだけでなく、日本防衛のために、二本松藩の各組(組:一般的には郡、長州藩は宰判とよぶ)の郷足軽・小者・鉄砲打が動員されます。徴兵制があろうがなかろうが、国難にあっては、国土防衛のために国民が総動員されるのは世の常・・・。

現在、湖南に含まれている月形村・中野村は、近世二本松藩の横沢組に属しますが、そのとき動員されたのは、郷足軽17人、小者36人、鉄砲打8人・・・。古文書の中には、郷足軽が誰なのか、その名前が記されている古文書もあるのでしょう。筆者は、まだお目にかかったことがありませんが・・・。湖南に身を置いてひさしくときが立てば、それらの資料を目にすることもあるでしょう。

郡山地方史研究会の過去の古文書講習会のテキストを読むのは、筆者にとっては、とても有効な気分転換のための娯楽・・・。

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松雲堂『新漢和辭典』の特徴・・・

2017年03月05日 |  1.古文書独習

第49回古文書講習会のときから使いはじめた松雲堂『新漢和辭典』の特徴・・・

1.漢字の選擇は、主として康煕字典に據り、廣く之を今日に鑑みて取るべきものは取り捨つべきときは捨て、精細なる考慮を費やしたるのみならず、

2.現代に於ける新聞紙雑誌其他公氏の文書に使用せらる、俗字略字は云ふまでもなく、

3.在来もしくは、新製國字は一々之を収めて漏さず、萬に一失なきを期したり

4.古を知るに要ありと思へるものは往々之を採りたり是畢竟著者の老婆心に過ぎざるなり、幸に無益の筆とする勿れ。私かに想ふ、字と語との選擇の精疎と之が解釈の繁簡とは一に本字典の価値に關すと

5.字音は、漢音呉音或は漢呉共通の音を明らかにし、我國にて特によみぐせのあるものは之を慣用音として掲げたり

6.和訓は特にゴシックを用ゐて一目瞭然たらしめ

7.我國にのみ通用する訓は、之を最後に附して『国訓』と云ふ符の下に之が解を附することせり

8.既に公刊の字典には漢語に重きを置き、國語を輕んじたる嫌あるにより、本書は力めて之を網羅し以て漢和字典の實を擧げたり

9.書中収むる所の有りと有らゆる日用文字には、行書或は草書を掲げたり、篆書隷書を省けるは其實用に益少なきを以てなり

無学歴・無資格、歴史研究とは無縁の筆者が、郡山地方史研究会の古文書講習会に参加させていただいて、少しずつ古文書が読めるようになっていっているのは、筆者の、<独学>環境が少しずつ充実して行っているのもひとつの要因ではないかと思われます。この辞書を編纂した著者は、この辞書の価値は、<廣く之を世に問ひし後に非ざれば其是非を知る能はずとするも・・・萬人が其得んと欲する所の字、其知らんと欲する所の語、其容易なること物を嚢中に探るが如き感あらん乎>と記していますが、106年前の松雲堂『新漢和辭典』は、近世文書を読むときの筆者の座右の銘になりそうです。筆者が日頃使っている漢和辞典は、『角川漢和中辞典』ですが・・・。

『新式伊呂波引節用辞典』を、インターネットの日本の古本屋で検索してみますと、1冊ヒット・・・。その価格は、19,950円・・・。松雲堂『新漢和辭典』は、ヒットせず・・・。

本にも、一期一会というのがありそうです。出会ったときに入手しないと、永遠に手に入らなくなってしまいます。

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近世古文書を読むのに役立つ辞書と役に立たない辞書・・・

2017年03月05日 |  1.古文書独習

近世古文書を読むのに役立つ辞書と役に立たない辞書・・・。

近世古文書を読むとき、当時のことばの意味を知るために、筆者が使用している辞書は、『音訓引き古文書字典』と松雲堂『新漢和辭典』の2冊・・・。歴史的仮名遣いを確認するときは、『新式伊呂波引節用辞典』を用います。

