英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

弁護士って……… ~“死刑廃止を目指す宣言”を採択”~ 【補足あり】

2016-10-14 22:48:12 | 時事
(体調を崩す前に書こうとしていた記事で、回復傾向になったら“三浦疑惑”が勃発)
まず、放電する前に「死刑制度の周辺事情」と「宣言採択の状況」を

Ⅰ死刑制度の周辺
・死刑は被害者家族が心の整理をつけるのに必要
・死刑制度の犯罪抑止力は立証されてはいない
・死刑廃止は世界の潮流である
・2014年11月の世論調査では、「死刑もやむをえない」が80.3%、「死刑は廃止すべきだ」9.7%

Ⅱ宣言採択の状況
・人権擁護大会(日本弁護士連合会が開催)は一部の弁護士しか参加しておらず、この大会で宣言を採択し、「死刑制度の廃止」という日弁連としての意思決定を決めるのはおかしい
・日弁連はこれまで、刑の執行停止や社会的な議論を呼びかけていたが、4年後に司法制度に関する国連の会議が日本で開かれることなどから、初めて制度の廃止を掲げた
・宣言採択の反対意見が相次ぎ、大会は一時紛糾した

日弁連が「死刑制度廃止」を掲げる一番の理由
 「冤罪によって死刑が執行されると取り返しがつかない」

 もちろん、冤罪はあってはならない。
「冤罪によって死刑が執行されると取り返しがつかない」というのももっともな主張である。

 しかし、それを防止するために、死刑制度を廃止するというのは、あまりにも短絡的!……論理がおかしい
 極論ではあるが
 「交通事故で人命を失うのはダメ」⇒「車を失くしてしまえ」
 と同じ理屈。

 「附属池田小事件」や「秋葉原通り魔事件」など無差別殺人事件、現行犯逮捕で冤罪の予知など全くなく、凶悪な容疑者でも死刑にならない。おかしくないかい!
 冤罪が起きないような捜査や裁判に尽力すべき!
 あなたたち弁護士が頑張るべきでしょう!


一票の格差に拘ることと言い、今回の死刑制度廃止の理由と言い…………

【補足】
死刑廃止にしても、冤罪はなくなりません。
法曹界や法律家にとつては、
「冤罪防止」<「冤罪者の死刑根絶」なのでしょうが。
『社会』 ジャンルのランキング
コメント (23)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 相棒 season15 第1話「守... | トップ | 三浦九段不正疑惑、出場停止... »
最近の画像もっと見る

23 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
優先順位 (かみしろ)
2016-10-15 01:17:53
>それを防止するために、死刑制度を廃止するというのは、あまりにも短絡的!

これは優先順位によって変わります。
> 「冤罪によって死刑が執行されると取り返しがつかない」
死刑制度の存廃に於いて、冤罪死刑の防止を最重要問題とすれば単純に成立します。死刑制度を続ける限り先ずなくなりませんから。少なくする努力は当然するが、冤罪死刑が発生することを認めないと死刑制度は賛成できません。
 冤罪死刑の発生を認めない司法にしたいと考えれば自然な選択です。

>「附属池田小事件」や「秋葉原通り魔事件」など無差別殺人事件、現行犯逮捕で冤罪の予知など全くなく、凶悪な容疑者でも死刑にならない。おかしくないかい!

この辺、というか死刑制度の賛否はほぼ理屈ではなく感情の問題なんですよ。

>冤罪が起きないような捜査や裁判に尽力すべき!
>あなたたち弁護士が頑張るべきでしょう!

 ここが重要で
 完璧な捜査と完璧な判断があれば、死刑の有無は大した問題ではない、と私は思います。完璧な捜査と判断があれば、目には目をが一番いい気がします。
 それがあり得ないので、冤罪死刑の防止は死刑制度反対の大きな理由になるんです。

 一票の格差も、民主主義でやる以上は大事ですよ。
 ただ、それ自体は現状大した問題ではない。
 それに対する司法判断が大問題なんです。

 一票の格差をどの範囲に収めるかを司法が決めた訳です。
 そしてその範囲に収まっていなければ、憲法違反なので格差解消してやり直しなさい、というのがまともな司法判断です。

