湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

台風18号襲来に備えて・・・

2017年09月16日 |  3.自然災害

今日は、台風18号襲来に備えて、いろいろ台風対策をしました。

筆者は、午前9:00~午後2:00まで、棚田の田に、農業用水路の水を温水田に汲み上げ、コシヒカリ、はえぬき、ひめのもちの田に給水・・・。台風の雨で田の水が一定水量を越えた場合、越えた分を排水できるように、UV管をセットしました。午後2:00には、給水ポンプを田んぼの畔近くに格納・・・。

午前9:00~12:00までは、コシヒカリの田のヒエを取りました。今年は、十分田の草取りができませんでした。5回取らないといけないのに、3回しか取ることができませんでした。そのため、ひめのもち、はえぬき、コシヒカリの田に草が繁茂しました。湖南の田の中で、妻の実家の田が一番雑草が生えているのではないでしょうか・・・。田の草を取ったところは、コシヒカリの粒は大きいのですが、十分取れなかったところは、田の草に肥料を横取りされたのでしょうか、少し小さめの粒・・・。収穫までまだ1ヶ月近くありますので、そのうち小さな粒も大きくなるかもしれません。

妻は、台風の風で倒伏する可能性のある野菜に支柱を立てていました。そして、家の庭の花の鉢や農業用資材が風で飛ばされないように片付け、簡易温室・農業用ビニールハウスの窓を閉めていました。台風18号が福島に接近するのは、18日(月)ですが、今日は、台風対策の予行練習を兼ねて、その手順を確認しました。山口で棲息していた30年間、台風が来襲する都度、台風対策を実施するのが常でした。2013年4月1日に、山口から福島へ引っ越ししたあとも、福島の地でも山口の地でしていたのと同じ対策をとるのが常・・・。

台風の破壊力は並大抵ではありませんから・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

昭和55年の大冷害に関する本を読む・・・

2017年09月08日 |  3.自然災害

昨夜、昭和55年の大冷害に関する本を数冊読みました。

妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農したあと、生まれてはじめて、未経験のまま、しかも、高冷地・寒冷地に属する標高550mの湖南高原の棚田の、妻の実家の田で米つくりをはじめるにあたって、昭和55年、東北地方を襲ったヤマセによる大冷害の最中、例年の80%の収穫量のあった農家の冷害対策を、最初から組み込むことにしました。

昨日読んだのは、昭和55年の大冷害に関する、東北地方の農業気象に関する研究、福島県の記録と提言、岩手県の記録と提言の3冊・・・。宮城県の記録と提言については、筆者、1冊も入手していません。インターネットの日本の古本屋経由で検索しても、ヒットすることがなかったのでしょう。その結果、筆者と妻は、岩手県の農家の冷害対策を、福島県の、妻の実家の棚田の田で実践することになりました。

今日は、旧暦の7月18日・・・。旧歴の秋の最初の月・・・。まだ、冷夏の影響を最小限にとどめる努力を断念する必要はありません。標高550mの湖南高原の棚田の、妻の実家の田で、有機栽培・無農薬栽培によるコシヒカリとはえぬきの栽培をはじめたとき、既に、高冷地・寒冷地における冷害対策は、織り込み済みでしたから・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

冷害の歴史と対策技術・・・

2017年08月23日 |  3.自然災害

昨夜、<稲作技術史>に関する本を読んでいました。

稲作における冷害の歴史と冷害の対策技術・・・。2013年4月1日に、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農して、翌年の2014年から、標高550mの湖南高原の、妻の実家の棚田で有機栽培・無農薬栽培でコシヒカリ・はえぬきの栽培をはじめましたが、湖南に帰郷する前に、インターネットの日本の古本屋経由で入手した<農業技術史>、<農業災害史>、<冷害対策技術>に関する古書の数は少なくありませんが、昨夜、これまで未読の古書を紐解きながら、素人百姓の筆者と妻のこめつくり、<まあまあいい線を行っている>と思わされました。