『新漢和辭典』と『新式伊呂波引節用辞典』の2冊は、筆者が、小学校に入学するとき、父から、<おじいさんが使っていた辞書だ>といって譲り受けたもの・・・。そのとき、父から、<琴浦西小學校吉田永學>の文字の引き方を教えてもらいました。一番最初に教えられたのは、<先祖の名前は代々學がつく>ということで、<學>の字・・・。

2冊の辞書は、旧漢字の字書なので、筆者が小学校で旧漢字を使うようになるのも必然・・・。あるとき、小学校のクラスの担任の先生がやってきて、父に、<むすこさんに旧漢字を教えないでください。教室で、「先生、その字は間違っています」といいますので・・・>と注意していました。<學校>の読みも<がっこう>ではなく<がくこう>ですから・・・。担任の先生、テストのとき、間違いとして採点はされませんでしたが・・・。

<三つ子の魂百まで>という諺がありますが、筆者、69歳になっても、その性格は失われていないようです。ひとは歳をとると、老化して、こどものころの性格が滲み出てくるのだとか・・・。筆者も注意しなければ・・・。

筆者が、近世古文書を読むときに役にたたないと思っている辞書は、前田勇編『江戸語の辞典』・・・。この辞典で知った言葉は、<しぶうちわの氏子>・・・。江戸の庶民の間で、忌み嫌われたものに<しぶうちわ>があったそうですが、その理由は、<しぶうちわ>は<貧乏神の持ち物>だから、と考えられていたようです。<しぶうちわの氏子>は、<貧乏神社>の<貧乏神>の<氏子>を意味しているようです。<常に貧乏している者の意>。

日本基督教団の隠退牧師である筆者と妻、神社の<氏子>ではないので、<貧乏神>からも解放されています。

前田勇編『江戸語の辞典』・・・、それ以外、役に立った記憶がありません。

今日、BOOKOFFに行ったとき、近世古文書を読むのに役立つ漢和辞典を探したのですが、大正15年発行の松雲堂『新漢和辭典』に勝るものはありませんでした。ちなみに、『新式伊呂波引節用辞典』は、明治38年発行・・・。

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古文書読解に役立つ漢和辞典・・・

2017年03月04日 |  1.古文書独習

今回の郡山地方史研究会の古文書講習会のテキストを予習するときに用いた、古文書読解ツールは、『古文書講習会受講用・近世候文解読手帳』と、『くずし字用例辞典』・『くずし字解読辞典』・『音訓引き古文書字典』、それから、松雲堂『新漢和辭典』・・・。

この『新漢和辭典』、本体は、1462ページですが、巻末に<音訓總索引>が164ページ、<總字索引>85ページがついています。今回、この辞書が大いに役立ちました。理由は、本体の見出しや<總字索引>の漢字が大きいこと・・・。69歳の筆者、老眼を避けることができず、小さな活字はほとんど判読できません。特に、旧漢字は画数が多くてほとんど判読することができません。しかし、この『新漢和辭典』、漢和辞典の本体部分の見出しも、かなり大きな活字なので、画数の多い漢字も簡単に判別することができます。

近世の候文は、旧漢字や異体字が多用されますので、それを判別するためには、この漢和辞典は最適・・・。漢音・呉音・漢呉共通音は一目瞭然に区別できますし、その漢字の和訓は、ゴシック体で協調表示されていますので、近世候文を読むときのてがかりになります。

古文書を判読するだけなら、『古文書講習会受講用・近世候文解読手帳』と、『くずし字用例辞典』・『くずし字解読辞典』・『音訓引き古文書字典』・『新漢和辭典』の5冊で十分です。

筆者の頭の中にある古文書読解のイメージは、山口県立図書館の木下先生が、左に古文書を置いて、ノートパソコンにその文章を入力していた光景・・・。筆者が見ることを許された、古文書を活字化する唯一の作業風景です。たぶん、その日はやってこないでしょうが、木下先生のように、古文書の判読と記録化が同時にできるようになることを目指して、日々、古文書読解に挑戦・・・!

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古文書の読み方を体得・・・?

