ひとつ前のエントリーにひきつづき、ニートの話をお送りします。
「愛知県の指導で名古屋市内の精神鍛錬所と昭和塾堂が『最低生活デー』の見本献立をつくり、県当局はこれを普及させようとしたが、それは同県御殿村では、一般農家の「最上の御馳走よりも尚高価なもの」であったため、人々のひんしゅくをかった(吉見 義明 「草の根のファシズムーー日本民衆の戦争体験」東京大学出版会1987、1988 第一章 デモクラシーからファシズムへ 第一節 戦争への不安と期待 10p)」
<2006/1/25追加>福岡・若者自立塾HP http://www.kusemi.ac.jp/jiritsu/index.html<2006/1/25追加>
フィギア萌え族のブログ
に記録されたニート塾のTV報道では、入塾費は3ヶ月で60万円、うち30万は公的扶助だという。
ひとくちにニートといってもいろいろな状態の人がいるだろう。なかでも、貧しい家庭のニートには、こういった塾の費用は払いきれないものではないだろうか?
たとえば、わたしの知っているあるニートの人の場合。十代の男性で、ときどき仕事があるときだけはアルバイトに行っている。じゃあアルバイターかな、と思いきや、本人の自己申告ではニートだと言う。
彼は十代のころに父親をなくし、母子家庭である。母子家庭の平均年収は、一説によると250万円。統計調査をするときに、あまりにも年収の低い人は回答拒否をしたり、こころもち多めに自己申告するであろうことも考慮すれば、実際にはもう少し低いと考えたほうがよいのかもしれない。
彼は、電車よりも自転車を使う。ふだん穴の開いた服を着ている。誰か経済的にゆとりのある人にごはんをおごってもらおうとしたがる。高校のときには、いじめがすさまじく、今でもその不安・恐怖が残っているそうだ。
こういう人にも精神鍛錬のためのニート塾を、と訴えはしない。ただし、ニート塾というのは、経済的な問題を過度に精神鍛錬主義にすりかえており、こっけいな産業である。料金もまた、人助けというよりも主催者らの自己満足か、純然たる金儲け主義であることも物語っている。
このようなところに政府の予算を使うべきではない。
十分な間取りのある低所得者向けの住宅の建設、最低賃金の引き上げ、労働基準法をじっさいに遵守させるための人手、フリースクールやホームスクールも含む奨学金の充実……などなど、他にいくらでも予算の使い道はある。
これは、本田由紀さんほかいろいろな人が指摘していることだが、そもそも、ニートを問題にすること自体、間違っているのではないだろうか。
↓ トラックバック用URL
http://d.hatena.ne.jp/yukihonda/
http://d.hatena.ne.jp/coma18/
http://d.hatena.ne.jp/demian/
http://d.hatena.ne.jp/ryozo18/20051205/1133767230
http://d.hatena.ne.jp/kaoru3_16/20050317(
http://d.hatena.ne.jp/kuriyamakouji/
http://d.hatena.ne.jp/rorygallagher/
http://ap.bblog.biglobe.ne.jp/
「愛知県の指導で名古屋市内の精神鍛錬所と昭和塾堂が『最低生活デー』の見本献立をつくり、県当局はこれを普及させようとしたが、それは同県御殿村では、一般農家の「最上の御馳走よりも尚高価なもの」であったため、人々のひんしゅくをかった(吉見 義明 「草の根のファシズムーー日本民衆の戦争体験」東京大学出版会1987、1988 第一章 デモクラシーからファシズムへ 第一節 戦争への不安と期待 10p)」
<2006/1/25追加>福岡・若者自立塾HP http://www.kusemi.ac.jp/jiritsu/index.html<2006/1/25追加>
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に記録されたニート塾のTV報道では、入塾費は3ヶ月で60万円、うち30万は公的扶助だという。
ひとくちにニートといってもいろいろな状態の人がいるだろう。なかでも、貧しい家庭のニートには、こういった塾の費用は払いきれないものではないだろうか?
