『アマリアの別荘』 パスカル・キニャール ☆☆☆☆☆
キニャールの新作の日本語訳が出た。エッセーではなく、久々の小説である。タイトルは『アマリアの別荘』。なんという甘美なタイトル。舞い踊り、すかさず取り寄せ、すぐ読んではもったいないので一日二日装丁を惚れ惚れと眺め、じっくりとページを惜しむようにめくりつつ恍惚のうちに読了した。なんという幸福だろうか。世の中には小説を読む習慣がない人がいるようだが、この幸福を知らずに死ぬとはあまりに淋しい人生である。そんなことをつくづくと思わされる至福の書物、『アマリアの別荘』。こんな風に思わせてくれる作家は私にとってタブッキ、マルケスなどごく少数しかいないが、キニャールも間違いなくその一人だ。そんな作家の新作を胸躍らせて読める、これほど嬉しいことはない。
夫の不倫を発見した音楽家アン・イダンがこれまでの人生に見切りをつけ、夫と別れ、新しい生活を見出そうとする物語である。前半はかなりきちんと筋を追っていく。小説っぽい。へえ、キニャールにしては珍しいな、と思いながら読み進めると、後半になってだんだんとキニャールらしい、唐突で断片的な場面に分断されていく。
とりあえず印象的なのは、主人公のアン・イダンが夫の裏切りを知り、夫のもとから完全に逃げ出そう、自分を消してしまおうとするその周到さ、容赦のなさである。普通の恋愛小説なら、まだ残されている愛情との板ばさみになって迷ったり苦しんだり、また夫の方の心理も描かれてウダウダするのだろうが、キニャールはもはやそんなことには関心がない。キニャールが描くのはひとつの精神の解放、その根源的な幸福である。そこには夫婦としてのモラルや責任など介入してくる余地がない。キニャールは小説に倫理を持ち込まない。その態度が残酷なまでに爽快である。
アン・イダンはイタリアの海岸で一軒の家に惚れこみ、借りる。これがアマリアの別荘である。生活を変えていく中でアンはさまざまな人々と出会い、あるいは再会し、それらの人々と愛の関係を築く。それらはまるで原始人の営みのように本能的で強烈だが、同時に蜃気楼のようにはかない。小説の中盤は幸福感に溢れている。しかしやがて、その幸福は壊れていく。死や別離や、悲しみがふるう暴力によって。
例によって、エピソード間の因果関係を極力排しているかのようなストーリー展開だ。それぞれの場面や章は独立している。余計な説明はない。ちまちました伏線だの伏線の回収だのもない。事件は突然起き、たちまち過ぎ去っていく。そういうところは名作『ローマのテラス』に大変良く似ている。
全篇にわたって太陽と、音楽と、詩情が満ち溢れている。後半はアン・イダンの音楽活動や作品のことも描かれる。そしてそれらを明晰に、くっきりと描き出していく簡潔な文体が素晴らしい。キニャールの文章が喚起するイメージは何もかもが鮮烈だ。ストーリーを構成するエピソードに紋切り型は皆無だが、私が特に印象的だったのは、アン・イダンの父親のエピソード(この父親がまた唖然とするほど利己的で堂々としていて素晴らしい)、アンが別れた夫のグチを聞く場面、アンがアマリアの別荘で幸福感に浸る場面、などである。
本書は読者の感情移入を前提に書かれた恋愛小説や成長小説の類ではないので、女性の読者がどれほどアン・イダンに共感できるか私には分からないし、夫との離婚を考えて悩む女性を勇気づけたり諭したりするなんてことは間違ってもないだろう。これはそういう作品ではない。截然たる一個の彫刻、オブジェの如き作品であって、つまりはマチスやピカソの絵画を眺める時と同じ態度で読むべき小説なのであります。
キニャールの新作の日本語訳が出た。エッセーではなく、久々の小説である。タイトルは『アマリアの別荘』。なんという甘美なタイトル。舞い踊り、すかさず取り寄せ、すぐ読んではもったいないので一日二日装丁を惚れ惚れと眺め、じっくりとページを惜しむようにめくりつつ恍惚のうちに読了した。なんという幸福だろうか。世の中には小説を読む習慣がない人がいるようだが、この幸福を知らずに死ぬとはあまりに淋しい人生である。そんなことをつくづくと思わされる至福の書物、『アマリアの別荘』。こんな風に思わせてくれる作家は私にとってタブッキ、マルケスなどごく少数しかいないが、キニャールも間違いなくその一人だ。そんな作家の新作を胸躍らせて読める、これほど嬉しいことはない。
夫の不倫を発見した音楽家アン・イダンがこれまでの人生に見切りをつけ、夫と別れ、新しい生活を見出そうとする物語である。前半はかなりきちんと筋を追っていく。小説っぽい。へえ、キニャールにしては珍しいな、と思いながら読み進めると、後半になってだんだんとキニャールらしい、唐突で断片的な場面に分断されていく。
とりあえず印象的なのは、主人公のアン・イダンが夫の裏切りを知り、夫のもとから完全に逃げ出そう、自分を消してしまおうとするその周到さ、容赦のなさである。普通の恋愛小説なら、まだ残されている愛情との板ばさみになって迷ったり苦しんだり、また夫の方の心理も描かれてウダウダするのだろうが、キニャールはもはやそんなことには関心がない。キニャールが描くのはひとつの精神の解放、その根源的な幸福である。そこには夫婦としてのモラルや責任など介入してくる余地がない。キニャールは小説に倫理を持ち込まない。その態度が残酷なまでに爽快である。
