湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

『新吉原史考』他を注文・・・

2017年06月30日 |  5.部落学序説

 今日、<吉原遊郭>に関する本を2冊注文しました。

インターネットで検索していますと、<カストリ書房>というのがあるようです。<吉原遊廓にある遊廓専門の本屋さん >とか・・・。そのHPに紹介されていた、吉原遊郭に関する古書から2冊注文・・・。ただ、価格の表示がなかったので、日本の古本屋で再検索して、ほかの古書店に注文しました。

台東区役所編『新吉原史考』
昭和35年発行。台東区役所が売防法施行の2年後に編集発行した吉原史。行政が遊廓を取り上げた珍しい書。吉原の地名解説など、ともすれば伝承的な曖昧さが多いジャンルもしっかりと考証がなされており、信頼性の高い内容となっている。

雪吹周『売春婦の性生活』
 昭和28年発行。吉原の赤線女給たちを検黴するために設置されていた、吉原病院院長の雪吹周(いぶき ちかし)が著者。街娼や女給など広汎な売春婦たちの出身地、学歴、転落の経緯、初交年齢、一晩の交接数、さらには性交時の体位まで統計調査。吉原病院は現在の台東区立病院の前身。

『新吉原史考』は@1,500円、『売春婦の性生活』は@1,800円でした。日本の古本屋で検索したときの高値は、前書で16,200円、後書で4,320円・・・。

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ブログ『部落学序説』の通読の仕方・・・

2017年03月27日 |  5.部落学序説

今日、筆者のブログ『部落学序説』を読んでくださった方が、『部落学序説』を最初から最後まで、章・節・項順に閲覧する方法について説明を求めて来られましたので、以下の通り、ご紹介させていただきます。

ブログ『部落学序説』は、<ココログ>・<ブログ人>・<Gooブログ>と、プロバイダー側の都合で変更を余儀なくされてきましたが、それぞれのブログは仕様が異なりますので、初期状態の、執筆順のままでは表示できなくなりました。2013年山口から福島へ移転して以来、百姓暮らしに追われて、『部落学序説』を本来の形に戻す作業をする時間的ゆとりがありませんでした。そのため、そのまま放置してきたのですが、現在の<Gooブログ『部落学序説』>のまま、章・節・項だてで読書してくださるには、次の方法があります。

1.『部落学序説』(http://blog.goo.ne.jp/eigaku)にアクセスする。すると、ページの上に、以下のように表示されますので、<記事一覧>をクリックします。



2.右上に、<投稿日が古い順|新しい順>が表示されますので、<古い順>をクリックします。



3.記事一覧、『部落学序説』の目録に相当する画面が表示されますので、読み始めたい文章をクリックします。目録は、複数画面で構成されていますので、目録の次の頁を読みたいときは、下方の<次ページ>をクリックします。


4.読み始めたい文章が出てきたら、その文書をクリックします。



5.上記の例でいえば、<浄土真宗と穢多>の次の文章を続けて読みたいときは、右上の、<浄土真宗と穢多>の次の文章<穢多と習俗>をクリックします。ここをクリックしていけば、章・節・項だてで、『部落学序説』を通読できます。



この『部落学序説』は、筆者が、山口の県立高校7~8校で仕事をしていたとき、同和教育の担当教師の方々に『部落学序説』の執筆計画をみてもらい、ご指導を受けて、数年後に、インターネットのブログで、公開で、書下ろしをはじめたものです。ただ、読者の方々の中には、筆者の執筆計画にそった公開を待つことができず、結論だけを先取りして、執筆をもとめられ、それによって、筆者に対する批判を展開される方々も少なくなく、部落解放同盟新南陽支部の方々からも、それらの批判にていねいに応答すべきであるとの強い要請があり、『部落学序説』の本来の執筆を中断して、以下の文章を割り込ませています。

『部落学序説』を通読される場合は、章・節・項だてから逸脱している以下の文章は、省略して読まれることをおすすめします。

それらの文章は、執筆計画の未執筆の部分も含まれていますので、いつか、初期の執筆計画通りに、『部落学序説』をリライトして、学術論文として自費出版する予定です。


【部落学序説】(別稿)

※「部落解放同盟」の方から、被差別部落の人名・地名の実名記載をしないのは、被差別部落の地名・人名をタブー視することで返って部落差別を助長するとの指摘を受け、執筆を中断した『部落学序説』旧第4章の文章群です。筆者は、検証の結果、33年間15兆円を費やして実施された同和対策事業・同和教育事業終了後も、部落差別が現存している状況に鑑み、今後も、被差別部落の地名・人名は実名記載しないのが妥当と判断しましたので、一端削除した文書群を再掲することにしました。『部落学序説』が被差別部落の地名・人名の実名記載に踏み切るためには、まず「部落解放同盟」の方が地区・人名の一覧表を公開されることが必須です。筆者は、その一覧表に則して、合致する地名・人名がある場合には地名・人名の実名記載を敢行します。

1.近世から近代へ 
 近世から近代へ

2.弾直記と明治維新
 1.近代歴史学の呪縛
 2.弾直記と明治維新-無念の死
 3.忘れられた弾直記
 4.現代の部落解放運動家に継承されざる弾直樹

3.穢多と明治維新
 1.「穢多」=「部落の人々」=「同和地区の人々」の誤謬
 2.部落学と歴史観
 3.明治維新-大久保独裁体制の確立
 4.近世・穢多と近代・警察の類比(アナロギア)

