江上環礼拝説教

日本ナザレン教団青葉台教会礼拝説教

日曜礼拝(2017年4月23日)

2017-04-23 15:54:08 | Weblog

日曜礼拝(復活後第一)      2017.4.23

      「ハートが燃える経験」 ルカ24:13~35

 

 Ⅰ導入部

おはようございます。4月の第四日曜日、復活後第一日曜日を迎えました。今日も愛する皆さんと共に、私たちの救い主イエス・キリスト様を賛美し、礼拝できますことを感謝致します。

先週は、イースター、復活日礼拝でした。3名の姉妹方が、青葉台教会に入会され、青葉台教会の一員となられました。これから共に励まし合い、支え合い、祈り合って、信仰を全うしたいと思うのです。

昨日は、恒例のナザレンピックが行われました。例年よりも人数的には少なかったですが、初めての参加の方々もあり、新しい競技も加わり、とても楽しい運動会を行うことができました。長瀬兄や三浦姉を中心に、準備して下さった方々に心から感謝致します。参加して下さった方々、張り切って頑張って下さいました。ナザレンピックの祝福のために、祈って下さった方々にも感謝いたします。毎年、4月29日に行っておりましたが、今年は22日に行いました。今年参加できなかった方々は、来年は、ぜひご参加下さったらと願っております。3チームに分かれての応援でしたが、やはり自分のチームが頑張っていると、応援も熱くなり、心が燃える経験をしました。

本日は、ルカによる福音書24章13節から35節を通して、「ハートが燃える経験」と題してお話いたします。

 

Ⅱ本論部

一、絶望の中にあるあなたと共におられるイエス様

今日の箇所も復活の記事のひとつです。24章11節には、「使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。」とあります。イエス様は、復活されたのに、弟子たちはその事実を信じなかったのです。

二人の弟子が、エマオ、エルサレムから約11キロ離れた場所に向かって歩きながら、婦人たちの話し、つまり墓にイエス様の遺体がないという出来事について話し合い、「そんなことはあるはずがない。では遺体はどこへ行ったのか。」と論じ合っていた時、イエス様が二人に近づいて一緒に歩き始めたのです。 二人の弟子のうち、一人はクレオパという人物でした。クレオパとはギリシャ名で、ヘブライ名はクロパとなり、クロパの妻はイエス様の十字架に立ち会っていたようです。もう一人の名前は記されておりませんが、瀬尾要蔵先生は、ルカではなかったかと言っておられます。

16節を共に読みましょう。「しかし、二人の目は遮(さえぎ)られていて、イエスだとはわからなかった。」 現代訳聖書には、「ところが、主イエスの復活が信じられない彼らの目には、それが主イエスであることはわからなかった。」とあります。 リビングバイブルには、「しかし二人には、イエスだとはわかりません。神がそうなさったのです。」とあります。よく知っている先生であるイエス様が、彼らと共に歩いておられるのに、彼らはイエスだとは気づかなかったのです。

「目が遮(さえぎ)られる」というのは、見えるべきものが見えないということです。イエス様の姿は見ていながらも、イエス様だとはわからないのです。この二人の心境は、落胆と失望、疑問の中にありました。私たちも、信仰生活の中で、イエス様の姿が遮(さえぎ)られることがあるかも知れません。困難や悲しみ、絶望という出来事の中でイエス様が共におられるのに、イエス様が見えない、イエス様を認めない、という状況があるのではないでしょうか。

イエス様の、この弟子たちは、イエス様に希望を置いていました。イエス様だけが望みでした。イエス様に自分の将来を託していたのです。19節にある「行いにも言葉にも力のある預言者でした。」という言葉に表されているように思うのです。多くの奇蹟を行い、その奇跡に胸踊り、イエス様の権威あるお言葉に、この人にこそ人生をかけていこうと考えたのです。彼らの思いは、21節の、「わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。」とあるように、イエス様を政治的な指導者、自分の願いをかなえてくれる指導者として思い描いていたということです。だから、イエス様が捕えられ、裁判を受け、苦しめられ、十字架刑になって死んでしまったという現実、事実は、今までに自分たちがイエス様に仕え、従い、努力してきたこと全てが、水の泡となり、自分たちの人生の目標が失われ、全ての事が否定され、絶望以外の何も残らないという心境でのエマオへの旅であったのです。

しかし、それがどのように自分の思い描いていたことが崩れ去ろうとも、願いがかなわず絶望していようとも、全ての事が否定され、人生の目標を失って、悲しみと苦しみ、絶望の中にあろうとも、イエス様はクレオパたちのそばに寄り添い、共におられたように、私たちと共にいて下さるのです。たとえ、目が遮られ、イエス様を認めることができなくても、イエス様は共におられるのです。私たちが気が付かなくても、イエス様は共に歩んでおられるのです。その事を覚えたいと思うのです。

 

二、聖書に帰れ

イエス様を、イスラエルを解放して下さる政治的な指導者として見ていた弟子たちは、イエス様が十字架にかかって死んでしまわれたことで、大きな悲しみと絶望を経験しました。3年と少しの間、どのような驚くべき奇跡を起こし、権威ある言葉を語って来られたとしても、死んでしまったら一貫の終わりなのです。死という事実の前には、奇跡も権威ある言葉も何の力にもならないのです。

彼らは、イエス様が十字架につけられた場所からエマオへと逃避しようとしていました。エルサレム、それはイエス様の十字架の死の場所、彼らは悲しみの場所から逃げ出したのです。ですから、そのような彼らには、落胆と失望と絶望しかなかったのです。

そして、弟子たちが婦人たちの言葉を聞いても信じないかたくなな心、イエス様が生きておられる、と聞いても、また、イエス様の遺体が見つからなかったことを聞いてもバカげた話だと信じなかったのです。

そのような弟子たちの姿に、イエス様は25節にあるように、「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」と言われたのです。

弟子たちは、物分かりの悪さ、心の鈍さ、信じられないという不信仰がありました。これらの姿勢は、彼らがイエス様のそば近くにいて、イエス様から学び、教えを受け、驚くべき奇跡のみ業を見、権威ある言葉を聞いていても、弟子たちは、イエス様を理解することはなかったのです。放蕩息子の兄は、いつも父のそばにいながらも、父の心、父の兄に対する思いを理解できなかったのと同じだと思うのです。

私たちも、礼拝を守り、メッセージを聞き、聖書を読み、祈りの生活を送っていますが、イエス様を理解できないで、物分かりの悪さや心の鈍さ、信じられない不信仰が、時にはあるのではないでしょうか。

イエス様は、メシアである御自分を理解しない弟子たち、目が遮られてイエス様を認めることのできない彼らに、御自分の体を見せて、傷を見せて、私が十字架につけられたイエスでよみがえったとは言われませんでした。自分の体を見せるのが一番手っ取り早いことだったと思うのです。けれども、イエス様は、そのように見えると言う形では示しませんでした。

27節を共に読みましょう。「そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。」 イエス様の十字架の死というものが、復活というものが、神様の偉大なご計画であること、聖書全体にわたって、その事が預言されている事、十字架の死と復活そのものが、神の愛の表れであり、救いの完成であることを、聖書全体を通して説明されたのです。イエス様の十字架の死は失敗ではなく、神様の救いのご計画、十字架の死を通さなければ復活がないことを示されたのです。

イエス様は、御自分の復活した体ではなく、聖書という視点で、神様のご計画という視点で、十字架の死と復活を見るようにと、聖書全体を通して教えられたのです。

私たちも、神様の奇蹟の業を経験したいと思います。神様の圧倒的な業を見たいと思います。けれども、神様から与えられたラブレター、聖書を通して、聖書全体を通して、神の業を見て行きたいと思うのです。

 

三、見えないからこそ心が燃えた

イエス様は、なお先に進もうとされたので、二人は日も傾いたので、一緒に泊まるようにと願い、イエス様を無理に引き止めたのです。イエス様は、家に入り、食事の席に着き、パンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いて渡されたのです。5つのパンと2匹の魚で成人男性5千人を養われた時、イエス様はパンを取り、感謝の祈りを唱えて、渡されたことがありましたが、その時、二人の弟子もいたのでしょう。その光景を見ていて、二人の目が開け、イエス様だとわかったのです。

新改訳聖書を見ると、「それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。」と表現しています。リビングバイブルには、「その瞬間、二人の目が開かれ、その人がイエスだとわかりました。と同時に、イエスの姿はかき消すように見えなくなりました。」とあります。

共に歩いてきた人物がイエス様だとわかった瞬間、イエス様の姿は見えなくなったのです。イエス様もいじわるだなあと思います。けれども、イエス様は無駄なことはなさいません。イエス様だと気付いた時、イエス様の姿が見えている必要がなくなったということです。イエス様が見えなくならなかったら、32節の事柄は起きてきません。見えるイエス様に集中し、見えるイエス様に頼るからです。しかし、イエス様だと気付いた時、見えなくなったからこそ、32節の事柄が出てきたのだと思うのです。32節を共に読みましょう。 「二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか。」

エルサレムからエマオへの道のり、11キロ、2時間から3時間、話した時、いや、聖書全体を説明して下さった時、心燃えていた。あの時、心燃えたよね、と彼らは確かにイエス様の姿は見えなくたったけれども、イエス様の存在がより身近に感じられたのです、そして、イエス様の復活を信じることができたのです。婦人たちの語ったことを信じることができたので、イエス様の復活を他の弟子たちに伝えたいと、そこから、また11キロ、歩いて2~3時間を戻って、弟子たちの所に行ったのです。肉体的には確かに疲れていたけれども、心は燃えていた。霊的には熱きものがわきあがってきた。信仰的には、喜びで満たされていたのです。二人の弟子は、エルサレムからエマオへの道のりは、失望と落胆と疑惑の思いで一杯でしたが、エマオからエルサレムへの道のりは、喜びと確信と祝福の思いで満たされたのです。エルサレムという場所、イエス様の十字架の死の場所が、復活のイエス様に出会って、悲しみの場所、失望の場所、絶望の場所ではなくなったのです。

私たちが、今、現実に経験する悲しみ、失望、絶望の場所が、喜びと感謝と祝福の場所と変えられることを聖書は私たちに約束しているのです。

Ⅲ結論部

使徒言行録8章には、エチオピアの高官の救いの話しがあります。フィリポの導きで、イザヤ書53章を通して、イエス様のことを解き明かしてもらい、フィリポから洗礼を受けました。すると、主の霊がフィリポを連れ去ったと聖書は記しています。そして、その後聖書はこう語るのです。「宦官はもはやフィリポの姿を見なかったが、喜びにあふれて旅を続けた。」(使徒言行録8:39) 宦官は心燃やされて、喜びに満たされたのです。

聖書はイエス様が私たちの罪の身代わりに十字架にかかって死んで下さったことを語ります。身代わりとは、イエス様が死ななかったら、私が死んでいたということです。イエス様の十字架の死を通して私たちの罪が赦され、イエス様が復活されたので、私たちに永遠の命が与えられたのです。私たちは聖書、神の言葉を通して、神の愛に触れて、心燃やされる経験を持つことができるのです。私たちは、この週も聖書を通して、神の愛に触れ、心燃やされてイエス様に信頼して、イエス様と共に歩んでまいりましょう

