Tommy's Express ブログ

海外のニュースから国内の政治、芸能、スポーツまで幅広く取り上げています。

日本兵に「おい!」と呼びとめられたおばあちゃんが感謝した理由―中国人学生

2016年07月17日 14時56分22秒 | 各国ブログ



日中間の歴史の問題から、中国人が日本語を学ぼうとすると、家族や親戚、友人の反対に遭うことがよくあるようだ。しかし、そうした反対にまったく遭わない人もいて、それが戦時中の体験に基づくものだとしたらどう感じるだろうか。華東師範大学の呉瑩さんは次のようにつづっている。

日本語学部に入ったばかりの時、新しいクラスメートから「私が日本語を習いたいと言ったとき、家族で大騒ぎが起こったんだ。親に激しく反対されたんだよ」という話をよく聞きました。でも、これらの問題は私のうちでは一切発生しませんでした。なぜかというと、それはうちのおばあちゃんの一つの体験が理由です。

おばあちゃんが幼いとき、ある日、町の中を歩いていると、突然雨が降ってきました。傘を持っていなかったおばあちゃんは急いで家に走っていくしかありませんでした。「おい」と急に誰かに声をかけられ、よく見ると、すぐ近くの建物の前で1人の日本人の兵隊が立っていました。

この兵隊は、おばあちゃんを手招きしました。おばあちゃんは怖くなりました。でも、従わなければならないので、ビクビクしながら歩いていきました。しかし、その日本人は、軒先を指さしただけで、何も言いませんでした。おばあちゃんはやっとわかりました。彼は「ここで雨を避けなさい」と伝えたかったのです。そんな小さなことが、おばあちゃんにすごく良い印象を残しました。

その後、おばあちゃんはよく日本人の悪い話を聞きましたが、おばあちゃんにとってはあの雨、あの建物の前での出来事こそ、自分が体験したことです。人間にとって、一番信頼できるのは自分で経験したことです。そして、一番記憶に残るのは良いことです。小さなことでも、助けてもらったことは、うれしいこととして、きっと覚えているのではないでしょうか。

私も自分が覚えていないことで、他人に「ありがとう」と言われたことがありましたし、エレベーターを出る時、ある日本人のサラリーマンがドアを手で押さえてくれたことを今でも覚えています。日常生活の中で、ちょっとした良いことをして、幸福やうれしい気持ちを伝えることができたら、みんながおじいちゃんやおばあちゃんになっても、記憶の中に良いことばかりを残すことがきっとできると思います。




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どうして? 蛇口の水が直接飲めるのに、ミネラルウォーターを買う日本人=台湾メディア

2016年07月17日 05時40分00秒 | 各国ブログ



 梅雨前線が停滞する九州地方でしばしば局地的な大雨に見舞われ浸水などの被害が出ている一方、関東地方ではこの時期としては雨が非常に少なく、利根川水系のダムの貯水率が大きく低下している。本格的な夏が到来すれば、水不足はさらに深刻化する可能性もある。「蛇口を全開にして豪快に水を飲む」ことが憚られる状況だ。

 ところで、蛇口をひねってすぐに水が飲めるというのは、しばしばそうでない国や地域の人からは驚きや羨望のまなざしを向けられるものだ。台湾メディア・中国時報電子版は13日、日本ではそのままでも水が飲めるのに、敢えて飲まない日本人が存在することにさらなる驚きを覚えたとする文章を紹介している。

 文章は、日本に留学している台湾人の日記だ。「台湾にいた時は、水道の水は塩素のニオイがきつく、沸騰させるかろ過させないと飲めなかった。だから、蛇口をひねって直接飲める国は総じて羨ましかった」としたうえで、来日後はその喜びを大いに感じていたようである。

 しかし、日本人の友だちと水の話をしたときに、衝撃の事実を知る。家にろ過器は付けているのかと聞かれ、「ないよ。水道の水はそのまま飲めるでしょ」と返答したところ、「直接飲んでもどうってことはないけど、飲まないほうがいい。私はボトルの水を買って飲んでるよ」と言われたとした。

 その後いろいろ調べてみた結果、水道自体に問題はないものの、古い建物だと配管も古いため、不純物が含まれるようになるとの認識を得たという。そこで「保険」としてろ過機能のあるポットを購入、それで「体に良く、少し安心もした」と綴っている。

 「そのまま飲めるのに、そのまま飲まない」ことを知ったこの留学生の驚きは、さぞや大きかったことだろう。「そのまま飲めるだけでも幸せではないか」と思ったかもしれない。その一方で、蛇口の水がそのまま飲める日本において、浄水器や浄水ポット、そしてペットボトルの水が大量に売られてことにも納得しただろうか。



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【中国ブログ】知り合ったばかりの日本人のサプライズに思わず涙=「国籍の色眼鏡は誰かを傷つけるだけ」

2015年12月07日 15時18分42秒 | 各国ブログ
(イメージ画像)



日本を訪れた中国人が、それまで抱いていた日本や日本人に対するイメージを変えてしまう体験をすることはよくある。中国医科大学の李渓源さんは、日本での実習で小さな感動をたくさん覚えたようだ。