4.穢多と維新前夜
 1.岩倉と長州藩の非道
 2.育制度と新百姓制度-近世身分体制の風穴
 3.歴史の事実を操作した明治政府
 4.穢多の「普遍性」と「地域性」
 5.近世幕藩体制下の「穢多」

5.明治維新の死角
 1.明治政府によるキリスト教弾圧
 2.英米の支援の下で実現した明治維新-知られざる国家転覆罪

6.中江兆民論
 1.父-元穢多を妻とした中江兆民
 2.子-元穢多を母とした中江丑吉

7.被差別部落と姓
  「部落解放同盟の方」の批判に答えて(旧文書名:「被差別部落と姓」)

8.「特殊部落」・「差別」概念の定義法について
 1 差別語「特殊部落」
 2 「特殊部落」・「差別」概念のあいまいさ
 3 命題:「特殊部落」・「特殊部落民」は差別語である
 4 「特殊部落」・「差別」の定義の方法・・・
 5 「特殊部落」・「差別」の実質的定義について
 6 定義・命題・推理
 7 『部落学序説』と論理学
 8 歴史的概念としての「特殊部落」と「差別」
 9 「差別」概念は歴史的概念である

9.史料としての「水平社宣言」
 1項 水平社宣言(原文)
 2項 なぜ、史料としての「水平社宣言」なのか
 3項 水平社の宣言としての「水平社宣言」
 4項 「水平社宣言」の本文批評の背景
 5項 「水平社宣言」の本文批評
 6項 「水平社宣言」の草稿の解析
 7項 「水平社宣言」2資料説
 8項 朝治武・歴史的記憶としての「水平社宣言」説
 9項 「我々」資料と「吾々」資料
 A項 西光万吉と平野小剣の霊を呼び起こすひとたち・・・
 B項 理解されざる西光万吉と平野小剣の部落解放思想
  (注)2カ月間の休息を経て執筆再開・・・

A.「水平社宣言」の背景
 1項 朝治武著『水平社の原像』にみる部落史個別研究の限界(その1)
    朝治武著『水平社の原像』にみる部落史個別研究の限界(その2)
    朝治武著『水平社の原像』にみる部落史個別研究の限界(その3)
    朝治武著『水平社の原像』にみる部落史個別研究の限界(その4)
     朝治武著『水平社の原像』にみる部落史個別研究の限界(その5)
    朝治武著『水平社の原像』にみる部落史個別研究の限界(その6)
     朝治武著『水平社の原像』にみる部落史個別研究の限界(その7)
 2項 水平社運動史の批判的研究法(その1)
    水平社運動史の批判的研究法(その2) 

【部落学序説】(付論)

※『部落学序説』(付論)は、読者の方々の要望で、『部落学序説』の執筆を中断して書いた文書群です。多くの場合は、『部落学序説』(本文)の先取りです。


1.付論「某中学校教師差別事件に関する一考察」
   1.ある中学校教師による差別事件・・・
   2.教育界における、ある中学校教師の評価・・・
   3.ある部落民告知・・・
   4.某中学校教師差別事件の概要・・・
   5.典型的な差別語「四本指」について・・・
   6.闇から闇に隠される教育現場の差別事件・・・
   7.差別事件を起こした教育現場のジレンマ・・・
   8.事実認識の違いを越えて存在する問題・・・
   9.部落解放運動は、五本目の指を求める運動か?・・・
  10.その後も続発した中学校教師による差別事件・・・
  11.ある中学校教師の同和教育の限界
     人生と差別
     部落史学習と近世政治起源説 1
     部落史学習と近世政治起源説 2
     部落史学習と近世政治起源説 3
     部落史学習と近世政治起源説 4
     部落史学習と近世政治起源説 5
     差別解消の主体者を育てる部落史学習の欺瞞性について 1
     差別解消の主体者を育てる部落史学習の欺瞞性について 2
     差別解消の主体者を育てる部落史学習の欺瞞性について 3
     差別解消の主体者を育てる部落史学習の欺瞞性について 4
     偏狭な「差別意識」と「まなざし」理解  
       はじめに
       <まなざし>の字義的解釈
       藤田孝志氏の<まなざし>理解
       心理学者・教育学者の「まなざし」理解
       心理学者・教育学者の「まなざし」理解
        「まなざし」と「鏡映自己像」
       差別をめぐる心理構造
       周囲のまなざしと自己概念との矛盾葛藤
       歴史学者の「まなざし」理解

        
 2.「部落」と「暴力団」に関する一考察
   第1回 長州藩の史料から・・・
   第2回 「穢多」と「博奕」の関係事例
   第3回 「穢多」に広がる「博奕」の誘惑・・・
   第4回 幕府の法システムにおける「穢多」と「博奕」について
   第5回 誤解された目明し金十郎・・・
   第6回 守山藩の博奕取り締まり・・・ 
   第7回 目明し金十郎の賭博容疑に対する弁明
   第8回 総括の方向性について・・・

 3.島崎藤村と『破戒』
   第1回 島崎藤村と『破戒』
   第2回 丑松と志保
   第3回 大江磯吉と西原清東
   第4回 部落学から見た島崎藤村
  

 4.8月15日の意味を考える
   8月15日の意味を考える

 5.寝た子を起こすな
   寝た子を起こすな

 6.学問論
   1.独学
   2.被差別部落の身元調査について
   3.被差別部落の調査方法

 7.山口県で部落民宣言をした人々
   山口県で部落民宣言をした人々

 8.被差別部落の食卓
 
   水平定食
   さいぼしの話し(誤って削除)

