to-boketaG の春夏秋冬

思いつくまま・・の記
土曜日に更新と決めています。
囚われの身  自宅近くの用水脇にて 29.9.12

337-290708女城主直虎と当地の意外な関係・・

2017年07月08日 | 小説・映画・など

 山の緑に包み込まれる碓氷峠アプト式軌道跡。

 

先週の東京都議選で自民党候補が軒並み落選して議席数が半分

以下となった。ある程度は予想されたがここまで落ち込むとは

なかった。各紙の論調にあるように小池都知事支持というよ

意識の高い都民の安倍政権への不満が噴出したというのが

因か。1年前のイギリスの国民投票から始まってトランプ勝

利、フランスの若き大統領の誕生、イギリス保守党の敗北など

など要国で民意の大きなうねりが続く。変化を求める

声が投票を通じて反映する仕組が機能していることに安する。

某国とはさすがに違う。

 

さて、今週は当地と徳川譜代の大名井伊家との関係について。

日曜日の大河ドラマはあまり見ない。しかし今年は直虎という

戦国時代の井伊家を支えた女性が主人公くらいは承知している。

詳細な系図は知らないが、この女性の従弟あたりに当たるのが

直政か。関ケ原の戦いの後に、直政が当市郊外箕郷にある長野

業政の居城だった箕輪城に移ってきた。

箕輪城は建物こそ残っていないが典型的な山城としての掘割や

ら馬出し曲跡が見事に残っている。時代は戦い中心から経済

中心に移行していく。山城では何かと不便、直政は山から降り

関東平野北端に位置する当市を城下町として整備した。当市に

とっては恩人。治世わずかで戦場でのが悪化して世を去る。

直政の妾腹の子が直孝。少年期を安中市郊外下後閑の北野寺で

過ごす。長じて幕府に出仕し、戦いと縁を切った徳川幕閣の一

翼を担う。二代将軍秀忠か三代家光の頃。そしてこの系統が幕

末の幕府大老直弼に繋がっていく。

直政と箕輪城は知っていたが、その後の井伊家との関係はあま

り知なかった。両市はこれほどに井伊家と関係があるのに、

滋賀県彦根市と姉妹都市関係等のお付き合いがあるとは聞かな

い。何故?

町内の長寿会主催の「井伊家と安中」探訪の催しに初めて出席

してその後の井伊家について知ることができた。安中市のいく

つかの寺が保管している井伊家に関する古文書が沢山陳列され

ていた。軽井沢に繋がる旧街道沿いの入山という集落に代々受

がれた有名な井伊の赤備えと言われる甲冑が眼を引く。

皆さんご高齢なのに識欲が強いのに驚く。私も負けられませ

ん。

 

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