 ところが今は
 違憲状態ではあるが憲法違反とまではいえない
 と司法が言っています。
 これ、本気で言ってたら頭おかしいですよ。
 最高裁がこんな目茶苦茶言っているんですから、法律家は当然騒ぎます。
 私も一票の格差は大した問題ではいと思いますが、それを放置したままでいいよと裁判所が言うというのは、もう駄目なんだろうなあ、と思います。
Re:優先順位 (英)
2016-10-15 07:16:47
なるほど優先順位ですか……(記事に補足しました)

1票の格差についてですが、
法律家にとって、許せない司法判断、なるほどです。
しかし、これまで記事にしてきたように、現実問題として、1票の格差より、文化的格差の方が大きいです。「平等」ではないです。

でも、かみしろさんのおかげで、弁護士が1票の格差にこだわる理由がわかりました。
Unknown (矢倉)
2016-10-20 20:25:20
英さん、初めまして。

英さんの考え方で2点質問があります。

①英さんは冤罪を「完全に」無くせると思ってらっしゃるんでしょうか?

②もし「完全に無くすのは無理だ」と思っていた場合、「冤罪で死刑になる人がいても仕方ない」という考え方なのでしょうか?
痛い処を突かれますね ()
2016-10-20 20:50:17

矢倉さん、こんばんは。

①の答え
 世の中、100%ということはないと思っております。
 「完全になくすの」は難しいです。

②の答え
 「冤罪で死刑になる人がいても仕方がない」とは思いません。

 私の考えは「死刑制度を廃止するのは間違っている」=「冤罪で死刑になる人がいても仕方がない」ではありません。
 本文で例に挙げた無差別殺人(現行犯逮捕)の容疑者でも、死刑にならないというのはおかしいと述べているのです。「現行犯逮捕でも100%冤罪ではないのか?」と問われれると、100%言い切れないかもしれませんが……
 私が言いたかったのは、「ほとんど100%犯人の場合に死刑判決がない」というのはおかしいということと、「死刑を廃止すること」は「冤罪で死刑になることは0%」ということに直結しますが、「死刑を廃止すること」と「冤罪の有無」は因果関係がないので、「死刑云々より、冤罪をなくす努力をすべき」ということを述べたかったのです。
 文章力不足と極論に走りがちなことを欠点をご容赦ください。
「亀山がいてこその右京さん」の時代が良かったなあ(笑) (矢倉)
2016-10-21 14:01:41
こんにちわ。

お返事ありがとうございます。

個人的には英さんが例に挙げられたような、無差別殺人かつ現行犯のような場合には死刑があっても仕方ない(死刑にすべき)という思いがあります。
私がもし現行犯の凶悪殺人事件の陪審員を務めるなら間違いなく「死刑」を求刑すると思います。

ただそれでも「法律的には」死刑制度は廃止したほうがいいというのが私の考えです。

個別の事例での感情や判断とは別に、「法的に」どうあるべきかはその法律自体が存在するためにおきるメリット、デメリットも考慮して決められるべきだと思います。
死刑を廃止することで、交通事故(冤罪)は無くせなくても交通事故による事故死(冤罪による殺人)は無くせるのならそうすべきではないかということです。
(死刑反対派は車自体を無くせと言ってるわけではなく、車自体を無くせないことが分かっているからこその主張なのです。)

例えば前述のような無差別殺人の類似ケースでも、犯人が心神喪失状態や多重人格障害等の問題があった場合には判断が難しいにもかかわらず、「死刑が存在する」ことで「無罪or死刑」の究極の選択になることもあります。

また各証拠から一見100%犯人に見えても、証拠自体を警察や国家権力がねつ造するケース等も「十分」考えられます。
そういった場合弁護士がいくら頑張っても無罪を勝ち取ることが難しいケースも出てくるかと思いますし、それで死刑が執行されれば、その家族は無差別殺人の被害者遺族と同じ思いをすることになります。

「冤罪で死刑になる人がいても仕方がない」と思う人はほとんどいないでしょう。
ただ冤罪を100%無くせない以上、死刑制度を存続させるということは「『結果的に』冤罪で死刑になる人がでても仕方ない」ということと同じことだと思います。

