湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

SHARPの関数電卓EL-509Jでできる放射線量の換算・・・

2017年06月13日 |  5.原発事故と放射能汚染

今日の夜、SHARPの関数電卓EL-509Jで遊んでいて、単位換算の機能があるのが分かりました。

SHARPの関数電卓EL-509Jは、166種類の単位換算ができるようですが、その159~166は、放射線量、放射能汚染度の換算・・・。

チェルノブイリや福島の原発事故に関する本を読むとき、いつもSHARPの関数電卓EL-509Aを用いて自分で単位換算していましたが、SHARPの関数電卓EL-509Jを使うと、簡単に単位換算できるようです。

筆者のコンパクトデジカメ、FinPix S9200、今日はじめて、1秒間で60枚の連続写真が撮れることが分かりました。光学的50倍(1200mmレンズ相当)で、遠く離れたところにいるクマを1秒60枚の連続写真が撮れれば、このブログに載せることができるクマの写真を撮ることができそうです。

関数電卓もデジカメも、100%使いこなせると、おもしろい世界が開かれそう・・・。

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原発事故によって放射能汚染された福島で生きていくために・・・

2016年12月06日 |  5.原発事故と放射能汚染



2013年4月1日に、妻のふるさと・福島県郡山市湖南町に帰郷・帰農することは、その5年前にすでに決めていました。しかし、2011年3月11日に、東日本大震災と東電の原発事故による放射能汚染が発生・・・。

刻々と流されてくる情報を分析しながら、筆者、原発事故の放射能雲は、標高500~600mの高さで水平に拡がっていると判断・・・。標高1,000mの山脈を越えることができないと推測、当時福島市内に住んでいた娘を、原発から80km圏外の、妻の実家のある、娘の祖父母が住んでいる郡山市湖南町赤津村に避難させることにしました。

原発事故が起きてから、筆者、インターネットの日本の古本屋経由で、原発事故・放射能汚染と除染・放射線測定法・放射線防御・放射線健康管理・放射線医学などの古書・古本を集めはじめました。それと、新本が出される都度、宮脇書店で、2013年2月ころまで購入、読み続けました。

放射能汚染された、妻の実家の田・畑・山林をどのように除染していくことができるか・・・。2013年4月1日に帰郷する1年前から、1ヶ月に1回、5泊6日の日程で、妻の実家に戻り、土・水・空気・肥料・堆肥・野菜・米などの放射線量を測定しながら、筆者でできる対策をとってきました。そのために読んだ関連書籍が、上の写真・・・。これらの書籍のおかげで、筆者と妻、原発事故から2年後の2013年4月1日、妻のふるさとに戻り、いきなり有機栽培・無農薬栽培で野菜つくりを、2014年からはコメつくりをはじめました。

こられの本は、すべて妻の実家に持って帰ったのですが、ほとんどは<書庫>に格納して、日常目につくところに置いてある本は20冊程度・・・。それ以外の本は、ほとんど目を通すことはなくなりました。筆者が一番信頼を置いている書籍は、日本で原発事故が起こる以前の世界の原発事故に関する本と、日本の原発の問題点を指摘した本です。福島に帰郷してからというもの、放射能汚染と除染方法、健康管理について話しあったり、情報交換する機会はほとんどなくなりました。

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梅の放射能汚染度を測って・・・!

2016年12月05日 |  5.原発事故と放射能汚染

今朝、妻が、<あなた、わが家の庭でとれた梅、2~3個食べてから、まだ放射能汚染度、測定していないのを思い出したの、すぐ測って・・・!>といいますので、検査容器に梅を5~6個潰して漬け汁を加え、そこに、ドイツ製のガイガーカウンタALPHAiX3000の液浸型検知管を直接挿入して測定してみましたが、平均14カウント・・・。21カウントを越えると汚染の可能性が出てきますので、測定時間を10分から60分に延長しなければなりませんが、検出不可で、安心して、妻の実家の庭で採れた梅を食べることができるようになりました。