アン・イダンはイタリアの海岸で一軒の家に惚れこみ、借りる。これがアマリアの別荘である。生活を変えていく中でアンはさまざまな人々と出会い、あるいは再会し、それらの人々と愛の関係を築く。それらはまるで原始人の営みのように本能的で強烈だが、同時に蜃気楼のようにはかない。小説の中盤は幸福感に溢れている。しかしやがて、その幸福は壊れていく。死や別離や、悲しみがふるう暴力によって。
例によって、エピソード間の因果関係を極力排しているかのようなストーリー展開だ。それぞれの場面や章は独立している。余計な説明はない。ちまちました伏線だの伏線の回収だのもない。事件は突然起き、たちまち過ぎ去っていく。そういうところは名作『ローマのテラス』に大変良く似ている。
全篇にわたって太陽と、音楽と、詩情が満ち溢れている。後半はアン・イダンの音楽活動や作品のことも描かれる。そしてそれらを明晰に、くっきりと描き出していく簡潔な文体が素晴らしい。キニャールの文章が喚起するイメージは何もかもが鮮烈だ。ストーリーを構成するエピソードに紋切り型は皆無だが、私が特に印象的だったのは、アン・イダンの父親のエピソード(この父親がまた唖然とするほど利己的で堂々としていて素晴らしい)、アンが別れた夫のグチを聞く場面、アンがアマリアの別荘で幸福感に浸る場面、などである。
本書は読者の感情移入を前提に書かれた恋愛小説や成長小説の類ではないので、女性の読者がどれほどアン・イダンに共感できるか私には分からないし、夫との離婚を考えて悩む女性を勇気づけたり諭したりするなんてことは間違ってもないだろう。これはそういう作品ではない。截然たる一個の彫刻、オブジェの如き作品であって、つまりはマチスやピカソの絵画を眺める時と同じ態度で読むべき小説なのであります。
しかし、amazon には流通しない水声社からの出版ですのでご注意を(泣)。ego_danceさんのレビューも見てみたいのですが、外国で暮らしていらっしゃるようで難しそうですね。このブログでキニャールを知った私としては、個人的に頑張って入手してほしいと願っています。
何はともあれ、こうしてキニャールの邦訳が次々と出版される、夢のような出来事を楽しみつつ日々読書生活を過ごしています。
私が調べたところ、海外発送を行っているネット通販が色々あるようです。新刊で入手できて、信用できそうなところはhonto(旧bk1)という通販サービスが便利みたいです。
本の値段と送料で利用でき、輸送サービスも色々と選べるようです。水声社の本も絶版になっていない限り取り扱っています。クレジットカードのみの支払いである事、届くまで時間がかかる事が難点のようです。
仮に利用されるようでしたら、海外発送のヘルプページを参照の上で利用なさってください。
また、キニャールの新刊のみならず、海外文学全般の近刊・新刊情報が掲載されている、信頼でき便利なサイトがあるので紹介します。
藤原編集室という海外文学の企画・編集を手掛けていらっしゃる方のサイト「本棚の中の骸骨」にある、「注目の近刊・新刊」というページです(http://www.green.dti.ne.jp/ed-fuji/topics.html)。
日々更新されていて、範囲も広いので海外文学読みには必読かと。私もこのサイトの更新情報を参照していて、お世話になっています。
以上、蛇足でありご存じな情報だったかもしれませんが、補足しておきます。このブログの読者の一人として、ego_danceさんが良い読書生活を送られる事を願っています。
幾つか、情報を追加いたしますと、
1)海外発送手数料は無し(Amazonはたしかあったような、、、)
2)消費税(8%)がかからない(これは結構大きいです)
3)もしMitsuwa JCBカード(ローカルな話で済みません)をお持ちならば、それで決済すると為替手数料もかかりません。
4)SAL便ならば、送料はグラム=円くらいのイメージです(ページ数によりますが、文庫=250g、ハードカバー=500g~700g位を目安にどうぞ)
5)海外在住の方の、日本からの本の取り寄せというネット情報をみると、たまに関税に引っかかるという話が出てきます。私も当初不安だったのですが、よほどの金額・重量にならなければ、大丈夫そうです。私は一回で平均8冊位をいつも取り寄せていますが、これまで数十回取り寄せして関税に引っかかったことは一度もありません。
6)SAL便ですと注文から届くまで2週間くらいかかると言われていますが、実際はもう少しみた方がよいですね。3週間から遅くとも4週間くらいです。
こんなところでしょうか。hontoは定期的にポイント3倍や5%オフなどのキャンペーンをやっていますので、上手くやればポイント&消費税節約分で送料の半分くらいはカバーできます。
かつては私も日本出張の際に新刊(+古本)を買い込んで、重たい旅行カバンにいつも大変苦労しました。hontoを利用してからは出張もかなり楽になりましたが、「日本に帰国したいという理由をまたひとつ失ってしまった」という、嬉しいというか悲しいというか複雑な心境です。