死刑制度の賛否の要因は多岐にわたるため、「冤罪死刑」問題だけでそれを決めることはできないとは思うのですが「『結果的に』冤罪で死刑になる人がでても仕方ない」という考え方を受け入れられるか否かという部分は、制度の賛否が分かれる大きな要因の一つになっていると思います。
私は現状では受け入れられませんでした。

(長文失礼しました。私も文章力がない上、結論が違っているのでどうしても英さんの考えを全否定するかのような文章になってしまっているかもしれません。
お気を悪くされたらすみません。
そのうえで賛成はできなくても一つの意見として理解していただければ幸いです。

・・・でも三浦さんの件については私も同意見ですよ(^^)
大事な考えとして ()
2016-10-21 15:51:27
矢倉さん、こんにちは。

 なるほどです。
 おそらく、法律や裁判についてはるかに詳しいと思われる矢倉さんが感じている「冤罪による死刑」の危険性が、私の考える危険性より、相当大きいようですね。
 素人考えですと、冤罪の可能性がある被疑者(被告)に死刑の判決は出さなければいいと思ったのですが、判決は被告の罪に対して下すので、シロかクロか不確定なのでは、判決が下せませんものね。

 今回、≪何だよ、こいつ。よく知りもしないクセに≫と思われるような私の主張に対し、冷静に問題点を指摘してくださり、感謝しています。
 矢倉さんのご意見に100%納得はしていませんが、納得する部分も大きいです。心に留め置きます。
私も・・・ (矢倉)
2016-10-21 17:08:56
死刑反対の立場でコメントを書きましたが、本当にそれが正しいといえるのか自信があるわけではありません。

だから私の方こそ、今回英さんの記事を読んで、いろいろ考えるきっかけを与えていただいたことに感謝しています。

ありがとうございました。
何を重視するかで ()
2016-10-21 19:19:27
矢倉さん、こんばんは。

 かみしろさんも仰っていましたが、何を重視するかで主張も変わってきます。視点を多く持つのは重要で、議論は有益ですね。
 これからもよろしくお願いします。
死刑廃止のホンネとタテマエ (madi)
2016-10-22 12:00:21
軍事やテロリスト対策の場合との対比の視点が日本では軽視されがちです。欧米では現場での射殺はあたりまえ(まちがいもおりこみずみ、そのときは国家賠償等で対処)、そのうえでの死刑廃止となっています。

 冤罪事件が身近かどうかで警察検察に対する信頼度はかなりかわると思います。わたしは25年間弁護士をやって無罪を2件とっていますが、どちらも長期間逮捕勾留されていました。
その国、その人によっても判断が違うかも ()
2016-10-22 19:25:53
madiさん、こんばんは。

 madiさんの仰る通り、犯人逮捕の際の射殺の頻度が欧米と日本では大きく違います。
 冤罪と距離が近い弁護士と私では、冤罪に対する切実さも違いますね。

 「一票の格差」>「合区の不合理・強引さ」と考える弁護士グループに反感があったのも、今回の記事に影響しています。
 それに、クロの被告であっても、無罪を勝ち取ろうとする弁護士をドラマで観て、毒されているのかもしれません。
 ところで、実際にクロと知りつつ、無罪を勝ち取ろうとする弁護士はいるのでしょうか?
訴訟法的無罪をどう考えるか (madi)
2016-10-23 14:15:19
実体でクロであったとしても捜査過程で警察検察に違法行為があって証拠排除され無罪になることがあります。弁護人は被告人の味方としてそれを主張しなければならないこともあります。あとは裁判所の判断ということになります。
被疑者被告人の主張が不自然不合理であった場合、自白にくらべて量刑が重くなる可能性を指摘したうえでそれでも主張したいというのであれば、その主張にそった弁護をします。文明国の刑事裁判は被告人の良心までは介入しないことになっています。
回答、ありがとうございます ()
2016-10-23 14:53:21
madiさん、こんにちは。
ご回答、ありがとうございます。