ついでに、念のため、昨日掘り起こした備中レンコンに、同じ検知管を直接挿入して測定してみましたが、こちらも異常なし・・・。安心して、岡山の妹夫婦にこのレンコンを送ることができます。

前後が逆順になりましたが、市販されている調味料の含有放射線量がわかっている減塩塩を測定・・・。所定の数値を確認しましたので、今回の漬け梅と備中レンコンは、放射能汚染されていないと判断しました。

<疑わしきはすぐ調べる>・・・、他の農家の方々からいただいた野菜を測定しますと、放射能汚染された可能性のある数値に時々遭遇しますが、そのときには、無条件で廃棄します。まだ、妻の実家の田畑で栽培した米・野菜から放射能汚染を想定させる全ベータ線量を検出したことは一度もありません。妻とよく尋ねる福島県下の道の駅で販売されている野菜の放射能汚染度と比べますと、より安心できる数値です。

筆者と妻が30年間棲息していた山口の方が、空間放射線量も、野菜・土壌の放射能汚染度も、福島県郡山市湖南町のそれより高い!戦後、中国による核実験によってもたらされた放射能汚染、あるいは、四国電力の伊方原発から常時排出される放射能汚染物質の飛来によって、住民が気付かないうちに放射能汚染されてしまっているのかもしれません。広島の原爆による放射能汚染もありますし・・・。

日本全国、自分で測定して見ない限りは、どのような環境の中を生きているのか、ほんとうのことを知ることはできません。国まかせ、行政まかせ、学者まかせ、教師まかせ、運動家まかせでは、ほんとうのことを知ることはできません。放射能汚染も、部落差別も同じ・・・。真実をしりたければ、ひとまかせにしないで、自分で調べることが大切です。

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米30袋を放射能全袋検査のために持参・・・

2016年12月02日 |  5.原発事故と放射能汚染

今朝は、雨・みぞれ・雪が降っていました。

午前8時頃になりますと、空が明るくなって、晴れるのではないかとの期待を抱くようになりました。それで、雨がぱらつく程度になった10:00頃、農機具の小屋から運びだして軽トラに積み込む間、雨や雪がかからないように、一時的にブルーシートの屋根をつくる作業をしました。

湖南の気候は、山岳気象・・・。晴れていても突然に雨がふりはじめたりしますので、その雨を避けるためにブルーシートの屋根をつくったのですが、米の袋が雨にぬれるのを心配しないで積み込みできましたので、作業は快適でした。そして、妻が、電話で、JA福島さくらの大槻支店に電話して了解をとったあと、奥羽山脈の三森峠を越えて米の袋を持って行きました。数回往復して、米を全袋検査に出すことができました。検査が終わると連絡してくださるとかで、また、数回往復して、妻の実家の農機具の小屋まで持って帰らなければなりません。

奥羽山脈の西側では、雨&雪が降っていたのに、三森峠を越えて奥羽山脈の東側に行きますと、晴れ!会津地方と中通りの天気のギャップに驚かされます。JA福島さくらの大槻支店の周辺は晴れているのに、湖南の妻の実家の周辺は雨や雪がちらついているのですから・・・。

コシヒカリ30kg×1袋とはえぬき30kg×1袋は、全袋検査に出しませんでした。筆者と妻の自給用に使いますので・・・。ほうんとうは、農家が食べる米も全袋検査にださなければならないのでしょうが、全部出すと、万一放射能汚染が検出されたときに<弁明・反論>・<再検査要請>をすることができなくなりますから・・・。

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昨夜は、放射能に関する再学習・・・

2016年12月02日 |  5.原発事故と放射能汚染

昨夜、放射能に関する専門書を読み直しました。

通読したのは、三宅泰雄著『放射能 汚染と処理』(1956年)1冊のみですが、その他の、日本化学会編『放射化学』(実験化学講座12、1956年)・三宅泰雄著『降水の化学』(1957年)・江藤秀雄他著『改訂3版・放射線の防護』(1978年)・吉沢康雄著『放射線健康管理学』(1984年)・浅見輝男著『福島原発事故・土壌と農作物の放射線核種汚染』(2011年)の4冊は、最初読んだときにつけたマーカーやメモ書きのあるところを拾い読みしました。

