日曜礼拝(受難節第四) 2014.3.30
「神は私のために悲しまれた」 マルコ14:32~33
Ⅰ導入部
おはようございます。3月第5日曜日になりました。2013年度の最後の礼拝です。私たちは、2013年度の1年間を、礼拝で始め、礼拝で終わろうとしています。この1年間の礼拝を通して、私たちは神様によって守られ、支えられ、励まされてきたのだと思います。私は、青葉台教会に遣わされて、今日をもって13年間を終えます。そして、来週から14年目の歩みをさせていただくことになります。
皆さんの暖かいお祈りとお励まし、支えを心から感謝致します。
昨日、この場所で三浦綾子文学読書会の特別集会が行われ、水野源三さんの映像、そこに出演しておられた清水瑞希姉の証、中村啓子姉の朗読、飯塚兄の賛美、市原典子姉が伴奏をして下さいました。そして、三浦綾子読書会の運営委員の土屋兄のお話と盛り沢山の内容でした。
特に水野賢三さんの映像は、瞬きの詩人と言われ、アイウエオと瞬きで言葉を作るその作業を実際見させていただき、一つの言葉を生み出すためのご苦労と言いますか、大変さを思いながら、その言葉の重みを感じました。
水野源三さんは、9歳の時、になり、高熱のため、見ることと、聞くことと、そいsて、自分で動かせるのは瞬きだけという状態になられました。言葉が発することが出来た時には、死ぬという言葉ばかりを言っていたということです。自分の人生は絶望しかない、そんな人生を神様は見捨てませんでした。
当時の水野源三さんのお母さんは、パンの委託販売をなさっており、源三さんは奥の間で暮らしており、ある牧師が奥の部屋に誰かいる気配がして、2回目にパンを買いに行った時に、聖書を置いていかれたそうです。宗教の勧誘にうんざりしていた家族は、聖書には見向きもしませんでしたが、源三さんはその聖書をむさぼるように読まれました。この聖書と牧師との出会いが、水野源三さんの悲しみの人生から喜びの人生、そして神様に用いられる人生と変わる出会いとなったのです。
私たちも聖書との出会い、クリスチャンとの出会い、牧師との出会い、教会との出会いと通して、あなたの人生に神様にある変化が起こるのです。神様はあなたを見捨てていません。誰も見捨てません。神様はあなたを愛しておられるのです。
受難節第四日曜日に選ばれた聖書の箇所は、マルコによる福音書14章32節から42節です。今日はこの箇所を通して、「神は私のために悲しまれた」と題してお話したいと思います。
Ⅱ本論部
一、いつもの場所でいつものように
イエス様は、弟子たちとの最後の食事を終えて、弟子たちと共にゲッセマネの園に行かれました。この場所は、イエス様が弟子たちとよく行かれた場所、いつもの場所だったのでしょう。私たちは、誰かとの待合の場所は、決まっていていつもの場所と言えばわかるということがあるでしょうか。渋谷ではハチ公前というように決まった場所があることでしょう。イエス様は弟子たちとこのゲッセマネの園へよく来られて、そこで祈りをささげられたのだと思うのです。ですから、ゲッセマネの園へ行こうと言えば、弟子たちは、「先生は祈られるのだ」とすぐ分かったことでしょう。
ユダがイエス様を裏切り、祭司長たちに引き渡す場所として選んだのは、やはりゲッセマネの園であり、他のどの場所よりも確実な場所であったに違いないのです。
「江上先生がいないけど、どこにいるのでしょう。」と聞かれ、いつもの場所と言えば、お風呂ということになりますが、イエス様が見当たらなくて、見当がつくのがゲッセマネの園、そこでよく祈っておられたのです。まさに、イエス様の生涯は祈りの生涯であり、朝早く祈られた場所であったかも知れないし、祈る為によく訪れたのが、ゲッセマネの園でした。
皆さんにもいつもの場所があることでしょう。そこが、憩いの場所であり、好きな場所でもあり、落ち着く場所、リラックスできる場所、そして、神様との交わりの場所、自分が自分らしくいられる場所があることでしょう。まさに、そこが大切な場所だと思います。
そこでこそ、自分との交わり、自分自身を反省し、あるいは自分を褒める、大切にする場所、神様を見ることのできる場所です。
私は、火曜日の夜から神戸へ車で行って帰ってきました。少し仮眠して、一度の休みで神戸に6時間で到着しました。その日は、お風呂で休息、次の日も風呂で休息、帰りは渋滞でちょっと疲れましたが、刈谷サービスエリアの風呂で休息、結局毎日大好きなお風呂に入ることが出来ました。そこが私のいる場所でした。そして、風呂が私にとって神様の前に名実共に、心も体も裸になれる場所、憩いの場所、元気をいただく場所です。時には、炭酸線の風呂で、皆さん名前をあげて祈ります。リラックスして神様とかかわれる場所です。
