湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

久下林業さんのカレンダーをいただく・・・

2017年11月25日 |  2.百姓の営み

今日、雪が降る中、久下林業さんの方が、2018年のカレンダーを持ってきてくださいました。

このカレンダー、月齢が図示されていて、陰暦によって農を営んでいる、素人百姓の筆者と妻にとってはとても便利です。このカレンダー、毎年、筆者の寝室の柱に掲げてあり、目が覚めると、このカレンダーを見て、旧暦の何月何日であるかを確認するのが常です。

久下林業さんは、久下産業が正式の名称のようです。<林業の久下さん>と教えられて、筆者が勝手に<久下林業>さんと呼んでいるようですが、久下産業の会長さん、よく、妻の実家の棚田の田の前を大きな乗用車で通って行かれます。そのとき、缶ジュースや缶コーヒーをくださるのですが、毎年、カレンダーもくださいます。妻の実家のおとうさんとおかあさん、その久下産業さんで山仕事をしていたようです。農機具の小屋にある、山仕事用の農具・工具はそのときのもの・・・。

GarminのポケットGPS、etrex30 、陰暦表示はできませんが、<Sun and Moon>で、<sunrise>、<sunset>、<moonrise><moonset>、月齢が図示されますので、筆者と妻、久下林業さんの<2018年のカレンダー>とGarminのポケットGPS、etrex30 、Kestrelの農業者向けポケット気象計、赤外線温度計AD-5615で、その日の農作業を決めるのが常・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

3年間は、同じ品種を栽培します・・・

2017年10月14日 |  2.百姓の営み

来年のコメつくりのための栽培計画を立てていますが、栽培する品種はどうするか・・・?

妻は、<いったんつくり始めた品種は、最低3年間は、同じ品種を栽培します>と日頃から話していますが、もち米も同じ・・・。今、栽培しているもち米は、<ひめのもち>です。この前、農林水産省の統計調査官の制服を身に着けておられる方が、<ひめのもち>の栽培が難しいので、他の品種に替えたところ、美味しいもち米が採れたと、他の品種の名前を教えてくださいました。

吉田農園主の妻は、<ひめのもちは、今年で2年目・・・。せめて、あと1年、ひめのもちをつくってみないと、ひめのもちが、この棚田に適したもち米であるかどうか分からないわ。コシヒカリとはえぬきは、この棚に適したうるち米であることが確定しましたから、このままつくり続けることにしましょう。ひめのもちをつくり続けるかどうかは、あと1年様子をみてからにしましょう>といいますので、来年のコメつくりのための種籾、コシヒカリ、はえぬき、ひめのもちの3種類を注文することにしました。

福島県にいて<福島の米>(天のつぶ・里山のつぶ)の種籾が入手できないというのもなにとなく違和感がありますが、<ここらのもん>ではない<あっちのもん>である筆者と妻、<あっち>(湖南をとりまく7つの峠の向こう)で栽培されている米と同じ品種の種籾を入手することにしましょう。7つの峠の向こうで米を栽培されている農家の方々、尋ねて行けば、いろいろ教えてくださいますから・・・。<山形の米>(はえぬき・ひめのもち)、意外と、標高550mの湖南高原の棚田の田で栽培するのに適していると思うのは、素人百姓の筆者の戯言でしょうか・・・?

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

潰れない、潰されない、潰させないために、多品種少量生産・・・

2017年09月28日 |  2.百姓の営み

筆者と妻、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農して、4年6ケ月になります。

基本的には、年金暮らしですので、有機栽培・無農薬栽培は、1.老年期の健康対策、2.米と野菜の自給自足、3.環境保護を目的にしています。<潰れない、潰されない、潰させない>ために、他者依存を出来る限り少なくし、数%にとどめようとしています。

筆者と妻の、田舎暮らし・山里暮らし・百姓暮らしを<潰れない、潰されない、潰させない>ためには、湖南の農家の営農に一般的な<少品種多量生産>ではなく<多品種少量生産>に徹することにしています。同じ野菜でも、晩生・中生・晩生に多様化し、促成栽培・抑制栽培したり、野菜直売所に出展できる野菜の品種も50品目に拡大したり、新しい品種の栽培実験をして寒冷地での栽培法の確立をしたりしています。<少品種多量生産>の場合、栽培に何らかの障害が出た場合、収穫量が激減する可能性もあります。そのときは損失も大きくなります。しかし、<多品種少量生産>の場合、障害は特定の野菜に極限することができ、あとの野菜の収穫を確保することができます。当該野菜の収穫量が減っても、全体とすれば、そのときの損失は極小化することができます。

<潰れない! 潰されない! 潰させない!>

素人百姓の筆者と妻の、ど根性宣言・・・?