特に、三宅泰雄著『放射能 汚染と処理』は、核実験・原発事故による放射能汚染を網羅的に把握できる良書です。上記の本を、インターネットの日本の古本屋で検索しますと、『放射化学』×2冊・『降水の化学』×1冊・『改訂3版・放射線の防護』×2冊がヒットしましたが、2011年原発事故の直後には、『放射能 汚染と処理』は20冊近く検索できたと記憶しているのですが、今は1冊もなし・・・。2011年の原発事故のあと、高圧洗浄による除染活動が行われましたが、それは間違った除染方法であることが、アメリカでの実験と研究で証明済みのことだったようで、日本の除染の専門家や学者・研究者が家屋の屋根や壁、道路の高圧洗浄による除染を強く主張したのは、彼らの勉強不足を自ら実証したようなもの・・・。

2013年4月1日に、妻のふるさと・福島県郡山市湖南町に帰郷するまでは、2011年3月11日に原発事故が発生、福島市に住んでいた娘や、郡山市湖南町に住んでいた、妻の実家のおとうさんやおかあさんが原発事故による放射能汚染にさらされたことで、筆者、インターネットの日本の古本屋で検索しては、<放射線防護>に関する本を読み漁りました。しかし、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農してからは、ほとんど読まなくなりました。標高550mの湖南高原の棚田や段々畑で、有機栽培・無農薬栽培をする上で必要な放射線防護に関する<身の丈ほどの>知識・技術は、十分すぎるほど入手していましたので・・・。

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原発事故が起こる直前のコメの全ベータ線量・・・

2016年12月01日 |  5.原発事故と放射能汚染

原発事故が発生したのが、2011年3月11日・・・。その半月前の2011年2月23日、<福島県原子力発電所安全確保技術連絡会>が『原子力発電所周辺環境放射能測定結果の評価結果』なるものを出しています。

原発事故の直後に、インターネットにアクセスしてプリントアウトしたものを、筆者の手製の『放射能測定手帳』に張り付けていますが、<120試料>の<全ベータ放射能の測定値>が公表されています。その年の測定は、<過去10年間の測定値と同程度でした>。

<こめ>は、試料件数10、測定値は19~24Bq/kg 過去10年間の測定値は14~34Bq/kg
<だいこん>は、試料件数10、測定値は57~81Bq/kg 過去10年間の測定値は43~115Bq/kg
<ほうれん草>は、試料件数10、測定値は187~227Bq/kg 過去10年間の測定値は104~294Bq/kg
<陸土>は、試料件数14、測定値は272~756Bq/kg 過去10年間の測定値は258~1064Bq/kg

筆者の持っているドイツ製のガイガーカウンタALPHAiX3000で測定しても、こめ・だいこん・ほうれん草・土壌で、そんな高い値は検出されたことはありません。

今日、ひさしぶりに、2011年12月15日に、筆者が自分のために作成した『放射線測定手帳』を読み直してみました。そのとき、『放射能除染手帳』も作成しました。妻の実家のおとうさんが、電話で、<湖南が放射能汚染されていたら、もう帰って来なくていい・・・>とさびしそうに話してしました。筆者、<放射能を除染して、田畑で米や野菜をつくるノウハウを取得して必ず帰るから待ってて!>と話していたのですが、2012年1月1日に、妻の実家のおとうさんは心臓発作で急逝してしまいました。東海村原子力発電所で仕事をしていたことがある、妻の実家のおとうさん、被曝をかなり心配していたようで、<放射能を気にしながら生きるのは、おらひとりで十分だ>と話していました。筆者と妻にとっては、おとうさんの死は、原発事故関連死・・・。

原発事故のあと、8月の終わりころになってやっと入手した、ドイツ製のガイガーカウンタALPHAiX3000、予定していた農機具1台分400,000円を転用して購入しました。そのALPHAiX3000 で放射能汚染度や空間線量を測定するようになって一番驚いたのは、福島の妻の実家周辺の空間線量・放射能汚染度より、山口の教会のある周辺(周南全体)の空間線量・放射能汚染度の方が高かったこと・・・!