イエス様のいつもの場所はゲッセマネの園、そこイエス様はご自分が十字架につくことの苦しみの祈りをささげるのです。
二、いつもの場所が苦しみの場所
弟子たちと共にゲッセマネの園に行かれました。そして、そこで「「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。」(32節)のです。特にペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、さらに奥に入って行かれました。
皆さんと共に34節、35節を共に読みましょう。「そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」」
ここには、あまり見ないイエス様の姿があります。大祭司や祭司長、ファリサイ派の人々との対決においても権威ある言葉、威厳のある態度のイエス様、大胆に癒しの業をなさったイエス様とは、ちょっと違ったイエス様を見るように思います。
弟子たち全員に座ること、祈る事を求められ、ひどく恐れもだえ始め、「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」と言われたのです。リビングバイブルでは、「恐れと絶望に襲われて、・・・「わたしは悲しみのあまり、今にも死にそうだ。お願いだから、ここを離れず、わたしといっしょに目を覚ましていてくれ。」」とあります。
イエス様の心の痛み、悲しみ、苦しみを弟子たちは到底理解することはできませんでした。弟子たちにとっての主イエス様は、英雄であり、弱さなど微塵(みじん)もあってはならないのです。
35節には、「この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り」とあります。サタンを追い出し、病を癒し、風も波も一言で鎮めてしまうイエス様ではなく、苦しみの時を自分から過ぎ去らせてほしいと願うのです。リビングバイブルには、「自分を待ちかまえている恐ろしい時が来ないようにと、切に祈られた。」とあります。
36節を共に読みましょう。「こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」」
この祈りは、「この杯をわたしから取りのけてください。」というのが主ではなく、「御心に適うことが行われますように。」というのが主なのです。
私たちも避けたい現実があるでしょう。取り除けたい事実があることでしょう。勿論、それらの困難や悲しみが取り除けられるように祈ることは大切なことですが、それと同時に、いやそれ以上に、そのことが神様の御心にかなうことが行われることを願い祈りたいと思うのです。
三、悲しみの場所が神に用いられる場所となる
イエス様の緊迫した、悲しみの祈り、苦しみの祈りではありましたが、目を覚まして祈ってほしいというイエス様の願いに反して、彼らは眠っていたのです。疲れていたのでしょう。
金曜日による神戸から奈良、奈良から横浜に車で帰るのですが、神戸から奈良に行くまでに阪神高速の渋滞、奈良から横浜に行くまでに西名阪や伊勢自動車道では渋滞で本当に疲れました。私は運転手で眠るわけにはいかないのですが、睡魔に襲われます。いろいろな努力をして眠気を覚まそうとしますが、ウトウトとしてしまうのです。そして、道路側道の白い線の上に乗るとブーッと音がしてハッとしてハンドルを切る。それが何度か続き、これでは事故を起こすということで、足柄サービスエリアで、2時間ほど仮眠をしました。そして、土曜日の午前6時に自宅に到着しました。奈良を出たのは、午後6時でした。
疲れていると眠らないでいようと思っても、ついウトウトしてしまうのです。弟子たちは、そうでした。イエス様は3度祈られ、弟子たちは3度居眠りをしていたのです。
そして、ユダがイエス様を引き渡す為に大勢の者達を引き連れてきたのでした。
イエス様はユダが裏切ることはご存知でした。ですから、何度も悔い改めの機会を与えられました。いつもの場所であるゲッセマネの園にいるとすぐわかる。捕まるということは目に見えていました。ですから、イエス様は逃げることもできたでしょう。この杯を取り除けてくださいと祈られましたが、逃げるという選択肢もあったでしょう。けれども、イエス様は逃げませんでした。苦しみの場所、悲しみの場所、辛い場所から逃げなかったのです。
