アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

王朝

2016-10-13 01:44:51 | 
『王朝』 海音寺潮五郎   ☆☆☆☆☆

 今日から久しぶりの長い休暇で、日本に帰国することになっている。実家がある九州と東京に行く予定だが、色々と忙しくなりそうなのでこのブログ更新が普段より間延びするかも知れません。あらかじめご了承下さい。

 さて、以前古本で入手していた海音寺潮五郎の王朝もの短篇集を再読した。何度読んでも味があるとても良い作品集なのだが、絶版になっている。著者のあとがきを読むと、戦後の言論統制で近代ものや侍ものが書けなかったので、やむなくうんと遠い時代の王朝ものを書いたそうな。しかしそんな「やむなく」でこれほどのものが書けるとは、やっぱ本職の作家ってすごい。

 王朝ものということで、時代は大体平安朝の頃である。私は昔からこういう「王朝もの」が大好きで、おそらく子供の頃芥川龍之介の一連の王朝もの、たとえば「羅生門」「地獄変」などの雅びかつ神話的な雰囲気に陶然となった記憶からだと思うが、そんな私は当然ながら国書刊行会のアンソロジー『書物の王国 王朝』を所有している。ちなみにこの本の帯には「典雅陰惨な王朝絵巻の世界に迫る」とあるが、典雅陰惨な王朝絵巻の世界とはまさに言い得て妙、典雅と陰惨の混交こそ王朝ものの神髄であり魅惑であることは誰も否定できまい。そういう意味では澁澤龍彦『ねむり姫』なども同系統で、この本の帯に書かれている「時間と空間を自在にたわめる漆黒の闇を舞台に、姫と童子が綾なす、妖しくも瓢乎とした夢幻の譚」という惹句も完璧にツボに入ってくる。こんな物語が他にあればぜひ読みたい。読み尽くしたい。

 話が脇道にそれたが、要するにその『書物の王国 王朝』に海音寺潮五郎の「蘆刈」が収録されていて、これに感銘を受けて私は「蘆刈」が収録されている本書を古本で入手したのだった。「蘆刈」は残忍な盗賊を捕まえた役人が、この盗賊が昔の知り合いであることを知り、家に招いて身の上話を聞くという一見人情噺風の短篇だが、それまで反省し恥じ入っていたかに思えた盗賊の残忍性が結末で蘇り、人間とその変貌の不可解性、怖ろしさにふっと戦慄させられる絶妙の一篇である。が、本書収録の作品はこのようなひんやりした短篇ばかりではなく実にバラエティに富んでおり、作品世界の雰囲気もさまざまである。残酷な運命譚や荒々しい武人譚もあれば、ロマンティックな恋愛悲劇、怪異譚、さらにはコミカルなものまで多岐にわたっている。

 名品「蘆刈」を別にすれば、ラストの二篇が特に優れているように思う。「春宮怨」は使用人と駆け落ちしてしばらく田舎で素朴な暮らしを味わった後、お家の都合で無理やり都に連れ戻される姫の物語。もちろん姫と駆け落ちした使用人及びその一族郎党は皆殺しにされる。連れ戻された姫はお家の為に、宮廷における政略の道具として美しくも空虚に生きるしかすべがない。姫の脳裏をよぎるのは、あの素朴な歓びに満ちた暮らしの光景、そして本当の家族と思えた人たちの顔…。ラスト、津波のように押し寄せる切なさの情緒は圧巻という他はない。それからラストの「曠野の恋」は名誉のため馬泥棒を追って異国に旅し、そこで商人の娘と出会って恋に落ちる武人の物語である。これもまた、一筋縄ではいかない物語の深みと、万感胸に迫るラストが忘れがたい傑作である。

 とはいえ、他の収録作にも駄作は一篇もない。こじんまりした作品であっても手堅い職人技のクオリティが光っている。二人の男が騙される他愛ない話「しずのおだまき」はちょっとした教訓譚を装ったようなふざけた話で、ユーモラスで楽しい。楽しいといえば好色な法皇、花山院を主人公にした数篇はとぼけた中に虚しさやエロティシズムやアイロニーが渾然となり、素晴らしく面白かった。権謀術数渦巻く宮廷で、ひたすら色好みの本能のままに好き勝手にふるまう花山院が笑える。まるで不道徳で奔放な神々の行状を描いたギリシャ神話にも似た味わいがある。

 かと思うと、妖術を学ぼうとする男の話「妖術」は珍しく幻想的でシュールな内容である。美女に手を出そうとする男のムスコが次々と消えてしまうあたりはユーモラスでもある。本書は全体に妖術などが出てくる幻想譚は少なく、比較的リアリスティックな(といっても王朝ものの範疇内でのリアルだが)人間ドラマが主体になっている。武人譚もあるが、やはり男女の恋愛関係が主要なテーマである。冒頭の一篇、「まぼろしの琴」は男女の愛の悲劇的結末を描き、かつその切なさを琴の音に集約してみせるラストが美しくも哀しいが、これが典型的な一篇である。

 恋愛物語といっても平安朝の雰囲気や風習は現代とは大きく違っていて、そこが王朝もの独特の面白さを醸し出すことになる。男女がお互いを見初めるとまず歌を文にして交し合うという風習も典雅だが、その後、男が女の寝所へ忍んでいくというストレートな段取りが面白い。この頃はまだ結婚制度がきちんと確立されていないので、そうやって何度も忍んでいくうちになんとなく夫婦として公認されるという。典雅なような淫らなような、不思議なエロス漂う平安朝のムードである。本書の中にも、他人の家に一夜の宿を求めてふと美女を見かけ、夜その部屋に忍んで行って犯してしまうという話がいくつも出てくる。その家の妻女だったとしてもお構いなしだ。泊めてやった方はいい迷惑だが、まあおおらかというか、好色な人々が本能のままに振舞っていた世界なのだろう。

 全部で十四篇もあるので、ここで触れたのはほんの一部だけ、まだまだたっぷりと楽しめる。王朝ものファン必携の一冊と言っておこう。

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