2017年02月27日 |  1.古文書独習

今日の夜、郡山地方史研究会の古文書講習会第5日目のテキストの予習をしていました。

湖南史談会の前会長の秋山雄記先生が所蔵している<秋山家文書>の<秋山磯之助勤中御用日記>の1節・・・。

左の赤色の文字が判読できなくて、時間を潰すことになりました。しかし、この文字は、1字ではなく、2字から構成されているのではないかと、あらためて読み直してみますと、<候者>と読めるようになりました。

<他他邦往来之諸荷物抔法度相改免候者ニ紛敷荷物之類一切差留吟味仕候

そのとき、筆者、ケガの功名というか、下線を引いた箇所から、古文書を読むときの<コツ>を発見・・・!候文を書くときの作法があるようで、そんな作法があるのかどうか、確認してみることにします。すくなくとも、今回の講習会のテキスト全体に渡って有効な<コツ>であるようです。

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古文書講習会の予習・・・

2017年02月22日 |  1.古文書独習

今週土曜日の、郡山地方史研究会の古文書講習会第4目のテキスト、この前、講義をされる Takahashi 先生が<あらjかじめ自分で読んでくるように・・・>話しておられましたので、昨夜、全文に目を通し、テキストの文字の右肩に、鉛筆で判読した文字を書き込んで行きました。

しかし、読めない文字が出てきました。<〇〇村>の<〇〇>が読めません。昨夜、古文書解読辞典をひもときながら、やっと判読することができました。<〇〇村>の<〇〇>は<梅澤>でした。

第4日目のテキスト、誤読していなければ、100%判読することができました。

<〇〇村>を<梅澤村>と判読して間違いがないか、『郡山の歴史』を紐解いてみますと、P59に、<梅沢村 名主 斉藤源兵衛>とありましたから、<〇〇村名主斎藤源兵衛>の<〇〇>は、<梅澤>に間違いなし!

しかし、めだたしめだたしとは言えないようです。きわめて日常的で基本的な文字が即判読できないようでは・・・。松雲堂の『新漢和辭典』は、旧漢字の漢和辞典で、読みにくいくずし字については、くずし字そのものが掲載されていますので、これからは、古文書を読むとき、この『新漢和辭典』も傍らに置いておくことにしましょう。

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古文書講習会第2日目・・・

2017年02月11日 |  1.古文書独習

今日は、郡山地方史研究会の第49回古文書講習会の第2日目・・・。

筆者にとっては、通算20日目・・・。1回3時間の講習ですから、通算60時間、古文書判読の手ほどきを受けたことになります。これだけ、郡山地方史研究会の先生方からご指導を賜っているのですから、無学歴・無資格、歴史研究とは無縁の筆者でも、古文書が読めるようになるのは、当然すぎるほど当然・・・。

今日、筆者の前の机に座っておられた高齢の女性の方、なんと88歳・・・。去年の秋の、郡山地方史研究会の史跡めぐりにも参加されていて、勢至堂峠のあの急な坂をみなさんと一緒に歩いて登っておられた方・・・。なにでも、山形県天童市の山郷育ちだそうで、山を歩くのは慣れておられるのだとか・・・。88歳にして、なお、古文書講習会に参加されておられるのですから、筆者は、まだまだ初心者・・・。その方の年齢に達するには、まだ20年あります。

あきらめることなく、古文書を読み続けなければ・・・。

今日、古文書講習会の過去のテキストを1冊入手しましたので、筆者、郡山地方史研究会の古文書講習会23年分のテキストを入手したことになります。判読だけなら、筆者、『くずし字用例辞典』・『くずし字解読辞典』・『音訓引き古文書字典』の3冊で、なんとかなりそうです。

金子武雄著『延喜式祝詞講』の解釈法、古文書を判読して、<解説>・<原文>・<訓読>・<訓文>・<語釈>・<訳文>・<考説>の手続きを踏むことができるようになればいいのですが・・・。

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古文書講習会のテキストを予習・・・

2017年02月10日 |  1.古文書独習

このところ、毎日1~2時間、郡山地方史研究会の古文書講習会のテキストを予習していますが、『くずし字用例辞典』・『くずし字解読辞典』・『音訓引き古文書字典』の3冊を使って、読むことができないくずし字もかなり判読することができるようになりました。

