アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

亜愛一郎の狼狽

2012-10-04 20:51:13 | 
『亜愛一郎の狼狽』 泡坂妻夫   ☆☆☆☆

 マジシャンでもある泡坂妻夫のミステリ短編集。亜愛一郎という探偵が出てくるが、本書冒頭の一篇が泡坂妻夫のデビュー作らしい。

 亜愛一郎は「ああい・いちろう」かと思っていたら「あ・あいいちろう」だった。こんな名前あり得ないと思うが、あいうえお順で名探偵名鑑を作った時まっさきに掲載されるようにと付けられたらしい。この亜愛一郎、カメラマンでお洒落、ギリシャ彫刻を思わせる美男なのに運動神経が鈍くて挙動不審、喋ると間が抜けていてイメージが崩れる、というキャラになっている。だから本書はユーモア・ミステリである。しかしながら、もちろん亜愛一郎決して間抜けではなく、実際は常人離れした思考で難事件を解決する王道の名探偵なのだった。

 タイプとしてはブラウン神父である。シャーロック・ホームズやエラリー・クイーンのように物的証拠に着目して精緻な論理を組み立てるわけではないが、大方のありがちな「名探偵」のように直感だけで真相を言い当ててしまうわけでもない。真相を見破る裏に彼なりのロジックがあるのだが、そのロジックが一種、超絶なのである。ブラウン神父の推理方法をご存知の方なら大体お分かりいただけることと思う。事件の謎が不可能興味に溢れたトリッキーなものであるところ、少々ファルス風味があるところもチェスタトン的だ。

 たとえば冒頭の「DL2号機事件」では、亜愛一郎が事件が起きると同時に犯人を指摘するのだが、それは犯人の性癖と思考法を、それまでの(犯罪と関係のない)ディテールの中から演繹的に読み取ったからである。また「曲がった部屋」では、傾いた部屋の中に余計に傾くように左右の足の高さを変えてあるステレオが見つかる。何でこんなことを、と思うが、亜愛一郎はこのことからある犯罪計画を見抜くのである。その推理は確かに筋が通っている。それから「掌上の黄金仮面」では、巨大な観音像の掌にいる黄金仮面をつけた男が狙撃される。しかしその向かいの窓にいて銃を持っていた男は、絶対に狙撃できないはずだった。これも不思議なシチュエーションだが、亜愛一郎はきわめて合理的な推理で解決する。思いつきだけの強引のトリックではなく、ちゃんと人間心理の盲点をついたミスディレクションが施されている。これはやはりマジシャンとしての素養のなせる業だろう。

 どの短編も不可能興味と合理的な解決、そして解決に至るロジックの三拍子が揃っている。鮮やかだ。最後の「黒い霧」はひときわドタバタ・コメディ的な一篇で、誰かが町中にカーボンを撒き散らしたという突拍子もない謎が提出される。さて、何のために? 事件が起きたことが発見されないうちから殺人の真相を言い当ててしまう亜の推理が素晴らしい。アクロバティックかつマジカルな、きわめて高品質なミステリ短編集である。

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