アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

第三の時効

2006-05-11 19:33:29 | 
『第三の時効』 横山秀夫   ☆☆☆☆☆

 『半落ち』の作者の文庫が出ているのを紀伊国屋書店で見かけて買ってきた。『半落ち』も面白かったし、肩の凝らないミステリを読みたくなったからだったが、これがびっくりするほど面白かった。個人的には『半落ち』より良かった。

 短篇集だが、F県警強行犯捜査係が手がけた事件の記録集になっている。多数の刑事が登場するが顔ぶれは大体同じである。しかしユニークなのは、ひとつの刑事集団が事件を解決していくという『太陽にほえろ』方式ではなく、一班、二班、三班とチームが三つあり、事件によって担当する班、つまり主役となるチームが違うことだ。この中では一応一班が花形なのだが、二班、三班の優秀さも負けていない。そしてお互いにメチャメチャ仲が悪い。それぞれの班長もロジカルでクールな朽木、搦め手・謀略型の楠見、天才的ひらめきを持つ村瀬と個性的である。

 この三人が三人とも凄い。最初の『沈黙のアリバイ』で朽木の読みの深さに唸り、『第三の時効』で楠見の冷血さとシャープさに慄然とし、『密室の抜け穴』で村瀬の深慮遠謀に茫然となる。しかしこれらの刑事達が(優秀ではあるが)ヒーローでもいい人でもないところがまた面白い。二班の班長楠見なんてメチャメチャ嫌な奴である。

 という具合にそれぞれの班が主役になる話もあるがそれだけでなく、『囚人のジレンマ』では三つの班をまとめる田畑課長が主役で、三つの班が手がける三つの事件が平行して語られる。最後の『モノクロームの反転』では一班と三班が同じ事件を捜査するのだが、協力するどころかお互いに敵愾心むき出しで、捜査会議では手の内を明かさないために発言もしない。「1足す1は2どころか1以下だ」と刑事部長は嘆く。という風に、物語のフォーマットや主人公が短篇によって全然違うのも印象的だった。『半落ち』も長編であるが、章によってメインとなる人物がどんどん移り変わっていくのがユニークだったが、こういう手法を得意とする作家さんなのだろうか。

 それにそれぞれの物語の展開も非常に凝っている。全然先が読めない。謎やドンデン返しがあり、濃厚な人間ドラマがあり、警察組織内部の葛藤もあり、それらが渾然一体となって物語が進んでいくので、作者がどこに読者を連れて行こうとしているのか最後まで分からないのである。あとがきで池上冬樹が書いている通り、非常に小説作りが巧い人である。このプロットの巧妙さはハンパじゃない。

 『半落ち』も短篇をつなぎ合わせて長編にしたような小説だったが、この人は短篇の方が得意なのかも知れない。しかし一篇一篇のずっしりした読後感はとても短篇とは思えないほどだ。当然ながら他の短篇集も読んでみることにする。


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