 9.「汚れ」について
   1.「汚れ」という言葉の意味
   2.「穢多」と「汚れ」
   3.身分と糞尿

 10.市民的権利について
    ・市民的権利について
    ・「庶民」と「部落民」

 11.田所蛙治に関する一考察
   2の1
   2の2

 12.解放社会学会
   好井裕明著『「あたりまえ」を疑う社会学』を読んで・・・

 13.連休のコーヒータイム
   「部落民とは誰か」-穢多を尋ねて長州藩一人旅(吉田向学著)
   21世紀の部落民像を求めて(福岡秀章著)
   部落民の苦悩(青木広著)
   『GO』と『破戒』(福岡五月著)


 14.部落学序説・読書感想文
   筆者自身による『部落学序説』の読書感想文

 15.雑想
 インターネットで「部落問題」を読む
 人間の歌がはじまる


【渋染一揆研究メモ】

 ・付論「百姓の目から見た渋染・藍染」
  ・繊維産業の町に生まれて・・・
  ・日本の色・・・
  ・渋染・藍染について考察するときの前提・・・
  ・心の高鳴りのない最近の<渋染一揆>研究・・・
  ・衣類に関する民俗学的調査項目・・・
  ・「穢多・非人」の属性の大域性と局所性・・・
  ・「百姓」と「衣類」・・・
  ・百姓の衣類研究の新しい動向・・・
  ・渋染一揆の「穢多歎書」に出てくる「穢多」の質屋通い・・・
  ・渋染一揆は、穢多(役人)と庄屋(御役人)の葛藤・・・
  ・百姓と質入れ・・・
  ・村の経済的破綻と百姓の質入れ・・・
  ・「渋染一揆」に参加した「穢多」が身にまとっていた衣服・・・
  ・「渋染一揆」の末裔が耳にした伝承・・・
  ・白装束の穢多・・・
  ・渋染・茶色・衣類の種類に関する考察・・・
  ・現代に通用する「渋染」は何を意味するのか・・・
  ・近世の衣類に関する学者・喜田川守貞・・・
  ・木綿の「藍染」と「渋染」の用途の違い・・・
  ・合羽に使われた渋染め・・・
  ・「渋染」・「柿染」・「茶染」の違い・・・
  ・草木花と日本の色・・・
  ・渋染の木綿羽織を身にまとった人びと・・・
  ・すばらしき「渋染」の研究者・・・
  ・浮世絵に見る「穢多」が身にまとった衣類の色・・・
  ・近世の獄衣「御仕着」について・・・
  ・与力と同心が身にまとった衣類・・・
  ・忘れ去られた同心<悲話>・・・?
  ・「渋染一揆」の闘争理念の不明解さ・・・
  ・「渋染一揆」の別段御触書・・・
  ・「渋染一揆」の別段御触書の内容を色別・・・
  ・「別段御触書」の偏向した解釈・・・
  ・偽造された「穢多請状」としての「別段御触書」・・・
  ・「岡山藩」の「倹約御触書」から「別段御触書」を分離することは間違い・・・
  ・「倹約御触書」に対する先入観から自由になる・・・
  ・「倹約御触書」の構成・・・
  ・「倹約御触書」の非常民に対する統制・・・
  ・「倹約御触書」は単なる倫理ではない・・
  ・第1条「男女衣類可為木綿」条項の真意・・・
  ・「岡山藩」専売品としての木綿衣類の強制・・・
  ・岡山藩の木綿・藍の地域史的研究の意味・・・
  ・岡山藩の渋染一揆に関する<考証性>の問題・・・
  ・「木綿」は百姓の至宝・・・
  ・「渋染一揆」の時代の「木綿」の生産・流通事情・・・
  ・藩主・池田光政の「彼らも我百姓なり」のことばの背景・・・
  ・「岡山藩」の御用学者・熊沢蕃山と「穢多」身分・・・
  ・「岡山藩」の御用学者・熊沢蕃山と「穢多」身分・・・(続き)
  ・熊沢蕃山における「百姓」身分と「武士」身分・・・
  ・士は「上下通用」の身分・・・
  ・「倹約令」の「倹約」とは何か・・・
  ・「岡山藩」における「倹約」の実践例・・・ 
  ・「賤民」つくらぬが岡山藩主・池田光政の統治理念・・・
  ・部落差別になじまない、岡山藩主・池田光政の政治理念と実践・・・
  ・中国筋の小藩に見る衣類統制・・・
  ・徳山藩の「上着」に関する統制・・・
  ・徳山藩の「帯襟」に関する統制・・・
  ・徳山藩の「下着」に関する統制・・・
  ・徳山藩の「夏衣類」に関する統制・・・
  ・徳山藩の「衣類」の色に関する統制・・・
  ・長州藩とその支藩の「穢多の類」に対する衣類統制・・・
  ・「穢多」と衣類統制・・・
  ・紀州藩の穢多と衣類・・・
  ・紀州藩の目付・竹本茂兵衛が出した穢多に対する衣類統制・・・
  ・紀州藩穢多が身にまとった紋羽織・・・
  ・紀州藩・同心と穢多の衣類論争・・・

 
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heuristic bias・・・

2017年01月26日 |  5.部落学序説

昨夜、千葉大学医学部付属病院総合診療部・生坂政臣著『めざせ!外来診療の達人 外来カンファレンスで学ぶ診断推論』を読み始めました。

この本は、<外来診断学>と<診断推論>に2部構成になっているそうですが、医療における<推論>の失敗は誤診につながってきます。場合によっては、患者の生命に直接関係してきます。<推論>の失敗は、具体的な影響をもたらしますので、医療における<推論>は、慎重に慎重を要求されます。

しかし、各種社会問題においては、学者・研究者・運動家の<推論>の失敗は、ほとんどの場合、直接被害を招来することはありません。しかし、失敗した<推論>、欠陥のある<推論>に依拠した、たとえば、差別思想である<賤民史観>に依拠して<推論>を繰り返しますと、差別問題の解消どころから、差別の拡大再生産への道筋を構築し、被差別者を抜け道のない差別の袋小路へと追いやってしまう可能性があります。<推論>の間違いが認識されるまでに、多くの時間がかかり、その間に無辜の被差別部落のひとびとが差別の鉄鎖につながれ、不本意な生き方を強要されることになります。

歴史学者・歴史研究者の<推論>も、慎重に慎重を期する必要があります。

『めざせ!外来診療の達人 外来カンファレンスで学ぶ診断推論』に、<heuristic bias>についての説明がありました。<heuristic>とは、<経験的に解決への確率が高い方法を用いて決定していく判断法であり、経験則、早道思考、直観などとほぼ同義語である。少ない努力で問題を解決できるので、日常的な判断は通常このプロセスを基に行われる・・・>そうです。

しかし、<その思考パターンに陥ると確率を大きく見誤ってしまう>。<heuristic>の<陰の部分であるこの bias は、<独学では・・・気づきにくいので、複数の目で個々の症例を振り返る学習が必要である>といいます。 

<heuristic>には、3種類の形態があるようです。

1.representative heuristic
2. availability heuristic
3. anchoring and adjustment heuristic

どの<heuristic>を遂行しようと、そこにしのびよってくる判断ミスを除外することが難しく、<誤診が多くなる>・・・。部落差別問題の解決における、差別思想<賤民史観>を根拠にした解決法は、典型的な社会問題に対する学者・研究者の<誤診>です。医学者や医者と違って、歴史学の学者・研究者は、<誤診>に対する責任を追及されることも、また個々の学者・研究者がそれを自覚することもなさそうです。

筆者のブログ『部落学序説』は、それを指摘しようとしたのですが・・・。


 

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本質と異質・・・

2017年01月07日 |  5.部落学序説

今日、インターネットの日本の古本屋経由で入手した事典をパラパラめくっていて、目に飛び込んできた言葉は、

<異質>

<ある穢多村の周辺で見られても、その穢多村の職務と直接関係のない(長吏の職務と無関係)ことを示す。そのような事項を異質要素(本質要素に対して)という>。

つまり、<穢多村>・<特殊部落>・<被差別部落>・<同和地区>において、その本質を認識するためには、<異質要素>ではなく<本質要素>に着目する必要があるということを意味します。

<異質要素>には、低学歴・低収入などがあげられますが、それは、<穢多村>・<特殊部落>・<被差別部落>・<同和地区>の<本質要素>とは無関係・・・。<異質要素>をさも<本質要素>であるかのように錯覚しますと、<異質要素>の改善をもって差別はなくなるというイデオロギー的偏向解釈に陥ってしまします。<異質要素>を改善しても、<本質要素>をそのままにしておけば、いつまでたっても部落差別はなくならないという現実に否が応でも直面することになります。

戦後の部落解放運動は、<本質要素>を隠蔽したまま、<異質要素>だけの改善運動に終始してきましたので、未だもって、日本の社会から部落差別はなくならない。差別思想である<賤民史観>の学者・研究者・運動家たちは、<異質要素>を<本質要素>に組み込むことで、差別の拡大再生産を目論み、<本質要素>をますます、被差別部落のひとびとから遠ざけて、<差別された、あわれでみじめで気の毒な存在>にまつりあげようとする・・・。

<本質-異質>概念・・・、筆者のブログ『部落学序説』をrewrite して論文として出版するときの、新たな概念装置になりそうです。<本質-異質>は、<部落>を定義するときの、外延と内包の確定作業に有用な概念・・・。

インターネットの日本の古本屋経由で入手した事典類は、筆者にとっては、考察の材料です。

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今朝、夢の中で、考えに考える・・・

2016年12月19日 |  5.部落学序説

今朝、夢をみました。とても、つかれる夢・・・。朝4:00に目を覚まして、それ以来、眠れなくなってしまいました。

昨日、インターネットの日本の古本屋経由で入手した『縫製事典』と『被服学事典』に目を通したあと、寝る前に、『民俗学研究ハンドブック』の<衣生活>の項を読んだのが、つかれる夢を見る原因になったようです。

民俗学における<衣類>の研究は、民俗学の根幹<ケ・ケガレ・ハレ>に大きく影響されているようです。衣類は、<ケ着>と<ハレ着>に分かれるそうですが、筆者、夢の中で、<ケ・ケガレ・ハレ>という枠組みの中で考えるとき、<ケ着>と<ハレ着>だけでなく<ケガレ着>があってもいいのではないかと考えて、いろいろ調べていました。

たとえば、病気になったときに着る衣類、流行り病などの場合は、感染を恐れて焼却処分されたでしょうから・・・。なくなった場合は、<死装束>として、なくなったかたに着せるあたらしい衣類は、<ケガレ着>ではなく<ハレ着>になるのではないか・・・?。死者も、死者の<ハレ着>、死者を弔うものも喪服という<ハレ着>・・・。<ハレ>には、まつりがつきものなので、祭りも弔いも<ハレ>の儀式・・・? 民俗学者の瀬川清子は、<ハレ着に吉凶を分ける感覚を見出せないことから・・・ハレ着のはじめを「忌衣」であろうと解している>そうな・・・。筆者、夢の中で、<ほんとうは反対なのではないか?>と考えていました。瀬川清子のほかのことばからしても・・・。

夢の中では、渋染め・藍染めの衣類についても調べて・・・、筆者、とても疲れました。

しかし、<ケガレ>について、筆者、おおきなてがかりを得ることができました。

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事典は、日常・非日常、常・非常に関する知識の宝庫・・・!

2016年12月14日 |  5.部落学序説

筆者の愛読書のひとつ、ラートブルフの『法学入門』の最初のページには、旧約聖書の言葉が記されています。

『法学入門』の内容をひとことで言い表せば、旧約聖書伝道の書第4章1~3節の言葉になるのでしょうか・・・。

そのラートブルフの真似をするわけではありませんが、筆者のブログ『部落学序説』を、rewrite して論文化して出版するときにも、『部落学序説』の最初のページを聖書の言葉で飾るつもりです。その内容をひとことで表現できる聖書の言葉を・・・。

昨日、それを確定・・・。

このブログで、『部落学序説』の論文化と出版の経過について言及することはあっても、その内容については、公開しないことにしました。出版する『部落学序説』を読んでくださる方々のために・・・。

今回、『部落学序説』を rewrite して論文化、出版するための、筆者の書斎に揃えた<事典>類107冊は、<日常と非・日常>、<常と非・常>に関する知識・情報の宝庫になります。筆者の『部落学序説』は、歴史研究と民俗研究の<総合>の上に成り立っていますが、『部落学序説』の内容を学問的に確証することが可能になります。いろいろな研究は、時代の流れの中で浮沈を繰り返していきますので、筆者の『部落学序説』を論文としてrewrite したものが、古書店ルートで流される日が来ることを夢見ています。そのためにも、本格的な論文集にしなければ・・・。

今回の<事典>類の収集は、68歳の無学歴・無資格、歴史研究・民俗研究の門外漢である筆者の最後の資料収集になります。<事典>類で間隙を埋めながら、これまで集めてきた専門書・研究書・論文集を分析・総合することで、独学者にふさわしい<老作>をつくりあげていきたいと思います。

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『事典・昭和戦前期の日本 制度と実態』をひもとく・・・

2016年12月08日 |  5.部落学序説

昨夜、インターネットの日本の古本屋経由で入手した『事典・昭和戦前期の日本 制度と実態』に目を通していました。

読んだ項目は、<町内会・部落会>と<徴兵制度>の2箇所・・・。

昼食をとったあと、お茶を飲みながら、妻にその内容を話しますと、妻は笑っていました。筆者は、甲種合格(現役)にも乙種合格(予備役)にもなれず丁種合格(現役に適しない)・・・。これが戦争中ですと、認知症の、妻の実家のおかあさんから、<おめえはろくでなしだなあ!兵隊さんにもなれねえのけ?おめえみたいなやわな男はここらにはいねえわ!>と日々、罵詈雑言を投げかけられていたかもしれません。

戦時中、日本全国<部落会>が設置され、その<部落会>に入っていないと配給米などを入手することができなかったのですから、日本国民全体が<部落会>に属する部落民・・・。戦後、GHQによって<部落会>は解体され、それをいち早く受け入れた日本の知識階級は<部落>概念を忌避するようになり、そのことによって、自らの戦争責任を回避しようとします。そして、戦後<負>のイメージを背負わされた<部落>概念を<被差別部落>にのみ押し付けようとします。<被差別部落>の側もそれを受け入れ、自らを<部落>概念で呼称するようになります。日本の知識階級の戦争責任回避に一役買うようになります。その代償が、差別思想<賤民史観>にもとづく<同和対策事業>・<同和教育事業>・・・。

歴史研究のミクロ的研究も歴史研究なら、その成果を批判検証して体系化するマクロ的研究も歴史研究のひとつ・・・。筆者の『部落学序説』は、そのマクロ的研究のひとつ・・・。

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いい加減に、部落民としての誇りをもったら・・・?

2016年11月19日 |  5.部落学序説

被差別部落の民衆は、いい加減に、<部落民>としての誇りをもったら・・・?

<部落差別解消法案>に出てくる<部落差別を解消する必要性に対する国民一人一人の理解を深める>という表現、<国民>とは誰のことなのか?当然、被差別部落の人々も含みますよね。

部落差別解消のため、<部落とはなにか>、<部落差別とはなにか>、<部落差別を克服するにはどうすればいいのか>、<部落差別なき社会はどういう社会なのか>という問いに対して適切な答えを求めていくには、部落解放運動団体が<差別者>とラベリングする一般国民だけでなく、<国民一人一人>としての被差別部落の側の、部落差別解消に向けた取り組みも必要ですよね。

極論すると、部落差別は、日本の左翼主義思想家や運動家がつくりあげた幻想でしかありません。被差別部落史は、賤民史観という差別思想という覆いを取り除けば、被差別部落史ではなく、ただのどこにでもある歴史でしかなくなりますよね。

被差別部落の民衆は、いい加減に、<部落民>としての誇りを自ら取り戻して、それを生き抜いたらいかがでしょう?

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法律として不備が目立つ『部落差別解消法案』・・・

2016年11月19日 |  5.部落学序説

11月17日の衆議院本会議で、与党と民進党などの賛成多数で、<部落差別の解消の推進に関する法律案>が可決されたそうです。

インターネットで検索して、この<部落差別の解消の推進に関する法律案>を読んでみましたが、この部落差別解消法案、無学歴・無資格、法律の門外漢である筆者の目から見ても、非常に不備が目立つ法律です。よく、こんな不備の多い法律案が、賛成多数で衆議院本会議を通過したものだと、あきれてしまいます。理由は、法律案の次の赤色の部分・・・。
 
以下法案・・・

(目的)
第一条 この法律は、現在もなお部落差別が存在するとともに、情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じていることを踏まえ、全ての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのっとり、部落差別は許されないものであるとの認識の下にこれを解消することが重要な課題であることに鑑み、部落差別の解消に関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、相談体制の充実等について定めることにより、部落差別の解消を推進し、もって部落差別のない社会を実現することを目的とする。
 
(基本理念)
第二条 部落差別の解消に関する施策は、全ての国民が等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、部落差別を解消する必要性に対する国民一人一人の理解を深めるよう努めることにより、部落差別のない社会を実現することを旨として、行われなければならない。
 
(国及び地方公共団体の責務) 
第三条 国は、前条の基本理念にのっとり、部落差別の解消に関する施策を講ずるとともに、地方公共団体が講ずる部落差別の解消に関する施策を推進するために必な情報の提供、指導及び助言を行う責務を有する。
2 地方公共団体は、前条の基本理念にのっとり、部落差別の解消に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、国及び他の地方公共団体との連携を図りつつ、その地域の実情に応じた施策を講ずるよう努めるものとする。

(相談体制の充実)
第四条 国は、部落差別に関する相談に的確に応ずるための体制の充実を図るものとする。
2 地方公共団体は、国との適切な役割分担を踏まえて、その地域の実情に応じ、部落差別に関する相談に的確に応ずるための体制の充実を図るよう努めるものとする。

(教育及び啓発)
第五条 国は、部落差別を解消するため、必要な教育及び啓発を行うものとする。
2 地方公共団体は、国との適切な役割分担を踏まえて、その地域の実情に応じ、部落差別を解消するため、必要な教育及び啓発を行うよう努めるものとする。

(部落差別の実態に係る調査)
第六条 国は、部落差別の解消に関する施策の実施に資するため、地方公共団体の協力を得て、部落差別の実態に係る調査を行うものとする。

附 則
この法律は、公布の日から施行する。

理 由
現在もなお部落差別が存在するとともに、情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じていることを踏まえ、全ての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのっとり、部落差別は許されないものであるとの認識の下にこれを解消することが重要な課題であることに鑑み、部落差別の解消を推進し、もって部落差別のない社会を実現するため、部落差別の解消に関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、相談体制の充実等について定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

何が問題なのかといいますと、この<部落差別の解消の推進に関する法律案>においては、法律用語として、<部落>・<部落差別>・<部落差別の解消>・<部落差別のない社会>・<部落差別の解消に関する施策>・<相談体制>・<相談に的確に応ずる>・<施策を推進するために必要な情報の提供、指導及び助言>・<教育及び啓発>・<部落差別の実態に係る調査>など、この法律案の中では一切定義されていないこと!

<部落とはなにか?>・<部落差別とはなにか?>・<部落差別の解消の具体的内容は?>・<部落差別のない社会はどんな社会か?>・<部落差別の解消に関する施策は具体的にはどのような施策をさすのか?>・<相談体制とはなにか?>・<相談に的確に応ずるとは具体的になにを意味するのか?>・<国の必要な情報の提供・指導・助言は具体的にどのような内容なのか?>・<教育及び啓発の内容は?>・<過去の部落の実態調査が差別文書と断定している運動団体が求める新たな実態調査とはなになのか?>・・・、この<部落差別の解消の推進に関する法律案>は、それらの重要な概念を法律的に確定することなく、恣意的に解釈・運用される余地を残した、極めてあいまいな、<百害あって一利なし!>と思われるような法案です。

差別思想<賤民史観>の乗っかったまま、つまり、被差別部落の側が自らのほんとうの歴史を解明することなく、左翼的イデオロギーが生み出した<賤民史観>を根拠に、被差別部落の人々差別の鉄鎖につなぎ、差別の奈落に落としめてきた過去の部落解放運動・部落解放教育、同和教育を批判検証、問題点を克服することなく、国家権力を用いて、部落差別の解消をはかろうとする、被差別部落の側の主体性のなさ、他力本願的な姿勢は、問題の解決どころか、自ら、部落差別を拡大再生産することに直結するのではないでしょうか・・・?

韓国の<従軍慰安婦>をめぐる日本政府に対する要求と、日本の<部落差別>をめぐる日本政府に対する要求と、極めて酷似しているのは、どういうことなのでしょう?問題解決の goal post を常に動かすことになにのためらいもない運動の不毛さが自覚されることはないのでしょうか・・・? 

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帰農後、4年目の冬にしてはじめて<晴耕雪読>の世界に・・・

2016年11月09日 |  5.部落学序説

2013年4月1日に、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農して、4年目の冬にして、はじめて、<晴耕雪読>の世界に入れそうです。

会津の豪雪地帯に属する、旧会津藩の山郷である湖南の赤津村の冬は、晴れた日に耕すことは不可能、晴れた日も毎日除雪作業に追われます。真冬でも、除雪作業は、真夏の農作業と同じくらい労力を費やすことになります。除雪作業をのぞけば、読書三昧の日々を過ごすことができそうです。4年目にしてやっと・・・。

郡山市湖南町赤津村から、郡山市立図書館や郷土資料館に通うには、積雪した雪道、奥羽山脈の三森峠を越えて片道50分ほどかかりますので、少し調べてみなければわからないことがあっても、それほど気軽に通うことができるわけではありません。筆者が、日本基督教団西中国教区の牧師をしているとき、インターネット上のブログで書きおろした『部落学序説』を、リライトして出版するには、もう一度その内容を検証する必要があります。内容が内容なので、他の研究者の方々に校正を依頼することもできず、自分で検証するために、今回、『~学事典』を集めました。

筆者の『部落学序説』の<部落>は、<一般部落>と<被差別部落>の包括概念・上位概念としての<部落>です。戦後の思想史上、この<部落>概念は、否定すべきものとして研究者の意識の外に追いやられてきた概念で、いつのまにか、<被差別部落>の短縮形としての<部落>概念に矮小化されてしまいました。東日本では、<部落>を<集落>の意味で使っておられる方々が少なくありませんが、<部落>=<集落>という見方も、<部落>概念の本質から民衆を遠ざけるための矮小化した見方に過ぎません。<部落>概念は、明治政府が民衆支配のために作り出した新しい概念です。中国の単なる古語を復活したものではありません。ドイツの地方自治法を移植するときに、日本で創出された近代政治用語です。<部落>概念を、近世以前にさかのぼって歴史史料の解釈に用いるのはまったくの時代錯誤です。

帰農して4年目の冬、少しく、時間的・精神的ゆとりができはじめましたので、書斎の環境づくりをはじめました。

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失われた歴史をとりもどす闘い・・・

2016年10月31日 |  5.部落学序説

昨夜、『東日本の被差別部落―現状と課題―』の<第2章 部落の歴史をとりもどす>の<信州の戦後の闘いの中で-長野県浅科村の部落の歴史をとりもどす闘い>に目を通しました。

地図で、その在所と自然環境・地理を確認しながら・・・。

その闘いがはじまったきっかけは、1978年に起きた<悪質な部落差別はり紙事件>であったそうです。その村の公害反対運動をしている指導者の家の玄関に、反対運動に反対する人々が<チョウリッポの住む土地は一坪もない、早く出て行け>と差別張り紙をしたというのです。

その指導者の方は、被差別部落出身ではない・・・。

そこで、浅科村の被差別部落のひとは、それは、被差別部落出身者ではない、その指導者に対する<攻撃>だけにとどまらず、浅科村の被差別部落の人々に対する<攻撃>でもあるとして、<二重に悪質な差別>に対する糾弾をはじめたのです。

日本基督教団の部落差別問題特別委員会の委員長をしていたある牧師が、<部落差別の取り組みに協力しない教会と牧師・信徒に対する、被差別の側からの対応は簡単だ。「あの教会のあの牧師や信徒は、自分たちの仲間だ!」とひとこと言えば、彼らは、部落差別の深刻さを身をもって経験することになる・・・>と話していました。筆者、<それは、聖書に禁じられている復讐法の実践につながる!>といって批判したのですが、<二重に悪質な差別>の部落版・・・? 筆者、その部落差別問題特別委員会の委員長をされていた牧師に、その出自と歴史を問いかけていくことになりますが、彼は、語るべき、彼の先祖の<穢多>・<非人>の歴史を持ち合わせていなかったようです。

部落解放運動家が<差別者>であるという筆者のブログ『部落学序説』で書いている被差別部落の歴史の見直しと、被差別部落の側からの<部落の歴史をとりもどす闘い>とは、どこかで交差するような気がしました。<信州の戦後の闘いの中で-長野県浅科村の部落の歴史をとりもどす闘い>は、日をあらためて精読することにしました。

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『部落問題事典』が届く・・・

2016年10月28日 |  5.部落学序説

この前、インターネットの日本の古本屋経由で注文していた『部落問題事典』が届きました。

この『部落問題事典』の定価は、22,000円・・・。

1986年に出版されたもので、30年後の<古本>としての価格は、2,000円・・・。日本基督教団西中国教区の牧師をしていたとき、22,000円の『部落問題事典』を購入することは不可能でしたが、隠退牧師になり、年金暮らしをしている筆者には、2,000円の『部落問題事典』は可能・・・。

山口にいるときお世話になった、京都大学大学院出身の日本文化史研究者の方が、<今、部落研究をしていた学者・教育者が大量に関連書籍を古書店に売っている。もし、『部落学序説』執筆を継続するための資料を集めるなら今がチャンス!>とアドバイスしてくださり、筆者、60歳になり、年金の一部が入るようになったのをきっかけに、部落差別問題に関する史資料を集めました。

古書は不思議なもので、その後、価格が上がるものもあれば、下がるものもあります。そして、ある日あるとき、インターネットの日本の古本屋のリストからその署名が消えてしまうこともあります。京都大学大学院出身の日本文化史研究者の方のタイムリーなアドバイスのおかげで、<部落問題>・<部落差別問題>に関する基本的な文献を入手することができました。

身銭で手に入れた資料なので、珠玉の資料ばかり・・・。

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民衆も歴史的存在・・・

2016年10月26日 |  5.部落学序説

筆者の祖父は、吉田永學、曾祖父は、吉田向學・・・。

筆者は、曾祖父の名前をとって、ペンネームにしているのですが、インターネット上で、ブログ『部落学序説』を執筆するとき、その名前をはじめて用いました。その時点では、筆者の先祖が、信州の真言宗・観聖寺の住職の家系であったことなどしるよしもなかったのですが・・・。

日本基督教団西中国教区の山口の小さな教会の牧師をしていた30年間、山口の被差別部落(大半は同和地区の未指定地区でしたが・・・)を訪ねて、その古老からいろいろお話しをおうかがいすることができました。そのとき、筆者が感じたのは、その古老が背負っている歴史の重さでした。しかし、ほとんどの古老は、その重い歴史を捨てようとはせず、むしろ、自覚的に担って生きている方々でした。