「被告の主張に不合理があっても、その主張にそう」……弁護人は被告の主張に沿って、その方向に綱を引っ張る。検察は逆方向に引っ張り、その拮抗した地点を裁判官が判定する。
原理的には引っ張る力、引っ張る心が強いのが良い弁護士なのでしょう。(理不尽さを感じることもありますが、そういうものなのでしょう)

>実体でクロであったとしても捜査過程で警察検察に違法行為があって証拠排除され無罪になることがあります

 う~ん、これは避けていただきたいですね。
訴訟法的無罪 (岡本哲)
2016-10-23 15:09:15
あ、madiでやっていましたが、これは20年以上つかっているハンドルです。いずれもわたしの発言です。中年弁護士ですが、訴訟法的無罪を許容するかどうかがけっこう世代的なわかれめがあります。レーガン大統領はばかげているといっていました。ただ、訴訟法的無罪をださないと違法捜査がなくならない、という問題があり、先進国では支持されています。
確かにそうですね ()
2016-10-23 15:29:26
岡本さん、こんにちは。
やはり“madi”さんでしたか。根拠は「冤罪→無罪が2件」です。

それはともかく、
>訴訟法的無罪をださないと違法捜査がなくならない

 そうですね。「違法捜査」と「証拠捏造」は禁じ手です。
法理 (かみしろ)
2016-10-24 21:37:09
弁護士の方のコメントがあるとちょっと気後れしますね。
私は現在死刑廃止派です。色々理由やその論理について考え、機会があればこれからも考えていこうと思っていますが、根本の理由は殆ど変わらないです。
「死という生命にとって最も不可逆的な行為はしない方がいい」
当たり前すぎますし、殺人の被害者遺族に対しては全く言う気にはなれませんが。
百パーセント冤罪の可能性がない犯人には死刑、という主張は感情的にはとても同調できるのですが、法理を考えると難しいのですよ。
今回の将棋村騒ぎでの灰色裁定みたいなもので、黒の中に完全無欠の黒を設定して判決を変えるという制度を組み込むには、疑わしきは罰せずを否定した体系を構築しなければなりません。

あと現在の日本に於ける冤罪問題の制度的最重要点は、検察の優良証拠制度です。操作能力や権能の差を考慮して、弁護士側が不利な証拠を出さなくても良い、という制度は何処の国でも当たり前にあるのですが、日本は非常に希な、検察もそれでいいよ、という国です。

それで現在日本がどんな国になっているかというと、多くの冤罪と引き換えに良い治安を保っている形になっています。
疑わしきは罰せずをまともにやると、冤罪は殆どなくなると思いますが、同時に真犯人の何割かは無罪になるんですよね。操作能力によって何割かは大きく変動すると思いますが。
ロドリゴ・ドゥトルテなどは疑わしきは捕まえて死刑(対犯罪集団)、で業績を上げて大統領になったようなもので、社会全体として有効な匙加減は全く変わってきます。
一個人としては冤罪というのは尊厳に関してはどんなに小さな罪でもこれ以上ないくらいの侵害と思いますし、冤罪死刑などは最大の人権侵害と感じます。
法律や刑罰で治安を維持するのは妥当ですが、根本的に治安を良くしようというのは冤罪減少と二律背反の関係になる気がします。
難解です ()
2016-10-24 23:43:42
順位戦で稲葉八段に敗れ、気落ちしています。

気落ちしたことに免じて、白状させていただくと、かみしろさんのコメントを難解に感じることがあります。
特に、死刑廃止は難しい話題なので、更にややこしいです。

>黒の中に完全無欠の黒を設定して判決を変えるという制度を組み込むには、疑わしきは罰せずを否定した体系を構築しなければなりません。

「黒の中に完全無欠の黒を設定して判決を変える」というのは、「100%真犯人の時だけ死刑を適応」という行為のことですよね。
「疑わしきは罰せずを否定した体系を構築しなければなりません」この部分が分かりません。

>検察の優良証拠制度

恥ずかしながら、知りませんでした。

>(日本は)多くの冤罪と引き換えに良い治安を保っている形になっています。

 「真犯人(悪い奴)も怪しいけれどそうじゃないかもしれない人も有罪にして世間から排除する」そうできるのは“検察の優良証拠制度”に依ることが大きいということですよね。