2011年2月23日に出された<福島県原子力発電所安全確保技術連絡会>の『原子力発電所周辺環境放射能測定結果の評価結果』の数値よりはるかに低かったものの、原発事故のあった福島より、原発事故がまだ起きていない山口の方が高いとは・・・。下松の眼科医の先生も、放射線量計を持っていて、測定した結果、筆者と同じ数値であったとか・・・。

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生産したコメの放射能汚染の安全性を確かめるもうひとつの方法・・・

2016年12月01日 |  5.原発事故と放射能汚染

標高550mの湖南高原の、妻の実家の棚田で栽培した、有機栽培・無農薬栽培のコシヒカリの放射能汚染汚染度を確かめる、確実で安全な方法がひとつあります。

それは、JA福島さくらで販売されている2016年産安積米のコシヒカリを買ってきて、筆者のドイツ製のガイガーカウンターALPHAiX3000で測定してその結果を、妻の実家の棚田で栽培したコシヒカリの測定結果と比較してみること・・・。

会津・猪苗代・須賀川・白河・郡山・田村・二本松・福島で、市販されている2016年産のコシヒカリ1~2kgずつ購入して各コシヒカリを30分ずつ測定してみれば、各地で栽培されているコシヒカリの相対的放射能汚染度を知ることができます。

多分、湖南産のコシヒカリの方が放射能汚染度は低いはず・・・。

今年、原発事故発生から5年が経過しましたので、妻の実家の棚田で米を栽培する前に、棚田の3枚の田の土壌の放射能汚染度を詳細にチェックしました。田に、ALPHAiX3000の液浸型検知管を挿入できる10cmの穴をあけ、その中に検知管を挿入して、表面から2~3cmと10cm深さの放射能汚染度(全ベータ線量)をチェックしてみましたが、いずれも異常ありませんでした。

ALPHAiX3000は、全ベータ線量を測定することしかできませんが、セシウムよりおそろしいストロンチウムも検出可能です。放射能汚染度が確認できたら、セシウムとストロンチウムを分離して定性試験を実施することもできますが、2011年3月11日以降、湖南においては、その必要性に直面していません。

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放射能全袋検査は終わってた・・・!

2016年12月01日 |  5.原発事故と放射能汚染



昨日、農機具の小屋から米袋を軽トラに積み込むときに、雨や雪で米袋が濡れないように、取り外し可能なブルーシートの屋根の枠組みをつくりました。

それで、さっそく、今日、JA福島さくらの大槻支店に、全袋検査を受けるための申請にでかけました。

しかし、残念・・・。大槻支店での全然袋検査は、すでに終了してしまっていました。大槻支店では、もう放射能全袋検査を受けることができないそうです。他のJA福島さくらの支店でまだ全然袋検査ができる支店を電話で探してくださったのですが、どこの支店も受け付けを終わっていて、筆者と妻がいる間には、見つかりませんでした。

<もし、全袋検査を受けることができなかったら、どうなりますか?>と担当者の方にお尋ねしますと、<流通に流すことができなくなります>とのこと・・・。老人ホームに寄付する場合でも、全袋検査を受けていないコメは出荷できないそうです。娘夫婦や妹夫婦に送る場合でも、<流通>に該当するので、全袋検査の受付期限を過ぎてしまった米は、自己責任で自家消費するしか方法がなさそうです。16俵も・・・。