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

たかが百姓、されど百姓・・・!

2017年08月02日 |  2.百姓の営み



今日は、新暦の2017年8月2日・・・。旧暦では、6月11日になります。

2012年1月1日に妻の実家のおとうさんが89歳で心臓発作で急逝したあと、毎月、湖南に戻っては、4~5日、2013年4月1日に帰郷・帰農したあと、有機栽培・無農薬栽培で米つくり・野菜つくりをするための準備作業をはじめました。2012年の8月2日を基点にしますと、暦の上でかなりな差が出てきます。

2014年の新暦8月2日と2017年の新暦8月2日とでは、28日、旧暦のほぼ1ヶ月分の差が出てきます。新暦で農作業をするか、旧暦で農作業をするか、それは、野菜栽培上、大きな影響をもたらしてくることになります。

湖南の赤津村のプロの農家の方々が、プロであるといわれるゆえんは、2014年に作付した野菜も2017年に作付した野菜も同じように収穫できること・・・。しかし、素人百姓の筆者と妻、そのような、赤津村のプロの農家の栽培技術はもっていません。そのため、旧暦を見ながら、米や野菜を作付します。今年は、昨年と比べて、湖南の赤津村のプロの農家の方々と比べて3週間遅い種まきや作付・・・。陰暦にそって栽培した方が、米や野菜を健康に育てることができます。農薬・除草剤を散布する必要はなくなります。

素人百姓の筆者と妻、湖南の赤津村のプロの農家の方々に<バカ農家>よばわりされ続けるのを覚悟して、植物生理学、植物生態学、植物生化学、植物病理学の知識・技術を参考に、百姓道を究めます。

生理学・病理学・生化学などの知識・技術を参考に、百姓としての健康を維持しながら・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

グリーンピースの出荷準備を手伝う・・・

2017年07月27日 |  2.百姓の営み

朝食をすませたあと、妻の手伝いをしました。

妻が、野菜直売所・湖南四季の里に出荷するため、朝収穫してきたグリーンピースの皮むぎを、9:30~10:30まで手伝いました。

湖南のプロの農家の方々、妻が、グリーンピースを持って行きますと、<まさか、きぬさやに実が入り過ぎたのをもってきたのではあるめえなあ?>と疑いのまなざしを向けられるのが常・・・。

グリーンピース・・・、湖南のプロの農家の方々が普通に栽培しておられる野菜のように見えて、実際は、そうでもないようです。なにしろ、12月~3月まで、畑は積雪して、グリーンピースの苗は雪の中に閉じ込められてしまいますから、雪の下で腐ってしまう苗も少なくありません。湖南のプロの農家の方々は、農業用ビニールハウスの中で、グリーンピースを栽培するようですが、我が家には、そんなスペースはありませんので、もっぱら露地栽培です。

寒冷地農法で栽培していますので、湖南のプロの農家とは異なる栽培方法を採り入れますので、収穫可能になります。

認知症の、妻の実家のおかあさん、<なんだ、こんなもんつくって? ここらのもんは、こんなもんは作らねえ!おめえら、なしてみんなと同じもんをつくらねえんだ?だから、ここらのもんにバカにされんだ!みんながつくるものをつくれ!みんながつくらねえもんは、つくっちゃなんねえ!>といいますが、湖南のプロの農家・・・、農家自身が農家の首を絞める所作に長けて、農業の衰退と自滅の道を自らたどっているようにしかみえません。そんなに、農家自身が農家の首を絞めるのが好きなのでしょうかね・・・?

みんなで自滅をすればこわくない・・・?

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

それは企業秘密です・・・

2017年06月28日 |  2.百姓の営み

素人百姓の<吉田農園>・・・

湖南史談会のEbina先生は、<吉田農園は、私設農業試験場付きだ!>と言われます。有機栽培・無農薬栽培で、標高550mの湖南高原の棚田・段々畑で米と野菜を栽培している筆者に対して、そう評価される、湖南の農家の中では希有な存在です。湖南の赤津村のプロの農家の方々から、<おめえばかでねえのけ?ここらでは採れねえ!>といわれる米や野菜を栽培している筆者と妻に好意的な農家はほとんどいません。