冷害が発生する前の対策と冷害が発生したあとの対策・・・、これまで、冷害と闘って来られた農学者や営農家たちの研究成果の累積がもたらしたもので、関連した知識・技術を身につけることは、無学歴・無資格、農業の門外漢である筆者と妻にとっても決して難しいことではありません。その気になれば、誰でも冷害の対策技術を身に着け、実践することができるようです。

<温水田>のつくり方、運用方法などについても、数多くの文献があります。この<温水田>、決して新しい技術ではなく、日本において昔から採用されてきた冷害対策法です。昨夜読んだ本の中に、<温水田>の運用管理の失敗例(妻の実家の親類筋のやえちゃんの温水田の失敗例と同じかもしれません・・・)が記載されていました。見よう見まねで<温水田>を導入しても、その<温水田>が十分<昇温効果>を発揮してくれるかどうかは定かではないようです。

湖南のプロの農家の方々から、さんざんバカにされてきた、筆者と妻の、標高550mの湖南高原での有機栽培・無農薬栽培でのコシヒカリとはえぬきの栽培、静岡精機の玄米食味分析計では、2016年産のわが家のコシヒカリは81点、はえぬきは74点でした。素人百姓の米つくり4年目、今年が一番難しい、試練の年になったようです。2017年は、<量より質>をより徹底した米つくりをしましたので、どういうことになるやら・・・。今年は、KUBOTAの超小型常用田植機の使い方が慣れてきたのか、1株1~2本植えが多くなりました。1株1本植えのところは、分げつ数8~12本・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

庄司吉之助著の論文『東北地方における凶作の史的諸問題覚書』を読む・・・

2017年08月22日 |  3.自然災害

今朝、インターネットで検索して、日本の古本屋で、『明治38年福島県凶荒誌』を検索してみましたが、ヒットしませんでした。

それで、インターネットで読める文献を探していたところ、庄司吉之助著の論文『東北地方における凶作の史的諸問題覚書』がヒットしました。早速プリントアウトして読んでみましたが、筆者と妻が、標高550mの湖南高原の、妻の実家の棚田の田でコシヒカリを栽培することに、なぜ、赤津村のプロの農家の方々が誹謗中傷批判し、それを断念させようとするのか、その歴史的背景を知ることができました。

庄司吉之助氏によりますと、福島の農民は、<凶作>から学ぶことをしないそうです。<かくすればかくなるものと知りながら>、稲作を凶作から守る手立てをとらない・・・。米の不作は、1.農業技術不足だけでなく、2.社会的背景、3.経済的背景が原因しているようです。農家・農村の暮らしと生活の構造が、農業技術不足以上に、高寒冷地に凶作・凶荒をもたらすようです。

<ここらのもん>がつくっている米以外の品種のコメを栽培すると、警察から取り調べを受けた時代もあったそうな・・・。農政の失敗が、明治38年の空前絶後の大冷害を福島県に招きよせたようです。明治38年の福島県の冷害は、自然災害以上に人為的災害・・・。

筆者と妻、妻のふるさと・湖南の赤津村で、生まれて初めて米つくりをはじめましたが、そのとき、東北地方の冷害の諸相を調べ、出来る限り冷害対策を採り入れた米つくりを選択しました。米つくり4年目の今年、筆者と妻にとっては、試練の年になりそうです。妻は、<玄米保冷庫に備蓄米があるし、冷害といっても、今年も食べる分は十分収穫できるわ!>とどっしり構えていますが・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

冷害対策の基本は2つ・・・

2017年06月19日 |  3.自然災害

標高550mの湖南高原の、妻の実家の棚田の田でのコシヒカリ、はえぬき、ひめのもちの有機栽培・無農薬栽培、素人百姓の筆者、4年目になりますが、湖南のプロの農家の方々が、<ここらでは、コシヒカリはとれねえ!青立ちしたまま秋が終わる!>といわれますが、なにの対策もたてなければ、たぶん、プロの農家の方々言われる通り、湖南高原の田では、コシヒカリは青立ちしたまま、雪の降る季節を迎えるかもしれません。