残された道は、ただひとつとか・・・。大槻支店に全米袋を預けて、どこかの支店で放射能全袋検査を実施される日を待ち、検査を終えたら引き取る方法・・・。それがいつ実施されるかは、不明・・・。それより問題なのは、大槻支店のある中通りと、妻の実家のある会津地方の天気の違い・・・。上の天気予報は、OCNのホームページの会津地方と中通りの天気予報を比較できるようにしたもの・・・。中通りで晴れの日が続いていても、湖南では、雨と雪の日が続く可能性が高く、晴れの日は、土日はJA福島さくらの全支店は休業日・・・。

日本基督教団の老人ホームにおくる予定のコシヒカリ・・・、クリスマスまでには届かない可能性も出てきました。放射能全袋検査を受けていないおコメは、老人ホームの方で廃棄されることになるでしょうから、送るわけにもいかず、どうしたものやら・・・。

今日、放射能全袋検査を受ける予定の2016年産コシヒカリを、筆者がもっている、ドイツ製のガイガーカウンタALPHA iX3000の液浸型検知管と短窓型検知管で、その放射能汚染度を測定してみました。全ベータ線量の測定でしかありませんが、10分間測定で210カウントを越えますと放射能汚染された可能性が出てきます。液浸型検知管を直接、米粒の中に挿入して測定した限りでは、164カウントでした。検出限界値以下の値でした。もちろん、測定する前に、99%純度の試薬1級のカリウムを使って、ALPHA iX3000の液浸型検知管の検定を行いました。

ALPHA iX3000で測定して全ベータ線量が検出されたとき、それが、自然放射性物質のカリウムに由来するものか、原発事故によるセシウムに由来するものかは、そのふるい分けのスクリーニングテストをすることができますが、原発事故が発生した2011年3月11日以降、妻の実家の棚田で栽培された米・野菜にそのふるい分けテストをする必要は発生しませんでした。

筆者と妻、原発事故の放射能汚染ゆえに、いろいろ時間と労力、対策費用を強いられ、原発事故の被害者になりつつあります。

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妻のふるさと・湖南に帰郷してから読むことが少なくなった分野の本・・・

2016年09月18日 |  5.原発事故と放射能汚染

2011年3月11日に、東日本大震災と、原発事故による放射能汚染が発生したから、2013年4月1日に妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農するまで、筆者、放射線測定学・放射線化学・放射線健康管理学・原発事故と放射能汚染に関する文献を集めに集めました。

妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農して購入することにしていた農機具1台分を取り崩して、ドイツ製のガイガーカウンターALPHA300iXを2種類の検知管(端窓型と液浸型)付で、約400,000円・・・。原発事故のあった年は、放射線量計が品薄となり値段が跳ね上がっていましたので・・・。

原発事故から2013年4月1日に福島に帰郷・帰農するまでの2年・・・、筆者、放射線健康管理学・放射線防護学・放射線化学などの本を毎日読みながら、対策を考えてきました。帰郷・帰農してからは、その2年間の独学で学び与えた知識・技術をただひたすら実践するのみで、次第に、妻のふるさと・湖南からまっすぐ東に位置する東京電力原子力発電所の原発事故に関する情報収集をしなくなりました。

1.~1963年10月25日までに出版された関連書籍
2.1963年10月26日~2011年3月10日までに出版された関連書籍
3.2011年3月11日~2013年3月31日までに出版された関連書籍

それぞれの時代の代表的な学者や政治家が何をどのうように発言してきたのか、誰がほんとうのことを言ってきたのか、誰がごまかしてきたのか、確認することにしましょう。

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妻の実家の田畑の除染システム・・・

2016年06月20日 |  5.原発事故と放射能汚染

今日の夕方、妻に、2011年3月11日の原発事故による放射能汚染が発生したあと、その年の秋には、妻の実家の畑の空間線量と、水・土壌・野菜・米などの放射能汚染度を測定・・・、汚染がみとめられると思われる場所で、除染対策を施したこと・・・、2013年4月1日に帰郷・帰農したときは、筆者と妻が30年間棲息していた山口の小さな教会の庭やミニ菜園の空間線量、放射能汚染度と同レベルになっていることを確認・・・、まようことなく、有機栽培・無農薬栽培でコメつくり、野菜つくりをはじめたことを話しました。