古文書がある程度読めるようになるというのは、いいですね。自分で古文書の本文批評ができるようになりますと、歴史研究も一段と面白くなります。

湖南史談会に入っていた3年半、古文書を読んだり、研究したりする機会は、ほとんどありませんでした。湖南史談会の前会長の秋山雄記先生から、『秋山家文書』の一部を見せてもらうのみ・・・。『御用日記』は、全ページ写真を撮らせていただきました。昨年8月、一身上の都合で脱会しましたので、湖南の古文書に触れる機会はもうないことでしょう。

インターネットで、『演習ぐんま古文書入門』で、古文書読解の基礎を身につけることができます。その説明文に、

<本講座は、群馬県立文書館が開館以来実施している「古文書入門講座」のテキストとして使用した、主に江戸時代から明治時代の古文書の中から60点を精選し、新たに「演習ぐんまの古文書入門」として当館ホームページ(古文書講座)に掲載するものです。これから新たに古文書の解読に挑戦したいという初心者の方が自宅で学習できるよう、出来るだけ読みやすく、内容もわかりやすい基本的な古文書を選びました。また、古文書を学習しながら地域の歴史も理解できるように編集しましたので、これを機会に難解と思われがちな崩し字を読み解くことの楽しさを少しでも実感していただければと思っております。なお、ここに掲載する演習用古文書の原本は、何れも当館が所蔵するものです。閲覧室では直接手にとってご覧いただくこともできますので、ぜひ一度「ホンモノ」の古文書の質感、筆の運び、墨のかすれなど、その醍醐味を味わってみてはいかがでしょうか。ご来館をお待ちしております。>とありました。

郡山市歴史資料館に行けば、郡山地方史研究会の古文書講習会のテキストの原文を手にとって読むことができるかもしれません。

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古文書の読めない文字を判読できるようになった・・・

2017年02月06日 |  1.古文書独習

昨夜、郡山地方史研究会の古文書講習会のテキストの続きを読みました。

昨日は、読めない文字に遭遇しますと、児玉幸多編『くずし字用例辞典』・『くずし字解読辞典』、林英夫編『音訓引き古文書字典』を使って、判読をこころみましたが、すべて成功・・・。筆者、どうやら、古文書の読めない文字を判読する術を身につけることができたようです。

2015年の古文書講習会に参加する準備として、2014年の受講経験をもとに、手持ちの古文書読解の本から必要事項を集めて、『古文書講習会受講用・近世候文解読手帳』を作成しましたが、それは、『くずし字用例辞典』・『くずし字解読辞典』・『音訓引き古文書字典』をフル活用するための<補助ツール>の役割を果たします。読めない文字に遭遇しますと、この<補助ツール>『古文書講習会受講用・近世候文解読手帳』で判読をこころみ、それでも判読できない場合は、『くずし字用例辞典』・『くずし字解読辞典』・『音訓引き古文書字典』にあたります。

湖南史談会の会員の方々は、何十年も古文書とかかわり、児玉幸多編『くずし字用例辞典』だけで判読を進めることができますが、無学歴・無資格、歴史研究とは無縁の筆者が古文書を読解できるようになるためには、経験のなさをカバーするための時間と努力が必要であったようです。

今の心境は、古文書山に登山しようとして、古文書山の頂を仰ぐことができる、その前の小峰の頂に立った気分・・・。

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古文書読解の座右の銘・・・

2017年02月05日 |  1.古文書独習

昨夜、古文書講習会のテキストの続きを読んでみました。

95%の文字は読めるようになっているのですが、あとの5%を判読するには、まだまだ多くの時間がかかります。昨日、筆者が使ったのは、児玉幸多編『くずし字用例辞典』・『くずし字解読辞典』、林英夫編『音訓引き古文書字典』の3冊・・・。

