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苦情へのお返事

2006-11-23 10:28:22 | 管理人へのメール
ある日、読者から苦情のメールが一通届きました。
個人的にレスするメールを書き、もう一度相手からの返信がありました。
かなりの長文ですので、要点をかいつまんで紹介・報告します。

訴えの要点は、以前書いた記事・大学を義務教育にすべきかに事実誤認があるというものです。

主な論点のひとつは、「いまどき大学出ていないヤツなんて」とのセリフは、わたしに向かって言ったのではない、自嘲の言葉だということです。
ふたつめは、オフ会にて、大学の「義務教育化」を求めたのではなく、大学の「学費の無料化」を求めているとするものです。
みっつめは、上の世代にこびなくても自分たちのユニオンはやっていけているという点です。

学歴ポルノグラフィか?

ひとつめの論点については、さほど広くない梅田のドトールコーヒーショップの店内で、テーブルごしに言われたことです。これは状況から見て、彼がわたしに「大学出ていないなんて」と非難・嘲笑したものと受け取られてもいたし方がないでしょう。
ただしそれを言った彼にも彼なりの「言いたかったこと」があるはずです。
主観的な見解の相違とはいえ、読者に告知したほうがいいと考え、ここに報告します。
「大学出ていないのは服着てないも同じ」「大学を出ていないヤツは文字の読み書きもできない」といった、学歴のないものの尊厳を侵す、いわば「学歴ポルノグラフィ」とも名づけるべき表現・風潮は、使い方に注意が必要です。
まったくの使用禁止では隠蔽になります。かといって、このアクテイヴィストのように初対面の相手に面と向かって使うのは「誤解」を招くでしょう。

初等・中等教育と下流社会切捨て

ふたつめの論点について。
これは、「現代思想」などの雑誌に寄稿している矢部四郎という左翼セクト風の評論家の著作を彼なりに解釈したものだそうです。「失業者に学籍を!」というのがその矢部の主張になるとメールにはあります。
わたしのほうから言うと、確かにその人は「大学を義務教育化すべきだと思う」と発言したと記憶にあります。しかし、録音はとっていません。また、わたしの側の記憶違いの可能性も捨て切れません。
ですので、これもまた主観的解釈の違いになりますが、両論を併記すべきと考え、報告させてもらいました。
なお彼は、海外で大学の学費が無料の国もあることをもうひとつの論拠としてあげていました。
それはわたしには、単なる欧米追従に見えました。

ただし、わたしの側の考えとしては、大学の学費無料化には反対の立場をとっております。
まず税金を使って無料化すべきは、初等・中等教育です。小学校の文房具費や、給食費、高校の学費を無料化すべきなのです。
大学の学費だけをタダにすれば、初等教育で文房具が買えないとか、高校の授業料を支払えない家庭には福祉を受ける権利がないことになります。
そういった家庭はで育った子どもたちは、低学歴で条件の悪い仕事をこなしながら、相対的には恵まれた家庭の師弟が大学でのびやかにしているのを横目で見ることになるのです。
そればかりか、彼ら・彼女らが苦しい生活の中から払う税金で、
初等・中等教育の経費をまかなえる相対的に豊かな家庭は恩恵を受けるわけです。しかし彼ら・彼女らの子どもたちは、自分の親の払っている税金によるメリットを受けられないでしょう。なぜならば、貧しい家庭の子どもたちもまた、大学の文化から縁遠くなり、また初等・中等教育の費用をまかなうのもギリギリだからです。

これは、事実上の逆累進課税です。貧困家庭、労働者階級、プレカリアート、何といってもいい、下の階級・階層・グループにより多くの重荷を背負わす政策です。
とても賛成できません。

仮にも労働組合のアクティヴィストが、プレカリアートのオフ会で、なぜこのように中産階級優遇・下流社会切捨て策を提案するのか、理解に苦しんでいます。この不公平を推進する提案を、をどなたか読者が説明できるでしょうか?

地域密着ゆえの悪習

なお、とりわけ義務教育において、学校が特定の地元業者と結びついて制服・学校指定の文具・くつ・帽子・バッグなどを買わせる慣習があります。
十代のころわたしは、愛媛や神戸の管理教育是正を求める市民団体に出入りしていたので覚えていますが、それは決して団体購入するわりに割引されてはいません。
また、就学旅行なども含めて、教員がリベート・マージンを受け取る例もあると、
地方紙で報道されたこともあります。(実際には教育市民団体とリベラル派ジャーナリストによる共同作業。)
こうした、個人の選択肢を奪い個性を圧殺する不正行為は、なくなさければなりません。いわゆる「よそもの」や「変わり者」として地域社会の周辺においやられる「転勤族」や、その地域の学校に「移民」してきた人たちが中心になって、これらの人権無視の不公平な悪習を告発してきました。
その献身的な努力を無にするわけにはいきません。

大学の学費無料化など、初等・中等教育における学費・給食費・文房具費の無料化、事実上の学費うわのせとも言え、文化的なファシズム状態を生み出す制服や学校指定のくつ・バッグなどの廃止、修学旅行への拒否権などを達成したあとで検討すればいいのです。それでも税金があまれば、奨学金を充実させればいいのです。
もちろん初等・中等教育における(とりわけ後期中等教育における)奨学金の充実が先決であることは論をまちません。
さらに彼はメールのなかで、「学士の特権」を廃止すべきと訴えています。しかし、彼の大学の学費無料化をうったえ、初等・中等教育の予算について言及なしというメールの編成を見ると、「学士の特権」を増やしたがっているとしか考えられません。二枚舌のメールは受け取りたくないものです。

普遍的救済としての大学?

加えて、このメールには、学生は社会保障を受けられ、また大学では知識をえられる旨が書かれています。
これについてはまず、大学に籍をおかなくても社会保障の権利がなくてはならないのではないでしょうか?
次に知識について。はたして大学で偽装請負について教えているでしょうか? それは個々の従業員が、毎日の仕事と生活を通じて学んでいるものです。
知識とはそのへんに転がっているものであり、それを手にする努力、人前で言う勇気こそが大切なのです。大学に籍をおけば知識が手に入るという考えは、大学以外の世界をバカにした排他的な考えです。
大学に行かない・行けない人はかわいそう、というセンチメンタリズムでは問題は解決しません。大学に行かない・行けない人たちへの敬意のない反差別論は、差別を再生産してしまいます。これは逆転させねばなりません。
なお、奨学金は現行の学費ローンではなく、返済しなくてもよいタイプに切り返るべきでしょう。
そもそも大学には、一部の金持ち・物好きだけが行けばいいのです。大学を出ない、あるいは高校の学費が払えないからといって、肩身がせまくならないシステムを作るべきです。
人に大学に籍をおかない自由をも保障せねばなりません。大学への自由とともに大学からの自由も必要だということです。

年齢差別はあるのか

さいごに三つ目の論点について。
彼は、自分たちの組合は下の世代が上の世代にこびてはいないと訴えています。
しかし、わたしは茨城・京都の地域労組にて、若い世代であるゆえの侮辱を上の世代のアクテイヴィストより受けました。(これは書こうとしながら強いストレスがかかるために、いまだに書けないでいます。)
また、先輩・後輩という奴隷的年齢身分関係を指す言葉が口頭でも文書でも使用されているところを見聞しています。これをわたしとしては廃止すべき悪習だとみなします。
しかし彼はちがうと言い張るわけです。
これもまた、主観的な見解のちがいということになります。













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