皆さんは、知り合って1週間の人に感動させられたことはありますか?私にはあります。そして、その感動が生み出したものに深く考えさせられました。

2013年の1月、私は日本の病院で1カ月間実習しました。ある日、私が部屋に戻ると、突然電気が消えて、リビングから「Happy birthday to you」の歌声が聞こえてきました。誰かの誕生日なんだと思ったら、友達のナホちゃんが「ほら、あなた今日は誕生日でしょう、何ボーッとしてんの、早く来て」と私を引っ張りながらリビングに行きました。キャンドルの光が穏やかに揺れていて、その中にみんなの笑顔がありました。私は感動のあまり、言葉が出なくなりました。友達の手作りのケーキを食べて、メッセージカードを見て、思わず涙が出ました。その時、私は世界で一番幸せな人間だと感じました。

生まれて23年、誕生日が冬休みの期間だったので、友達と一緒に祝ったことはありませんでした。人生で初めて、しかも日本の友達に祝ってもらうとは思いもよりませんでした。彼女たちは私と知り合ってわずか1週間なのに、何で私にそんなに優しいのかどうしても分かりませんでした。ナホちゃんに「何で外国人の私にそんなに優しいの?日中関係の悪い今、私のことをほっといても不思議じゃないのに」と聞いたら、彼女は笑いました。「何言ってんのよ。日本と中国は兄弟のようなものよ。時々けんかもするけど、仲良くしないといけないの。それに国は国で、個人は個人だから、国が原因で中国人を拒否したら理不尽じゃない?」。

その言葉を聞いて、私はびっくりしました。ここに来る前、何度も親戚に「こんな時期に日本に行くのは危ないんじゃない?何かあったらすぐに逃げるのよ」と忠告されました。自分も正直、ちょっと不安がありました。でも実際は中国人だと知られても、困ったことは一度もありませんでした。逆に、病院の先生たちは分らないことを細かく説明してくれて、道に迷った時はいつも助けてもらいました。今振り返ってみれば、どれもが小さなことですが、その小さな感動こそが私にとっての宝物です。

「どの国の人に対しても親切に接する」という彼女の考えに感動させられました。これこそが愛のあふれる世界につながるのではないでしょうか。国籍の色眼鏡をかけたら、ただ誰かを傷つけるだけです。双方に不利なことをやっても何の意味もないと思います。誰に対しても変わらない気持ちで接したら、感動のバトンは永遠につながっていきます。誕生会の穏やかに揺れるキャンドルの光は、今でもはっきり覚えています。それと同時に、彼女の言葉も耳に残っています。これからも彼女のように、その感動を自分の手で周りの人に伝えていきたいです。





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【中国ブログ】「日本式」を実践してみたけど…「これからは何の迷いもなく大声でしゃべりたい

2015年12月07日 15時12分29秒 | 各国ブログ



「中国人は声が大きい」という印象を抱いている日本人は少なくないだろう。黒竜江大学の石岩さんは、「大声」をめぐる日本と中国の文化の違いについて、作文に次のようにつづっている。

日本語を学ぶにつれて、日本の文化や習慣への知識も深まり、私の母国の中国とは異なる点が多いことがはっきりと分かるようになりました。中でも私が一番感心したのは、日本には「TPOに合わせて声の大きさに注意しながら会話をする」という基本マナーがあることです。例えば公共の図書館や病院などではもちろん、満員電車の中でさえできるだけ他人に迷惑をかけない声で会話するように心がけなければなりません。私はこの日本の合理的な精神がすっかり気に入ってしまい、自らの学生生活の中でも実践することに決めました。

ところで、冬休みに私は母とちょっとしたけんかをしてしまいました。それは久しぶりの休みでゆっくり朝寝坊を決め込み、ぬくぬくとまどろんでいた私を、母が下から大声で何度も何度も起こしたからです。私は腹が立って思わず「うるさい!」と怒鳴り返してしまったのです。しぶしぶ起床した私は、母の不機嫌そうな様子を見てさらに言いました。「あのね、お母さん。何回も大声で叫ばなくてもちゃんと聞こえているよ。それと家の外まで聞こえるようなあんな大声は全く必要じゃない。体力の無駄だし、他人にも迷惑だ。今後はもっと小さな声でね。分かりましたか?」。

それなのに母は翌朝、変わることもなくいつもの大声で私を起こしたではありませんか。無性に腹が立った私は階段をかけ下りて母にきつく言いました。「もう、何度言えば分かってくれるんだ。声は小さくと言っただろう。大体あなたたち親があまりにも大声で話すから中国全体の評判まで世界中で落ちているんだ。他人への思いやりにかけ礼儀を知らない連中だと思われているんだ」。この時、母は驚いた様子でずっと黙ったままでした。私はがなり立てながら、母の顔を見て初めて言いすぎたかなと心配になりました。

それから何日か経ちました。気分転換のため外へ散歩に出た私は、尊敬するおじと偶然出会いました。彼は大声で「よう、元気か?飯食ったか?」と声をかけてきました。それに対して私は「はい、元気です。ご飯はもう食べました」と優しい声で答えました。おじは「どうしたんだ?元気がないなあ。どこか具合でも悪いのか?」と心配そうです。「でも、おじさん、大声で返事をしたら周りの人に迷惑をかけるじゃない」。おじは笑いながらさらに大声で「ばかだなあ、お前は。ここをどこだと思っているんだ。中国だよ。中国人なら中国人らしく言えよ。大声であいさつしたり笑ったりすることは、相手に自分の率直な気持ちを伝えるために必要なんだ。周りの人に迷惑なんかじゃないぞ。遠慮しないで大声ではっきりあいさつしろ」。