>一個人としては冤罪というのは尊厳に関してはどんなに小さな罪でもこれ以上ないくらいの侵害と思いますし、冤罪死刑などは最大の人権侵害と感じます。

激しく同意。

>法律や刑罰で治安を維持するのは妥当ですが、根本的に治安を良くしようというのは冤罪減少と二律背反の関係になる気がします。

 ええ、そうですね。

 で、かみしろさんのコメントを整理しますと、

「死刑廃止は賛成」(理由:死という生命にとって最も不可逆的な行為はしない方がいい)

「冤罪と引き換えに治安の良さを得ている」

「“治安の高レベル”と“冤罪減少”は二律背反」

という流れです。
 この記事での私の主旨は
「死刑廃止と冤罪防止は直接の結びつきはなく、死刑廃止はナンセンス」です。(「冤罪はなくすべきだ」とも主張していますが)

 私の記事とかみしろさんのコメントは、微妙にずれています。そこで、やはり気になるのは、
「黒の中に完全無欠の黒を設定して判決を変えるという制度を組み込むには、疑わしきは罰せずを否定した体系を構築しなければなりません」
の謎です。
やはり長文になりました。 (かみしろ)
2016-10-29 01:58:07
>「“治安の高レベル”と“冤罪減少”は二律背反」

これは、法律や刑罰で強くそれをなそうとすると、ともう一度念を押させて下さい。

>「黒の中に完全無欠の黒を設定して判決を変えるという制度を組み込むには、疑わしきは罰せずを否定した体系を構築しなければなりません」

ここについては私はそこまで深慮して書いた訳ではありません。
現在の刑事事件では、有罪か無罪か、を判定して有罪であれば罰を下します。
やったかやってないか、においては、二者択一です。
判定基準ですが、日本では死刑に関わる事案についても、件の「合理的に疑う余地がなければ有罪」という、かなりわかりにくくて個人差のある(絶対それ以外あり得ない、でも感覚の個人差が相当あることが今回のカンニング疑惑で実感させられました)基準です。感覚の個人差は仕方ないですが、「極めて稀にはあるかもしれないが、普通ないと思ったら有罪」という意味的にも曖昧な基準でやっているので、黒にも黒と完璧な黒があっていい、と感じるのではないかと。
しかしやったかやっていないか、は白か黒か、しかなく、灰色(疑わしき)は白(無罪)というルールでやっています。
黒の判断基準を変えることで完璧な黒以外を排除するのは可能ですが、白、黒、完璧な黒、という三つに分けたら
疑わしいが黒と判断できない
とても疑わしいので黒と判断した
疑う余地無く黒と判断した
疑う余地はあったが有罪にした、ということになります。
より完全に近い黒を設定したら、それに満たない黒は自動的に灰色になります。
今の法律では、有罪の判断基準が「やっていない可能性の余地はない」となってはいませんが、やったと判断したらその可能性を考慮せずに罰を下します。情状酌量の余地はあっても白確率の酌量はありません。それがあったら「疑わしきは罰せず」なのだから、黒であるのは理屈として通らない。
そして「疑わしきは罰せず」は近現代の民主国家であれば凡そ外せない原則です。
同時に現実的な運営でどの程度に設定するかで妥協を強いられる原則なんです。死刑に絡むような案件に関しては、本当に全く疑う余地がないと厳格な基準にしている国もある(判断が正しいかは別)のですが、死刑にならない犯罪に対してまでそれをすると、冤罪は極めて少ないが真犯人の被告人もかなりの確率で無罪となります。
疑わしきは罰せず、という理想は外さないか、その匙加減で妥協して現実とすり合わせている感じです。
疑わしきは罰せず(灰色は白として処理する)という原理で、白か黒かを判断しており、白と黒と完全な黒、と三つ目の基準は論理的にあり得ない。
これは簡単な理屈だと思います。そしてここは民主主義の一票の格差同様に、小手先でどうにもならないところです。中央と地方の格差や不平等を考えると、一票の格差は解消せずに寧ろ促進した方がいいと感じますが、中央と地方の問題は資本主義の根の深い問題です。それを民主主義をいじって解決しようとすると、民主主義ではなく別のものになってしまう、根本的に新しい主義をつくっていかなければなりません。
人間の判断能力に限界があるから「疑わしきは罰せず」という原則を取り入れた。
疑わしきは罰せず、なので、やったか、やらなかったかしかない。
しかし現実と理想をすり合わせる為、判定基準に幅が存在する。人間の判断能力の不確かさが、それを補う為に導入した原則の完全な履行を妨げている。
この辺りが腑に落ちない原因なのではないかと思います。
Re:やはり長文になりました。 (英)
2016-10-29 07:37:05
かみしろさん、おはようございます。