旧約聖書の創世記16章には、アブラハムの妻サライの女奴隷ハガルの記事があります。アブラハムとサライの間に子どもができないので、サライは自分の女奴隷ハガルをアブラハムの妻として与え、ハガルによって子どもを得ようとしました。しかし、ハガルは妊娠すると自分の主人サライを軽んじたのです。子どもを妊娠できない主人より、自分の方がえらいと感じたのでしょう。今までとは態度が違いました。それで、サライがアブラハムに文句と言うと、自分の好きなようにしたら、ということで、サライはハガルに辛く当りました。ですから、ハガルはサライから逃げていきました。
逃げている時、神様はハガルに「何処から来て何処に行くのか」と語りかけ、「女主人サライのもとから逃げているところです」と答えると、主の御使いを通して神様は次のように語られたのです。「女主人のもとに帰り、従順に仕えなさい。」と。
「それは大変だねえ。ここから逃げなさい。私が守るから支えるから」ではないのです。
奴隷であるハガルの居場所は、女主人サライのもと以外にはないのです。ハガルにとっては、針のむしろです。辛い場所です。苦しい場所です。そんな場所からは逃げ延びたい。避けたい。誰もがそう願います。でも、神様は違うのです。
その苦しみの場所に帰れ。その問題の人のもとへ行け、なのです。神様は血も涙もないお方なのでしょうか。そうではありません。本当の解決を知っておられるお方なのです。
今回逃げてうまくいったとしても、また同じように嫌な人や問題のある人と出会います。なら、また逃げる。また逃げる。本当の解決はそこにはないのです。その苦しみの場所こそ、あなたの場所であると神様は言われるのです。そして、その苦しみの場所、問題の場所、痛みの場所が、辛い場所が、神様の栄光のあらわれる場所となるのです。マイナスが問題なのではありません。神のみ業が現れるため、というのがイエス様のお答えでした。
私たち、誰にでも辛い所、苦しい場所、いたくない場所があるでしょう。できたら行きたくない場所があるでしょう。でも、そここそが、神様の恵みであふれる場所となるというのが神様の約束なのです。
イエス様にとって、ゲッセマアネの園は苦しみの場所でした。精神的に霊的に、痛み、苦しまれた場所でした。そして、捕縛された場所ともなりました。しかし、そここそが、イエス様のおられる場所、全人類の罪のために十字架につくために、肉体的痛みではなくて、人として、神として苦しみ、悩まれ、悲しまれた場所だったのです。またそこにこそ、神様のみこころがあったのです。ここを通らなければ、十字架はありませんでした。この苦しみを通して、イエス様は父なる神様のみこころがご自分の十字架の死であることを確信されたのです。
Ⅲ結論部
イエス様のゲッセマネの園での苦しみは、十字架の苦しみと同じように私たちのためでした。私たちを愛するがゆえの苦しみを受けられたのです。そして、その苦しみを通して神様の栄光が現れたのです。
水野源三さんは、9歳で赤痢のため高熱により体が不自由になりました。その苦しみは、その悲しみは大きなものでした。死ぬことしか考えられない自分、体が不自由で死ぬことすら出来ない。一部屋のただ中で、悲しみの中にあった。けれども、聖書を通して、ある牧師を通して、イエス様の十字架の愛を知った。自分のような者のために命を投げ出して死んで下さった方がいる。私のために苦しまれた。
水野源三少年の心に神様の愛がともった。そして、自分のいる狭い部屋で、身動きできない状態で、瞬きを通して神様の愛を歌った。
「もしも私が苦しまなかったら神様の愛を知らなかった。もしも多くの兄弟姉妹が苦しまなかったら神様の愛は伝えられなかった。もしも主なるイエス様が苦しまなかったら、神様の愛はあらわれなかった。」 (苦しまなかったら)
私たちの人生には苦しみがあります。悲しみもあります。辛いことがたくさんあります。けれども、それらの、苦しみや悲しみ、痛みを通して、私たちは神様の愛を知ることができるのです。
今、どのような場所にいようとも、大丈夫。逃げることはない。私はあなたと共にいる。私があなたのために悲しんだ。苦しくても悲しくても大丈夫。必ず神の栄光が現れるから。
そう語られるイエス様とこの週も歩み、新しい年度2014年度を歩んでまいりましょう。