アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

輪違屋糸里

2012-05-25 21:41:09 | 
『輪違屋糸里(上・下)』 浅田次郎   ☆☆☆

 『壬生義士伝』が良かったので、それに続く浅田次郎の新撰組ものという本書を読んでみた。私は新撰組には詳しくないので「あとがき」を読むまで知らなかったが、芹沢鴨が暗殺された現場にお梅、糸里、吉栄という三人の女がいて、糸里、吉栄は助かったというのは史実らしい。で、三人の女はなぜそこにいたのか、そして口封じをしたかったに違いない暗殺者たちはなぜ女二人をみすみす逃がしたのか、という謎にチャレンジしたのが本書、ということらしい。

 が、そんなこととは知らない私が虚心に読んで思ったのは、どうも物語がチグハグというか、全体にいびつだということだった。色んな登場人物が視点で色々なことが語られるが、バラバラであり、まとまっていかない。おそらくこれは、史実と帳尻を合わせなければいけないという制約によるものなんじゃないだろうか。

 たとえば、殺される側の芹沢、平山は外から見てどうかは描きこまれているわりに、内面が見えない。本書の実質的な主人公は芹沢鴨と言っても過言ではないのに、芹沢が終盤、何を思っていたかは全然見えてこない。それからタイトルにもなっていて最重要人物であるはずの糸里の描写が少ない。だからキャラに厚みがない。と思っていると終盤になって突然存在感が増す。一方、殺す側の近藤や土方の描写は多いが、行動に矛盾にあるように思える。なんでこうなっちゃうの? と首をかしげたくなる部分があるのだ。あれこれ詰め込みすぎて焦点がぼけてしまった。

 前半は特にそうで、冒頭の芹沢が太夫を斬殺するエピソードこそ強烈でぐっと引きつけられるが、その後は新撰組の位置づけとか島原の人々のしがらみとか、瑣末なエピソードが続く。新撰組マニアなら興味深く読めるのだろうが、そうでない私みたいな読者には正直どうでもいい。

 それに結局、女たちが暗殺現場にいた事情や逃亡できた理由も、大したものではない。まあ、そういうあっと驚く意外性がある話では最初からなく、人々の思いが交錯する人間ドラマを狙ったのだろうが、盛り上がるべき芹沢暗殺のクライマックスも盛り上がらない。悲劇でも思いでも何でもいいが、何かが成就したという感じがないのである。これって結局、みんなで後味の悪いことをやっちゃいましたね、という話なんじゃないか?

 本書は女たちの目から見た男たちを描く、という趣向になっていて、そういう意味では男たちのしょうもなさはよく描けている。ここで描かれている新撰組は全然かっこ良くなく、むしろろくでもない奴らである。魅力的なキャラがいない中、江戸っ子お姉さんのお梅はなかなか良かったと思う。

 浅田次郎の文章は相変わらずうまい。見事なテクニックで、これは一種の職人技だ。しかしこの人はあざと過ぎ、情に訴え過ぎる。この話で、なぜ最後がおなかの中の赤ん坊への語りかけで終わるのか。いかにもあざとい。無理やり泣かせる話にしようとしているが、これは決して泣かせる話ではない。むしろおぞましく、理不尽な、愚かしい事件の記録である。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