アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

緑の家

2008-11-11 21:25:48 | 
『緑の家』 バルガス・リョサ   ☆☆☆☆

 バルガス・リョサ1966年発表の作品。昔読んだ時は話がさっぱり分からなかったので再読してみたが、今度もあまり良く分からなかった。別に難解というわけじゃないが、複数の登場人物達の別々の物語がこまぎれにされ、時系列バラバラにシャッフルされているのである。『21グラム』と似たような手法だが、これに比べれば『21グラム』なんて分かりやすいったらありゃしない。治安警備隊が密林に入っていく場面で「ははあ、あそこからここにつながるんだな」と思ったら似たような状況の異なるエピソードだったり、別々のエピソードに出てくる呼び名が違う登場人物が実は同一人物であるとかなり後になって分かったりする。頭の中がグチャグチャになってくる。

 しかしまあこれは作者が意図的にそうしているわけで、つまり頭の中がグチャグチャになっても気にせずどんどん読むというのが正しい態度なのだろう。ジグソーパズルをやるみたいにいちいち辻褄合わせをしながら読書をするのも興ざめだ。あとがきによればリョサは最初二つの小説を平行して書いていたが、登場人物が交錯してどっちがどっちだったか自分でも分からなくなり、いっそ一つにするかということでこんな小説になったらしい。作者からして混乱しているのだから、読者が混乱するのは当たり前である。つまり何が言いたいかというと、これは決して私の頭が悪いからではないのである。

 それからリョサの小説はいつもそうだが、同じパラグラフの中で二つの異なる場面の会話がすばやく交錯するという手法が、全篇にわたって用いられている。そのせいで話が余計分かりにくくなっているかというとさにあらず、これは実に分かりやすい。むしろ改行だけで自由自在に場面がスイッチしていくスピード感がとても気持ちいい。

 物語はピウラとその周辺の町や密林が舞台になっていて、娼館である「緑の家」、その創始者でありハープの名手であるドン・アンセルモ、娼婦達、無軌道な若者達、尼僧院、密林で暗躍する密輸業者達、そして治安警備隊、などが入り乱れた数多くのエピソードから構成されている。こまぎれになったエピソードがシャッフルされているので全体像は掴みにくいが、そのせいでミステリアスな夢幻性が漂っている。また物語を彩るイメージ、たとえば砂が降りしきる町や神話的な娼館、無法者達が跳梁する密林、老いたシスター達が住む尼僧院などが、独特のメランコリックな、濃密なムードを醸しだしている。
 
 物語は神話性を感じさせるものの基本的にはリアリズムで、ガルシア・マルケスのように幻想的な、真に現実離れしたエピソードはない。またマルケスとの大きな違いは、各々のエピソードが映画のように場面の積み重ねと会話によって進んでいくということだ。また「これからどうなる?」と思わせるいいところで場面が変わったりして、娯楽小説的な手法を感じさせるが、これはリョサのストーリーテラーとしての資質だろう。しかしそういう小説であるがゆえに、このエピソードの分断とシャッフルが招く分かりづらさが気になってしまう。マルケスの『百年の孤独』やドノソの『夜のみだらな鳥』では、いくら時空がぐちゃぐちゃになって混乱させられても感じなかったフラストレーションを、この『緑の家』には感じてしまうのである。この手法によって混沌とした夢幻性を獲得しているのは分かるが、その反面、散文詩的というよりストーリーテラー的なリョサの資質と相容れない部分があって、小説の力を弱めているような気がするのは私だけだろうか。

 というようなわけで、個人的にはリョサはどっしりした構成と達者なストーリーテリングで壮大な物語を構築する、たとえば『世界終末戦争』のような小説の方が好みだ。ただしこの独特のたそがれた世界が魅力的であることは否定しない。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ノーベル文学賞 (淳水堂)
2010-10-08 22:19:22
こんにちは。リョサの受賞を勝手に記念して今朝から「緑の家」再読中です。

リョサって写真で見るとスーツも髪型もきっちり決めてインテリ風のなかなかいい男なんだけど、かなり熱い人ですよね。
緑の家で賞を取った時のコメントが「文学は燃えさかる炎」、結婚相手が最初は叔母で二度目は従姉妹、政治的理由でマルケスとは大喧嘩(殴ったとか頭突きしたとか、お互いパイプ椅子で殴りあったとかいろんな説があるがどれが本当だ)。

これを機会にラテンアメリカ文学が復刊されるといいですよね。
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ノーベル文学賞 (ego_dance)
2010-10-11 03:17:31
獲りましたねー、リョサが。
個人的に好きな作家なので嬉しいです。

>政治的理由でマルケスとは大喧嘩
ホントですか? それは全然知りませんでした。

>これを機会にラテンアメリカ文学が復刊されるといいですよね。

まったくです。集英社のラテンアメリカ文学シリーズなんて軒並み絶版ですからね。なんとかして欲しいです。それからもちろんリョサの未訳小説、『アンデスのリトゥーマ』とか『ヤギの祝宴』とか、あのあたりを全部訳して欲しいですね。
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