再び、福島の地が、放射能汚染されないことを願ってやみませんが、もし、再度、湖南町赤津が放射能汚染にさらされたとしましたら、どのように、妻の実家の田畑の除染システムを構築するか、緊急対策法も確定、いつでも対応することができると話しました。

そして、同じ山菜でも、どのような場所の山菜がより多く放射能汚染されているのか、その見分けかたについても・・・。

なにしろ、筆者と妻は、素人百姓・・・。米つくりも野菜つくりもすべて<自己完結型>で栽培しなければなりませんので、それなりの覚悟と備えをもって、湖南に帰郷しました。

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棚田の田の放射能汚染度をCheck・・・

2016年04月27日 |  5.原発事故と放射能汚染

原発事故による放射能汚染から5年が経過・・・。

チェルノブイリ原発事故に関する本に、5年後に、土壌に固定されていた放射性セシウムや放射性ストロンチウムが再び水に溶けて流出したと書かれていました。原発事故が発生した年に、インターネットの日本の古本屋経由でかき集めた、原発事故のおこる前の放射能汚染に関する本の1冊に・・・。

それがずっと、筆者の念頭にあったので、今日、妻の実家の棚田の田を耕す前に、ドイツ製のガイガーカウンタALPHA iX3000の液浸型検知管を直接田の中に差し込んで(もちろん、検知管が入る穴を専用ドリルであけて・・・)測定していました。その結果、ホットスポットが存在していることを確認・・・。今日は、数十カ所測定しましたので、β線を放出する放射性物質が形成するホットスポットの位置とひろさをほぼ特定することができました。測定したのは全β線量ですが、ホットスポット形成の状態を考えますと、放射性セシウムの存在を推定させるのに十分・・・。

それで、筆者、ホットスポットとその周辺に、昨年、国から配布された<塩化カリウム>の未使用分を部分散布することにしました。そして、そのホットスポットの放射性物質が棚田の田から排出されるように、自然除去装置を設置することにしました。

ついでに、土壌分析のひとつを実施・・・。最初の米つくり、2014年のとき規定の全量散布、2015年のとき規定の半量散布した土壌改良剤は、今年は、散布しないことにしました。2014年に散布したときと同量を購入してはいるのですが・・・。今日は、田の窒素・リン酸・カリを測定してみます。毎年、残留肥料を測定して、あらたな肥料の散布量を決めていますが、コシヒカリは、無肥料でも栽培できる品種なので、ほどほどに・・・。

米つくり、1年目、2年目、3年目・・・、それぞれの年で、栽培方法が微妙に変化してきます。米つくりの経験と勘のない筆者、有機栽培・無農薬栽培をするためにも測定栽培にたよらざるをえません。

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福島に身を置くだけ・・・

2016年03月25日 |  5.原発事故と放射能汚染

2013年4月1日に、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農しましたが、東日本大震災が発生し、原発事故による放射の汚染が起きたのが、2011年3月11日・・・。

その間、筆者が、妻のふるさと・湖南に帰郷したのは、約80日間・・・。

最初に、新幹線郡山駅に降り立ったときは、放射能汚染から2か月後、東海村原子力発電所で仕事をしていたことがある、妻の実家のおとうさんは、かなりショックを受けたようで、<湖南が汚染されていたら、もう帰って来なくていい・・・>とさびしそうに話していました。筆者、<なにがあっても、福島に戻ってくるから、心配しないでその日を待ってて!>と話していたのですが、事故のあった次の年の1月1日、妻の実家のおとうさんは心臓発作で急逝してしまいました。

2012年度は、毎月5~6日、湖南に帰郷して、ひとり暮らしをしているおかあさんの様子を見ながら、妻の実家の畑の放射能汚染度を測定、ホットスポットを見つけては、その自然の除去装置を利用して、妻の実家の畑の除染作業をしてきました。約80日間というのは、放射能除染のための作業の日々・・・。