身元を隠しながら同和対策事業の利権獲得に汲々としている各種運動団体下の被差別部落の人々とは、異なる生き方がそこにありました。

筆者、複数の山口県立高校で仕事をしていたとき、日本史や古文・漢文の担当教師の方々に、『部落学序説』の執筆計画を見せて、いろいろ指導してもらいました。市町村の教育長をされた方々とも、被差別部落の歴史解釈について情報交換し、多くの示唆を与えられました。山口県立文書館の研究員をされ、山口大学の講師をされていた北川健先生からも・・・。

根なし草の民衆にならないために、民衆も、自らの歴史を自ら調べて自分のものにしていく必要があります。他者の歴史を自分の歴史としてすり替える営みは、自己欺瞞に他なりません。被差別部落の人々の歴史は、被差別部落の人々自身が担って行かなければならないもので、担うことによって、マイナス面だけでなく、プラスの面も引き受けて生きていくことができるようになります。

筆者は、山口に棲息したいた30年間、被差別部落出身者ではないとあいさつしていましたが、訪ねていった被差別部落の古老たち、<牧師さんが話す言葉には、部落のものが話す言葉が含まれていない。部落に生まれたら、必ず使う言葉がひとつも出てこない・・・>と話しをされていました。ひとの使う言葉も、歴史的な存在です。無意識的に身につけた言葉を取り除くことはほとんど不可能です。出身を偽ることはできません。

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福島県内の被差別部落・・・

2016年10月23日 |  5.部落学序説

2013年4月1日に、30年間棲息していた山口の地を離れ、妻のふるさと・福島に帰郷・帰農しましたが、その前に、筆者、福島の、幕藩体制下における穢多・非人に関する資料、明治以降の融和事業・同和対策事業の対象地域に関する資料を収集していましたが、それから、3年7か月、筆者の資料に追加できたのは、郡山地方史研究会の会長をされている大河峯夫先生の論文集だけ・・・。

帰郷後、つい最近まで会員になっていた湖南史談会の一日研修会で、会津の神社仏閣めぐりをしたことがあります。そのとき立ち寄ったひとつの場所は、<被差別部落>・・・。同和対策事業がなされていないので、いわゆる<未指定地区>になりますが、湖南史談会の会員の方々は、それを御存知なのかそうでないのか、判断がつきかねて、湖南史談会の会員の方々に、確認することはしませんでした。

昨日の、郡山地方史研究会の史跡めぐりのとき、参加された方から、その場所が、<被差別部落>ではないとの話をお聞きしました。その方が、その理由を話しておられましたが、筆者の視点・視角・視座からしますと、まさに、近世幕藩体制下の穢多村、明治以降の<被差別部落>の特徴そのもの・・・。<概念>が違うだけで、その<外延>と<属性>は、近世幕藩体制下の穢多村、明治以降の<被差別部落>(未指定地区)そのもの・・・。

<部落差別>は、一種の<共同幻想>です。差別される側と差別する側の両方がその<共同幻想>から解放されないと、差別そのものをなくすことはできません。

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A3インクジェットプリンターを使えるように・・・

2016年10月06日 |  5.部落学序説

筆者が使っているプリンターは、Canon の PixUS MG6330(A4プリンター)です。

昨年、湖南史談会の会報を再刊するということで、Canon の PixUS iX6830(A3プリンター)を購入したのですが、2015年、2016年と、会報の再刊が具体化しないまま、筆者、湖南史談会を離れることになりましたので、今もってPixUS iX6830は、未開梱のまま・・・。

『部落学序説』を、1冊の単行本として出版するための原稿のゲラ刷りに使うことにしました。『部落学序説』は、2005年5月14日から数か月の間で、インターネットのブログ上で公開書下ろしをしたものです。部落解放同盟新南陽支部の方々の要望を入れて、ブログの読者の方々からの反応が出やすい形の内容にしたのですが、新南陽支部の方々にとっては、彼らの部落解放運動という将棋の、利用できる単なる捨て駒でしかなかったようです。10年前のブログを今、出版してもいかほどの意味もないと思うのですが、『部落学序説』の<部落>は、<一般部落>と<特殊部落>の包括概念ですから、筆者の lifework として記録に残すことは、意味のないことではありません。

すくなくとも、68歳になり、ますます高齢化への日々を歩む筆者にとっては、頭と心を活性化させる起因にはなります。それに、『部落学序説』の執筆を終えてから収集した、400~500冊の史資料が手元にありますから・・・。その中には、東日本の被差別部落に関する史資料が相当数含まれていますから、『部落学序説』のリライトは、より広範な史資料を前提にすることになります。誰のために出版するのでもない。自分自身のために・・・。

筆者の祖父・吉田永学、曾祖父・吉田向学は、信州栗田村の真言宗・観聖寺の住職の家系・・・。観聖寺が、明治政府の宗教政策によって廃寺にされていなければ、筆者は、17代目・・・。宗門改めの機関ではなかったため、観聖寺の住職は代々妻帯を認められていたようです。筆者は、殺生与奪の権を持っていない純粋宗教者の末裔・・・。筆者は、生まれたときから、<世俗的な人間関係のなかにありながら、あえてそれから<ずれ>ることによって、すなわち、あえてみずから<奇>であることをえらびとることによって、人間的な真実の表白>をなそうとする人間の系譜に属しているようです。

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