丁寧な解説、ありがとうございました。おかげで「よくわかりました」と言い切りたいのですが、アナログ画面程度の鮮明度と言っておきましょう。

確かに人が作った法律、人が下す判決ですので、完璧ではあり得ません。ですが、よく調べ、よく検証し、よく考えて判断を下してほしいものです。

大川小学校津波訴訟について言いたいことはあるのですが、さすがに記事にする勇気はありません。
コメント欄でこっそり言わせていただくと、確かに誤った避難方法でしたが、あの異常事態で、適正な判断を下せと言うのは酷でしょう。誘導した教師も亡くなっていますし。結果論だと思います。
亡くなった児童の親御さん約7割は訴えを起こしていないのは、そういう判断なのではないかと思っています。
重要なの書き忘れ (かみしろ)
2016-11-10 02:07:18
 一票の格差問題ですが、何故あれが見過ごせないかというと、三権分立がかなり明確に損なわれている実例だからです。
 日本のやり方だとそもそも三権分立になってないとか、最高裁の裁判官を内閣が指名していることとかで骨抜きにされて、司法による抑制が期待できず法治国家としての幹が相当腐敗している、というようなことが分かりやすい形として表れていると思いますよ。

 大川小の件についてですが、個人の責任を追及するのは私も無理があると思います。組織の責任を追及する(原告も多分こっちの方がメイン)のが筋で、その責任は大きい筈ですが、地方自治体の範囲を超えて責任を問うことになるので、本来問われるべきところはそうされずに終わるでしょう。;
理論と実践 ()
2016-11-10 09:34:34
かみしろさん、こんにちは。

 三権分立の崩れ、法の下での平等など、法律の専門家にとっては譲れないのかもしれませんね。
 ただ、憲法と言っても人が作ったもの。それもアメリカ主導のもの(その件で私は憲法を否定するつもりはありません)なので、絶対というモノではないと思います。
 私にしてみれば、1票の格差より、合区による議員空白県の方が、より不平等に思えますし、実戦問題として、経済・文化面で票が軽い地域の方がはるかに恵まれています。
 話がずれますが、若い間に都会で富を得て、老後に地方に住み悠々自適の生活を望み、その地域での不備について不平ばかり言う(保育園がうるさい、病院が少ない)輩は許せません。

 大川小津波訴訟については、判決後の横断幕が彼らの信条を表していると思います。
「学校・先生を断罪! 歴史を刻み 未来をひらく判決」
 非難を誘導した教師たちも命を落としています。その彼らを断罪って……
一般論として (かみしろ)
2016-11-11 06:46:32
>私にしてみれば、1票の格差より、合区による議員空白県の方が、より不平等に思えます

これには強く同意します。
ただ残念なことに議員数や選挙制度は政治の領域で定数削減に地方の人間が特に反対もしていないのが現実です。日本では小選挙区制度の利点がほぼ現れず弊害が強く現れていますが、民主主義の原則に反する一票の格差が図らずも僅かながらその弊害を弱めていたと思います。
ただ、ここの理論(一票の重みを等しく)は理論自体を変えると民主主義が崩壊するものなので、民主主義をやめない限りは変えられません。実際問題としての匙加減としての範囲を超えたという判断を、是正せずに超えていないとするには匙加減の方を変えれば良いのですが、基準をどこまでも変えていたら基準の意味がない。
そして地方と中央の格差の問題の本質は民主主義や選挙制度にあるのではなく、資本主義にあります。根本問題は資本主義にあり、それを悪化させる選挙制度であり、悪いことに民主主義も一役買ってしまっている。
なのでこの問題において働きかける順番としては資本主義の在り方が一番で、選挙制度が二番、民主主義をいじって解決するものではない、というのが私の考えです。