たとえば、わたしの知っているあるニートの人の場合。十代の男性で、ときどき仕事があるときだけはアルバイトに行っている。じゃあアルバイターかな、と思いきや、本人の自己申告ではニートだと言う。
彼は十代のころに父親をなくし、母子家庭である。母子家庭の平均年収は、一説によると250万円。統計調査をするときに、あまりにも年収の低い人は回答拒否をしたり、こころもち多めに自己申告するであろうことも考慮すれば、実際にはもう少し低いと考えたほうがよいのかもしれない。
彼は、電車よりも自転車を使う。ふだん穴の開いた服を着ている。誰か経済的にゆとりのある人にごはんをおごってもらおうとしたがる。高校のときには、いじめがすさまじく、今でもその不安・恐怖が残っているそうだ。
こういう人にも精神鍛錬のためのニート塾を、と訴えはしない。ただし、ニート塾というのは、経済的な問題を過度に精神鍛錬主義にすりかえており、こっけいな産業である。料金もまた、人助けというよりも主催者らの自己満足か、純然たる金儲け主義であることも物語っている。
このようなところに政府の予算を使うべきではない。
十分な間取りのある低所得者向けの住宅の建設、最低賃金の引き上げ、労働基準法をじっさいに遵守させるための人手、フリースクールやホームスクールも含む奨学金の充実……などなど、他にいくらでも予算の使い道はある。
これは、本田由紀さんほかいろいろな人が指摘していることだが、そもそも、ニートを問題にすること自体、間違っているのではないだろうか。
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http://d.hatena.ne.jp/kaoru3_16/20050317(
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同じことが、ニート対策にも言えると思います。
本田由紀氏が述べているように、”真性”ニートの数は、公表されている数字の半分にも満たないのに、ニート産業に公費が投入されている現実は、ニートと言う共通の敵を持ち、それを撲滅することで、一体感を得ようと言う企みがあるのではないのでしょうか?
5年後あたりには、第二の耐震偽造問題がニート産業から発生する予感がします。
もし仮にニート問題がなくなったとしたら(日本中のニートが更正して、働くようになったら)かえって「普通の人」は混乱するのではないでしょうか?ニートと言う“生贄”が無くなるわけだから、それで得られていた一体感が失われるわけだから。そうなった時にはなんとかして「敵」を作り出すために「普通の人」の中で内ゲバが起きるのではないでしょうか?
すでに、「パラサイト・ミドル」という形で中高年層のパッシングも始まってますし、「ニート社員」と言う形で、会社内の若年層が狙い打ちされるかもしれません。その意味で、私はニート対策が粛々と行われるのが楽しみです。おそらく大した成果は生まないでしょうが。
>ニート産業に公費が投入されている現実は、ニートと>言う共通の敵を持ち、それを撲滅することで、一体感>を得ようと言う企みがあるのではないのでしょうか?
そうですね。アノミー(無連帯)を解消したい、そのことによって個人的または国家的不安をのりこえたい人たちは、「社会の敵」を作り上げては集中攻撃するでしょう。
環境問題とか、もっと別のことで「連帯」できればいいのですが。
>もし仮にニート問題がなくなったとしたら(日本中の>ニートが更正して、働くようになったら)かえって
>「普通の人」は混乱するのではないでしょうか?
うーん、面白い思考実験ですね。
実際、求職活動をする人が増えれば、GNPはあがるかもしれない。けれど、そのために親類のニートに正社員が就職支援金を手渡すとか、あるいは国や自治体がそうするとなると、結局お金がいる。また、これまで求人倍率50倍だったところが、60倍とか70倍になってしまう。
それに、いったん仕事からリタイアすれば、誰も同類はいないとしたら? 専業主婦も、失業中の人も、みんな病気かそれに類するもの扱いされる。家族や近所から変人扱いされ、ヒトラーがユダヤ人をそう言ったように寄生虫扱いされる。あるいは無視か、あわれみか。
普通的日本人(?)は、アイデンティティを優越感をゆるがされる。で、次の敵は中国か韓国か、発達障害か、はたまた新手の問題の若者の一群を示すキーワードなのか?