そうならないために、冷害年ではない普通の年においても、冷害対策をとることになります。冷害の原因として、1.農業用水路の水の冷たさ、2.日照時間の短さ、の2つがあげられます。素人百姓の筆者、素人発想で、それぞれの原因に対して、

1.農業用水路の水をあたためる→温水田を利用
2.日照時間の少なさを補填する→植物学の知識を利用

することで、冷害を克服、標高550mの湖南高原の棚田で、有機栽培・無農薬栽培によるコシヒカリ、はえぬきの栽培を可能にしています。

本格的な冷害になったときは、養父志乃夫著『田んぼビオトープ入門』に出てくる温水田の管理法を参考に、現在の温水田の水をさらに高める対策をとったり、日照時間の少なさを補填するには、平田雅子著『Newベッドサイトを科学する-看護に生かす物理学』の知識・技術を転用したりします。本格的な冷害は、来なければ来ないほうがいいのですが、もし本格的な冷害になったときは、妻の実家の棚田の温水田の本領を発揮する機会になります。

冷害に臆することなく、常に対策を立てることに・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

今朝の湖南は地震ラッシュ・・・

2017年01月05日 |  3.自然災害

2017年01月05日、今朝の湖南は、地震ラッシュでした。

1. 00時47分 震度3
2. 02時39分 震度1
3. 02時57分 震度3

筆者、震度1でも、すぐ目が覚めます。最初の地震は、体感上は、震度4に近い地震でした。

昨年、インターネットの日本の古本屋経由で、地震関連として、『地学事典』・『地質学ハンドブック』・『地震火山の事典』・『自然災害科学事典』・『防雪工学ハンドブック』・『図解河川ダム砂防事典』を入手しましたが、今日、追加として『地震防災の事典』を注文しました。今年になって注文した、『建築工事工法事典』・『木材の事典』とあわせて、妻の実家の家屋・庭・田・畑・山林の防災を考えるときの資料にします。

『地震防災の事典』は、2000年に出版されたもので、定価は、27,000円・・・。古書価格は、@1,500円・・・。この価格差は何なのでしょう・・・? 2011年の東日本大震災を未然に防ぐことができなかったことで日本の地震学の権威が地に落ちたと報道されていましたが、予知は、どの分野においても過去のデータに基づく予測に過ぎません。『地震防災の事典』のノウハウを生かすことができなかったのは、『地震防災の事典』のせいではありませんね・・・。筆者は、安ければ安いほどありがたいのですが・・・。

筆者と妻、妻の実家を立て直す経済的ゆとりはもちあわせていませんので、如何に、現在の建物を補修・保守して、新たな地震対策を、出来る限りにおいてとるだけ・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

湖南は震度4の地震・・・

2016年12月28日 |  3.自然災害

<平成28年12月28日21時42分 気象庁発表
28日21時38分頃地震がありました。
震源地は茨城県北部(北緯36.7度、東経140.6度)で、
震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は6.3と推定されます。
各地の震度は次の通りです。
なお、*印は気象庁以外の震度観測点についての情報です>。

<福島県  震度4  郡山市湖南町*>

筆者、地震が発生したとき、書斎にいたのですが、すぐストーブの火を消しました。今回の最大震度は、茨城県高萩市下手綱で6弱とか・・・。震度5弱~震度6弱の地域、無事であるといいのですが・・・。

筆者と妻が山口に棲息していた30年間で最大の地震は、<2001年(平成13年)3月24日 15:27に発生した芸予地震。震度5弱で、教会の屋根瓦が全部ずれて、尾根の瓦が一部こわれ、また、牧師の書斎の屋根が1坪ほど崩落、書斎の本箱の本がほとんど落下するということがありました。