2013年に帰郷・帰農して、有機栽培・無農薬栽培をはじめて5年目・・・。栽培している米も、湖南の赤津村では収穫できないと言われるコシヒカリとはえぬき・・・。栽培している野菜の中には、湖南の赤津村では収穫できないと言われる野菜類がいくつも含まれています。

最近、筆者と妻、湖南のプロの農家の方々から、<レンコンの栽培方法、教えてけれ!>とか、<ソラマメの栽培方法を教えてけれ!>と言われることがあります。湖南のプロの農家の方々から散々バカにされてきたこの5年・・・、そんな素人百姓の筆者と妻に、湖南のプロの農家が<教えてけれ!>と言われる・・・、筆者と妻、大いに戸惑ってしまいます。妻は、返す言葉に窮して、<それは、企業秘密です>と答えるのが常・・・。すると、湖南のプロの農家の方々、<企業秘密だと言われたら、これ以上きくわけにはいかねえなあ・・・>といって、それでその話題が終わりになるようです。

今日、昼食をとりながら、妻は、<もっといい対応がとれないものかしら・・・?>と考えていましたが、やがて、<「たまたま、偶然に採れただけです。どうして採れたか、分かりません・・・」と答えるようにしようかしら・・・。湖南の赤津村のプロの農家は、「偶然に採れただけ」といって自分で納得されているようですから、湖南のほかの村のプロの農家の方々も同じように納得されるのではないかしら?これからは、「たまたま偶然に採れただけです」と答えることにしましょう>と話していました。

財団法人福島県農友会『ふくしま野菜づくりのすべて―誰にでもできる上手なつくり方―』に、そらまめの栽培法が出てきます。

品種:一寸そらまめ
種子量:反当たり7~8kg
播種期:10月5日~10月10日
播種準備:床土・苗床面積・播種法・種子消毒・育苗管理
定植準備・施肥・定植
定植後の管理:除草・土入れ・追肥・整枝・防除
収穫:収穫時期と収穫法

湖南でそらまめを栽培するには、11月中旬~3月中旬までの積雪期間、ソラマメの苗の防雪対策をしてやれば、誰でもそらまめを栽培することができます。それが至難のわざ・・・。4ヶ月間の積雪期間に、ソラマメの苗は死滅してしまいます。農業用ビニールハウスの中で暖房してやればできないこともないのでしょうが、4ヶ月間の暖房用燃料費が高くついて、採算は採れません。ソラマメ栽培のプロの農家の営農資料も持っていますが、妻は、<わたしたちにとっては、ソラマメに限らず、1反単位の野菜の栽培は無理・・・。これからもずっと素人百姓でいいわ・・・。>と話していました。

筆者、農園主である妻の要望に応えるために、これからも<私設農業試験場>の成果を出していかなければ・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

昨夜、手帳を読み直す・・・

2016年10月05日 |  2.百姓の営み

昨日、妻の実家のおとうさんから、生前聞いた話をメモしていた手帳を読み直しました。

筆者が、1年に2回、春と秋に、5~6日帰郷しはじめたのは、2005年頃から・・・。湖南に帰郷すると、筆者、その大半を、妻の実家のおとうさんとの対話に費やしました。

10年後の2015年に、筆者が、日本基督教団の牧師を辞して、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農するための準備をはじめたのが、2005年頃・・・。福島県の湖南とは、どういうところなのか、その歴史と文化も調べはじめましたが、なにしろ、日本基督教団西中国教区の教会のなかで一番小さな教会の牧師をしている筆者、<謝儀>は、全在任期間を通じて、教区の定める謝儀基準の初年度分にも達していないので、湖南の歴史と文化に関する資料、また湖南で人生の晩年を自給自足で過ごすことができるような知識・技術をみにつけるための資料、インターネットの日本の古本屋経由で収集をはじめたのは、筆者が、60歳になって、年金の一部が入るようになったとき・・・。初年度分の年金を全額を、それらの資料収集にあてました。

湖南に帰郷する前に、それらの資料を、妻の実家に送り、帰る前に、山口に送り返すのが通例になっていました。妻の実家のおとうさんと、筆者と妻が帰郷・帰農したあと、湖南でどのような田舎暮らし・山郷暮らし・百姓暮らしをすることになるのか、それらの資料を前に、夜の更けるのも忘れて話し合いました。そのとき、妻の実家のおとうさんが、<これからおらが話すことはメモをしておけ>といいますので、筆者、おとうさんの言葉を書き留める中性紙の手帳を入手して書きとどめることにしました。今となっては、その手帳は、おとうさんの、筆者と妻に迎えられた<遺言書>・・・。