この3冊は、筆者がこれから、古文書を読み進めて行く上での、座右の銘になります。

『くずし字用例辞典』
1.部首検索、2.扁旁冠脚くずし方検索、3.読める文字と読めない文字からなる熟語からの検索、4.音訓検索

『くずし字解読辞典』
1.くずし字の起筆から検索、2.扁旁くずし方検索、3.音訓検索

『音訓引き古文書字典』
1.読める文字からはじまり、読めない文字を含む熟語を検索、2.音訓検索、3.ついでに言葉の意味も確認

3冊の辞典を使って、読めない文字を判読するための方法ですが、その他に、1.古文書をもって古文書を読む・・・ことが少なくありません。少しく長文の古文書ですと、同じ類の熟語・表現がしばしば繰り返し登場してきます。3~4個、同じ言葉であると認識できましたら、それらを比較して、読めるようになる場合が少なくありません。同じひとが書いた同じ文書においても、くずし方が微妙に変化して、ある箇所では読めなくても、他の箇所で判読可能な場合も出てきます。2.形式内容の類似した既知の古文書と比較して判読・・・、する場合も少なくありません。筆者が、郡山地方史研究会の過去のテキストも収集しているのは、このため・・・。

各種入門書は、時々取り出しては、古文書読解の基礎に立ち返るために読むだけ・・・。湖南史談会の会員の方々は、古文書読解の共通のツールとして、児玉幸多編『くずし字用例辞典』を使っておられますが、無学歴・無資格、これまで古文書読解とほとんど縁がなかった筆者には、それだけでは古文書読解は難しく、『くずし字解読辞典』と『音訓引き古文書字典』もあわせて使うようになりました。

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『基礎・古文書のよみかた』を再読・・・

2017年01月18日 |  1.古文書独習

昨夜、林英夫著『基礎・古文書のよみかた』を再読しました。

これから、精読にはいりますが、もしかしたら、この教科書1冊で、古文書を読むことが可能になるのかもしれません。これまで、古文書を読めるようになるために数10冊の本を集めましたが、試行錯誤しながら、筆者、やっと、この林英夫著『基礎・古文書のよみかた』の良さを発見したようです。

『基礎・古文書のよみかた』ではじめ『基礎・古文書のよみかた』で終わったような感じ・・・。

『基礎・古文書のよみかた』に、<古文書学習書案内>が参考資料として掲載されています。66冊・・・。筆者が持っている本は、そのうちの7冊・・・。

はじめて学ぶ人のために <入門>書・・・2冊
古文書読みの道具 字典・辞典・図録など・・・4冊
研究者を目指すひとのために・・・1冊

林英夫著『基礎・古文書のよみかた』は、それらを1冊にまとめたものであるようです。今回の、郡山地方史研究会の古文書講習会には、これ1冊を携えて、これ1冊で古文書を判読してみることにします。

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会津史談会に入会申込み・・・

2016年09月20日 |  1.古文書独習

今日、<会津史談会>に、入会の申し込みをしました。

<湖南史談会>のホームページから、E-mail で手続きをしました。入会金は、1,000円・・・。年会費は、4,000円・・・。会津史談会は、6つの部会があるようです。入会のときは、どれか1つの部会を選択する必要があるようですが、筆者が参加したい部会は、<研修部>と<調査部>・・・。しかし、いきなり、<調査部>というのも問題があるでしょうから、とりあえず、<研修部>を選択しました。<研修部>は、1ヶ月に1回研修会が開催されますので1年間に最低でも12回は会津若松に通う必要があります。

妻のふるさと・湖南の赤津村は、旧会津藩領地・・・。歴史・文化・自然・地理・気候などは、会津地方のそれなので、湖南の赤津村の住人である筆者が、<会津史談会>にはいっても不思議ではないでしょうから・・・。

筆者の、湖南での生活と暮らしと、湖南の地方史研究とは、切り離されたところで、純粋に学問的動機でかかわったほうがよさそうです。

筆者の妻、<あなた、湖南史談会にものたりなくなって、会津史談会に変わるんでしょう? わたしも、賛成・・・!湖南史談会の前会長のAkiyama先生も、赤津村に関する資料は、湖南ではなく会津にあると話していたでしょう? 会津で、赤津の史資料を見ることができるかもしれなくってよ・・・>と話していました。

湖南史談会の会員に、筆者を推薦してくださったAkiyama先生とは、湖南史談会を脱会しても、湖南のどのほかのグループにも参加しないと約束していますので、地方史研究において、湖南の方々との交流はなくなります。筆者と妻、湖南の赤津村においては、<空気>のような存在になります。

筆者の妻は、会津ではなく、郡山で趣味の会に入るそうです。

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