私はすぐ家に帰って母に謝りました。「あのさ、ごめんね、あんなひどいことを言っちゃって。やっぱり、以前通り大声でもいいんだよ」。その話を聞いていた母は「なんだい、真面目な顔をして。大丈夫だよ。全然気にしていないわ」とすぐ大声で笑いました。私はそれを見て心底ほっとしました。

このことによって、日本と中国の声の大きさの文化の違いがはっきり分かるようになりました。日本人は周りの人に迷惑をかけないように必要最小限の声量で会話しようとします。これに対して、中国人は相手への熱い想いと情熱から大声で直接伝えます。つまり、中国では大声でしゃべることによって、お互いに相手との絆を強く感じているのです。母の愛がこもった大声を感じていた私は、日中両国の声の大きさの相違を理解したうえで、これからは何の迷いもなく、大声でしゃべりたいと思います。



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私は「日本人が怖くなかったの?」と聞いた・・・

2015年12月06日 11時54分35秒 | 各国ブログ
【中国ブログ】「当時の中国人では考えられないことだった」=祖母が見た日本人―中国人学生



(京都嵐山  故・周恩来元首相の詩碑)


かつての中国人の多くが、日本という国に対してネガティブな、マイナスの気持ちを持っていたのは事実だと思います。70年前には戦っていたわけですから、お互いを敵視する気持ちは当然です。戦争の被害を受けた人たちが、相手国の国民を憎むのも当たり前だと思います。私が幼稚園の頃も、テレビでは必ずいくつかのチャンネルが「抗日」をテーマにした番組を放送していました。その中の中国人ヒーロー・ヒロインは、みんなかっこいい善人ばかりでした。逆に日本人は必ずと言っていいほど、ずるくて怖くて乱暴で、そして……ちょっと申し上げにくいですが、変態おっさんのような感じを子供なりに感じていました。

そんな子供時代のある時、私は父にこんなことを聞きました。「パパ、あの日本人たちは、悪人なの?」。父はこう返事をしました。「生まれながらの悪人はどこの国にもいないよ。だから、誰に対しても悪人と決めつけて指を差すのは、賢い子のすることじゃないよ」。私はそれから、ピストルで日本人を撃つまねはしないようにしました。

また、私が中学生の時、「ねえ婆ちゃん、昔の話を聞かせて。日本人に会ったことがある?」と祖母に聞いたことがあります。祖母は「ええ、あなたよりもっと小さい時にね」と笑って答えました。南昌にあった祖母の住宅には、2階は祖母の家族、3階は日本人夫婦が住んでいたそうです。そのころ10歳ぐらいだった祖母は、時々上に上って、その日本人の奥さんと身振り手振りで話をし、遊んでもらうことがよくあったそうです。

奥さんが妊娠した時はご主人が傍に付き添って、時々祖母にお湯を持ってくるよう頼んで、とても礼儀正しかったそうです。私は「日本人が怖くなかったの?」と聞くと、祖母は首を振って「全然怖くなかったわ。お湯を汲んで来た小学生の私に感謝を示してくれたのはその日本人だけ。あの頃の中国の大人では考えられないことだったのよ」と答えてくれたのを今でも覚えています。

最近は、戦争を知らない世代が多くなりました。日中国交回復から40年を経て、相互交流が当たり前の世の中になりました。当時の周恩来首相は、戦争は日本の一部軍国主義者の責任で、日本国民は被害者だったと中国国民に話したことを何度も読んだことがあります。これを読んで、私は父の話と祖母の言葉を噛みしめています。

父は、相手を悪人と思ってはいけないと教えてくれました。祖母は、中国人より礼儀正しい日本人もいることを忘れてはいませんと言いました。目の前の相手がいい人だと信じる「心」があれば、言葉ができなくても必ず通じ合えると思います。

京都の嵐山には、桜のある景色を描写した故・周恩来元首相の詩碑があります。ピンクの桜と、緑の松は霧雨の中に煙っています。しかし、しばらくすると、雲間から太陽の光が差し始めたという内容です。あれは、中国と日本の関係に似ていると思います。将来、両国の間に、雲が消え、霧が晴れるような関係を築くのは、学生としての私たちの責任だと思います。皆さんも、これから生まれる中国人も、以前のような印象を持たない、与えないように、社会全体でこれからを考えて行くようにしたいものです。




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【台湾ブログ】見習いたい!ラーメンにこだわる日本人のプロ意識

2015年12月05日 12時58分28秒 | 各国ブログ



日本のラーメンが大好きで、東京で食べ歩きした経験を持つ台湾人男性・一筆殺(ハンドルネーム)。「食べ物を通して、国民性がわかる!」とラーメンにこだわる日本人の特性や、台湾人との比較をブログにつづっている。

  「日本にはラーメン屋が多く、台湾でいう滷肉飯や臭豆腐店と同じように、気軽に入れる大衆食堂のよう」と感じている一筆殺。「日本のラーメン屋は独特の発展文化を持ち、歴史もある。