1年間に春と秋の2回、湖南に帰郷しはじめたころ、筆者が牧師をしている役員会が牧師抜きの拡大役員会を開いたそうです。その話し合いで、<教会が小さいので、牧師さんに退職金を出すことができない。せめて、牧師さんが福島に戻って帰農したとき、自分で、有機栽培・無農薬栽培で米と野菜を栽培できるように農業力を身につけて帰ってもらおう>と決まったようです。特に、本州唯一のナベツルの飛来地、熊毛郡の八代村に住む、郵便局長を定年退職後、帰農して、有機栽培・無農薬栽培でコシヒカリを栽培している Tokunaga 兄・姉から多くのことを教わることになりました。Yokunaga 兄・姉も、妻の実家のおとうさんと同じで、<米をつくるなら、最初から最後まで自分たちでするべき>と、必要な農機具や使い方を教えていただきました。

山口県立田布施農業高校大島分校(園芸科)で、3年間ほど仕事をしていたとき、職員室の、筆者の成績の左側や前に席のある、大島分校で長年教師をされて定年後嘱託として勤めておられる農業科目の教師の方々から、筆者と妻の東北への帰郷・帰農について、いろいろな情報提供を受けました。<開墾からはじめれば、独力・独学で農業を覚えることができる>といわれ、教会裏庭の駐車場跡地のガレキバラスを取り除き開墾、山の土を買って、堆肥を施し、ミニ菜園をつくりました。野菜は、年間を通じて30~40品目、自給用に栽培・・・。お花畑には、春夏秋冬花を咲かせ、切り花として教会の礼拝堂に活けていました。果樹は、柿(会津身しらず柿の種から育てる)、栗(丹波栗)、梅、びわ、いちじく、山桜桃、柚子、ぶどうを植え、花木は、桜・梅・ロウバイ・ウツギ・梅花ウツギ・キンモクセイ・ギンモクセイ・柊モクセイ・南天・クロガネモチ・芙蓉・紫陽花・クヌギ・・・等の木々を植え、2015年4月1日に、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農後実践することになる田舎暮らしの実験場と化していました。

教会に赴任してまもなく、教会員のおばあさん・Yano姉から、筆者と妻、農業のてほどきを受けていました。教会の玄関先のメタセコイアの大きな切り株と根っこを3人で取り除いたり、教会の庭にカイヅカなどの木で垣根をつくったり、駐車場跡地を畑に戻したりしました。そのあと、土つくりの仕方、肥料の施し方、種のまき方、水のやり方、野菜の育て方、収穫時期の見極め方、収穫の仕方、保存・加工方法など、微細に渡って、筆者と妻に手ほどきをしてくださいました。

甘柿を栽培しておられた農家の Onitake 姉、メロンを栽培しておられた農家の Segami 姉、ぶどうと栗を栽培しておられた農家の Fujimoto姉、いろいろなものを栽培して加工をされていたTomomori姉・・・、農家のおばあさんたちにいろいろなことを教えられました。筆者、1週間に1回、月1回、牧師として家庭訪問する都度、半日、そのおばあさんたちの話に耳を傾けてきました。彼女たちの入れてくださる、お茶の香りと湯呑みのあたたかさ、それぞれに違いがありました。

2014年、帰郷後2年目、筆者と妻、標高550mの湖南高原の、妻の実家の棚田で、生まれてはじめて、有機栽培・無農薬栽培で、コシヒカリとはえぬきの栽培をはじめました。冷害じみた天候不順であったにも関わらず、収穫できたとき、湖南の赤津村の農家の方々は<たまたま偶然にとれただけだ>と、筆者と妻を馬鹿にしていましたが、筆者と妻にとっては、偶然ではなく必然で、収穫できたのでした。

熊毛郡の八代村に住む、郵便局長を定年退職後、帰農して、有機栽培・無農薬栽培でコシヒカリを栽培していた Tokunaga 兄・姉は、特に、熱心に指導してくださっていました。<農家は、どこでも、はじめて農業するひとを馬鹿にする傾向がある。失敗するのを見て、それみたことかと言って笑うのが常。福島も山口と同じ。福島の農家に笑われても、それを跳ね返す農力を身に着けて、福島に戻ってもらわなければ・・・>と話しておられました。