>非難を誘導した教師たちも命を落としています。その彼らを断罪って……

判断が難しく誘導した当人が命を落としていることと、過失の有無は別のことです。
同じ判断を間違えるにしてもどのように判断したかは問われます。

テレビ報道を見た限りでは無理があると思いますが、私は教師達が子供の安全を第一に考えてしかし結果的に間違えたのだ、という前提で個人に責任を問うのは無理があると思っています。また、遺族にはここを疑う情報があるのだろうと想像はできますが、だとしても法的にそれを認めるのは無理だろうという判断もしています。
一票の格差は小さい方がいい (かみしろ)
2016-11-11 08:38:20
まず理論的小さい方がいい理由ですが、これは原則的に弱者とか少数の権利を損なわない為のものだからです。
性別や納税額に因らず一人に一票。一票の格差を小さく。
この原則を変えて一時的にマイノリティ等に有利にすることは可能ですが、先ずもって長続きしません。原則を動かしたことにより、マイノリティ不利にし得る理論の構築を許す隙を生みます。


実際問題日本で一票の重みを広げない方がいい理由

何故現在違憲状態と言いながら違憲とは言えないので無効にしないのでしょうか?
実際、一票の重みが2倍とか3倍とかあるのに、何故地方と中央の格差は拡がっているのでしょうか?
戦後殆どの期間で与党であり、地方衰退を押し進める政策を取り続けてきた自民党の票田が地方だからです。
地方の人間が地方衰退政策を行う党に投票しているうちは、地方の票の重みが増しても事態は悪化するばかりです。
もしですよ、一票の格差が10倍までいいよ、とかなって、我が群馬とか山口の小選挙区が10くらいになったらどうなりますか? 多分10回選挙あったとして、述べ95人くらいは自民党の人間が当選しますよ。
もし地方の人間が判断を改めて別の党の人間に投票するようになっても、金があるところは中央です。利権の誘惑に屈しない人間を選べていなければ、一票の重みを反対側に傾ける法案に賛成されることは大いにあるでしょう。
今でも生活保護の人間から選挙権を奪えだとか、納税額が一定額に満たない者に選挙権を与えるな、などという、ノータリンな意見がネットにありますが、納税額でラインを引けば間違いなく地方の有権者率は減る。一人一票と一票の格差をなるべく小さくの原則がなくなれば、簡単に弱いとこから切られます。
“選挙に勝つ”ことが第一の自民党だと ()
2016-11-11 09:51:42
かみしろさん、こんにちは。

 まず、大川小津波訴訟について。
 子どもを失った怒り、悲しみは理解できるのですが、あの横断幕はおかしいですし、訴訟自体も教師側にとっては酷な訴えです。
 実際に、犠牲者になった遺族も訴えを起こさなかった人の方が多数であることも、この訴訟が強引なことのしるしでしょう。
 法的なことは良く分かりませんが、賠償金、あるいは見舞金を命じるにしても、原告だけでなく、遺族すべてに支払われるべきだと思います。訴え自体もそうあるべきです。

(1票の格差と経済・文化面での格差は次元が違い、同列で論じるのは無理があるかもしれませんが)
 “票の軽さ”と言うより、“議員の数”が経済面に与える影響は強いと思います。特に、「選挙で勝つ”のが第一の自民党(どの政党もそうだと思いますが、特に自民党は顕著)だと、議員定数が多い地域重視の政策になります。
 ただ、地方の方が保守的で自民党に都合の良い現在の選挙制度というのは、皮肉的ですね。農協(JA)の影響もあると思いますが、大局的に政治を考えない、政治に興味がない傾向が強いです。

 そういう現状はありますが、私が言いたいのは弁護士さんの考え方、姿勢についてです。
 法の根本精神を蔑ろにしろとは言えませんが、現実的には「1票の重さ」よりも重視すべきことがあるように思います。

 「生活保護の人間から選挙権を奪え」というのは乱暴な理屈ですが、生活保護者の中には選挙権を与えたくないと思える人も多いです。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL