「その1」、「その2」 の続きです。
先手玉には詰めろが掛かっている。
後手の持ち駒は豊富で、先手玉は孤立。上から押さえられ、逃げる手も△4七角の追撃が厳しい。思わしい受けがないように思われる。先手も持駒は潤沢ながら、後手玉には手掛かりがなく迫るのも困難。王手を掛けながら、4六の銀を外せそうもない………先手大ピンチを思わせる局面。
しかし、11手前、▲4五同歩と取れば、この局面に進む可能性はかなり高い(途中、飛車を引くか切るかの分岐点しかない)。羽生王座が1時間15分も考えて▲4五同歩を着手したのだ。きっと、このピンチを脱する妙手順を用意しているに違いない。そもそも、この局面自体、劣勢ではないのかもしれない。
20分後の指し手は▲3四桂。
まあ、ともあれ、こう打つしかないだろう。
△5一玉と逃げられ、さて、ここで起死回生の一手が出るのか?
……31分後、▲6八金(第7図)。
直前の▲3四桂の20分と合わせると51分の考慮ということになるが、この金は5七と5八の地点しかカバーしておらず、3筋、4筋を全く利いていない。大丈夫だろうか?
この金寄りの意図は、4七の地点を受けるのではなく、5八の地点を受けて、4七に金駒を打たれた時に▲5九玉と逃げる手を可能にしている。働いていない7八の金を活用するプロらしい手である。
しかし、後手の持ち駒には4七と5八に同時に利かすことが可能な角があり、△3六角や△1四角が厳しそう。玉に迫りつつ飛車取りの△4七角もある。さらに、△8四角の攻防手もありそうだ。
≪やはり、ダメなのか…≫
とあきらめていたが、中村六段の手が動かない。
………………次の手が指されたのは、なんと1時間39分後だった。
この中村六段の手については「その4」で述べることにして、▲6八金ではなく▲8四角と打つ手はなかったのだろうか?
角取りの逆先で△7三銀と合駒するのが私の第一感。しかし、それには▲7一飛と更に王手され△6一角なら悠々▲6六角と引いておけばよい。合駒に角銀を使わされ後手の持ち駒は金のみとなり、先手玉の危険度はかなり低くなっている。また、△6一金と逆先を取るのは▲8一飛成でよい。△8四銀と角を取られても、金と銀を使っているので、後手の持駒は角2枚で即座に先手玉を寄せるのは困難。しかも、手番は先手なので、敵玉への距離が逆転している。
かと言って、6一に合駒を打たず△6二玉と頑張っても、▲7二玉で後手の負け。
という訳で、▲8四角には手番を握ることより持駒の節約を優先させる△7三歩の歩合いが最善で、棋譜中継解説によると、この△7三歩には▲3六銀と受ける手があるようだ。
白状すると、この▲3六銀には一瞬思考が停止した。
確かに、▲8四角により5七の地点をカバー(▲9五角では5七に利かない)、▲3六銀により4七の地点をカバーできたが、3七の地点はノーガードなので△3七金と打たれると玉を逃げる一手に△3六金でせっかく打った銀を召し取られてしまう………
しかし、王手で玉を追ってくれたので、手順に5九に玉を逃げることができる。更に△3六金と銀を取るのに1手掛ける。そのうえ、一番寄せるのに必要な金を消費している。先手にとっては、銀を取られてもその倍以上のおつりを貰える取り引きである。これではあまりにも損なので、△3六金と取らずに△5七角と打つことになるが、以下▲同角△同銀成▲6九玉△4六角▲7九玉△6七成銀▲6八歩で先手が良さそう。
棋譜中継解説には「▲8四角△7三歩▲3六銀△7一金という順は優劣不明のようだ」と記されている。
プロにとっては▲3六銀など“当然の1手”かもしれないが、私は感動した。
実は、もう一つ感心した変化手順がある。
実戦の▲6八金や上述の▲8四角の手で▲5九玉(▲5八玉)△4七角▲6八玉△2九角成▲7一飛△6一飛▲7二飛成△5六馬▲7九玉△6二金打という変化(感想戦で羽生王座は「これはまずいですね」と述べている)。
何に感心したかと言うと、▲5九玉△4七角に▲6八玉△2九角成とした後▲7一飛と打つ手順。▲6八玉△2九角成の手の交換を入れると▲7一飛に△6一飛と飛車合いをされてしまう。
飛車合いをされると、▲8一飛成とできず▲7二飛成としなければならない。それなら、▲6八玉△2九角成を入れずに▲7一飛と打てば、飛車合いはなく、合駒は金か銀しかない。
だったらそうすればいいじゃないか?……しかし▲6八玉△2九角成を入れずに▲7一飛には、△6二玉と飛車当たりで逃げられ困る。金を温存されると先手玉は△5八金の1手詰がある。
▲6八玉△2九角成の手の交換は飛車合いを生じさせるが、自玉の危険度を軽減させているのだ。(という苦心の手順だが、先手がまずいらしい)
最近は、ソフトがはじき出す評価値だけを見て、「凡局だ」「ファンタ(ポカ)が出た」とか揶揄する人が多い。
しかし、間違えたという事実(数値)だけをしか見ないのは、すごく勿体ないと思う。
(「その4」に続く)
先手玉には詰めろが掛かっている。
後手の持ち駒は豊富で、先手玉は孤立。上から押さえられ、逃げる手も△4七角の追撃が厳しい。思わしい受けがないように思われる。先手も持駒は潤沢ながら、後手玉には手掛かりがなく迫るのも困難。王手を掛けながら、4六の銀を外せそうもない………先手大ピンチを思わせる局面。
しかし、11手前、▲4五同歩と取れば、この局面に進む可能性はかなり高い(途中、飛車を引くか切るかの分岐点しかない)。羽生王座が1時間15分も考えて▲4五同歩を着手したのだ。きっと、このピンチを脱する妙手順を用意しているに違いない。そもそも、この局面自体、劣勢ではないのかもしれない。
20分後の指し手は▲3四桂。
まあ、ともあれ、こう打つしかないだろう。
△5一玉と逃げられ、さて、ここで起死回生の一手が出るのか?
……31分後、▲6八金(第7図)。
直前の▲3四桂の20分と合わせると51分の考慮ということになるが、この金は5七と5八の地点しかカバーしておらず、3筋、4筋を全く利いていない。大丈夫だろうか?
この金寄りの意図は、4七の地点を受けるのではなく、5八の地点を受けて、4七に金駒を打たれた時に▲5九玉と逃げる手を可能にしている。働いていない7八の金を活用するプロらしい手である。
しかし、後手の持ち駒には4七と5八に同時に利かすことが可能な角があり、△3六角や△1四角が厳しそう。玉に迫りつつ飛車取りの△4七角もある。さらに、△8四角の攻防手もありそうだ。
≪やはり、ダメなのか…≫
とあきらめていたが、中村六段の手が動かない。
………………次の手が指されたのは、なんと1時間39分後だった。
この中村六段の手については「その4」で述べることにして、▲6八金ではなく▲8四角と打つ手はなかったのだろうか?
角取りの逆先で△7三銀と合駒するのが私の第一感。しかし、それには▲7一飛と更に王手され△6一角なら悠々▲6六角と引いておけばよい。合駒に角銀を使わされ後手の持ち駒は金のみとなり、先手玉の危険度はかなり低くなっている。また、△6一金と逆先を取るのは▲8一飛成でよい。△8四銀と角を取られても、金と銀を使っているので、後手の持駒は角2枚で即座に先手玉を寄せるのは困難。しかも、手番は先手なので、敵玉への距離が逆転している。
かと言って、6一に合駒を打たず△6二玉と頑張っても、▲7二玉で後手の負け。
という訳で、▲8四角には手番を握ることより持駒の節約を優先させる△7三歩の歩合いが最善で、棋譜中継解説によると、この△7三歩には▲3六銀と受ける手があるようだ。
白状すると、この▲3六銀には一瞬思考が停止した。
確かに、▲8四角により5七の地点をカバー(▲9五角では5七に利かない)、▲3六銀により4七の地点をカバーできたが、3七の地点はノーガードなので△3七金と打たれると玉を逃げる一手に△3六金でせっかく打った銀を召し取られてしまう………
しかし、王手で玉を追ってくれたので、手順に5九に玉を逃げることができる。更に△3六金と銀を取るのに1手掛ける。そのうえ、一番寄せるのに必要な金を消費している。先手にとっては、銀を取られてもその倍以上のおつりを貰える取り引きである。これではあまりにも損なので、△3六金と取らずに△5七角と打つことになるが、以下▲同角△同銀成▲6九玉△4六角▲7九玉△6七成銀▲6八歩で先手が良さそう。
棋譜中継解説には「▲8四角△7三歩▲3六銀△7一金という順は優劣不明のようだ」と記されている。
プロにとっては▲3六銀など“当然の1手”かもしれないが、私は感動した。
実は、もう一つ感心した変化手順がある。
実戦の▲6八金や上述の▲8四角の手で▲5九玉(▲5八玉)△4七角▲6八玉△2九角成▲7一飛△6一飛▲7二飛成△5六馬▲7九玉△6二金打という変化(感想戦で羽生王座は「これはまずいですね」と述べている)。
何に感心したかと言うと、▲5九玉△4七角に▲6八玉△2九角成とした後▲7一飛と打つ手順。▲6八玉△2九角成の手の交換を入れると▲7一飛に△6一飛と飛車合いをされてしまう。
飛車合いをされると、▲8一飛成とできず▲7二飛成としなければならない。それなら、▲6八玉△2九角成を入れずに▲7一飛と打てば、飛車合いはなく、合駒は金か銀しかない。
だったらそうすればいいじゃないか?……しかし▲6八玉△2九角成を入れずに▲7一飛には、△6二玉と飛車当たりで逃げられ困る。金を温存されると先手玉は△5八金の1手詰がある。
▲6八玉△2九角成の手の交換は飛車合いを生じさせるが、自玉の危険度を軽減させているのだ。(という苦心の手順だが、先手がまずいらしい)
最近は、ソフトがはじき出す評価値だけを見て、「凡局だ」「ファンタ(ポカ)が出た」とか揶揄する人が多い。
しかし、間違えたという事実(数値)だけをしか見ないのは、すごく勿体ないと思う。
(「その4」に続く)