日本基督教団西中国教区の教会を去るとき、教会を閉鎖・・・。宗教法人を廃止して、残余財産は、すべて、日本基督教団に寄付しました。東日本大震災の被災にあった教会の再建費用に使われることを希望するとの言葉を添えて・・・。牧師は、退職金を全額放棄・・・。教会の農家の方々から教えられ身に着けた<農力>が、筆者の牧師としての30年間の<退職金>でした。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

冒険するより無難な道を選択・・・

2016年09月17日 |  2.百姓の営み

定年退職後の帰農を成功させるコツは、<冒険するより無難な道を選択>すること・・・。

2013年4月1日に、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農して、自給自足用に、有機栽培・無農薬栽培で、米と野菜を栽培していますが、筆者と妻、すべからく、<冒険するより無難な道を選択>してきました。

たとえば、米つくりひとつにしても、湖南の赤津村のプロの農家と多収穫を競って<冒険>するような稲作法は採用しませんでした。倒れないはずのあきたこまちを倒して見せるような<冒険>的栽培法ではなく、倒れやすいコシヒカリを倒さないでつくる<無難>な栽培法を採用してきました。

利益追求のため多収穫の限界を極めようとする化学肥料・農薬・除草剤を多用した<冒険>的な農法ではなく、有機栽培・無農薬栽培で安心安全な米つくりをする<堅実>な農法を採用してきました。しかも、<投機>的な栽培法ではなく、繰り返し再現可能な栽培法を採用してきました。

定年帰農は、60~65歳で行われますので、年齢からいっても、<冒険するより無難な道を選択>するのがbetterです。標高550mの湖南高原の棚田でのコシヒカリの栽培法は、筆者と妻にとっては、<冒険>ではなく<無難>な栽培法でした。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

他の農家に教えちゃなんねえ・・・!

2016年09月16日 |  2.百姓の営み

妻の実家のおとうさん、生前、筆者に、<農業は、どんなにちいさくても営農だぞ。ここらで、コシヒカリを栽培できるようになっても、他の農家にそのノウハウを教えてはなんねえぞ!商売しているものは、儲け話を他のひとにはしねえ!農業は、営農だから、ふたりで見つけた栽培法は、他の農家に教えてはなんねえ!>と繰り返し、繰り返し話していました。

妻の実家のおとうさんの戒めを破って、『湖南村尻百姓記』に、リアルタイムで、コシヒカリの栽培について、2014年、2015年、2016年と3年間に渡って書き続けていますが、それは、<木は森に隠せ>のたとえの通り、標高550mの湖南高原の棚田で有機栽培・無農薬栽培でコシヒカリやはえぬきをつくるつくり方は、ありのまま記載していますが、それは、数多くの言葉の中に埋もれています。

それを発掘するために、筆者の『田舎牧師の日記』や『湖南村尻百姓記』を読んで、筆者と妻の稲作法を見つるために時間と労力を費やすより、農文協で出版されている稲作に関するすべての本を読破された方が早く見つけることができます。筆者と妻、湖南に帰郷・帰農する前から、農文協から出版された稲作に関する基本的でかつ重要な本は全部入手して読破していますから・・・。

妻は、いろいろな農家の方々に、妻が山口で身につけた野菜の栽培法を話していたようですが、最近は、ほとんど話すことがなくなったとか・・・。湖南の農家は、すでに栽培する品種と栽培法が確定されていて、他の品種や栽培法を話してもほとんど意味がないと分かったからとか・・・。

筆者が今後参考にするのは、1965年頃の農業高校の文部省検定済の教科書、2000年頃の農業高校の文部省検定済の教科書、そして、2015年頃の農業高校の文部省検定済教科書・・・。それらを比較検証しながら、コメつくり・野菜つくり、営農とマーケティングの知識・技法を学ぶこと・・・。その気になれば、誰でも実行できます。ひとは誰でも、苦労して獲得した知識・技術しか信用しませんから・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

素人百姓は、有機・無農薬農法+測定農法・・・

2016年09月12日 |  2.百姓の営み

2013年4月1日に、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農して以来、妻の実家のおとうさんが残してくれた田畑4.6反で、有機栽培・無農薬栽培で米と野菜を栽培していますが、あまりの素人ぽさに、湖南の赤津のプロの農家の方々からはバカにされっぱなし・・・。

どんなにバカにされても、筆者と妻、黙々と、筆者と妻がこれまで学んで、山口の小さな教会の裏庭の駐車場跡地を開墾してつくったミニ菜園で、各種野菜・麦・ぶどう・柿・栗・梅・山桜桃などの有機栽培・無農薬栽培で栽培実験してきましたが、湖南に帰郷・帰農して今日までの3年半、その延長線上でやってきました。

