アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

乱れ雲

2009-04-19 09:24:20 | 映画
『乱れ雲』 成瀬巳喜男監督   ☆☆☆

 『乱れる』に続き成瀬監督の『乱れ雲』を鑑賞。遺作である。ジャケットで分かる通りカラー作品。これも傑作という評判につられて日本版DVDを購入したのだが、個人的には少々期待はずれだった。これまで観た『浮雲』『流れる』『乱れる』があまりに良すぎたので、期待値が高すぎたのかも知れない。

 名作『浮雲』や『乱れる』にもメロドラマ的要素があったが、この『乱れ雲』は正真正銘のメロドラマである。それ以外の何物でもない。商社員・三島(加山雄三)は由美子(司葉子)の夫を交通事故で死なせてしまう。三島に落ち度はないのだが、葬式に顔を出して由美子や親族に罵倒されたりする。彼は毎月由美子に金を払い続けることを約束する。おまけに相手が通産省の役人だったというので青森に飛ばされる。一方由美子は三島にもう来ないで下さい、お金もいりません、過去を忘れたいのです、と告げる。そして生活のために青森の実家に戻って義姉(森光子)の旅館を手伝うが、その旅館のそばにはたまたま左遷された三島がいる。二人はあっちこっちで偶然出会っては恨み言を言い合ったりしているが、やがて三島が病気になった時に由美子が看病したりしていい雰囲気になり、「いけません」などと言いつつも愛し合うようになる。が、最初から結ばれるはずのない三島と由美子、二人の愛は哀しい結末を迎えるのだった。

 昼メロでやっててもおかしくないような話である。それからTVドラマほどではないにしても偶然の出会いが多い。由美子は三島と会うのを嫌がっているのにあちこちで会ってしまう。由美子が酔っていたり、三島が酔っていたりしてやたらと激しい言葉の応酬になる。おまけに絶妙にタイミングで三島が熱を出し、由美子が看病することになる。こういう展開がいささかわざとらしく説明的であるがゆえに、ますますメロドラマ臭に拍車がかかる。もちろん成瀬監督らしい繊細な演出もあちこちに見られるが、最上の成瀬映画に見られるあのデリケートで暗示的な演出力は充分に発揮されていないような気がする。

 二人の心境の変化も今ひとつ腑に落ちない。三島は最初からひそかに惹かれていたようなのでいいとしても、分からないのは由美子だ。三島が酔っ払って「あなたはぼくが苦しむのを喜んでいる」などと責めた時から態度が変わるが(わざわざライターを届けに行き、笑顔を見せるようになる)、やっぱりもともと無意識に惹かれていたということだろうか。そういう気配は全然なかったようだが。あるいは看病して手を握った時からだろうか。どうも変心が唐突である。私が鈍感なだけだろうか。

 加山雄三の演技も『乱れる』に比べると生彩を欠く。やはりまっすぐで裏表のない、気持ちのいいぐらい実直なキャラクターなのだが、そのせいで前半の苦悩する演技が一本調子だ。『乱れる』ではうまく活かされていた加山雄三の大らかな持ち味が、ここでは裏目に出ている。それから後半、二人の気持ちが明らかになってからはそれまで深刻だった加山雄三が妙にはしゃぎ出し、由美子を見てかわいいだの色気があるだの言い出すのはちょっと観ていて恥ずかしいぞ。

 最後の決着も偶然が大きく作用している。ふたりはついに一線を越える決意をして旅館に行くが、そこでたまたま交通事故を目撃する。たんかで運ばれる夫に妻がすがりつく。それを見た二人は、自分たちがこれ以上先へはいけないことを悟る。二人の結ばれない運命を強く印象づける演出であることは分かるが、あそこで交通事故が起きてしまうのはあまりに出来すぎである。しかも、その直前にはカップルの心中事件も起きているのだ(この心中事件は由美子が三島のもとへ行く決心を促すことになる)。ちょっとこれはやりすぎではないだろうか。

 司葉子の清潔な色香はなかなか良い。特に野草摘みをしている時三島に告白され、拒もうとしつつ抱き寄せられてしまうあたりの演技はやばい。最後の旅館のシーンで自らキスをする時の表情にはやられそうになる。いかんいかん。

 由美子の姉である旅館のおかみを演じる森光子と、その不倫の情夫を演じる加東大介のカップルもいい味を出している。なんだか見ていてやりきれなくなるような妙なリアリズムがある。森光子はさすがに若く、よく見ると小動物めいたかわいげのある顔なのだが、余興でドジョウすくいを踊ったりする姿にはやはり得体の知れないものがある。

 十和田湖の景色は美しい(特にラストシーン)し、武満徹の情感たっぷりの音楽も格調高くてこの映画に良く似合っている。メロドラマとしては良質だし、ひょっとしたら傑作であるかも知れない。けれども『浮雲』や『流れる』のような作品と比べると、成瀬監督の美質が充分に発揮されているとはいいがたいと思う。
ジャンル:
映画(DVD)
キーワード
成瀬巳喜男
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