筆者、安全を確認して、2013年4月1日に帰郷すると同時に、有機栽培・無農薬栽培で自給自足用の野菜つくりをはじめました。福島が原発事故で放射能汚染されたあと、福島に妻と一緒に帰郷したのですが、<福島に戻って、何をしたのか・・・?>、日本基督教団のほかの牧師たちから問い詰められれば、筆者が答えることができるのは、ただひとつ・・・。<原発事故の被災にあった福島の人々のために何もしていません。ただ、放射能汚染された福島に身を置いているだけです>と、答えざるを得ないでしょう。

妻の実家の親類・親戚筋も、<カネさ寄こせ!そうすればつきあってやる!>と具体的な支援を、筆者と妻に要求してきましたが、なにしろ、清貧を生きてきた、宗教家の筆者と妻、経済的支援をする力など毛頭なく、結局、親類・親戚筋とも縁を切ることになってしまいました。妻の実家のおかあさんも、痴呆が進み、ことあるごとに、<おめえら、帰ってこんでもええのに、なして帰ってきたんだ?おめらが帰ってきたばっかりにおらあ、不幸になってしまった。おめえら、ここらかすぐ出てけ!>と日々まくし立てていました。妻の実家のおかあさんの言葉から、筆者と妻が福島に戻ってきたとき、親類親戚筋の方が期待していたのは、筆者と妻の退職金であったようです。

しかし、残念ながら、筆者は退職金を放棄・・・。妻は、退職金を、年金に組み込んでしまいましたので、親類親戚筋の期待に添うことはできませんでした。たとえ、持っていたとしても、妻の実家のおとうさんの生前の教えに従って、親類親戚筋とお金の貸し借り、やりとりはしなかったでしょう。

筆者、<福島で何をしているのか?>と、日本基督教団の牧師たちに問われたら、<ただ福島に身を置いてるだけ!>と答えることになるでしょう。原発事故で放射能汚染された福島から、一番遠い北の国でも、南の国でもなく、福島そのものに身を置いていると・・・。<何の意味があるのか?>と問われたら、<何の意味もありません>と答えざるを得ないでしょう。

筆者と妻、誰かのためにいきているのではなく、自分たちのために生きているに過ぎませんから・・・。もし、現在、主イエスさまが、この地上を歩かれているとしたら、どこを歩いておられるのでしょう?筆者の答えはただひとつ。イエスさまは、わたしの心の中を歩いておられる・・・、と。主イエスさまは、罪深い、わたしの心の中で十字架につけられ、わたしの心の中でとりなしの祈りをされ、わたしの心の中で復活のときを告げ知らせてくださると・・・。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             

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美しい人・・・

2016年03月15日 |  5.原発事故と放射能汚染

<美しい人

新潟に行くとその人がいる。

大地が揺れ動いたとき火を消した。
とっさに。

それは力ではない。
団結でもなかった。
日常のほんのちょっとした仕草。
けれど自然への大きなおそれ
無事への祈り
周囲への心くばり。
それが1964年6月16日午後1時2分
地震のさなか火を消した。

その手は若かった?
その手は老いていた?

いすれにしても火を消したのは孤独な手。
情報も伝達もない旬化に働いた一人一人の手。
たくさんな手の働きがあって火災からまもられた町

新潟に行ってもその人には逢えない。
手は語らないから。>

昔読んだことがある石垣りんの詩です。

1995年1月17日午前5時46分・・・
2001年3月24日午後3時40分・・・
2011年3月11日午後2時46分・・・

そのときにも、美しい人はたくさんいた・・・! 2001年3月24日午後3時40分・・・のときは、筆者と妻が棲んでいた、小さな断層の端の上に位置していた家の屋根の尾根が崩れ、屋根瓦が全部ずれて、畳2枚分の屋根が崩落・・・。その地震被害にあった屋根を、筆者と妻で、手作業で復旧しました。<手は語らないから>、筆者と妻の営みも、ほかのひとに知られることはありませんでした。

妻は小学2年生のとき、午後の道徳の時間が始まった直後、1964年6月16日午後1時2分の地震に遭遇・・・。今も、その時の恐ろしさを夢にみるそうですが、そんな妻が経験した2度目の地震は、2001年3月24日午後3時40分・・・。妻の<心配>で、建物・家具に地震対策を施していたましたので、屋根の被害だけですみました。

 

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郡山市産山菜類の出荷制限・・・

2016年02月23日 |  5.原発事故と放射能汚染

今日配布されてきた、郡山市農林部林業振興課が発行した文書<郡山市産山菜類の出荷制限について>に、このようにありました。

<郡山市内で採取された下記の山菜類については、モニタリング検査の結果、食品衛生法の基準値(100Bq/kg)を上回る放射性物質が検出され、国から出荷制限等が指示されていますので、郡山市内で採取された下記の山菜類は出荷、販売しないでください。

こしあぶら
たらのめ(野生のものに限る)
たけのこ
くさそてつ(こごみ)
ぜんまい
おおばぎぼうし(うるい)(野生のものに限る)>

そして、注意書きが・・・。その内容を要約しますと、自分で放射線量計を使って上記山菜の放射能汚染度を測定して基準値以下だとして自給用に食材として用いても、他者に譲渡したり、出荷・販売することは、食品衛生法違反による処罰の対象になるということ・・・。善意悪意を問わず、上記山菜を他者にすすめたり食に供したりすることは堅く禁止するということ・・・。

筆者と妻、2013年4月1日に帰郷・帰農してから、山菜をしばしばいただきますが、すべて、筆者の所有している野菜の放射能汚染度を測定できる線量計で放射能汚染度を測定、多くの場合、検出限界値付近を上下する値なので、食材としては破棄する場合がほとんど・・・。中には、限界値を超えて検出され100Bq/kgを超える場合も・・・。筆者の線量計では、全β線量しか測定できませんので、それがK40に由来するものを含んでいたとしても、食材として使用することはありません。

放射性セシウムか放射性カリウムか、化学的に鑑定することは難しくはありませんが、<疑わしきは食用にしない>、それがわが家の鉄則です。

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原発事故発生1ヶ月前の山口の冬景色・・・

2016年01月02日 |  5.原発事故と放射能汚染

2013年4月1日に帰郷・帰農することは、2008年にすでに決めていたことですが、日本基督教団西中国教区の牧師・信徒の方々は、<吉田さんが福島に帰ることには、神の罰で会津磐梯山が噴火する!>と話していましたが、2011年3月11日、会津磐梯山ではなく、東日本大震災と原発事故が発生・・・。

この写真は、2011年2月15日に撮影したもの・・・。場所は、本州唯一のナベツルの飛来地、山口県熊毛郡八代村(現在山口県周南市八代)・・・。

ツルを観察することができる観察所から、実際にツルがいる場所までは、数百メートル離れていますので、コンパクトデジカメの望遠側(光学23倍)で撮影してこの程度・・・。ほとんどシルエットしか撮れません。

この八代に、教会員の方が1家族住んでおられましたが、郵便局長を定年退職されたあと、その方の棚田で、有機栽培・無農薬栽培でコシヒカリを栽培しておられました。月1回、家庭訪問をしていましたが、いつも何時間も、米つくりや野菜つくりについて情報交換していました。

毎年、その年に採れたコシヒカリをくださいましたが、カメムシの被害を抑えることができないとかで、精米した米には黒い点が残っていました。

新幹線・徳山駅とツルの里・八代は、新幹線・郡山駅と白鳥の里・湖南との関係によく似ています。徳山の市街地に雪が降っていなくても、八代には雪が降り、郡山の市街地が晴れていても、湖南では吹雪いていることがめずらしくありません。筆者と妻の、妻のふるさと・東北福島の湖南への心理的距離は、山口の下松から八代への距離と同じ・・・。

湖南の農家の方:ここは寒いでしょ?雪がたくさん降るから!
筆者:そうですか・・・?

 

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