しかし、西日本の山口と東日本の福島では、農業の自然環境・社会環境が大きく異なります。山口での経験を生かすには、東北福島の自然環境・社会環境を考慮する必要があります。そのために筆者と妻が採用したのが、<測定農法>・・・。肥料分析・土壌分析・栄養分析・水質検査・放射能検査・農業気象・・・、湖南での農業経験と勘のない筆者と妻はそれを補うために各種測定機器を手に入れてきました。

百姓暮らしに必要な機器はすべて持っているのですが、ただ、CEC測定装置(土壌陽イオン交換容量測定装置)は、適当な装置を見つけることができないでいました。今回、妻の実家の4.6反の田畑のCECを測定するための適当な装置が見つかりましたので、購入することにしました。しかし、価格は、数十万・・・。

測定機器を使わなくても、米・野菜の成長具合、周辺の雑草の種類、病害虫の発生状況などから肥料・土壌・栄養・水質などの状態を推定できる方法もありますが、素人百姓としてそれを見につけるにはまだまだ時間がかかりますので、<測定農法>に頼らざるをえません。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

妻の実家の棚田の3枚の田は区画整理されたもの・・・

2016年08月10日 |  2.百姓の営み

妻の実家の棚田の3枚の田は、区画整理されたもので、まっすぐのびた農道と農業用水路に沿っています。

妻の実家の棚田の田は、3枚で、3.8反・・・。上段<中段<下段と、1枚の田の広さが大きくなっていきますが、どの田も、農業機械を使用して、化学肥料・農薬・除草剤を散布する、従来型の稲作法に便利なように再編成されたものです。

そこで、有機栽培・無農薬栽培で米つくりをするには、かなり負担になります。たとえば、草取りひとつをとっても・・・。

区画整理された田からは、昔の畔がなくなり、できるかぎり畔を少なくして耕作面積を増やす傾向があります。筆者、最近になって、現在の区画整理された田では、有機栽培・無農薬栽培で米を栽培するときに必要な畔がないことに気づきました。米つくりにとって、畔がどれほど大切な機能をもっていたか、それを考えるようになりました。そして、大型農業機械導入によって無意味化されて、消されていった畔の機能をなんとかして取り戻せないかと考えるようになったのですが、田の耕運・代かきは、Kubotaの超小型乗用トラクター、田植えは同じくKubotaの超小型乗用田植え機・・・などを使いますので、それらの超小型農機具を使うことと、昔ながらの畔の復活とを同時に実現できるような水田の管理方法を考えました。棚田の中段の温水田であたためられた農業用水路の冷たい水を天日であたためて下段の田に給水するということを前提に・・・。

妻の実家の棚田で、温水田・用水路・ハス田・ビオトープつくりをした経験生かして、コシヒカリとはえぬきの田の除草をより合理的に簡単にできるように雑草の管理法を思いつきました。今年は、無理ですが、来年から、その雑草の管理法を実践に移します。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

新規就農者の規制緩和・・・

2016年08月10日 |  2.百姓の営み

今日、郵便ポストに、『郡山市農業委員会だより 第60号 2016.7』が入っていました。

5月9日に開催された<農業委員会第2回総会>で、<遊休農地の割合が高い田村町、西田町、中田町において、新規就農者の参入と農地の有効利用を図るため、最低限必要な農地の取得面積を50アールから10アールにする別段の面積の設定についての議案>が承認されたそうです。

郡山市で、新規就農者になるには、農地(田畑)の面積を5反保有していなければなりません。5反未満ですと、新規就農者としては認められません。JA湖南などの、純然たる農村的地域社会にある農協の正組合員・準組合員になることもできません。筆者と妻が耕作している面積は、田畑あわせて4.6反・・・、5反未満ですので、筆者と妻は、新規就農者としては認められず、<農家>に数えられることはありません。

しかし、実際は、田2.4反で、コシヒカリ・はえぬきの粳米、ひめのもちの糯米、温水田で備中レンコン、本来の畑と田畑転換した畑で、50~60種類の野菜を栽培しています。農業施設としては、簡易温室と育苗用ハウス(稲の育苗後はトマト・スイカなどを栽培)、米つくりは、有機栽培・無農薬栽培で育苗から刈入れ・脱穀まで、ほかの農家の手だすけを得ることなく、すべて、自前の超小型農機でこなしています。しかし、5反未満の田畑しか耕作していない筆者と妻は<農家>にはなれません。ではなになのかといいますと、<百姓>・・・。