この書き込みをしている間に、平成28年12月28日21時58分 余震がありました。

<福島県  震度1  郡山市湖南町*>

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

余震は数十年続くこともある・・・

2016年11月23日 |  3.自然災害

今回、インターネットの日本の古本屋経由で集めた<事典>類の中から<余震>に関する記事を読んでみました。

『地学事典』(1970)・『地震・火山の事典』(1988)・『人間と自然の事典』(1991)・『自然災害科学事典』(1993)の4冊・・・。地震の発生地域によっては、余震が数十年続くこともあるそうです。

2011年3月11日に発生した東日本大震災から数十年といいますと、2031~2041年間、東日本大震災の余震が続く可能性があるということ・・・。現在68歳の筆者、83歳~93歳ころまで、東日本大震災の余震とつきあったいかなければならないようです。東日本大震災と原発事故発生のあと、娘が福島市から避難してきている郡山の、妻の実家を訪ねたのが、5月7~15日・・・、2012年1月1日に妻の実家のおとうさんが心臓発作で急逝・・・。その月から、2013年4月1日に帰郷するまで、毎月1回1週間ほど湖南に帰郷していました。そして2013年4月1日から現在まで、ずっと湖南に住んでいるのですが、生活圏はどちらかいいますと、会津地方ではなく放射能汚染度の高い中通り・・・。

東日本大震災と原発事故による放射能汚染の福島に身を置くようになって、5年半・・・。認知症の、妻の実家のおかあさんや、妻の実家のおかあさんと同じ認知症になりはじめているのではないかと思われる、湖南の赤津村のプロの農家の方々から馬鹿にされながら、日々を過ごしていますが、地震と原発事故のつめあとは、大地のひび割れより、人間のこころのひび割れの方が大きく、深刻な影響を残してしまったようです。

酒を飲んでやってきて、<おらの本音をいうぞ!ちゃんと聞いとけ!おらと付きあってほしければ、カネさ寄こせ!そうすればすべてうまくいく!カネさ寄こさねえと、どうなっても知らねえぞ!>とぐだまいて帰っていった、湖南の赤津村のプロの農家の方々・・・。筆者との間にできた<断層>は、埋められることはなさそうです。

余震は、数十年続くこともある・・・。湖南の赤津村のプロの農家の方々との間にできた断層も数十年続くことも・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

福島に帰郷してはじめて本棚の本が落下する地震のゆれを経験・・・

2016年11月22日 |  3.自然災害

今朝、5時50分頃、筆者の心臓付近に痛みを感じて目を覚ましました。昨日の農作業でなにか不都合なことをしたのかと考えているとき、突然、地震が発生、同時に、携帯の緊急地震情報を知らせるアラームがけたたましくなりはじめました。

妻が、隣室から、<あなた、地震よ!逃げる準備して!>と大きな声を出しています。妻は、窓を開けて避難できるルートを確保していました。すると、バタン、ドタドタとものが落下する音が廊下から聞こえてきました。すぐ寝室から廊下に出てみますと、廊下の本箱から、近代日本思想史全集が落下・・・。バタンと言う音は、アルミ製の踏み台が倒れた音・・・。

階下に降りた妻が、<玄関の本が落ちてるわよ!>といいますので、行ってみると、1冊落下していました。台所では、食器棚の引き出しがいくつも飛び出してきて、冷蔵庫の上の小物が床に落下、散乱していました。書斎の本は、1冊も落下していませんでした。本棚においてある小物も・・・。

テレビニュースで確認したところ、地震は、<22日午前5時59分ごろ、福島県沖を震源とするマグニチュード7.4の地震>であったと報道されていました。筆者、山口で経験した、<芸予地震>を思い出していました。<あのときも本箱の本が落下したっけ・・・>と、そのときの光景を思い起こしながら、<それとくらべると、まだ小さな地震・・・>と思いましたが、着替えて、階下におりると、郡山の娘と、岡山の妹から地震見舞いの電話がありました。