他人を排除してばかりいると、今度は自分が排除される側にまわるかもしれない、その環境づくりの共犯になってしまう。でも、自分がたたかれたくないので、あるいは目先の保身のために誰かを叩いてしまう。
普通という主観的・幻想的なものを相対化し、自分自身を知る、というのがものすごく難しくて、だけど一番の答えなんでしょうか? 「汝自身を知れ」とか、「孤独には耐えなさい」とか。みながそこまで賢く・強くなれるかどうか。いや、正直わたし自身もそれほど自信はありません。(先日のDestroyerさんへの処置もあれでよかったのかどうか、迷うところもあります。)それでもなんとか、やっていくしかないのでしょうね。
不安の種なんて、そのへんに転がっている。「道を歩けば車に当たるかも」とか、「鳥のつついた柿を食べれば、鳥インフルエンザに感染するのかな?」とか。それでもいい意味で、自分自身をだましたりもしながら、落ち着いて生活を送ってゆければいいのですが。
その人のおっしゃるには、最近は、ニートとかひきこもりとか自分で言っている人たちが増えた。ところが、ニートとかひきこもりとかいったレッテルを自分で自分に貼ってそれで終わってしまっている。それからもまだ人生は続くのに、と語っていました。
それから、医者に行ってクスリを使っている人もいる、それもまた彼の言い方では「本当の自分」ーーわたし流にいいかえれば、一回きりの人生としての自分の実存ーーは何か、自分は何に向いており、何を求めているのかを考えることをやめてしまう、と。さらに、ニートというのはーーひきこもりという言葉もそうだけれどーー作り物の言葉という感じがする。だから僕としてはあまり使っていない。ただし、本人がニートだというのなら、とりあえずそういうことで話をすすめるけれど。。。。ということでした。
その人がやっていることは、比較的裕福な人たち中心の自分探しの旅支援業です。そこでも、「ニート」という言葉による思考停止の弊害が起こっているということでした。
ここからわかることは、
●ニートという言葉は、裕福な人たちには実存への問いを空洞化させ、医療や薬の過剰利用・依存を促進させる。
●かたや、貧しい層にとっては、多少なりとも懲罰やリンチのニュアンスのかかった閉じ込め的・脅迫的な機能をもつ。
つまり、どちらの層にとってもよくない働きをする言葉になっているようです。
少なくともこの国は現在様々な問題を抱えてて、その解決策を練りだすのは、社会に順応できないニートが一番妥当。
政治家の方がニートに直接話を聞いたとの例もあるようですが、「どうすれば治るのか?」と聞かれた所で、結局「それがわかってりゃニートになってないし」ぐらいの答えしか出てこないのは当然。
ニートの解釈を根底から変えればいい。「国が背負った試練」ではなく、「不況の秘薬」
もし、「この国はどこがおかしい?」と聞かれれば、ニートは喜んで答えることだろう。一般人には見えない日本の間違い。
何故あるがままを受け入れず、社会問題という言葉で片付けてしまうのか?現に、「電車男」は金になった。これを実話を基にしたフィクションの世界の恋愛話ではなく、現実世界で利益の発生するものに換算すればいい。ニートこそ金になる。
まず、音楽関係の業者にサイトを作ってもらう。「ニートの皆様、また、心のどこかに隙間があるという方へ。あなたが本当に聞きたい言葉は何ですか?一行でも、一言でもかまいません。あなたの為の一言を教えてください。」
投稿された言葉つなぎ合わせて、曲をつけて、プロのミュージシャンに歌ってもらう。作詞はサンタクロースで、作詞に関して発生したお金は全部年金や税金。
ニートは主張ができた上に達成感が得られ、いろんな所でお金が発生する。作詞家は?所詮匿名、名前がついたほうがさらにうれしい。罪悪感無視。パクり上等。法律のことは知らないけど…
但し気をつけてほしいのが、サイトを作る際、精神的に弱っている方のことも考慮し、心理学者等も雇い、文頭文末に注意の言葉が必要かと。
ニートを活かす、それっていい発想ですね。
ニートは情けない、ダメ、ビョーキっぽいという情報が雨あられと降る中で、大切な視点です。
まあ、あまり過剰に期待をかけると、あとで「あれ、違う。ダメじゃないかー!」みたいな反動もやってくるのでそのへんは注意が必要ですが。ニートといってもただの人間、スーパーマン/ウーマンではないですから。それにしても、物事の多様性、バランスを考えるとユニークかつ貴重な意見ではないかと。
そもそも、学校とか会社とか類似の機関に通わねば何もしていないとか、やる気もないとか決めつける乱暴さはどこから来るのでしょう。おまけに、そこから話をふくらませていまどきの若い世代全般が、外交性、やる気、能力、自信その他が圧倒的に不足しているというイメージを流布するのは誰なのかな? そうなっても当然の状況も存在するにもかかわらず。。。。