湖南の赤津村においては、すべての家は<農家>・・・。<農家>でないのは、赤津村で一番ちいさな農家である、筆者と妻だけ・・・。筆者と妻が、湖南の赤津村の農家の方々から、バカにされ嘲笑されるのは、筆者と妻が<農家>として認められず、JA湖南からも排除され、<百姓>暮しをしていることが大きく原因しています。

湖南町、赤津村・・・は、高齢化・過疎化が進んでいますし、TPPによる日本の農業の深刻な打撃が想定されていますが、そのうち、郡山市のほかの地区も、新規就農者の参入と農地の有効利用を図るため、最低限必要な農地の取得面積を50アールから10アールにするという<別段御触書>がまわってくることになるかもしれません。5反未満の田畑で<百姓>をする筆者と妻が<農家>に数えられる日がくるというのは、いいことなのか、わるいことなのか・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

今朝、妻とふたりで、百姓再生会議・・・!

2016年08月10日 |  2.百姓の営み

今朝5:00~6:30まで、妻とふたりで、<百姓再生会議>をしました。

今朝は、昨日、娘が来て20人分の野菜を持って帰りましたので、今朝は、野菜直売所・湖南四季の里に出荷する野菜はなし。そのため、少しく朝の時間にゆとりがありましたので、筆者、昨日考えた、妻の実家のおとうさんが残してくれた田畑4.6反・山林8反での<百姓再生>の新しい構想を話しました。

昨夜、木村伸男著『一問一答日本農業再生のポイント上 農業の基本問題と地方再生編』を読み終えました。そして、東京農工大学出身の農業経営学の木村伸男氏が説く<集落営農>が、妻のふるさと・湖南の赤津村の小枝町では100%実現不可能であることを踏まえ、筆者と妻、これから老いの坂が急になっていくことを前提に、年老いてもなお自給自足用に有機栽培・無農薬栽培で米つくり・野菜つくりをしていくことができるように、田畑4.6反と山林8反の利用形態を、2013年4月1日に帰郷後、野菜つくり4年目、コメつくり3年目に入った今、これまでの栽培方法をさらに継承・発展させることにしました。

現在、筆者68歳、妻は60歳・・・。現在において、田畑4.6反と山林8反は、田2.4反、温水田0.5反、畑1.7反(本来の畑0.6反、田畑転換した畑1.1反)で米と野菜を栽培していくには、ほとんど限界状態・・・。これからどんどん年をとっていきますので、年をとっても、田畑4.6反と山林8反を荒らさないためには、なんらかの方策をとる必要があると思ってきましたが、今朝、やっと、筆者と妻との間で、あたらしい営農方法の新しいイメージ、営農の理念・目的と、営農の方針・方策を確定、共有することができました。

妻は、<それなら、これからもずっと、農業をしていけそう!>

2013年~2015年までに、田畑4.6反と山林8反で田舎暮らし・山里暮らし・百姓暮らしをしていくために必要な農業機械・農具等はすでに入手済ですので、2016年に準備をはじめて、2017年から実践することになる、新しい営農形態のための新たな投資は数十万の範囲に収まりそうです。

2016年8月10日・・・、それは、筆者と妻の、妻のふるさと・湖南での百姓暮らしのハスのつぼみが膨らんだことを記念すべき日になったようです。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

あなたの職業は?と聞かれて・・・

2016年07月02日 |  2.百姓の営み

この前、6月29日に郡山市庁舎で、<郡山市と福島大の連携による公開授業「ふくしま未来 食・農教育プログラム」>が開催され、筆者も、案内のチラシにあった<農業者>としてではなく、<一般人>として参加しました。

7月1日の福島民報に、その記事が掲載されていました。<小山教授の講義に耳を傾ける出席者>と題した写真つきで・・・。出席者は、100人・・・。写真は、その一部しか映っていませんが、その中に、筆者の姿も・・・。その写真をみながら、<こんなにたくさんひとが集まっていたのに、どうして、筆者にインタビューした・・・?>と不思議に思いました。

取材に来られたテレビ局の方、筆者に、<あなたの職業は?>と尋ねて来られますので、<百姓です!>と答えました、<百姓さんですか?それはよかった!取材させてください!>と言われて、カメラがまわりはじめました。筆者、山口にいるときも、なぜか、テレビ局の報道の方から取材を求められることが多かったのですが、一度も放送されたことはありません。今回も同じ!ならば、思い切りありのままをお話ししました。テレビ局の方、<最後に、福島の農産物について風評被害があると思いますか?>と尋ねられるので、<ありません!>と答えました。

小山教授は、放射能汚染事故から5年が経過した今、福島県産の農産物が売れないのは、風評被害ではなく、原発事故のあとの<市場構造の変化>が原因・・・、農業者に風評被害の保障をするより、新規市場を開拓するためマーケティングに予算を裂いた方がいい・・・、と提言されていました。そして、これからの福島県の農業は、Eco Farm でなければならないと・・・。

福島民報の新聞記事には、小山教授のその提言はひとことも紹介されていませんでしたが・・・。新聞記事を読む限りでは、小山教授は、風評被害を払拭することを指摘されたと読めますが、放送禁止用語”百姓”を使った筆者は当然放送禁止処分を下されることになっても不思議ではありませんが、小山教授の講演内容を水で薄めて無化して報道されるのは、放送禁止処分を下されたのと違いはありません。

これからの福島の農業は、原発事故以前の状態に復元することにとどまらず、放射能汚染以前の状態をも克服する、新たな展開をしていかなければならない・・・。放射能汚染だけでなく、残留農薬汚染の問題をも克服して、新しい福島の農業を再構築していこうと熱弁を振るわれた小山教授の講義内容がほとんど伝わってこないような福島民報の記事でした。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

素人百姓の吉田農園の運営方法を考える・・・

2016年06月15日 |  2.百姓の営み

今朝、いつものカプチーノを飲みながら、妻と、素人百姓の吉田農園の今後の運営方法について話しあいました。

今年は、野菜直売所・湖南四季の里の出荷がかんばしくないので、妻が栽培した、有機栽培・無農薬栽培の野菜の出荷は自粛することにしたようです。この前、県央農林事務所から、放射能汚染され出荷が禁止されている山菜を販売したとかで摘発され、テレビ・新聞で報道されたことがきっかけになったかどうかは定かではありませんが、今年の湖南四季の里は、活気がなく、客数も極めて少ない・・・。

こういう試練に遭遇したときは、scapegoat がつくりだされるのが常で、とりわけ、<ここらのもんでねえ>、有機栽培・無農薬栽培で野菜を栽培している、筆者の妻に白羽の矢が立てられるのは想像に難くありません。

昨年、県央農林事務所の方が、有機栽培・無農薬栽培でコシヒカリを栽培している吉田農園を尋ねて来られました。ちょうど留守をしていましたので、電話をかけて、少しく話し合いました。国が配布している塩化カリウムをきちんと散布しているかどうか・・・。筆者、塩化カリウムのかわりに、JA郡山の大槻支店からケイ酸カリを購入して散布していること、米をつくる田の水・土壌・肥料などの環境や、収穫したコメの放射能汚染度を、ドイツ製のガイガーカウンタALPHAiX3000で測定していることを報告しましたが、県央農林事務所のComputerで計算したところ、塩化カリウムを散布しなくても基準を満たしているとかで、今年から、塩化カリウムは受け取らないことになりました。

昨年、妻が湖南四季の里に出荷した、有機栽培・無農薬栽培の大豆も、放射能検査対象になりましたが、検出限界値以下であったようで、販売が許可されました。

筆者の妻、<やはり、わたしたちには、有機栽培・無農薬栽培で、多品種少量生産で自給用のコメと野菜をつくるのがあってるわ。おとうさんが残してくれた田畑でとれたものをJA湖南に出荷しても、生産経費・流通経費を差し引くと50~60万程度でしょう。あきたこまちとキュウリをつくって、その他を、化学肥料・農薬・除草剤を多用した野菜を買っていたのでは、百姓は失格!百姓を続けるなら、米と野菜を自給自足しなければ・・・。そのためには、多品種少量生産が一番あってるわ!>と話していました。

なにしろ、筆者68歳、妻60歳・・・、高齢になって、妻の実家のおとうさんが残してくれた田畑4.6反、山林8.0反で田舎暮らし、山郷暮らし、百姓暮らしをしていますので、4~20町米を栽培し、それだけでなく、数町も野菜を栽培されておられる湖南の赤津の農家の方々の真似をする必要はありません。大型農業機械はもっていませんし、農薬・除草剤も散布するつもりはありませんので・・・。真似をはじめたとたん、経済的破綻、病気に怪我、老衰に痴呆の世界が待っています。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加