インターネット上では店を紹介したり、味を討論するサイトがあり、日本全国のラーメン屋巡りをする “通(つう)”も多い。そしてラーメン職人は、100点満点の味が出せるよう努力する」と述べた一筆殺。「でも台湾の滷肉飯と臭豆腐はどうだろう?」と疑問を投げかけ、「おいしくても、日本のラーメンのような千種類以上もある味のバリエーションは出せない。適当でいいという台湾人の気質もあって、やれば85点の味になるのに80点で満足するような気がする」と感じているという。

「世界を視野に入れ、海外進出を目指す滷肉飯・臭豆腐屋はいない。成功したのは、鬚張魯肉飯(ひげちょうるうろんはん)くらい。

普通の台湾人は野心がなく、食堂をやっても近くのサラリーマンや学生に食べてもらって、細々と店が続けられれば満足している」と苦言を呈した。そして「日本のラーメン屋は、一番になるためにスープと麺に徹底的にこだわる。研究するための時間を惜しまないようだ。結果、とてもおいしいラーメンが完成し大成功を収め、海外に支店を出す店も多い」と比較した。

  日本の友人から、ラーメン屋を持つのはそんなに難しくないと聞いた一筆殺は、「自分のアイディアで味をどんどん良くしていき、麺のゆで時間は1秒単位でこだわる。その繊細な心遣いと努力が、おいしいラーメンを作りだしている!」と熱い思いを書きつづっている。今後は「豚骨ラーメンを食べつくしたい」そうで、前回行けなかったラーメン屋巡りをする東京旅行を計画しているそうだ。





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【中国ブログ】「日本人が作ったアニメは悪い影響を与えるから見るのをやめなさい」

2015年12月01日 10時26分25秒 | 各国ブログ



日本のアニメは中国でも非常に高い人気を誇っている。7月、中国でも大人気の「ちびまる子ちゃん」の放送開始25周年を記念するフェアが北京で行われた。そうしたなか、北京科技大学の楊[王君]さんは、子どものころに見ていた「ちびまる子ちゃん」から学んだことを次のように作文につづっている。

「日本人が作ったアニメは、中国の子どもの成長や健康に悪い影響を与えるんだよ。だから、見るのをやめなさい」

それは小学3年生のころ、「ちびまる子ちゃん」というアニメを夢中で見ている時に、近所のおばさんは私にこう言っていました。いったいどうして、おばさんはこんなことを言ったのでしょう。その時期は日中関係があまり良くなかったようです。たぶんそのおばさんは、日本に偏見を抱いたのでしょう。私からみれば、子ども時代に「ちびまる子ちゃん」を見られたのは非常に幸いなことでした。

5歳のころ、父と母は離婚しました。父は家を出て、私と母は2人きりで20年前に建てられた古い部屋で暮らしていました。毎朝、母は8時までに会社へ行かなければいけませんでした。夕方は家に帰って晩ご飯を作ってくれました。夜中の12時を過ぎてもまだ洗濯をしていました。とても大変だったことを覚えています。そのときのわが家というと、周りの友達の家と比べたら、本当に貧乏だったと思います。ほかの女の子のように、かわいいおもちゃを持つこともなく、高くてきれいな服を着ることなど夢みたいでした。気にしないふりをしながらも、ほかの子どもたちをうらやましいと思っていました。しかし、母に負担をかけることになると思い、その思いを母には言えませんでした。

ある日、「ちびまる子ちゃん」がテレビで放映されました。まる子ちゃんの家はとても古くて、貧乏に見えます。欲しいものがいろいろとありますが、実現できません。でも、その家は楽しく、面白い出来事がたくさん起きます。家族で一緒に鍋料理を食べたり、祝日にお祭りを見に行ったりします。まる子ちゃんもしょっちゅうお姉さんとけんかしますが、おいしい食べ物があると、お姉さんとシェアします。お母さんの話はほとんど聞くそばから忘れるのでよくしかられますが、本当にまる子ちゃんを心配しているお母さんの気持ちがはっきり伝わってきます。

こうした出来事は特別なものではなく、どんな家庭にも起こりますが、それは世の中で最も温かいこと、幸せなことだと思います。人間というのは、社会に出れば平凡な家庭の温かさや感動を忘れがちです。人々の間では競争がどんどん激しくなっていき、人間は利益や欲望を追い求めるようになり、目の前の幸せを無視してしまいます。子ども時代には、私にとって大切なものが数えられないほどありました。ずっとそばにいて守ってくれる母、私の長所をほめてくださる先生、楽しく遊んだ友達は、一生の宝物だと思います。

今、私はあのおばさんに言いたいことがあります。私は「ちびまる子ちゃん」が大好きです。まる子ちゃんのおかげで、平凡な幸せがしみじみ感じられ、毎日楽しく過ごしてきました。そのことを教えてくれたアニメ、そして、その「ちびまる子ちゃん」を作った日本人に感謝したいのです。




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「まさか日本を愛しているのか?」=日中友好を夢見ながら亡くなった祖父と、同い年の日本人留学生

2015年11月16日 09時59分40秒 | 各国ブログ



日中関係が急速に悪化したのは2000年になってから。その後、2005年と2012年には中国各地で反日デモが行われ、緊張は一気に高まった。しかし、「そうしたなかでも両国の友好を願う人は存在した」と訴える遼寧師範大学の陶金さんは、大規模な反日デモが起きた当時の作文に次のようにつづっている。

日中友好というと、私はいつも故郷の祖父のことを思い出します。祖母の話によると、日中戦争の時、日本語ができる祖父は中国側の通訳として働いたことがあります。戦争が終わって祖父がよく口にしたことは「中国人に災難を与えたのは日本の普通の国民ではなく、日本軍だ。トラブルや戦争があっても、日中友好は両国民にとってプラスの面がとても大きい」という話だったそうです。周りの人に「あいつはまさか日本を愛しているのか。ばかだ」と厳しく言われて、死んだ時、祖父は目を閉じることさえできませんでした。

祖父の顔を見たことがない私は、「祖父はどうして死ぬまで日中友好の夢を抱いていたのだろう」という疑問を持って、大学で日本語を専攻しました。86歳の日本のお年寄り山根さんと知り合ったお陰で、私は日中友好についての理解が一層深くなりました。

祖父と同じ年齢の山根さんは戦争時代、上海で中国語を勉強したことがあります。戦後もまだ中国に愛着を感じていて、「僕はもう年ですが、中国語と中華文化に深い愛情を持っています。それを日本に伝えたいのです」と、一人で中国へ留学に来ました。家庭教師を頼まれた私は、86歳の高齢でも毎日、真剣に勉強している山根さんの熱意にすっかり感動しました。祖父も山根さんも、胸に一種の神聖な愛を抱いているのではないかと思いました。それは恋人や仕事を愛している気持ちと違って、広くて深い愛情なのです。これこそ人類の最高の愛だと思います。

日中友好の夢を抱いて亡くなった祖父も、86歳の高齢でもまだ日中友好に貢献したいという山根さんもごく普通の人です。しかし、日中友好の歴史はごく普通の両国民によって書かれたものではないでしょうか。日本の首相に言いたいのは、日中友好が実現できなければ、祖父と同じような天国にいる人々は、まだ目が開いたままではないだろうかということです。また、反日暴動を行った中国人に伝えたいのは、山根さんのような日本人もいることです。日中友好の夢を抱いている優しい日本の友達の心を傷つけないように…。

確かに、両国の間に戦争などの暗い歴史もありましたが、それは日中友好に対して障害になることではなく、友好関係を順風満帆に続けさせる風と帆になるべきです。胸に祖父と山根さんのような広い愛情を持てば、過去の暗い歴史と深刻な問題を乗り越えて、明るい未来を迎えることが難しいことではないと固く信じています。





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【中国ブログ】「そんなに日本に行きたいなら、さっさと行けよ!

2015年11月11日 14時39分17秒 | 各国ブログ



【中国ブログ】「そんなに日本に行きたいなら、さっさと行けよ!」=タクシーの運転手にそう言われた後、日本の友人の言葉を聞いて胸がすっきりした

先日、日本の言論NPOと中国国際出版集団が共同で行った調査で、日本と中国の互いに対する印象が若干改善したことがわかった。前向きな結果ではあるが、日本と中国の間には近年、取り除くことが容易でない「壁」が存在してきたことも事実である。吉林大学外語学院の付暁莚さんは、そうした「壁」について作文に次のようにつづっている。

「そんなに日本に行きたいなら、さっさと行けよ!」「はい、私、日本に行きます。真実の日本と日本人をこの目で見に行きます。帰った時、日本ではこんな所に行った、こんなものに感動した、こんな優しい日本人と出会ったなど、ありのままの日本をすべてあなたたちに見せたい、伝えたいのです」。今の私なら、きっとそのタクシーの運転手にそう言うだろう。でもその時、私は何も言えなくなってしまった。

ある日の夕方、タクシーで学校に戻ろうとした時のことだ。「あの、吉林大学までお願いします」「吉林大学か。俺の子どもも同じ大学だよ。君、何を専攻してるの?」。運転手は親切に話しかけてくれた。「私、外国語を勉強しているんです」「すごいね。英語がぺらぺら話せるって」「いえ、英語ではなくて、日本語を専攻しているんです」「えっ、日本語!…今の若者ってさぁ、愛国心なんて少しも持ってないの?そんなに日本に行きたいなら、さっさと行けよ!」。運転手はやや怒ったように言った。

車の中の空気は急に冷え切ってしまった。中国では「日本は嫌い」という感情を持っている人が今でもたくさんいる。その運転手がその一人だからといって、私は怒るわけにもいかず、黙って聞き流すことしかできなかった。「でも、なぜ私は日本語を選んだのだろう?」と、自分でもそう思うようになった。あの時、私は中国人の間に日本に対する壁が確かに存在していると強く感じた。

私は日本人の友達にその話をしてしまった。「大学に入る時はさ、通訳者の姿を見て、『格好いいな』と思って日本語を選んだの。でも、こんなふうに言われるなんて、ぜんぜん格好良くないよ。なんか頑張っていく気がなくなっちゃった」。すると彼女はこう言った。「私たち初めて知り合った時のこと、覚えてる?あの時の私は中国に来たばかりで、道に迷っちゃったんだよね。その時、日本語の本を持っている付さんを見かけて、この人、日本人のことが嫌いじゃないかもしれないと思って聞きに行ったの。そうしたら、付さんが『こんにちは』とあいさつしてくれて、どんなにうれしかったか。駅まで連れて行ってくれたり、到着駅の名前を丁寧に教えてくれたり…あの時、私、うれしくてうれしくて家に国際電話をかけたのよ。『お母さん、私、中国人の友達ができたよ!』って」。

彼女の話を聞いて、あのときの情景が目の前に浮かんできた。別れる時、彼女がわざわざ中国語で「謝謝」と言ってくれて本当にうれしかった。その後も、「迷わずに行けたかな?」とか、「ちゃんと駅の名前を覚えてくれたかな?」と、私はずっと心配していた。そうして、私たちは友達になった。それから、二人で綿のような雪を見たり、おいしいものを食べたりして、いろいろな楽しい思い出を作った。

日本に帰る日、彼女がこう言った。「帰ったらね、ずっと心に残っている付さんのこと、出会った中国人の一人一人の温かい笑顔など、私の見た、聞いた、感じたすべてのものを日本人に伝えたいの」。彼女の言葉を聞いて、私は胸がすっきりした。なぜ日本語を勉強しているのか、日本語学習者の私にできる日中友好とは何か、長い間悩んでいたことがやっと分かったような気がした。

将来、私は立派な政治家や外交官にはなれないかもしれない。でも、彼女と同じように、もっともっと多くの中国人に「ありのままの日本」を伝えたいのだ。小さいことでもいい、自分が知っている真実の日本の姿を中国人に知ってもらいたい。そして、同じように、日本人にも真実の中国の姿を知ってもらいたい。それを積み重ねていけば、壁が少しでも取り除けると、私は信じている。




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【中国ブログ】日本留学中の中国人、生活を実況中継し大人気

2015年11月09日 12時54分16秒 | 各国ブログ


日本に留学して1年になる小樹さん(20)は今年4月から、中国のポータルサイト「百度(バイドゥ)」が運営するコミュニティーサイト「貼[口巴](ティエバ)」で留学生活を伝えている。「日本に溶け込んだ私」という書き込みには、6万件のコメントが寄せられた。小樹さんは当初、「自分は怠け者で、遊ぶのが好き。同じことを繰り返す生活が好き」と書き込んでいたものの、留学した1年、学校に通いながらアルバイトして生活費120万円を稼いだ奮闘記をこつこつと投稿している。北青網が伝えた。

小樹さんによると、アルバイトの中で最も苦労したのは焼き肉屋。皿洗いは、まず手で洗い、その後機械で洗い、それでも汚れが取れていない場合はもう一度手で洗い、各種お皿を十数分以内にそれぞれの場所に戻しておかなければならなかった。しばらくすると、焼き肉屋で調理を担当するようになり、1日に8時間以上立つ日々が続いた。午後4時半から11時までは、休んだり食事を取ったりする暇もない。調理が終わると再び皿洗いをして家に帰る。その焼き肉屋はチェーン店が4軒あり、忙しい店があるとそこに行かされた。そんなに忙しい中でも投稿は続け、「お金を稼ぐのはたいへん。みんなしっかり勉強して、社長になろう!」とネットユーザーを激励している。

小樹さんは日本での生活の様子を投稿するほか、休みの時にはネットユーザーとオンラインゲームを楽しんだり、留学に関するネットユーザーの疑問に答えるため、自分が見たり聞いたり、経験したりしたことを投稿している。「初めて投稿して以降、ネットユーザーからの多くの激励を受けた。一人で外国で暮らしていると、困惑してどうすれば良いのか分からなくなる時も多々ある。学校に通いながら、アルバイトもして、たいへんな生活の様子ばかりを投稿している。ここはストレスを発散する場所で、慰めが得られる」と話した。

小樹さんは、新しい留学生の留学手続きを手助けし、お化け屋敷のような寮への引っ越しを手伝ったことや、日本のハロウィンは中国より盛り上がり、街中にたくさん仮装している人がいることなどを伝えているほか、日本のメイドの画像をアップするためにメイド喫茶に行き、メイド姿のスタッフと写真を撮り、「写真を一緒に撮ってもらうだけで500円もした。高い」と「苦情」の投稿をしたりもしている。

小樹さんの投稿は1万人以上のネットユーザーから注目され、「気持ちがこもっている」「人情がある」「夢がある」などと評価されている。中には、日本に旅行に行った際、小樹さんに連絡するネットユーザーもおり、小樹さんは無料でそのネットユーザーを家に泊めてあげたという。そのことが投稿されると、日本に遊学する学生からも連絡があり、さまざまな地域の友達ができた。小樹さんは「僕の投稿がどうしてこんなに人気なのか分からない」と困惑するものの、「投稿を通してたくさんの人が日本のことを知ってくれてとてもうれしい。投稿を見て日本に来たネットユーザーなら、誰でも僕に連絡してほしい」と述べた。

小樹さんは、映画「後会無期(The Continent)」のセリフ「世界中を見たこともないのに、どこから『世界観』が来るのか?」が好き。旅行者一号は、孤独な飛行を37年間し、太陽系の外ばかり見ていた。留学は実家から遠く遠く離れる旅のよう。留学は決して珍しいことではなく、場所を変えて生活を楽しんでいるだけと考えている人も多いが、小樹さんは留学した動機について、「もっと高いプラットホームに立ち、より優秀な人と一緒に生活したいと思った。独立して異国の地で自分を輝かせ、自分の価値を証明したかった。また、大きな世界を見て、若いうちにいろんなことを感じ、違った未来を体験したかった」とつづっている。

ネットユーザーの大きな反響を受け、小樹さんはこれからも毎日決まった時間にアルバイトなど留学生活を実況中継することを決めた。「ここで自分の成長を記録すると同時に、もっと多くのネットユーザーと一緒に美しく、一味違う世界を感じたい」と語る。






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【仏国ブログ】日本の食べ物に興味津々、コンビニに行くとつい長居

2015年10月25日 16時39分08秒 | 各国ブログ


日本を旅行したフランス人女性のブログ「Les Causettes de Celestine」では、旅行中に見たり食べたりした日本の食べ物を紹介している。

まず、筆者が日本で食べて気に入った食べ物は麺類だと語る。パスタが好きな筆者だが、日本の麺類はパスタのように形が異なるだけでなく、ラーメン、うどん、そばなど豊富な種類があると説明。またラーメンにはねぎや香辛料、にんにくなどを好みに合わせて加えることができ、とてもおいしいと紹介している。

  次に紹介しているのが天ぷらだ。フランスにも天ぷらに似た料理があるが、天ぷらは魚や野菜などさまざまな食材が使用されており、特に芽きゃべつまで天ぷらになっていたものには驚いたと記している。

  また筆者は、日本でスーパーマーケットやコンビニに行くと、最低でも30分ほど過ごしてしまったと語る。特に食べ物の種類の多さに圧倒されたようで、ペットボトルのお茶、おにぎりやクリーム入りの菓子パンなどずっと眺めていても飽きないほど興味をそそられたと述べている。

  さらに生クリームとイチゴがはさんであるサンドイッチやバナナチョコなどのスイーツもあると紹介。健康的な食習慣の印象が強い日本だが、食を楽しむ一面もあるとつづっている。

  日本でさまざまな食べものに出会った筆者は、中には好印象を抱けなかったものもあるとし、例として魚の丸焼きを挙げている。フランスでは魚料理は魚肉の部分だけが料理として出される。そのため、魚の丸焼きは、魚の目が気になった上に、骨も取らなければならないため、食が進まなかったと伝えている。




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【中国ブログ】横浜で道に迷った中国人学生に、日本人夫婦がかけた言葉

2015年10月21日 11時47分35秒 | 各国ブログ


10月1日から始まった国慶節の連休では、多くの中国人観光客が日本を訪れると見られている。しかし、日本を訪れるのは中国人全体から見ればほんの一部だ。華東師範大学の朱樹文さんは、微妙な関係が続く日中関係について、自身が日本を訪れた体験から、実際に自分の目で見て先入観をなくすことが重要だと考えている。

昨年の10月、私は日本の大学との短期交流に参加して、横浜に一週間滞在した。この交流を契機に、私は初めて日本に行った。予約していたホテルに到着したときはもう夕暮れだった。普通の旅行ではないから、観光できる時間は少ない。私は観光の時間を1分も無駄にしたくなかった。そこで、ホテルに荷物を預けてまもなくホテルのロビーにおいてあった地図を手に取り、横浜の観光地に向かって出発した。

ホテルを出発してしばらくの間は、地図を見ながら歩いていたが、周囲の店に目を惹かれているうちに道に迷ってしまった。不安になり、観光地に行く計画もあきらめることにした。夜に異国で道に迷ってしまい、しかも中国から持ってきた携帯電話も使えなかった。中国でも道に迷った経験がなかった私にとって、最悪の状況であった。

なかなか正確な方向を見つけられず、周囲の日本人に助けてもらうしかなかったが、私は迷っていた。日本人に先入観があったからである。私の頭の中の日本人はいつも礼儀正しいが、冷淡で人との間に距離感がある印象を持っていた。「声をかけて本当に助けてもらえるだろうか」と何度もつぶやいていた。

するとその時、ある日本人の夫婦が私の目に入った。優しそうな感じがしたので、私は勇気を出して声をかけてみた。緊張していたためかもしれないが、私の日本語はめちゃくちゃになった。しかし、日本人の夫婦は面倒そうな表情はひとつもせず、私が何を言いたいのかを理解できるまでずっと私の話を聞いてくれた。その夫婦は私の地図にホテルに戻る道筋を描いてくれた。私は何度もお礼を言い、彼らと別れた。

ところが、別れてまもなく、またその夫婦と会うこととなった。ばったり出会ったのではなく、外国人の私がホテルに戻れないのを心配し、追いかけて来てくれたのであった。「ホテルまで送ってあげましょうか」と言われたとき、日本人に対するかつての先入観はすべてなくなった。日本人の見知らぬ人がまさかこのようなことをしてくれるとは夢にも思わなかった。このことを通して、「日本人は私が思っていたような冷淡な様子ではなく、こんなに親切なのか」と感じた。まさに百聞は一見に如かずである。

日本語を勉強している私まで日本人に先入観を持っているのだから、ほかの中国人は更に強い偏見を持っているのではないだろうか。日中友好を促進させるためには、日本人に対する先入観をなくすことが非常に重要である。旅することによって、その国に対する先入観をなくすことや理解を深めることなどができる。ただそれは少数の中国人ができることである。幸いなことに、私はその少数の中の1人である。これから、私は可能な限り、自分の日本での経験をほかの中国人に語ることによって、彼らの日本人に対する先入観を変えるつもりである。日本に対する先入観がなくなれば、日中関係も一層良くなると信じている。




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【仏国ブログ】日本の伝統的な家屋、フランスと異なる独特な造り

2015年10月18日 17時40分59秒 | 各国ブログ



日本とフランスの家は、さまざまな点で異なるようだ。特に一戸建ての家では違いがさらに大きいため、これを例に違いを伝えている。

  筆者は、日本の家は屋根に特徴があると語っている。特に伝統的な日本の家の屋根は、瓦をさしており、屋根の形状が独特で、フランス人の筆者の視点ではさらなる魅力が加わっていると記している。

  日本家屋は家の中も、欧米の家とは異なる点が多いと紹介。廊下があり、片側に部屋があり、庭に面した側にはさらに廊下のような長細い場所がある。これは縁側と呼ばれ、庭の風景を楽しんだりする時に座る場所と説明している。

  そして日本の家では、和室と洋室と呼ばれる2種類の部屋がある。和室は床ではなくたたみが敷かれていると述べながら、このため日本の家屋の部屋の広さは和室と洋室問わず、たたみの単位で表されるとつづっている。

  ベッドが置かれたりして、部屋の機能が固定される欧米の家の部屋と異なり、和室は書斎として使用されたり、夜には布団を敷いて寝室になったりと用途が広いと、欧米の家にはない便利さがあることを伝えている。



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【仏国ブログ】日本で気をつけたいこと「挨拶や飲酒のマナーなど」

2015年10月16日 11時08分47秒 | 各国ブログ

料理などに関するフランス人のブログ「Papillus & Pupilles」では、日本を旅行中の筆者が、これから日本を旅行する人に向けて、日本の慣習やマナーについて知っておきたいことをアドバイスしている。

  まず筆者は、日本を旅行して楽しい時間を過ごしているが、ストレスも感じるという。これは、筆者の日本語が上手でないため、日本人が何を言っているのかが分からず、また日本語での看板などが読めないことが理由だと述べている。

  そして、日本への旅行を計画している人にまず勧めるのが、現金の用意だという。外国で発行されたカードで現金引き出しができる場所がとても少ないと伝えている。

  また、フランスと日本で異なる慣習やマナーを紹介。欧米の文化に慣れ親しんでいる場合を除き、ほとんどの日本人はあいさつの際に、握手などスキンシップをせず、軽くおじぎをする。さらに、相手の目を見て話をすることは、フランスではよい意味を持つが、これは日本では避けた方がよいと述べている。公衆の場で鼻をかむことも、止めておいたほうがよいと伝えている。

  日本での食事マナーについては、はしを食事に突き刺したり、はしからはしに料理を渡すのもよくないと、はしのマナーを紹介している。また、ごはんにソースをかけたり、アルコール類はじぶんでつがずに、誰かがついでくれるのを待つようにと、フランスとは異なる飲酒マナーを記している。



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【米国ブログ】ニューヨークの大戸屋「2時間待ちでも食べたい」

2015年10月16日 11時07分52秒 | 各国ブログ






米国在住の米国人女性が、レストランやグルメ情報を提供する米国のブログサイト「restaurantgirl」で、米ニューヨークにできた日本食レストラン「大戸屋(おおとや)」の人気ぶりを伝えた。

  筆者は、大戸屋に夕食を食べようと立ち寄ったが、1、2時間待ちと言われがっかりした」と語った。大戸屋は、今年4月にニューヨークのマンハッタンに米1号店を開店し、夜はハイエンドな居酒屋として展開。

  大戸屋はおいしいだけではなく、雰囲気も良いという。「木材をふんだんに使ったアジア風の作りが気に入っている」と好印象を記した。日本食好きな筆者は、メニューの魅力について、「今まで食べたことのないおいしさ」と称した。さらに、「とろけるような食感の手作り豆腐は、テーブルに着く数分前に作られたかのような味わい」と絶賛。

  ラーメンや寿司がメーンのほかの日本食レストランと異なり、焼き鳥やそばなど豊富なバラエティーがあり、どれもおいしいのが人気の理由だと分析。漬け物や塩辛といった日本独特の食べ物や少量の前菜もたくさんあるなど、他店と異なる品ぞろえが魅力だという。筆者は、「ミニサイズのそばが好物。1人前のそばを食べきるのは大変なのでうれしい」と感想を記した。

  友人らと食事するときには、刺身の大皿を注文するという。サケ、マグロ、カンパチなどが美しく盛りつけられた皿は想像以上に素晴らしいと語った。筆者が一番好きな日本食だというカレーうどんを注文したところシナモン風味のカレー味スープに太麺が入っていて、「クセになりそうなほど絶妙な味」だったと表現。

  その後、カレーうどんの味が忘れられず、3日後に再び大戸屋に行ってしまったという。「たとえ2時間待つことになっても、それでも食べたいレストラン」と締めくくった。





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