江上環礼拝説教

日本ナザレン教団青葉台教会礼拝説教

日曜礼拝(2017年8月13日)

2017-08-13 12:26:30 | Weblog

日曜礼拝(三位一体後第九)      2017.8.13

        「心残りはありません」  申命記32:45~52

 Ⅰ導入部

 おはようございます。8月の第二日曜日を迎えました。フラフラになるように暑い日だと思ったら、涼しい日になったりと日替わりメニューのような天気ですが、皆さん体調はいかがでしょうか。

お盆休みを迎えて、郷里に帰られたり、旅行に行かれたり、家族や友人たちとの楽しい交わりをされていることでしょうし、これからなさるのだと思います。ニュースでは水の事故があり、尊い命が失われている現実を見ます。皆さんが、どこに行かれても、いつも神様が共におられて、守り、支えて下さることをお祈り致します。

 今日から、早朝礼拝が始まりました。夏の暑い時期、早朝に礼拝を持って過ごしたいと思います。今日は、申命記32章45節から52節を通して、モーセの生涯の最後の場面を通して、「心残りはありません」という題でお話し致します。

 Ⅱ本論部

 一、死を視野にして生きる人生

 昨日でしたか、世界最高齢(113歳)の方がお亡くなりになったというニュースがありました。私たちは、長生きしてもいつかは死を迎えなければなりません。モーセの生涯は、生まれる前から、生まれた時から波乱万丈な人生を送りました。彼は、自分の人生の最後の時を迎えて、自分の死を前にして何か、思うことがあったでしょう。

 自分の生涯を思い返したでしょう。危険な状況の中で生まれた時、神の恵みによって生かされた。また、自分の実の母親が乳母として自分を育て、パロの娘を子として、王宮で、最高の学問、最高の生活を40年間送ったこと。40歳の時、自分の同胞がエジプト人に苦しめられている時に、ヘブライ人を救うためにエジプト人を殺して隠した。それがばれて、犯罪者として逃亡者として逃げ、ミデアンの地で羊を飼うものとなり、結婚し、子供も与えられたこと。このまま平凡に、羊飼いの生活を送り続けると思いきや、ある時、燃えない芝を見に行き、神様に出会い、神様からエジプトで奴隷として苦しんでいるヘブライ人を救い出すようにと命令を受け、兄のアロンと共にエジプトへ行き、エジプト王ファラオとの闘いをして、神様の助けと導きの中で、出エジプトできたこと。そして、荒野での40年間の歩み、一つひとつを思い出し、全ての出来事の中に、神様の守りと導きがあったことを思ったことでしょう。申命記32章にあるモーセの歌は、神様の恵みの数々を思い出すものでありました。これから、約束の地、カナンの地に入るイスラエルの人々にモーセは語りました。そして、神様の言葉に心を留め、次の世代の人々、子どもたちに、与えられた律法を忠実に守ることを教えるようにと命じました。神様の言葉を信じることは、守ることは命であるとモーセは語ったのです。昔も今も、神様の言葉に生きること、神様の言葉に触れて生きること、すなわち、命であることを覚えたいと思うのです。

 

 二、たった一度の失敗でもダメ

 神様はモーセにネボ山に登るように命じられました。そして、神様がイスラエルの人々に約束されたカナンの地、約束の地を見渡しなさいと命じられました。50節には、「あなたは登っていくその山で死に、先祖の列に加えられる。」とあります。モーセは、神様が約束された地、カナンの地には入ることができないのです。その理由を51節、52節で述べています。共に51節、52節を読みましょう。「あなたたちは、ツィンの荒れ野にあるカデシュのメリバの泉で。イスラエルの人々の中でわたしに背き、イスラエルの人々の間でわたしの聖なることを示さなかったからである。あなたはそれゆえ、わたしがイスラエルの人々に与える土地をはるかに望み見るが、そこに入ることはできない。」

 この出来事は、民数記20章に記されています。イスラエルの人々は、飲む水がなかったので、彼らは徒党を組んで、「何で私たちをこんな(食物も水もない)所に連れてきたのか」、とモーセとアロンに逆らったのです。その時、神様は「あなたは杖を取り、兄弟アロンと共に共同体を集め、彼らの目の前で岩に向かって、水を出せと命じなさい。あなたはその岩から彼らのために水を出して、共同体と家畜に水を飲ませるがよい。」(民数記20:8)とモーセに命じられたのです。しかし、モーセは、「「反逆する者らよ、聞け。この岩からあなたたちのために水を出さねばならないのか。」モーセが手を上げ、その杖で岩を二度打つと、水がほとばしり出たので、共同体も家畜も飲んだ。」(民数記20:10-111)と聖書は語ります。そして、この後、モーセとアロンに向かって神様は、御自分の聖なることを示さなかったので、約束の地に入ることはできないと宣言されたのです。

 出エジプト記17章では、荒野で水がないという民の不平に対して、神様は、かつて40年前にモーセに「あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」(出エジプト(17:6)と言われたことがあり、モーセはその事を覚えていて、岩を打ってしまったのでしょうか。民の徒党に腹が立って神様の言葉を注意深く聞くことができなかったのでしょうか。神様は、モーセに対しては、約束の地には入れないと宣言されたのです。

 

 三、神様は全てことをご支配しておられる

 ネボ山に登ったモーセは、眼下に約束の地を見ました。ゴールは、もうそこに、目の前にあるのに、そこに行くことはできない。約束の地には入れないのです。イスラエルの人々と共に、ゴールの喜び、完成の喜びを味わうことができないのです。モーセは自分が約束の地に入れないことをどう思っていたのでしょうか。聖書には、モーセの心の思いを記していませんから、知る必要はないのかも知れません。 申命記3章25節でモーセはこのように神様に語りかけています。「どうか、わたしにも渡って行かせ、ヨルダンの川の向こうの良い土地、美しい山、またレバノン山を見せてください。」 モーセの荒野の40年は、ただこの事を目指して来たのではないでしょうか。 

モーセは神様のご命令に従い、イスラエルの人々をエジプトから脱出させ、彼らを導いて来ました。たった一度、岩に命じるのではなくて、岩を打ったことによって(かつて神様が岩を打てという命令をされたことがあった)、その1度の事、それもモーセに問題があるのではなく、イスラエルの民の方に問題があったのです。聖書には、「イスラエルの人々が主と争った所」(民数記20:13)とあります。

 けれども、モーセは約束の地、カナンの地、今、ネボ山から見渡しているその土地に入ることはできないのです。人間的に見て、この世的に見るならば、それは、本当に残念なことでしょう。やり残してしまう、未完成の、中途半端で生涯を終えるようにも見えるのです。

 けれども、モーセは神様が約束の地を見せてくださり、これからの使命をヨシュアに委ねて、自分は約束の地に入れないけれども、イスラエルの人々がその地に入ることを心から喜んだのではないでしょうか。神様のなさることに間違いはないと、自分の120年の生涯を思い返し、特に荒野での40年間の歩みの中に、神様がいつも共におられ、数々のみ業を見せてくださり、神様の愛と恵みと憐れみによって、歩んでくることができたことを噛みしめていたに違いないのです。そして、自分のような小さい者、弱い者を用いて下さった神様の真実な言葉に彼は生きていたのだと思うのです。心残りはなかったのだと思うのです。

 Ⅲ結論部

 マルチン・ルーサー・キング牧師は、死の前日に次のような内容の演説をしたそうです。「私には今何が起こるかはわかりません。とにかく我々の前途には困難な日々が待ち構えています。しかし、私にはそれはもう問題ではありません。なぜなら、私は山頂に登って来たのですから、私は心配していません。どなたでも同じように、私も長生きしたいと思います。長生きにもそれなりの良きものがあります。しかし、そのことにもはやはこだわってはいません。私はただ神のみ心を行いたいだけなのです。 神は私に山に登ることをお許しになりました。私は辺(あた)りを見回しました。そして約束の地を見て来ました。私は皆さんと一緒には、そこに行けないかも知れません。しかし、私は皆さんに、我々は一つの民としてそこに行くのだということを知ったほしいと思います。私は今晩幸せです。私は何も心配していません。私の目が主の栄光を見たのですから。

 まさに、モーセの思いと同じだと思うのです。イエス様は、33年という短い生涯でした。しかし、イエス様は自分の思い通り、願い通りの生き方ではなくて、神様の御心に生きたのです。私たちの罪の身代わりに十字架にかかり、命をささげることで、私たちの罪を赦し、魂を救い、死んでよみがえり、私たちに永遠の命を与えて下さったのです。1度の失敗でダメではないのです。私たちの罪は、失敗は許されるのです。私たちが心残りだと思っても、中途半端な結果でも、全てを良きにし、最善になして下さるのです。神様が私たちに与えて下さる約束の言葉を信じて、信頼して、この週も歩んでまいりましょう。

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