ふたりとも安心したようで、無事を確認すると、そうそうに電話を切ってしまいました。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

今朝、地震が発生・・・

2016年11月12日 |  3.自然災害

今朝、目が覚めて、布団の中で、今日の1日の農作業の手順を考えていたとき、地震がありました。

いつもより、揺れの時間が長かったような・・・。断続的に強くなったり弱くなったりしていたような感じがしました。すぐ、隣の、妻の寝室にあるテレビのスイッチをいれますと、緊急地震速報が流されていました。湖南は、震度3とか・・・。

台所で朝食をつくっていた妻は、<なにか揺れたけれど、、地震とは思わなかったわ・・・>と話していましたが、妻の実家の前を通る国道294号線、大型トラックが通りますと、地響きがして、建物が揺れ動きますので、それと勘違いしたようです。

筆者、早速、インターネットの日本の古本屋経由で入手した『地震・火山の事典』をひもといてみました。湖南では、直下型の地震は、17世紀以降発生していないようですが、湖南の赤津村の南方にある会津布引山の東端は、昔、大地震で500mほど崩落したことがあるのだとか・・・。

1611年の<東北地方大地震>のときは、M8・・・。会津若松でも大きな地震が発生、死者3700人、全壊・大破20,000戸に達したとか・・・。1611年の<東北地方大地震>は、1933年三陸地震津波と類似・・・。この『地震・火山の事典』は、1993年に刊行されたもので、2011年の東日本大震災については当然言及がありませんが、1611年・1933年・2011年・・・、極めて類似した地震・・・。

今回、インターネットの日本の古本屋経由で集めた46冊、有効利用しなければ・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

台風9号の被害がなかった棚田のコシヒカリ・・・

2016年08月23日 |  3.自然災害

昨日、福島県を通過した台風9号・・・。

朝5:00、妻が、野菜直売所・湖南四季の里に出荷する野菜をとりにでかけたとき、棚田のコシヒカリとはえぬきの状態を見て帰りましたが、ほとんど倒伏していないということでした。

朝食をとって、妻の野菜出荷の手伝いをしたあと、棚田へ向かいました。真ん中に見える農業用ビニールハウスは3棟ありますが、左のハウスが、妻の実家の棚田の上段の田に建てたハウスです。このハウスを建てているとき、湖南の赤津村の農家の方々から、<ここらは、風の通り道だ!素人が建てたって風ですぐ倒れる!>と批判されていたハウスですが、台風や爆弾低気圧にも倒れず、冬の暴風雪にも倒れることがありませんでした。そして、昨年、専業農家の方が業者に依頼して右側のハウスを、今年になってさらにもうひとつのハウスを建てられました。写真左の中央の土手の上のイネが、妻の実家の棚田の下段のコシヒカリです。

写真中は、農道で軽トラをとめて撮ったコシヒカリ・・・。写真左は、農道から農業用水路を越えて土手を上がって土手の上から撮ったコシヒカリの写真・・・。台風9号によって、倒伏させられた形跡はありませんので、棚田のコシヒカリ、無事に台風を過ぎ越してくれたようです。

稲が守られたことを、主なる神さまに感謝しました。

  

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

台風9号による激しい雨が降る・・・

2016年08月22日 |  3.自然災害

午後3:00頃、妻の実家の棚田に様子を見に行きました。

軽トラのフロントガラスに、激しい雨が打ち付けてきます。軽トラから下りた瞬間、ずぶぬれになりそうなので、軽トラの窓から様子をうかがうのみで帰ってきました。コシヒカリの田も、はえぬきの田も、水が入っていました。<雨水だけで、こんなに増水・・・?>したのかと思いますと、台風9号の雨が恐ろしくなります。

家に戻りますと、妻が、<家のまわりの台風対策はできたけれど、軽トラのシートに水が溜まって破れないように骨を何本か入れて!>といいますので、その対策をとりました。そして、家の中に入ると、外で、猫の鳴き声が・・・。すぐ、黒兵衛の鳴き声だとわかりましたが、戸をあけて中に入れてやりますと、黒兵衛は、<フーッフーッ!>と鼻息荒く怒っていました。<どうして、ボクを外に締め出すの?>とでも、抗議しているかのように・・・。

妻は、<黒ちゃんは、頭がいいから、論理的に思考できるのよね!それにひきかえ、わが家のばあさん、支離滅裂なんだから!>と話していました。

おかあさん:おめえ、こんな雨が降るなか、田さ、行ったのケ?
筆者:大雨が降るというから、水捌けをよくしてきたんだ。
おかあさん:おめえ、バカでねえのケ?大雨が降ってんだ、なんもできねえべえ?
筆者:ばあさんは、台風のとき、田畑には行かねえのケ?
おかあさん:行かねえ!おめえは、ここらのもんでねえから、ほんとうのろくでなしだなあ!せんでええことばっかりしくさって、おめえはろくでもねえんだわ!
筆者:そういうばあさんは、ろくであんのけ?
おかあさん:ろくであんのけ?おらあ、ろくではねえ!
筆者:ろくでなしでなければ、ろくだべえ?
おかあさん:ウゥッ!おめえ、おらのことを、バカだと思ってからかってんな?おめえはやっぱり、ろくでもねえんだわ!
妻:おかあさんは、六でなく五でしょう?
おかあさん:うんだ、おらあ、ごだ!ろくではねえ!おらのことをバカにすんな、ちゃんと分かってんだ!

日頃から、痴呆旋風というつむじ風が舞っているわが家、台風9号の暴風雨の方が気が楽・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

台風9号、福島県通過・・・

2016年08月22日 |  3.自然災害


2016年8月22日午後5:00頃、台風9号が福島県を通過する見込みだとか・・・。朝6:00にはまだ雨が降っていませんが、午前10:30分頃には、雨が降り始め、午後0:00~12:00までは、降水確率100%の暴風雨・・・。

妻のふるさと・湖南では、ほとんどの田が出穂を終えています。しかし、妻の実家の棚田の田の、早稲のひめのもち、中早稲のはえぬきは出穂揃期が経過していますが、晩稲のコシヒカリは今が出穂まっさかりのとき・・・。今回の台風9号によって、どの程度被害が発生するのやら・・・。

雨が降り始める前に、昨日の草取りの続きをと思ったのですが、右手の指が曲がったままで動かない・・・。筆者、右手の関節障害で、右手の握力があまりなく、右手を使った農作業をしますと、すぐ痛みがきます。度を超しますと、6~7日間動かなくなりますので、今日は、草取りは中止・・・。

妻の実家のおかあさあんから、<なんだ?今日は、草取りに行かねえのケ?ここらのもんでねえ、おめえは、ろくでなしだなあ!>と罵倒されることになりますが・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

朝、棚田の田の水管理に・・・

2016年08月17日 |  3.自然災害

今朝、妻の実家の棚田の田の水管理にでかけました。

昨夜から、台風7号による激しい雨が降り続いています。昨夜、妻の実家の棚田の3枚の田に雨水が溢れないように、排水用のUV管をセットしてきましたが、今朝8:00の段階では、順調に排水が行われているようです。

ただ、これから、12:00頃まで、猛烈に激しい雨が降るとのことなので、どうなることやら・・・。

素人百姓の筆者と妻ですが、2014年・2015年・2016年と棚田で米つくりをしてきて、徐々に棚田の環境整備をしてきました。水を入れても1日で抜ける水持ちの悪い田から、1日水を入れると4~5日水が持つ、水持ちのいい田に変わっています。除草剤をまいてグスグスになった畔は、しばしば水が溢れて決壊寸前になったこともありますが、除草剤を使わず、畔の補強工事をしたことで、昔の畔や土手に戻っていっているような感じがします。

米つくりの採算性だけを重要視して、棚田の田の維持管理の費用を最低限にとどめた田は、崩壊に向かって行っているようです。自分の田畑は、自分で耕さないと、長期的に見て、十分な維持管理はできないようです。

今朝、インターネットの日本の古本屋経由で、和田照男編『大規模水田経営の成長と管理』を発注しました。インターネットで検索した、この本の<内容紹介>には、<わが国における大規模水田経営には、家族経営のほかに営農集団・農業生産法人・農業公社など重層的で多様な経営類型がある。本書では実態調査にもとづき、これらの多様な類型にあわせた実践的な経営管理手法を提示し、その体系化を図る。>とありました。

宮城県の<低コスト大規模水田営農の手引き>では、30haの<中規模農家>(水田経営規模30ha)、60haの<大規模農家>(水田経営規模60ha)、90~120haの<大規模組織>(水田経営規模90~120ha)とありますから、<大規模水田>とは、30ha以上の水田をさしているようです。<大規模水田>の1枚の田の広さは、1.5~2.5ha・・・。

0.4haの中山間の棚田で米を栽培している、素人百姓の筆者と妻、純農村的地域社会の湖南の農家の方々から<バカ農家>と揶揄されがちですが、湖南の専業農家・プロの農家の方々の稲作を少しでも理解するために、和田照男編『大規模水田経営の成長と管理』を読んでみることにしました。中規模農家にはいる40haの水田の面積は、妻の実家の0.4haの100倍・・・!湖南の農家、どれくらいの田で稲作をしておられるのでしょう? 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

台風7号、福島襲来を前に・・・

2016年08月16日 |  3.自然災害

郡山から戻って、しばらく休憩したあと、午後5:00に、妻の実家の棚田に行きました。

そして、明日、台風7号が、福島に襲来するそうなので、テレビの天気予報のアドバイスに従って、暴風・暴雨に対する対策をとりました。

1.妻の実家の棚田の下段の田の角を通る農業用水路から、中段の温水田まで水を給水ポンプで汲み上げる50mm径の90m長のホースを、はえぬきとコシヒカリの田の畔の内側に移動しました。風で吹き飛ばされたり、用水路に流されたりしてはいけないので・・・。

2.今日、妻の自家の棚田で田植えをした以降、東岐から流れてくる農業用水路の水が流れているのは5日目なので、取水していましたので、取水口を閉じて、はえぬき・コシヒカリの田に農業用水路から水が直接入らないようにしました。

3.そして、上段の田畑転換した畑に降った雨水は、水路を通って温水田へ、温水田からビオトープへ、ビオトープから山側の農業用排水路へ流れるようにしました。

4.中段のはえぬきの田に、一定水準以上に雨が降った場合は、溢れた雨水は、コシヒカリの田に落とすようにしました。豪雨となった場合のことを考えて、排水溝から農業用水路に排出することができるようにUV管をセット・・・。

5.コシヒカリの田の排水口4カ所のUV管をセット・・・。

6.山側の農業用水路の堰を全開に・・・。

7.午後6:00になり、陽が山陰にしずみましたので、農業用ビニールハウスを南北の側窓を10cmほど開けて閉めました。

それで、筆者の台風対策は終わり・・・。家に戻ると、妻は、簡易温室や農機具の小屋の窓を閉め、突風で飛びそうなものはすべて農機具の小屋に格納していました。台風7号が、福島に最も接近するのは、明日の午前6:00~12:00までとか・・・。

妻は、山口で棲息していた30年間、台風が来るごとに、台風対策を余儀なくさせられましたので、湖南の赤津村の農家の方々がなんの対策もとっていないときにも、せっせと台風対策をとっています。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加