アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ナイルに死す

2013-12-11 21:45:55 | 
『ナイルに死す』 アガサ・クリスティー   ☆☆☆☆

 再読。華麗で派手な、おそらくクリスティー最高傑作の一つ。ただし『アクロイド殺し』や『オリエント急行』のようにトリックやサプライズ・エンディングが突出した作品ではなく、ロマンス要素、エキゾチックで豪華な舞台背景、巧みなミスディレクション、緻密なトリック、そしてストーリーテリングと、総合的なバランスに優れたミステリだ。クリスティー本人も自信作だったようで、前書きで「…(本書は)筋も非常に念入りに作りました。…自分では、この作品は”外国旅行物”の中で最もいい作品の一つと考えています。…読者はこの作品で、ひとときを、犯罪の世界に逃れるばかりでなく、南国の陽射しとナイルの青い水の国に逃れてもいただけるわけです」と書いている。

 ご存知のように『ナイル殺人事件』として映画化もされていて、確かにクリスティー作品の中でも特に映画向きの作品だろう。エキゾチックで風光明媚なエジプトが舞台であることに加え、非常にドラマティックで悲劇的なロマンス要素が盛り込んである。大金持ちで美人で聡明というどこまでも恵まれた女性リディアが、貧乏な親友ジャッキーの婚約者を奪ってしまう。新婚の二人はナイルへ旅行に出かけるが、行く先々に復讐心で凝り固まったジャッキーが出現する。そしてついにある晩…というストーリーだ。

 もちろん『オリエント急行』と同じように、さまざまな個性豊かな人間たちが同じ船に乗り合わせて、複雑な人間模様を繰り広げる。大金持ち、女流作家、共産主義のアナーキスト、皮肉な青年、世間知らずの女性、高慢な老婦人、そしてもちろん、世界的な名探偵エルキュール・ポアロ。ついでにレイス大佐が追いかけている正体不明のお尋ね者も乗っているという凝りようだ。まったく華やかである。ちなみにレイス大佐は『ひらいたトランプ』に登場した人物で、諜報関係の仕事をしている。今回のポアロの相棒を務めるのはこのレイス大佐である。

 という具合に、実に華やかでゴージャスなムード溢れる本書だが、クリスティーの筆致はいつものように平明ながらエレガントで、この殺人譚を夢見るような美しさとともに描き出している。『葬儀を終えて』みたいにイギリスの片田舎を舞台にした渋いミステリも書けば、本書のようなゴージャスなロマンティック・ミステリも書ける、これがクリスティーの凄さである。実際、映画版はむかーし観た記憶があるぐらいであまりよく覚えていないが、明らかに原作の方が面白いだけでなく、視覚効果を駆使できる映画よりも、活字だけの原作小説の方がゴージャス感とエレガンスでも勝っているのだ。これはすごいことだ。

 華やかな雰囲気だけでなく、クリスティーが自分でわざわざ「筋を念入りに作った」と言っているように、ポアロの謎解きも緻密で、かなりスリリングだ。ポアロのロジックは行ったり来たりしているように見せかけて読者を翻弄し、最後に突然ある人物に焦点を合わせ、一気に詰みまで持っていってしまう。最近のミステリずれしている読者には早くから犯人が分かってしまうかも知れないが、他のさまざまな要素が互いに引き立てあっていて、今回の私のように再読しても充分愉しめるミステリだと思う。



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