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日曜礼拝(2017年4月16日)

2017-04-16 14:31:19 | Weblog

イースター礼拝(復活日)      2017.4.16

    「全くもって予想もしなかった出来事」 マルコ16:1~8

 

 Ⅰ導入部

おはようございます。イースターおめでとうございます。イエス様が十字架にかかり死なれ、墓に葬られて3日目によみがえられたことを記念する復活礼拝、イースターの礼拝を迎えました。皆さんと共に、イースター礼拝をささげることのできることを感謝致します。先週の月曜日から土曜日まで、受難週の連夜祈祷会がありました。イエス様のエルサレム入城から埋葬までの聖書の記事を読み、祈りをささげることができました。時間と財をささげて祈祷会に出席して下さった方々に感謝致します。また、その置かれた立場で、祈祷会の時間に心を合わせて下さった方々、連夜祈祷会が祝福されるように祈って下さった方々に感謝致します。来年は、受難週の連夜祈祷会とは、また違った集会を考えたいなあと思わされました。たとえば、木曜日の聖餐礼拝とか聖金曜日礼拝とか、考えてみたいと思わされました。

今日は、全世界のキリスト教会でイースター礼拝が持たれ、復活の主をほめたたえていることでしょう。私たちの礼拝は、マルコによる福音書16章1節から8節を通して、「全くもって予想もしなかった出来事」と題してお話ししたいと思います。

 

Ⅱ本論部

一、既に備えられている

マルコによる福音書15章47節には、「マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた。」とあります。彼女たちは、イエス様の十字架刑を遠くから見まもっていた女性たちでした。彼女たちは、金曜日の日没から始まる安息日のためにイエス様の遺体に香油を十分にぬって埋葬する準備ができないでいたのです。ですからイエス様の遺体を納めた場所を見つけていて、16章1節にあるように、安息日が終わって、イエス様に香油をぬることを計画していたので、イエス様の遺体がどこに納められているのかということが彼女たちには重要だったのです。

安息日が土曜日の日没で終わり、週の初めの日、日曜日の朝早くに彼女たちはイエス様の遺体が収められた墓に急いだのです。少しでも早く、イエス様にお会いしたい。そのお体に香油をお塗りして、ちゃんとした葬りの備えをと願っていたのです。

しかし、問題がひとつありました。イスラエルの墓は、岩を掘ってその入口の所に溝を作り、その溝に大きな石で入り口をふさいでいたので、その大きな石を誰かに転がしてもらう必要があり、その石を転がすことなしには、墓の中には入れないし、イエス様の遺体に香油を塗ることもできないのです。その事を彼女たちは話し合っていました。けれども、大きな石なのに、脇へ転がしてあってのです。

彼女たちは、入り口に大きな石があるので、どうしようもないからとあきらめることはありませんでした。誰かに石を転がしてもらわなければ、話になりませんが、彼女たちのイエス様に対する思いは、イエス様の遺体に香油を塗って差し上げたいという思いは、そのような障害は問題にはならなかったのです。とにかく、行ってみることにしたのです。すると、石は脇へ転がしてあったのです。

聖書には、「石は既にわきへ転がしてあった。」(4節)とあります。復活の朝、この事が起こりました。イエス様のために、香油を塗りたいと願う者に、「石は既にわきへ転がしてあった。」という神の栄光、み業を見ることができるのだと思うのです。

5節には、「墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。」とあります。リビングバイブルには、「婦人たちはびっくり仰天、息も止まるほどでした。」とあります。それはそうでしょう。石が転がしてあることも驚きだったでしょうが、イエス様の遺体ではなくて、白い衣を着た若者が座っていたのですから、息も止まるほどだったのでしょう。

榎本保郎先生の新約聖書一日一章には、「右というのは聖書では神の側である。だから、若者は天使をあらわしていると思う。天使からイエスのよみがえりは告げられたのであって、人間が考えて理解し、納得できるものではない。」とあります。この若者から驚きの言葉が語られるのです。

 

二、信じられないことが起こる

6節を共に読みましょう。「若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。」

婦人たちは、息も止まるほど驚きました。その彼女たちに、「驚くことはない。」と語りかけました。驚くことはない、と言いながら語られた内容は、さらに驚くような言葉でした。「あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。

「復活した。よみがえった。いきかえった。」信じられない言葉です。かつて、プロ野球の日本ハム、ファイターズの監督のヒルマン氏が、優勝した時、「信じられない」という言葉を発して有名になりました。

 彼女たちの目的は、イエス様の遺体に香油を塗ること、あまり準備できなかった埋葬の準備を十分にすることでした。それが、彼女たちのイエス様に対する愛の表れだったのです。けれども、墓の中には遺体はなく、復活したと告げられたのです。そう言われたからと言って、信じられるような出来事ではありません。しかし、神様はイエス様の復活を天使を通して、神様の言葉、おこころを示されたのです。

 「ここにはおられない」と若者は言いました。「ここ」とはどこでしょうか。それはお墓です。お墓は、死んだ人が納められている場所です。そこに行けば、いつも死んだ人を思い、慕い、その人のことをいろいろと思い出すことができる場所です。先週、私たちは墓前礼拝を教会の墓地で行いました。愛する人々の遺骨がある場所、お墓です。石碑には、名前といつ生まれて、いつ亡くなられたのかという日付が書いてあります。イスラエルでは、遺体が葬られていたわけですから、そこから移動することなく、いつもそこに存在するわけです。

 女性たちは、十字架で死んだイエス様の遺体に香油を塗り、イエス様を偲びたいと願いました。香油を塗ることが自分たちの勤めであり、それがイエス様を愛すること、仕えることであったのです。しかし、イエス様の遺体はなく、復活されたと言われる。自分たちが準備した香油も、自分たちの奉仕も必要が亡くなったということなのです。葬りの準備がちゃんとできなくて、やり直したいという、その必要はなくなったのです。イエス様はよみがえられたからです。イエス様にとってお墓は必要がなくなったのです。悲しい場所が、神様のみ業が起こる場所となったのです。私たちが現実に、家庭や職場、学校で経験する苦しみや悲しみ、痛みや苦しみがあります。けれども、その場所が復活を象徴する神のみ業が行われるのです。息も止まるほどの驚くべきことが起こるのです。

 

三、イエス様にお目にかかれる幸い

7節を共に読みましょう。「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。「あの方は、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。かねてから言われたとおり、そこでお目にかかれる。」と。」 弟子たちに告げなさい、という言葉で十分であったと思うのですが、「弟子たちとペトロに告げなさい。」と語りました。イエス様のことを3度知らないと言ってしまったペトロ、3度イエス様を知らないということを通してイエス様との関係を否定してしまったペトロの心境は、それはとてもつらいものがあったでしょう。勿論、他の弟子たちもイエス様を見捨てて逃げたのですから、イエス様を否定した。関係を切ったともいえるでしょう。しかし、ペトロは自分の意志で、3度イエス様との関係を聞かれながら、「そんな人は知らない」と言ったのですから、ペトロ自身は他の弟子たちとは違う、自分を責める思い、後悔してもしつくせないものがあって落ち込み、痛んでいた、そのペトロという名前を名指しで語られたのです。他の弟子たちもそうですが、特にペトロに告げなさいというのです。

ガリラヤに行かれる」と言われました。イエス様は、マルコによる福音書14章27節、28節で、「イエスは弟子たちに言われた。「あなたがたは皆わたしにつまずく。「わたしは羊飼いを打つ。すると、羊は散ってしまう」と書いてあるからだ。しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く。」と言われました。弟子たちがつまずくこともすでに知っておられ、ペトロの裏切りもご存知でした。けれども、イエス様は復活して後、ガリラヤに行くと言っておられた通りに、「あの方は、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。かねてから言われたとおり、そこでお目にかかれる。」と告げられたのです。

イエス様のお心は、イエス様を裏切ったペトロも、イエス様を見捨てて逃げた弟子たちも、彼らの行動を、言葉をお叱りになるというのではなく、復活された御自分との再会の場所として、すでにガリラヤを指定されていたのです。

ガリラヤという場所は、弟子たちの故郷であり、彼らがイエス様に初めて出会った場所です。自分たちが弟子として選ばれた場所です。イエス様の奇跡を見、イエス様の言葉を聞いた場所でした。女性たちにとっても、イエス様の身の回りの世話をし、共に過ごした場所でした。

今、弟子たちは復活の出来事をまだ知りませんから、イエス様の十字架の死を悼み、苦しみと悲しみの中にあるのです。ペトロは、自分の裏切りを後悔しているのです。そのような彼らに、ガリラヤへ行くように、そこでイエス様に会えるというのです。弟子たちにとって、ガリラヤに行くというのは、放蕩息子が挫折し、落ち込み、ボロボロの姿で父親の元に帰ったように、弟子たちも悲しみと苦しみを抱えながらのガリラヤへの旅となるのです。しかし、そこにはイエス様が待っておられるという女性たちの言葉があるのです。

今、挫折を経験しているでしょうか。失敗があったでしょうか。取り返しのつかない状況があるでしょうか。でも、大丈夫です。イエス様は、よみがえってガリラヤに行かれる。そこで、お目にかかれるという約束があるのです。この礼拝が、祈祷会が、デボーションの場所が、ガリラヤ、主とお目にかかれる場所ともなるのです。

 

Ⅲ結論部

8節には、女性たちが、経験した事、自分たちに語られた言葉があまりにも不思議で、信じられないことだったので、彼女たちは墓から逃げ去り、震えあがり、正気を失ったとあります。そして、自分たちの見たこと、聞いたことを誰にも話さなかった。話せなかったのです。しかし、時間が経ち、落ち着いて、彼女たちは、ペトロと弟子たちに語ったのだと思うのです。そして、弟子たちはガリラヤに行き、復活のイエス様に出会うのです。それは、ヨハネによる福音書20章、21章に記してあります。

女性たちは、自分たちで考えて、自分たちの計画で主の遺体に香油を塗ろうとしました。けれども、イエス様は復活されていたのです。私たちは、信仰を自分の努力やがんばりでする、というのではなく、イエスがよみがえられたという事実を知り、私たちは復活のイエス様に出会うのです。礼拝を通して、祈りを通して、賛美を通して、交わりを通して。イエス様は、私たちの罪を赦すために十字架にかかって死んで下さり、尊い血を流し、命をささげて下さいました。そのことによって、私たちの全ての罪が赦されたのです。ここにいるすべての人の罪はイエス様の十字架で赦されているのです。そして、イエス様は死んでよみがえられ、今も生きておられるのです。私たちに永遠の命を与えて下さるのです。

イエス様の復活は、全くもって予期しなかった出来事です。しかし、それは神様のご計画でした。そして、私たちに復活の恵み、永遠の命を与えて下さるのです。それが、私たち一人ひとりに与えられるのです。与えて下さるのです。

今、私たちが神様からどんなに離れていても、神様の清さから遠く離れていても、あの墓場を、死の場所を恵みの場所に変えられたように、罪ある場所、神様から遠い場所を、驚くべき、信じられないような祝福の場所に変えて下さるのです。敗北の場所、そこでイエス様は待っておられるのですから、安心してこの週も、イエス様に信頼して歩んでまいりましょう。イエス様は、いつもあなたとそばにおられるのです。安心して歩みましょう。

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日曜礼拝(2017年4月9日)

2017-04-09 19:32:23 | Weblog

日曜礼拝(受難節第六)      2017.4.9

        「たたけば罪の出るからだ」 ルカ23:32~43

 

 Ⅰ導入部

 おはようございます。4月の第二日曜日を迎えました。今日は棕櫚の主日、イエス様が子ろばに乗ってエルサレムに入城されたことを記念する日でもあります。また、イエス様が金曜日に十字架につけられたわけですから、受難週という言い方もします。

 金曜日は、イエス様が十字架につけられたことを記念する聖金曜日です。青葉台教会では、明日の夜から土曜日の夜まで、毎晩受難週連夜の祈祷会を持ちます。どうぞ、祈祷会においで下さり、イエス様の苦しみ、十字架を思うと同時に、その先にある復活、イースターを覚えたいと思うのです。

 受難週の礼拝では、先ほどお読みいただいたルカによる福音書23章32節から43節を通して、「たたけば罪の出るからだ」という題でお話いたします。昨年の受難週の礼拝では、今日と同じルカによる福音書23節32節から43節からお話をいたしました。

 

 Ⅱ本論部

 一、十字架は定められた出来事

 今日はイエス様の十字架の記事の箇所です。イエス様がお生まれになった時、東方の占星術の学者たちが救い主のイエス様を礼拝するために訪れた時、黄金、乳香、没薬を献上しました。黄金は王としての贈りもの、乳香は祭司への贈りもの、没薬は死者への贈りもの、つまりイエス様の十字架の死というものが、生まれた時、占星術の学者のおくりものとして示されていたのです。

 イエス様が誕生して40日目に神殿に訪れた時、シメオンという人物は、イエス様の母マリアさんに、「この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。・・・あなた自身も剣で心を刺し貫かれます・・・」(ルカ2:34~35)と預言して語りました。イエス様の十字架の死を通して、母マリアが悲しむことを示しています。

 また、イエス様は、12弟子たちには、御自分が祭司長や律法学者たちに苦しめられ、十字架で死ぬことも語っておられました。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」(エルカ9:2)

 イエス様が、人間の世界に救い主として来られた目的は、全人類の罪の身代わりに十字架につけられて死ぬことでした。このことは、神様のみこころ、お心でした。

 イエス様の弟子であったペトロは、イエス様の十字架の意味を語っています。「十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなた方はいやされました。」(Ⅰペトロ2;24)

 旧約の預言者イザヤは、「彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私たちはいやされた。」(イザヤ53:5)と十字架の預言をしています。

 イエス様の十字架の死は、イエス様が生まれる前から旧約聖書において、生まれた時、その贈りものを通して、また、イエス様の口を通して弟子たちに語られた言葉として、示されているのです。イエス様の十字架の死は、私たちの罪を赦すための神様のお心なのです。

 

 二、最も弱い場所に神の力が宿る

 イエス様は、犯罪人として、しかもその代表として十字架刑につけられました。3本の十字架、真ん中はイエス様、その右と左には犯罪人が十字架刑にされたのでした。この3本の十字架のまわりにはいろいろな人が見物していました。議員たち、つまり指導者たち、一般のユダヤ人たち民衆がいました。ローマの兵士たちもいたでしょう。

 35節には、議員たち、指導者たちの言葉があります。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」 詳訳聖書には、せせら笑って、鼻で笑って言ったとあります。37節には、ローマの兵士たちもあざけり、侮辱の言葉として、「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」 リビングバイブルには「皮肉たっぷりにからかった。」とあります。イエス様の頭の上には、ユダヤ人の王と書いた札があったので、それを見て、そのように言ったのでしょう。39節には、イエス様と同じように十字架刑についている犯罪人の一人の言葉として、また、彼もののしって言うのです。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」

 ユダヤ人の指導者たちも、ローマの兵士も、犯罪人のひとりも、「自分を死から救え」と十字架に磔(はりつけ)にされた救い主であるイエス様に言ったのです。つまり、しるしを求めたのでした。ユダヤの指導者たちは、イエス様が5つのパンと2匹の魚で、男5千人を養った時、奇跡を見せた時、しるしを見せろと言いました。民衆たちは、イエス様の奇跡を神の業として見て信じました。けれども、指導者である彼らは、いくらイエス様が奇跡を見せても、しるしを示しても信じなかったのです。彼らが言うように、十字架からイエス様が降りても、彼らは信じなかったでしょう。

 よく、神様がいるなら見せろ、という人々がいますが、神様が見えても、幻覚だ、錯覚だと言って信じないのです。先週、水曜日の聖書の学びで、榎本先生が書いた新約聖書一日一章の中で、このような言葉を紹介しました。「信じないということはやさしいことだと思う。信じることが本当に難しい事だと思う。ところが自分はそんなことは信じられないと言って、鬼の首でもとったように、大きな顔をする人があるが、信じないことは赤ん坊でもできる。その信じられないことが信じられるようになることこそ大事な事である。」

 イエス様の十字架を見物している人々、ユダヤの指導者も、ローマの兵士も、犯罪人も、民衆も、メシア(救い主)なら、ユダヤ人の王なら自分を救えと、十字架につけられた無力なメシア、彼らの求めに答えられないメシア、また、期待に応えられないメシアをののしり、ばかにし、失望したのでした。

 私たちは、イエス様に失望することがあるでしょうか。祈っても、祈っても答えられない時、イエス様の助けがない時、イエス様の守りがないと感じる時、私たちはイエス様に失望し、がっかりすることがあるのではないでしょうか。しかし、イエス様の十字架そのものが、神様の愛のしるしなのです。十字架につくことが、神様の救いの方法なのです。

 

 三、大丈夫、あなたは救われる

 40節、41節を見ると、イエス様に対するののしりや侮辱に対して、特に犯罪人の言葉に対して、十字架につけられた、もう一人の犯罪人が語ります。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、このお方は何も悪いことをしていない。」 

 イエス様をののしり、侮辱した指導者たちも、ローマの兵士も、もう一人の犯罪人も、自分の事は棚に上げて、イエス様に対して、メシアなら自分を救え、と言いました。けれども、もう一人の犯罪人は、自分たちが十字架刑についているのは、自分のやったことに対して当然の報いとして受けているのだ、と自分が罪あるものであることを正直に認めているのです。けれども、他の者たちは、自分ではなく、他人の問題を取り上げるのです。それが、自己中心の姿だと思うのです。

 イエス様は、ヨハネによる福音書8章で、姦淫の現場で捕えた女性をつるし上げて、律法では石打の刑だけれども、どう考えるか、と問われた時、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者がまず、この女に石を投げなさい。」と命じました。律法の指導者たち、自分たちは正しい人間だと誇っていた人々、彼らも「罪のない者がまず石を投げろ」という言葉に、自分を見つめた時、人を責めることなどできない。自分にも罪があることを認めたのでした。

 私たちは、人の罪や失敗に、目が留めます。責めます。ののしります。侮辱します。きつい言葉を言います。けれども、自分を見つめ直す時、自分を責めることを躊躇するのではないでしょうか。

 十字架につけられた、もう一人の犯罪人は、自分の罪を認めただけではなく、もう一人の犯罪人が、イエス様をののしったことを責めるだけではなく、「この方は何も悪いことをしてはいない。」とイエス様の無実を告白したのです。すごいことです。

 十字架刑になるぐらいですから、そうとう悪いヤツです。反省なんかするような者ではありません。けれども、イエス様のそばで、イエス様と同じように十字架刑につけられて、イエス様の表情や言葉を聞いて、彼は変えられたのです。マタイによる福音書では、十字架の場面では、「一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。」(マタイ27:44)とあるように、最初はもう一人の犯罪人同様、イエス様に「メシアなら、自分と俺たちを救え」と言っていたのです。それが、変えられたのです。変わったのです。

 皆さんと34節を共に読みましょう。「そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。」

 イエス様の周りにいる全ての者が、おまえがメシアなら、救い主なら、多くの人々を救ってきたように、自分を救え。全ての者がイエス様をののしり、侮辱し、からかうような中で、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」という祈りをささげられたのです。衝撃的な祈り、イエス様の赦し、父なる神様へのとりなし。この犯罪人は、イエス様をメシア、救い主、罪のないお方だと信じたのです。

 そして、彼はイエス様に言いました。42節を共に読みましょう。「そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。」

 普通なら、「罪人の私を忘れて下さい。罪人の私を覚えていないでください。」となるように、思うのです。罪ある私、罪深い私は、神様に覚えられたくない。私の罪を忘れてほしいと。彼は、権威あるイエス様を認め、その権威あるイエス様に罪深い者、忘れ去られる存在ではあるけれども、人生の最後で、イエス様を救い主と認めた、愚かな自分を覚えていてほしいと願ったのです。するとイエス様は驚くべきことを彼に語られたのです。

 43節を共に読みましょう。「するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。」 罪の赦しの宣言と罪人として死んで行く必要がなくなったことを示されたのです。

 イエス様は、多くの罪を重ねた犯罪人と共に十字架について下さったのです。罪人と同じようになられたのです。罪のないお方なのに、罪ある者と同じ、十字架について苦しみ、血を流し、そして、命をささげて下さったのです。十字架につく、木に掛けるというのは、のろいの宣告なのです。イエス様はのろいとなって下さったのです。犯罪人の代表として、3本の十字架の真ん中で、人々の関心を御自分に向けさせたのです。両側にいる、神にも人にも見捨てられた犯罪人と同じように、イエス様も人にも、父なる神様に見捨てられた者となって下さったのです。

 そして、権威あるお方として、今日、一緒に神の恵みに預かること、救われることを宣言されたのです。私たちが、たとえ自分のような者が救われるはずはないと言っても、イエス様に救われない人はいないのです。神であるお方が、私たちを救うために、十字架にかかり、のろわれた者となり、私たちの罪を赦し、私たちを救い、天のみ国へ導いて下さるのです。

 

 Ⅲ結論部

 イエス様は、十字架刑という最もみにくい場所で、処刑場という最も罪ある場所で、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」という執り成しの祈り、赦しの祈りをささげ、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と、罪の赦しの宣言と天国の約束、永遠の命の約束を与えられたのです。それは、同じように、自分の罪を恐れ、罪に嘆いている私たちのためにも執り成しの祈りをささげ、大丈夫、私はあなたと共にいる。救いはあなたのものだ、と宣言して下さるのです。

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日曜礼拝(4月2日)

2017-04-02 13:09:16 | Weblog

日曜礼拝(受難節第五)      2017.4.2

        「横浜タラレバ信者」 ヨハネ13:21~30

 

 Ⅰ導入部

 おはようございます。2017年度が始まりました。新年度の最初の礼拝です。新たなる思いを持って、毎週の礼拝を大切にしたいと思います。私は牧師として礼拝を大切にします。

皆さんは、信徒として礼拝を大切にしていただきたいと思います。

 2016年の1年間、愛する皆さんのお祈りとささげもの、ご奉仕に感謝致します。2017年度も、皆さんと共にイエス様の恵みを深く体験させていただきたいと思います。

 先週は、青葉台教会出身の門田純牧師のメッセージでした。牧師になって最初のメッセージを母教会でするということは、本当に素晴らしいことだと思います。今日から長崎教会の牧師としてメッセージをされ、牧会伝道をされますので、私たちは、祈りを持って支え続けたいと思うのです。大山裕昭牧師も青葉台教会出身で、今日から国立教会の牧師としての働きをなさいます。関東地区の同じ地区ですから、これからも良きお交わりをさせていただきたいと思います。祈りを持って支えてまいりましょう。

 後藤モニカ先生も金曜日に鳥栖に着かれ、今日から鳥栖伝道所で牧師として働かれます。祈りを持って支えてまいりましょう。

 私も青葉台教会に来て、17年目を迎えます。皆さんの祈りと愛と忍耐とにより、ここまでやってこられたというのが本音です。さらに、祈ってお支えいただきたいと思います。

 さて、私たちは、受難節を迎え、今日は受難節第五主日を迎えました。来週は、受難週を迎えます。私たちは、イエス様の苦しみを覚えながら、毎日を過ごしております。今日は、ヨハネによる福音書13章21節から30節を通して、「横浜タラレバ信者」という題でお話ししたいと思います。

 

 Ⅱ本論部

 一、裏切り者は誰だ

 ヨハネによる福音書13章2節には、「夕食のときであった。既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。」とあります。リビングバイブルには、「夕食の間のことです。悪魔はすでに、シモンの子、イスカリオテのユダに、今夜こそ、かねてからの計画を実行に移す絶好の時だという考えを、吹き込んでいました。」とあります。 過ぎ越しの祭、イエス様が12弟子たちとの最後の食事、心待ちにしていた食事の席が裏切りの場所となるのです。

 そのような状況の中で、最後の晩餐の中で、イエス様は弟子たち、一人ひとりの足を洗われたのです。最後の晩餐の席上で、「弟子たちの中で誰が一番偉いか」と唾を飛ばしながら、競い合う弟子たち、明日十字架につけられるというイエス様の気持ちなど、この時の弟子たちには、わかりもしませんでした。そして、イエス様をお金で売ると言う裏切り者のユダの足をも、他の弟子たち以上に、愛を込めて洗われたのでした。

 確かに、サタンによりイエス様を裏切る考えを吹き込まれていたユダでしたが、イエス様は、そのユダをも愛し通されたのです。

 イエス様は、弟子たちの足を洗われた後、御自分の模範に従って、互いに足を洗い合うように、互いに愛し合うようにと勧められました。そして、その後、心を騒がせて言われたのです。21節のカッコです。「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」衝撃的な言葉でした。リビングバイブルには、「ここでイエスは、こみ上げる悲しみを抑え、悲痛な声で叫びました。「そうだ。まぎれもない事実なのだ。あなたがたのうちの一人が、わたしを裏切るのだっ!」

 マタイによる福音書には、イエス様が、裏切り者がいることを語られた時、弟子たちが非常に心を痛めて、「主よ、まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めた、ということが記されています。(マタイ26:22)

 イエス様の右側にいたヨハネは、ペトロの指図により、誰のことを言っているのかと尋ねると、イエス様は、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられたのです。

 詩篇41編9節には、「わたしの信頼していた仲間、わたしのパンを食べる者が、威張ってわたしを足げにします。」とあります。リビングバイブルには、「食事を共にした親友さえ、私を裏切りました。」とあります。 

 私たちは、日常の生活において、イエス様を信じる者として、イエス様を裏切るような言葉、裏切るような行動があるかも知れません。けれども、イエス様はそのような者さえも、愛して下さるのです。

 

二、イエス様は全てお見通し

 過ぎ越しの食事の席順は大切だと言われています。レオナルド・ダビンチ作の最後の晩餐、あの壁画は現代風のイスとテーブルでの風景です。けれども、当時のスタイルは、寝そべって肘(ひじ)をついてというような格好だったようです。そして、イエス様の右側には、ヨハネがおり、イエス様の左側にはユダがいたのではないかと想像できると考え人もいるようです。それは、イエス様とユダが他の誰にも聞かれずに会話ができるというような状況だったというのです。

 マタイの福音書では、弟子たちが次々と「「まさかわたしでは」と問い、最後にはイスカリオテのユダが聞きます。「「先生、まさかわたしのことでは」と言うと、イエスは言われた。「それはあなたの言ったことだ。」」(マタイ26:25)とあります。

 このようなやりとりは、他の弟子たちには聞こえなかったのです。イエス様とユダだけの知る会話だったのです。

 イエス様は、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」とヨハネの問に答えられましたが、その意味はわからなかったのです。イエス様は、食事では通例の事、パン切れを浸してユダに与えられたのです。通例のことなので、誰もユダが裏切るということを知ることはなかったのです。

 27節には、「ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。」とあります。サタンは食事の前に、イエス様を裏切る考えを吹き込み、この時しかないという思いを与えていました。そして、イエス様が与えられたパン切れを受けた時、サタンが彼の中に入ったのでした。イエス様は、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と言われたのでした。

 イエス様は、サタンがユダに裏切りの考えを吹き込んでいたことを知っておられたでしょう。サタンがユダの中に入る隙をねらっていることも知っておられたでしょう。荒野の誘惑の時のように、「退け、サタン」と命令し、み言葉で、神の言葉で勝利することができたはずです。けれども、イエス様は、ユダがパン切れを受け取った瞬間、サタンが彼に入ったことを留めることも、あるいは、追い出すこともなさらなかったのです。

 沈黙の映画で、司祭が踏み絵の前に立たされた時、「わたしを踏みなさい」という声がしたシーンを思い出します。踏み絵を踏んで、信仰を捨ててしまうような者さえも、イエス様の赦しの中にある。いや、イエス様は、まさに私たちに踏まれるために生まれて下さったのです。

                                                                           

 三、どうであれイエス様を信じ抜く

 30節の最後には、「夜であった」という言葉があります。最初は、今日の説教題を「夜であった」にしようと思っていたのですが、変えさせていただきました。ユダの裏切り、それは夜であったのです。夜、それは闇の世界。罪の世界を表します。私たちは、その罪の中に生まれ、罪を犯し続けている者です。このままでは、滅びに向かっていた私たちを愛する神様が、イエス様を私たちの世界に遣わし、滅びに向かっている私たちを、私たちの罪を十字架で身代わりに死ぬことにより、尊い血を流し、命をささげて下さったおかげで、私たちの全ての罪を赦し、魂をきよめ、救って下さり、イエス様が死んでよみがえることにより、私たちに永遠の命を与えて下さったのです。今も変わらずにその愛で愛しておられるのです。

 今日の説教題は、「横浜タラレバ信者」という題にしました。「東京タラレバ娘」というドラマが水曜日の夜10時からありました。30歳を過ぎた3人の女性が結婚を夢見て相手を探すというようなストーリーですが、特に主人公が、「あの時ああだったら」とか、「もっと、こうしていれば」と「タラレバ」ばかりを言って、紆余曲折の人生を送るというものです。

 イスカリオテのユダは、イエス様の12弟子のひとりとなって、とても喜んだはずです。言葉にも権威があり、奇跡の業は声も出ないほどに感動したのでしょう。このお方についていきたい。生涯ついていく。そう決心したことでしょう。けれども、イエス様は、そのお言葉の権威や奇跡を起こす力があるのにもかかわらず、時の権力者や指導者、有力者の所ではなく、弱い者、小さな者、貧しい者のところばかり。イエス様ほどの権威と力があれば、もっとこの世に、ローマ政府に認められ、高い地位や経済を自分の物にできるはずなのにと考えていたのだと思います。

 けれども、イエス様はユダが思い描くようには歩まれませんでした。ユダはがっかりしたのだと思います。イエス様に対する期待が大きかっただけに、失望も大きかったのです。

 イエス様は、もっと権力者や地位のある人と付き合っタラいいのに。もっと、自分の力を時の指導者に魅せつけレバいいのにと、タラレバで生きていたのでしょう。自分の思い通りに行かないので、タラレバと言っていたのでしょう。そこから、スキができ、イエス様をお金で売り渡すような、裏切り行為をしたのです。

 私たちも、信仰生活の中で、あの人がもっとこうしてくれレバいいのに、この人が、もっと頑張ってくれタラいのにと思うことがないでしょう。あるいは、教会に対して、牧師に対して、そして、神様に対して、自分の思い通りに、願い通りにしてくれレバいいのに、自分が考えた通りにしてくれタラいいのにと思うことはないでしょう。このようにタラレバの人生は、人のせい、教会のせい、牧師のせい、神様のせいにしてしまって、自己中心の世界、それがやがて、「夜であった」という状況になってしまうように思うのです。

 私たちは、タラレバが多い者ですが、イエス様は、そんなタラレバ信者をも愛し、受け入れ、祝福して下さるお方であるので、安心してイエス様に従いたいと思うのです。

 

 Ⅲ結論部

 私たちは、「あの時ああだったら」とか、「もっと、こうしていれば」と後悔もし、人のせいや神様のせいにしたしまいやすい者です。けれども、信仰を守ったがゆえに、燃える炉の中に入れられたシャデラク、メシャク、アベドネゴのように、「たといそうでなくても」と、自分の思い通りに、願い通りにならなくても、私たちを愛し、命を投げ出すほどに私たちを愛しておられるイエス様が最善にして下さらないわけがないと信じて、状況がどうであれ、状況がマイナスであろうとも、イエス様を信じて、イエス様に全てをお任せして、この1年を歩ませていただきたいと思うのです。

 裏切ることが分かっていたユダの足を洗われ、愛を持って語られたイエス様は、私たちがどのように不信仰でも、罪を犯していても、イエス様の顔に泥を塗るような者でも、受け入れ、赦し、愛して下さるのです。イエス様の十字架と復活は、私たちの人生をやり直すことができるものとして下さるのです。この週も心配することなく、大丈夫だ、と言って下さるイエス様が共におられることを信じて、感謝して、意識して歩んでまいりましょう。

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日曜礼拝(2017年3月26日)

2017-03-27 23:34:58 | Weblog

ヨハネ11:38−44

「死んでも、生きる」

 

今日の聖書の箇所はわたしたちは戸惑わせます。

なぜなら、この復活が、抽象的な意味ではなく、

いつかどこか遠くの出来事としてでもなく

文字通りに一人の人間が実際に生き返った、ということ。

しかも、それは腐り始めている死んで4日経った死体の話だからです。

23−26には、「いつか」の復活ではなく、現在の、目の前で行われる復活が強調されます。

 

わたしたちと同様にこの奇跡を受け入れることができなかった女性が登場します。

それは、たとえば亡くなったラザロの姉であるマルタでした。

39−40は、それでも信じられないマルタに対してイエス様が語っております。 

 

わたしたちがこの奇跡が信じられないのは、

死者の復活を目にしたことがないから。

「だって、いままでそんなこと起きてない」

「科学的にそんなこと起こりっこない」

「いま目の前でやってみたら信じてやろう」

それは、ラザロの死を前にしたマルタや周りにいた群衆と同じ感覚である。

 

イエス様はまさにその人たち。

死んだものではなく、生きているもののために今回の奇跡をおこないました。

42節 「わたしがいうのは、周りにいる群衆のため。」であると語られているとおりです。

イエスは今日のこの箇所で、死者ではなく

生きているわたしたちに向けて語ろうとしておられるのです。

 

興味深いことに、

この物語の間、ラザロは何も話さない。

まるで、死者が復活することなんて

当たり前のように、淡々と描写されていきます

 

布でぐるぐるにされたラザロが登場しますが、何も話さない。

もちろん、その布はラザロが自分で巻いたわけじゃない。

 

死ぬことは不幸だと勝手に決めているのは生きているわたしたちです。

「もっとできたんじゃないか。」「もっと大切にすればよかった」

生きているもののほうがよっぽど不幸だといえます。

 

死によってすべてが終わると決めつけているのは、

生きているわたしたちではないでしょうか。

死んだら終わりっていうのは

この世にあるものの「こっち側」の論理でしかありません。

偉大な進学者であり説教者であるクリュソストモスはこう語っています。

「愛する者の死の時は、

旅に出る者に別れを告げる時のように泣きなさい」

死が永遠の別れであることを否定しました。

 

アウグスティヌスが自分のお母さんであるモニカが亡くなった時、

大声で泣く兄弟が他の兄弟に止められるのを見てこう書きのこしています。

「ほとんどの場合、人々は世を去ったものが不幸であるかのように、

また完全に死んでしまったかのように悲しむのであるが、

母は、死においても不幸ではなく、また完全に死んでしまったわけでもないのだ。

そのことは、母が語った良い言葉と、偽りのない信仰が証ししていることで、

私たちは十分な理由を持ってそれを確信することが出来たのである」

 

 

今日の聖書箇所は、イエス様が感情をあらわにすることが描かれた珍しい箇所だと言われる。

憤るイエスは33節と38に描かれております。

それだけ、ラザロを愛していたとも言えるが、

イエスは二回も「憤って」いる。

 

「霊において憤慨する」

感情表現でもあるが、厳しく命令すること。

イエス様はどこで憤慨したのか。

そのポイントは、ラザロの「死の出来事」そのものではない。

 

イエス様がプッツンしたその直前には、そのきっかけとなる共通の言葉がある。

32節には「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」

38節には「盲人の目を開けたこのひとも死なないようには出来なかったか」

と人々が口にしています。

 

イエス様が我慢できなかったのは、

死の力が、神の力にまさるということを

生きているものたちが、さも当然のように信じていること。

 

繰り返しになりますが、

この奇跡は、生きている者のために行われました。

40節「神の栄光が見られる」

42節「あなたが私をお遣わしになったことを」

それはイエス・キリストを通して神の支配がこの世に及ぶことを証しするため。

 

アインシュタインは、二通りの生き方があると言っています。

奇跡などないと思って生きるか、

すべてのことは奇跡だと思っていきるか。

どちらか。

 

わたしたちは知っていることだけ、

経験してきたことだけが起きるのだと信じている。

しかし、子どもの頃はそうではなかったはず。

実際、世界はわたしたちの知らないことだらけ。

 

なぜ、腐り始めて臭っている死人が蘇らないと

断言できるのでしょうか?

なぜ、死んでいる人を蘇らせる力が神にはないと

言えるのでしょうか。

なぜ、信じないで死んだ人々が救われないと、

断言出来るのでしょうか。

 

石をのけるということ。

まずイエスさまが実際にした行動は、

それは人々に石を退けさせるということでした。

私たちは自分で自分の前に「無理だ」と大きな石で塞いでいるからである。

 

「ほどいてやって、行かせなさい」44

手と足を布でぐるぐる巻きにするように、

死者をがんじがらめにしているのはわたしたち。

死がもつ力からの解放。

死がもたらす絶望、孤独からの解放。

私たちの手から明け渡す必要がある。

 

現実逃避ではない事実として

しかし、イエス様は死が全く存在しないと現実を否定しているわけではない。

目の前の現実は目の前の現実、として捉えています。

11節~14節「ラザロは死んだのだ。」とはっきり言われている。

イエス様もこの世の死は死と認めている。

そのうえで「眠っているようなものだ」と言っているのです。

 

この奇跡が示すことは、

神に出来ないことはなにひとつ、ない。ということ。

そもそも、命を司っているのは、神様であるということ。

 

目の前の現実がすべてに見えても、

じっさいに神は生きて働くということ。

それは現実から目をそらす安易な慰めではない。

たとえ目の前の現実が「死」であっても、

それは完全な終わりではないということ。

 

アウグスティヌスが言うように、

死は不幸な出来事でもなく、完全な「終わり」ではない。

むしろ神の前には、

死んでからも「生きる」のです。

 

11章25節「わたしは復活であり、命である。

わたしを信じるものは、死んでも生きる。

生きていてわたしを信じるものは決して死ぬこともない。

このことを信じるか」

 

「死んでも、生きる」

信じるものは、というが何を信じるのか。

命の主が、イエス・キリストであるということ。

復活の主が、死んでも生きる命を与えてくださるということ。

 

 

興味深いのは、

「生きていて私を信じるものは」と場合分けがなされていることです。

では、「死んでから、神様を信じるものは?」

という可能性について考えさせます。

 

死んでから神さまに出会うならば、

命の主を目の前にして、

イエスさまが救い主であると

信じられない人がいるでしょうか?

 

信じないで死んだ人は地獄に行くとか

平気で言う人がいます。

あなたは神なのか?と聞き返したくなります。

 

 

マザーテレサも、ルターも

共通した、ある言葉を残しています。

 

マザー・テレサはこのように言っています。

「私が聖人になるならば、暗闇の聖人でしょう。

なぜなら、天国を留守にして、闇の中に光を灯して歩くに違いないから」

 ルターもこのように言いました。

『もし、私が地獄に送られるなら、喜んで行きます。

なぜなら、そこにもキリストはおられるからです』

 

この2人は、なぜそう言うのか。

それは、自分がそうされた体験があるから。

こんな自分さえ救いに来られたのだ、という体験です。

 

信仰告白において、わたしたちは使徒信条の中で

イエスさまは「陰府に下った」と告白します。

 

もし、陰府が地獄だったとしましょう。

イエスさまはそこまでやってこられる。

イエス様が来られない場所なんてない。

 

イエス・キリストは、

「そういうことをなさる方」だということです。

僕も知っているイエス様はそういう方です。

地獄にだって、迎えに来る方。

 

はたと、気付かされます。

じゃあ、

イエスさまがいる地獄は地獄でしょうか。

否、そこにマザーがいて、ルターがいて

自分さえよくて人が苦しんでいることに耐えられない人々がいるところ…

もはや、そこは地獄とは呼べないですよね

 

私たちは使徒信条のなかで、告白しています。

私たちの主であるイエス・キリストは死んで葬られ、

「陰府に下り」、三日目に「死者の中から復活し」と。

そしてこうも告白します。

私たちは信じています。

「体のよみがえり」「永遠の命」を信じます、と。

 

わたしたちは、この使徒信条を

どれだけほんとうに信じているでしょうか。

いや、どれほど本当に信じたいと願っているでしょうか。

 

天国はどこにあるのか。ということに関して、

イエス様は「あそこにある、ここにある」というものではなく、

あなた方の間にあるのだ。と語られています。

 

天国はひとりでは実現不可能なことなのです。

私だけが救われたとしても、意味がない。

私だけが復活しても意味がないのです。

 

この、つながりの中に生きるということ。

「共にいる」ということなしにはありえない。

 

死がもたらすひとつの恐れは孤独である、と言われます、

死んだら、一人。ということ。

死の現実がもたらそうとするのは、人と人のつながりを切ってしまうことである。

 

わたしたちは復活してもひとりだったら…

そんなの復活しないほうがまし。

 

復活、というのはイエス様だけの復活でもないし、

あなただけの復活でもないし、

わたしだけの復活でもない。

わたしたちの復活であるのです。

 

復活したところにはイエス様がいて

すべての兄弟・姉妹たちがいる。

「共にいる」からこそ、そこは天国。

 

アウグスティヌスの母モニカは、

埋葬の場所について子どもたちが話しているとこう言ったと残されています。

どこに葬ろうと、そのことに心をとらわれてはならない。

私が願うのは、

「あなたたちが礼拝するとき、

主の祭壇でわたしを思い出してくれることです」と。

 

それは、わたしたちにこう語りかけてくれているのだと思うのです。

 

「わたしは、不幸でもなく、完全に死んだわけでもない。

覚えておいて、思い出して、わたしはあなたのそばにいるから。」

 

祈りましょう。

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日曜礼拝(2017年3月19日)

2017-03-19 16:14:47 | Weblog

ヨハネによる福音書91~41節 「この人に神の業は いつ現れた

 

中村神学生

 

本日のみ言葉 ヨハネによる福音書9章3節は、今年度の青葉台教会の標語

「今こそ神の業が起る」の主題聖句として選ばれている箇所です。

 教会学校の生徒たちと、収穫感謝礼拝で特別賛美させていただいたこの賛美歌を、先ほど、あらためて共に うたわせて頂きました。

 この箇所は新約聖書で最初に「生まれながら」の障碍を持った人が癒された箇所です。このほかにも、生まれつき持っていた障碍を癒された記事がありますが、それは足富士通な人が癒された記事で、使徒言行録の3章でペトロが「美しい門」で行った癒しと、14章でリストラの街で伝道していたパウロが行った癒しの記事の二つです。

このヨハネ福音書の記事は、生まれつき目が見えない「盲」が癒されたという珍しい事例です。

 

「神の業がこの人に現れるためである」と3節で、イエスは言われました。

この人は7節で、すでに視力を与えられています。

ではこの人に現れる神の業は、7節で完了したのでしょうか?

聖書はこの人についての話を、ここで終わらせてはいません。

他の「癒された」人の記事では いやしがあり、そのあと癒しの業をした方が何と言ったか、その癒された人がどうしたか、ほんの1~2節ほどで終わっていることがほとんどです。

 その他にも、他の癒された人とは違う点がいくつかあります。

 まず、この人は「癒されたい」と自分から表明してはいません。

この人が目が見えないことを、この箇所で最初に話題にしたのはイエスと同行した弟子達です。

「この人が生まれつき目が見えないのは、誰が罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」

この時代ももう少し時代が下っても、こうした「因果応報」の思想はどの民族にもあり、この思想自体は珍しいものではありません。

 それでも、私はこの箇所の弟子たちのデリカシーの無い態度が嫌いです。

弟子たちは、このような問題を自分たちの師 イエス様はどのようにお考えなのかに興味を持ちました。弟子としては熱心であると言えるかもしれません。しかし、目の前にいて 頼んでもいないのに話題にされた、この目の見えない者の立場に立って、この人の気持ちを考えて話しているとは とても思えません。

 しかし、この人の目の前で弟子たちから出された問いに、イエスも、この人のすぐそばで答えることになります。

これまで自分について語られた方向とは違う「神の業が現れるため」という言葉を、この人は驚きもって聞いたのです。自らを、「世の光である。」と明言して憚らない方が、この言葉を発するのを、間近で聞いたのです。

だからこそ、この人は自分の目に遭ったばかりの人が泥を塗るという状況にも、「シロアムの池に行って洗え」という指示にも、素直に従って行動したのです。

 顔に泥を塗る、という言葉は、日本の諺で「恥をかかせる」「メンツを潰す」などの意味があります。しかし、この人は、イエスが自分の顔に何かを塗る、という状況に、抵抗しなかったようです。この時まで、すでにこの人の人生にメンツの潰れる事態は沢山あったものと思われます。土を捏ねて。イエス様は彼の人生に、再び、創世記のような創造の業を始められたのです。

 目の見えない彼は「物乞いとして」有名でした。有名と言うより、むしろ、他の人にとって、長年 単なる風景の一部でした。目の見えない人の身になって考える、物乞いをしている人に、紳士的な態度で接する。そんな人はまず、いないでしょう。

大人しく泥を塗られた。ここから、この人の人生に変化が起き始めます。

 生まれつきの障碍。最初から罪人(つみびと)として扱われる存在。泥だらけになった顔で「シロアムの池」に行けと言われたとき、彼はその恥を超える、それまでの自分と違った動きをすることを選んだのです。

 シロアム:つかわされた者 という意味を聞くとき、私はイエスご自身を思わずにいられません。行けと言われる。自分の足で池にたどりつき、泥を洗う。自分の日常と違う行動をする。その先に、与えられた視力で 見る 体験が待っていました。足で肌で耳で、これまで感じて来た、歩きなれていた道。しかし、初めて見る。

 目の見えない人は周囲の人の話から、たとえばガラスのコップだと思って触れていたものが突然、陶器になる。耳からの情報で、世界の見方が変わる経験をしていると、最近、本で読みました。彼が誰の助けも借りず自分で歩く。どんな驚きがあったでしょう?周りの人達も、驚き、興奮し、動きました。ファリサイ派の人をはじめユダヤ人たちは彼の眼について論じ、彼の両親にも調べが及びました。

彼は突然、人々の関心の的になったのです。

 以前、ヘブライ大学を卒業した友人に、イスラエルでの暮らし方について聞いたことがあります。 「ユダヤ人の特に高齢な方とは、口論はしない方がいい」と、友人は言いました。

バスで座っていた時、目の前に高齢な女性が立っておられるのに気付くのが遅れ、「年上の つまり目上の人に敬意を払わないのはどういう考えか?」と、激しく30分以上口撃された、と。

偶像崇拝を避けるため、絵画や彫刻等で表現することをしない。かわりに言葉の表演力が豊かになった民族性が、一旦 そうした問題や疑問にぶつかると鋭く反応する、というのです。

 民族の別無く、思いがけないこと変わったことに出会うと、私たちは興味を掻き立てられ、話題になりうわさになります。これまで「物乞い」という『風景の一部』だった存在が、元気に一人で歩いてくる!彼か?いや似てるだけか?「私がその人です」と、彼は返答する。

なぜ見えるようになったか?と聞かれて、

「イエスと言う人が私の目に土を捏ねて塗り、『シロアムの池に行って洗え』と言ったので、行って洗ったら見えるようになった」。

この説明を、彼はこのあと、2度 おそらくは何度も 語ることになります。

 彼もこの国の人。私たち日本人から見ても、弁の立つ人。彼はこの中で、終始 事実を根拠として答え続けます。

 「私が知っているのは、以前は見えなかった私が見える、と言うことです。」

 どんな人がそんなことをしたのか?  「あの人は預言者です」 

安息日の律法を守らずに癒しの業をした罪人が預言者か?

「神は罪人の言うことはお聞きにならないと、私たち(つまり、私もあなた方も)知っています」「神のもとから来た方でなくてはこんな業はできなかったはずです」

 事実を並べ、実際に起こったことを体で表す彼が積み上げる論拠は、周囲のユダヤ人たちの議論を圧倒します。

「あなたたちもあの方の弟子になりたいのですか」

「自分の目を開けてくれた人」への信仰を表明する彼は、結局、ユダヤ人たちの怒りを買い、それまで暮らしたコミュニティから追い出されてしまいました。彼の周りにそれまでいた人たちは、起った奇跡を喜ぶよりも変化のない日常、自分たちに理解できる毎日を望みました。

しかし、その、追い出された彼に、イエスは会いに行かれたのです。

 「あなたは人の子を信じるか」

癒しを行ったときも、今回の問いも、いつもながら唐突で端的なイエス様です。

人の子 とは、メシアを表す表現です。

「主よその方はどんな人ですか。その方を信じたいのですが」と答える彼の対応力もなかなかです。

「あなたはもう、その人を見ている。あなたと話しているのが、その人だ。」

そう、この時、彼は生まれてはじめて、イエス・キリストをその肉眼で見たのです。彼が初めて視力を得た時、彼はイエスのそばではなく、シロアムの池に居ましたから。

 彼がイエス様の声を聞きおぼえていたかどうかは判りません。しかし、彼はだれに連れられてでもなく、出会ったイエス様を自分の目で見て、声を聞いて、

「主よ、信じます」と告白しました。

 3節でイエスが言われた「神の業」は、この38節において、この人の信仰告白と言う形で現れました。

3節で始められた神の業は、7節の癒しとそれから34節までの彼の「見える人生初の 試練」を通して38節で表明されたのです。

そして神の業の輝きは、41節イエスと共に居たファリサイ派の人の信仰生活にも及びます。

「『見える』とあなたたちは言っている。」自らの罪を認めよ、とイエス様は仰るのです。

肉体の目が開かれ、やがて信仰の目をも開かれていったこの人が表明した信仰、

この信仰が、生まれつき持っていた障碍を理由に罪ある者としての人生を、新しい生き方に変えてゆきました。

 神の業は、今も私たちを通して、現されています。

彼が与えられたのは視力と信仰の力、証しする人生でした。

私たちも やはり証し続ける人生を与えられています。

 彼に開かれた道:生き方は、今、私たちの前にも広がっています。

目を開けること 変化することを恐れ、避けるのではなく「行って、洗う」

どこにいくのか?祈りに聖書に、そして礼拝に。私たちも招かれています。

招きに答えた時、開く私たちの目の前には 「信じるか?」と問うイエス様のさわやかな笑顔があります。このひとがハッキリと答えたように、私たちも目を開いて答えて参りましょう。

「主よ 信じます」と。                  お祈りいたします。

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日曜礼拝(2017年3月12日)

2017-03-12 12:48:20 | Weblog

日曜礼拝(受難節第二)        2017.3.12

愛は計算を度外視する」 マタイ26:6~13

 

 Ⅰ導入部

 おはようございます。3月の第二日曜日、受難節の第二日曜日を迎えました。先週は、岩淵兄がお話し下さいました。感謝です。先週は、金曜日から日曜日まで大阪のホテルコスモスクエア国際交流センターにおいて、日本ナザレン教団の大年会が行われました。多くの議事協議とナザレン神学校の卒業式、青葉台教会出身の門田純兄が卒業され、門田純師、伝道師となり、九州の長崎教会に赴任が決まりました。また、按手礼式、伝道師から長老職となる式で、松江教会の中出潤一師、尾山台教会の梅實淳一師が按手を受けられ、長老となられました。按手礼の後は聖会があり、アジア・パシフィック担当のデイビッド・グレイブ監督がメッセージして下さいました。また、日曜日の礼拝は古川理事長がメッセージして下さり、ユーオディアの演奏、柳瀬兄の証しがあり、聖餐の恵みに預かりました。

また、青葉台教会出身でメノナイト白石教会の牧師でありました大山裕昭師はナザレン教団に加入され、国立教会の牧師として遣わされることになりました。皆さんのお祈りに心から感謝致します。

 私も教職理事としての2年間が守られました。あと一期2年間選ばれましたので、仕えたいと思います。お祈りでお支え下さい。

 さて、受難節第二日曜日に選ばせていただいた聖書箇所は、マタイによる福音書26章6節から13節です。「愛は計算を度外視する」という題でお話し致します。

 

 Ⅱ本論部

 一、ベタニアでの出来事

 6節には、ベタニアという地名が出てきます。ベタニアには、イエス様が愛された兄弟姉妹のマルタ、マリア、ラザロの家がありました。また、ヨハネによる福音書1章には、イエス様がバプテスマのヨハネより洗礼を受けられた場所がヨルダン川の向こうのベタニアだと記されています。このベタニアで、イエス様は死んだラザロを生き返らせるという奇跡の業をなさったのです。イエス様にとっては、ベタニア、つまりマルタ、マリア、ラザロとの交わりは心地よかったのだと思うのです。

 イエス様は、エルサレムで十字架につくわけですが、エルサレムに行く前にベタニアに行かれたのです。ベタニアはエルサレムの南東約3キロの所にあったようです。ルカによる福音書では、イエス様が昇天された場所がベタニアであったことを記しています。

 ベタニアとは、「ナツメヤシの家」という意味があるようです。また、ヘブライ語では「神により頼む貧しい者の家」「悩める者の家」という意味もあるようです。

 今日の聖書の箇所には、このベタニアに重い皮膚病の人シモンの家でのお話しです。

重い皮膚病は、律法には、「自分は汚れた者だ」と周りいる人々に、わかるように叫ばなければなりませんでしたし、一般の人々と共にいることはできませんでした。ですから、この病気になった人々は、孤独と苦しみと悲しみを深く深く経験したのでした。

 おそらくシモンは、この重い皮膚病をイエス様に癒していただいたのだと思うのです。たとえ重い皮膚病が癒されたとしても、周りの人々は気味悪く思ったのかも知れません。

 ベタニヤとは、「神により頼む貧しい者の家」「悩める者の家」という意味があったように、シモンも家族も悩める者、つらい事柄を経験した人々だったのです。そこに、救い主、解放者イエス様が共におられたということは、大きな慰めだったと思うのです。私たちも、悲しみや苦しみ、嘆きや絶望を経験します。しかし、その私とあなたと共にイエス様はおられることを信じて、イエス様に全てをお委ねしたいと思うのです。

 

 二、無駄に見える最高の奉仕

 そのシモンの家に、一人の女性が入って来たのです。彼女は、極めて高価な香油の入った石膏の壺を持ってきたのです。この記事の平行箇所であるマルコによる福音書14章には、「純粋で非常に高価なナルドの香油」と記しています。この香油は、北インド・ヒマラヤが原産でオミナエシ科植物ナルド・スタキスという植物の根から抽出した香料をオリーブ油で溶いたものです。その香は炭や土さらに松ヤニの香りを含み、深い森を連想させます。 今日では、スパイク・ナルドと呼ばれる香油で、殺菌効果があり、アレルギーなど皮膚治療、アロマテラピーでリラックス作用による疲れの癒しなどに使われているようです。
 この記事の平行記事であるヨハネによる福音書12章には、「純粋で非常に高価なナルドの香油一リトラ持って来て」とあります。1リトラとは、328グラムですから、カンジュースほどの量になります。

 純粋で高価なナルドの香油を、なんと300グラムを全てイエス様の頭に注ぎかけたのです。普段は、一滴ずつ使用するのでしょうが、イエス様には全てささげたのです。ヨハネによる福音書12章には、「家は香油の香りでいっぱいになった。」とあります。一滴なら、ほのかに香るぐらいでしょうが、300グラムですから、家いっぱいに、高価な香油の香りが充満したのでした。

 車でも、トイレでも芳香剤を最近使用します。何か変な匂いを消したり、良い香りを出すために使用します。女性の方々は、香水をつけられている方が多いのでしょうか。すれちがった時に、良い香りがするということがあります。香水は、もともと宗教的な用途や行事に使用されていたのが始まりのようです。イエス様の注ぎかけた香油は、宗教的な用途であったことがわかります。

 その女性がイエス様に香油を300グラム全てを注ぎかけるという非常識な行動を見た弟子たちは言いました。「なぜ、こんな無駄遣いをするのか。」と。ヨハネによる福音書12章には、イエス様の弟子のイスカリオテのユダが、文句を言ったことが記されています。マタイによる福音書26章は、「高く売って」とありますが、マルコやヨハネでは、「三百デナリオン(以上に)で売って」とあります。三百デナリオンとは、成人男性の1年分の給料の額と同じだと言われていますから、相当な金額です。この女性がささげた300グラムは、そんなに高価なナルド香油だったのです。「無駄だ、もったいないことを」ということなのです。

 弟子たちは、無駄だと言いましたが、この女性にとっては、無駄なことではなく、感謝の現れ、信仰の表れだったのです。私たちは、人の行動にケチをつけるのではなく、そのことを受け止めて、共に感謝できたらと思うのです。

 

 三、精一杯のささげものが喜ばれる

 イエス様に対して、自分の持てる精一杯のささげものを、この女性は弟子たちから、けなされました。「高く売って、貧しい人々に施すことができたのに」と言われて、せっかくの感謝の気持ちがなえてしまいました。この女性のそのような心と、また弟子たちの心無い思いを知って語られたのです。10節を共に読みましょう。

「イエスはこれを知って言われた。「なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。」

 弟子たちは、自分の持ち物ではないし、他人のことだから簡単に言えます。ヨハネによる福音書では、ユダが言ったとあり、ユダが貧しい人々のために、と言ったのは、ユダが盗人で、金入れを預かりながら、その中身をごまかしていた、と記しています。ですから、貧しい人々のこと等、何も考えないで言ったことでした。私たちも、その人の事を別に何も考えないで、話してしまうことがあるかも知れません。マルコによる福音書では、「彼女を厳しくとがめた。」と記しています。 1年分の給料がおしかったのでしょうね。

 イエス様は、弟子たちが貧しい人々のこと等考えていない事をご存知でした。そして、彼女を厳しくとがめた弟子たちに、「わたしに良いことをしてくれたのだ。」と彼女を弁護されたのです。

 12節を共に読みましょう。「この人は、わたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。

 イエス様が十字架につけられて死なれた時、葬りの備え、香油を十分に塗ることができなかったので、女性たちは、安息日が終わって日曜日の朝に香油を塗るために墓に行き、イエス様の復活を知りました。香油は、死体にぬるためのものでもありました。しかし、イエス様は、この女性が自分に香油を注ぎかけたことは、イエス様の葬りのために準備をしてくれたと、はっきりと言われたのです。

 イエス様は、弟子たちに少なくとも三回は、御自分が祭司長に苦しめられ、十字架につけられて死ぬことを語っておられました。けれども、弟子たちの全ての者が、そのことを信じませんでした。イエス様の十字架の死について、考えもしなかった。気にもとめなかったのです。けれども、この女性は、イエス様の十字架の死の葬りの備え、準備をしてくれたのです。ですから、イエス様が全人類の罪の身代わりに十字架にかかって死ぬということ、それは苦しみであり、痛みでありました。弟子たちは、イエス様の苦しみを痛みを、自分たちの苦しみ、痛みとすることはできなかったのです。そのような中で、イエス様が十字架につく前に、一人の女性の、このような香油注ぎをイエス様は喜ばれたのです。イエス様の心が救われたのです。全人類のために、十字架につくという使命に立つことができたのだと思うのです。彼女の勇気ある、タイムリーな愛の奉仕により、イエス様は勇気づけられたのではないかと思うのです。

 弟子たちは、300グラム、300デナリオンの香油が無駄だ、勿体ないと憤慨しました。それならば、神であるイエス様が十字架で尊い血を流し、命をささげたということの方が無駄に思えるかも知れません。全ての人が、イエス様の十字架と復活を信じたのであればいいですが、日本では99パーセントの人が背を向けているのですから、イエス様の十字架は無駄だ、もったいないと言うべきかも知れません。けれども、神様は私たちを愛し、私たちを救うために、イエス様を十字架につけ、私たちの全ての罪を赦して下さったのです。全ての人のための救いは完成されているのです。全ての人の罪は赦されているのです。それを知らないだけなのです。

 Ⅲ結論部

 この女性は、イエス様がシモンの家にいると知って自分の最高のささげものをもってイエス様にささげたのです。彼女にとっても、イエス様にとってもそれは、無駄なことでもなく、もったいないこともなかった。最も大切な事となったのです。彼女は、神の時を生きました。今しかできない事を彼女はしたのです。それが、イエス様の葬りの準備となったのです。私たちも、神の時を生きたいと思うのです。私たちは、クリスチャンであっても、苦しみを経験することがあります。苦しい時、苦しむということが神の時を生きるということだと思うのです。悲しい時は悲しむことが、嘆く時は嘆くということが神の時を生きるということなのです。勿論、うれしい時は喜ぶということが神の時を生きることだと思うのです。私たちは、神の時を知る者でありたいと思うのです。

 弟子たちは、彼女の香油注ぎを300デナリオンで売って、と彼女の精一杯の奉仕を計算で決めてしまいました。私たちの住んでいる世の中は、計算で物事を処理します。それは、自分中心であるということでしょう。愛の心をお金で計算したのです。しかし、この女性は、イエス様に愛を持って仕えたのです。計算ではなく、見栄でもなく、心からイエス様を愛して、心からのささげものをしたのです。ですから、誰に何を言われてもよかったのでしょう。しかし、イエス様は、彼女の行為を良い事、葬りの備えと言われ、全世界で福音が宣べ伝えらえる所で、彼女のした行為は記念として伝えられると言われたのです。

 彼女は、記念となるようにとしたわけではありません。彼女のイエス様に対する精一杯の感謝と奉仕が、葬りの備えとなり、イエス様にとって良い事であり、多くの人々に証しとなったのです。

 弟子たちは、彼女の精一杯の愛の奉仕を計算で簡単に済ませました。つまり、自分だけの思い、自分だけの考え、自己勝手に判断したということです。けれども、神様は、計算を度外視して、イエス様、神の子、聖なるお方を私たちの罪を赦すために、魂を救うために、イエス様を十字架につけて殺されたのです。ある意味では、最高の無駄遣いかも知れません。私たちは、命を与えるほどの愛で愛されているのです。このような愛で愛されているのですから、私たちは、この週も安心して、この愛に生かされてまいりましょう。

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日曜礼拝(2017年3月5日)

2017-03-05 20:22:41 | Weblog

 奨励: ルカ4:16~30  今朝、神さまが来た! 3月5日

 

 本日の箇所は、イエス様の宣教開始の出来事を描いています。それをルカは、イエスの故郷であるナザレの会堂の礼拝で始めたとしています。マルコ、マタイでは、ガリラヤで、“神の国が近づいた、悔い改めて福音を信じなさい”と宣教を始めたとしています。ルカはあえて、なぜナザレの礼拝で始めたとしているのでしょうか?

 本日は、この箇所を通して礼拝での、イエスさまの、み言葉を分かち合いたいとおもいます。

イエス様は、“いつものとおり安息日に会堂(シナゴーグ)に入り礼拝したとあります。いつもの通り、ユダヤ教の掟,習慣を守って礼拝に出席しているのです。当時のシナゴーグでの礼拝は、会堂管理者が司会をし、祭司やレビ人等が指名され、祈り、詩編賛美、聖書朗読(モーセの律法と預言書の一部)と奨励をしたそうです。この日は、イエスさまが指名され、立ち上がって、イザヤ書61:1~2を選び、朗読し、その個所について、話したとあります。18節、19節ですね。此の箇所は、まさにメシアの到来を告げるところです。

 主の霊が、私の上におり、主がわたしに油をそそいだ。それは、救い主として、遣わすためだというのです。何のために遣わすのかというと、①捕らわれている人に解放を ②目の見えない人に視力の回復を告げ ③圧迫されている人を自由にし そして、 ④主の恵みの年を告げるためというのです。

驚くことに“この言葉は、今日あなたがたが、耳にしたとき実現した”とイエスさまは、礼拝で宣言したのであります。聞いていたひとは、何のことかと、びっくりしたことでしょう。みなさんは、礼拝でこう言われたらどうでしょうか?イエスさまは、「2人または3人が私の名によって集まるならば、わたしもそのなかにいる(マタイ18:20)」ともいっています。この礼拝にもイエスさまが遣わされているということです。そして主は、私たちを礼拝に招いているのです。メシアは、わたしだと、今朝あなたが、みなさんが、耳にしたとき、実現して、この礼拝のなかに、救い主であるわたしがいるのだと宣言されているのです。捕らわれている人(嫉妬、ねたみ、物等)、目の見えない人(永遠をみる目のない人)、圧迫されている人(苦難、罪と死)へ希望と解放をあたえるため。また主の恵みの年とは、レビ記25章にある、ヨベルの年(7年、50年にすべての負債が免除)のことで、罪の赦しのことであり、それを告げるためであると言っているのです。まさに、この箇所は、メシアとして、私どもを解放し、罪をすべて赦してくださるという宣言であり、イエスさまの十字架をもあらわしているのであります。

私たちは、今朝、この礼拝にイエスさまが臨在し、救いを宣言していることを覚えたいものです。イエスさまの招きに応じ、わたしどもは、何もしなくともいいのです、ただ、そのことを素直に信じ、受け入れ、従い、ゆだねることが大事なのです。ローマ書10:17に「信仰とは聞くことによって、しかもキリストの言葉を聞くことによって始まるのです」とあります。まさに、イエスさまがイザヤ書のこの箇所を読み、話したのです。救い主が、今、ここにいるのです。礼拝とは、神との出会いであり、対話なのです。神がキリストによって語り、私どもが、応答して祈る。礼拝は神と人との、人格的交流の場でもあるのです。こうした思いを持って礼拝に臨み、神と出会い、従いたいものです。

 3週間前、札幌にいき、当地では信徒数の多い教会の一つである、札幌キリスト福音館の三橋幸子(ゆきこ)師と会食する機会がありました。彼女は、現在80歳台ですが、夫は13年前に亡くなった三橋万利(かずとし)師です。万利師は、小児麻痺で上下肢体の機能が喪失した1級身体障害者です。彼女が看護学校に通っていたころ、万利師の結婚相手として、他の女性のことを祈っていた時、主が「あなたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分の体をもって神の栄光をあらわしなさい」との示しがあって万利師と結婚したそうです。身体障害者で生活能力がないばかりか、その手足となって生涯身の回りの世話をするだけの結婚生活に対し、両親はじめ親族も皆反対し、結婚式にも出てこなかったそうです。三浦綾子さんが、随筆集でも取り上げている有名な方ですので、ご存知の方もいると思います。その人となりを三浦綾子さんの文章から紹介します。“司会者の挨拶があり、いよいよ講演がはじまることになった。すると、一人の女性が、前方の椅子に座っていた三橋先生のそばに、しとやかに近づいて行った。30半ばに見えたその女性は、先生のそばまで行くと、先生に背を向けて屈みこんだ。先生はその女性の肩に両手をかけて、おぶさった。彼女は静かに立ち上がり、一歩一歩踏みしめるようにして、檀上の椅子に近づき、先生をその椅子に移した。その控えめな、しかしひたすらな表情が、わたしの心を打ち、わたしはその二人の姿に感動した。この時の、感動は、今も変わらない。小児麻痺で両脚、片手の機能喪失し体の不自由な先生、夫人に背負われねば壇上に上ることのできない先生、しかしその身体の不自由を、決して卑下もしなければ、かこちもしない先生。夫人もまた、夫の体の不自由をいささかも恥ずることがない。このご夫妻は全く対等な立場でお互いを尊敬し、愛し合っておられる。それは、ともに主にある一人の人間としての、神の前にある生き方から生まれてくる姿勢なのだ。だからこそ先生は、大きな明晰な声で、明るい笑顔で講演し、夫人もまた、会う人の心を深く打たずにはおかない輝く顔をなさっておられるのだろう。”先生は、13年前に夫がなくなるまで、50年間世界中どこに行くにも夫を背負いつづけたと言っておりました。今、息子さんがこの大教会を引き継ぎ牧会しています。主を信じ、その命に素直に従う人生が祝福された素晴らしいものになる証ですね。

 

  少し、話がそれてしまいましたが、さらにイエスさまが、イザヤ書をよみ、語った、救いの宣言に、はじめ人々は、イエスをほめ、そのくちからでる恵み深い言葉に驚いたというのであります。同時に、この人はヨセフの子ではないかと言うのです。神の恵みを伝える言葉そのものでなく、あの大工の子の口から出てきたということに人々は感嘆したのです。人々は、神の言葉としてではなく大工のヨセフの子の言葉として聞いたのです。それに対しイエスは、預言者は自分の故郷では歓迎されないものだとはっきり言い渡します。故郷とは、親族であり、ナザレの人々、ユダヤ人のことです。神の救いの実現がユダヤ人から異邦人にいくことを告げられたのです。これを聞いた会堂内の人々は、みな憤慨し、イエスを殺そうとした。イエスをほめていた人が、一転して激しい怒りを覚えたというのです。

 ここに大きな問題が潜んでいます。イエスを身近に知っているのだから、異邦人の多いガリラヤでした奇蹟をこの故郷の地では当然起こせというのであります。特権意識―ユダヤ人の選民意識―ともいうべきものです。“医者よ自分自身をなおせ”とイエスを揶揄し、非難しているのです。十字架上のイエスへの非難の言葉“他人を救ったのだ。メシアなら自分を救ってみろ”とおなじです。このナザレでの出来事は、イエスの十字架の出来事と同じことであります。

 最後に“Crazy Love”という最近、よく売れて本があります。米国ではベストセラーだそうです。著者は、フランシス・チャンという牧師です。1994年にカルフォルニアで開拓伝道を始めたそうです。当初は、30人くらいの礼拝出席者だったそうです。10年後には、3000人を超えるようになり、さらに成長していたそうです。彼は、突然そこの牧師を辞任しました。その理由の一つが、牧師としての人気が出て、自分がメッセージしない日には、礼拝に来ない人が多くいることが分かったからだというのです。礼拝に出ている人々が、自分をみて、神をみなくなっていたからだというのです。有名講演者や人気タレントと同じ扱いでスター牧師として見られるようになっていたからです。賛美をうける対象は人ではなく神であるだと言っています。ナザレの人々の反応はまさに同じであります。私どもも、このことを心にもって、礼拝においては臨在の神を見上げるようにしたいものです。

主は、私の十字架の死により、あなたがたの罪はすべて赦されている。私に信頼をおきすべて任せておれば、何も心配することはない。わたしは、いつもあなたと共にいるのだと言っているのです。ときしも、イエスさまの受難を思うレントの時期にはいっています。

 私たちの、罪を赦すため、十字架上で命を捧げたイエス様のことを覚え、この礼拝に臨在しているイエス様を崇めつつ、その言葉に従って今週も歩みたいと思います。アーメン

 

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日曜礼拝(2017年2月26日)

2017-02-26 12:42:43 | Weblog

公現後第8主日礼拝                2016226日(日)

聖書箇所:ルカによる福音書22:54-62

「希望のまなざし」

 

導入

・スヌーピー(画像0

みなさん、「スヌーピー」をご存知ですか。チャールズ・M・シュルツ(アメリカ人)は、チャーリー・ブラウン・スヌーピーの生みの親であります。(画像1)

クリスチャンである彼は、このように言いました。「ひどく悩んだ心が落ち込んだりした時でも、そこから立ち直ることができたのは、神のおかげだったことに気がついた。」(画像2)私たちが本当にたちなおることができたのは、人ではなく、神によります。今日は、チャールズ・M・シュルツが言ったこの言葉が今日のペテロと重なりますので、紹介させていただきました。今朝はルカによる福音書2254節〜62節「希望のまなざし」と題して、語らせていたただきます。

 

本論 歴史的背景

Ⅰ イエス様は弟子たちを呼び寄せ、今からわたしたちはエルサレムへ登っていく、死んでよみがえられる」と3度言われました。12人弟子たちはこれのことが何もわからず、理解できなかったと記されています。これまで大勢の病人を癒し、奇跡を行い、死人をよみがえらせ、神の国についてたとえを用いて話されました。しかし、ルカによる福音書951節からはご自分の十字架への受難と言える道を歩み始められました。イエス様は弟子達を選ばれてから約3年間ともに過ごされ寝食をともにしてきました。イエス様がこの世に人となってきてくださった本当の目的とは、私たちの身代わりとなるために死んでよみがえる使命を負っていたのであります。

ルカによる福音書227節「過越祭と言われている徐酵祭が来た」過越の祭とは、ユダヤ教三大祭りの一つです。旧約の時代にイスラエルの民が神によってエジプトから救い出されたことを祝う大切な祭です。3月末〜4月初め頃に子羊を屠りって焼き、種無しパンと一緒に食べ祝うそうです。イエス様たちも過越の食事の準備をするため、部屋に入り弟子たちと共に最後の晩餐をされました。

ちょうど、十字架にかけられる前日(木曜日)です。

 

最後の晩餐は木曜日の夜でした。食事の時にイエス様は「この中に1人裏切り者がいる」と言われ、一体誰がそんなことをしようとしているのかとざわつき、議論し始めました。また自分たちの中で誰が一番偉いのかも議論が始まる中、

イエス様は「あなた方の中で、1番偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい」と言われました。

そして、ペテロに「31. シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかしわたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」ペテロは「ご一緒なら牢に入っても死んでも良いと覚悟しています。」と自信に満ちて言ったように見えます。しかし、イエス様は「ペトロ、ペトロ。あなたは鶏が鳴くまでに、3度わたしを知らないと否定するでしょう」と答えられました。

食後はいつものようにオリーブの山に行かれ、弟子たちに「誘惑に陥らないように祈りなさい」と言われ、石を投げて届くほどのところに離れ、父なる神にひざまずいて祈られました。「42父よ、御心なら、この杯をわたしから取り除けてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」汗が血の滴るように地面に落ちた。それほどイエス様も必死に祈りました。御使が神の御心に従われるイエス様を励まし、力づけたと書いてあります。

ルカによる福音書223「しかし、12人の中の一人で、イスカリオテと呼ばれるユダの中に、サタンが入った」とあります。イスカリオテのユダは、最後の晩餐の時、イエス様と共に食事をしていました。イエスは夜、オリーブ山のいつもの場所に登られることを知っていたユダは、イエスを引き渡すために、

祭司長、律法学者たちは群衆のいないところでイエスを捕まえることができるようにチャンスを狙っていました。

イエスを捕まえに行くには、オリーブ山を目指して降っていかなければなりません。つまり、真夜中にたいまつを持って向かってきているのを、オリーブ山から見ることができたわけです。

眠り込んでしまった弟子たちを起こしていると、殺そうと捕まえに来た群衆の先頭には、愛する弟子の一人イスカリオテのユダが立っているという光景です。衝撃的な場面です。別の福音書には、「先生、こんばんは」と近づき、愛する師に対する弟子の接吻をしたのです。弟子たちが考えていたことは、自分たちが今大変な状況の中にいるということでしょうか。その時、弟子たちは皆逃げて行ってしまったのです。

 

Ⅱ鶏が鳴いた

1度は逃げたものの、ペトロは後からイエス様から遠く離れて後を追いかけ、大祭司の屋敷の中に入り、これからイエス様はどうなるのだろうか、ことの成り行きを見ようと、集まっている人々の中に混じっていました。

けれども大祭司の女中がペトロが焚き火に照らされて座っているのを見て、「この人も一緒にいました。」あのナザレの人と一緒にいました。と言いと、ペテロはとっさにそれを打ち消して、「私はあの人を知らない」と言いました。他の人が「お前もあの連中の仲間だ」というと、「いや、そうではない。」と急いで答えました。1時間ほど経って、「確かに、この人も一緒だったぞ。ガリラヤのなまりが強いからこそ、間違いない」「あなたの言うことはわからない。」と、まだこう言い終わらないうちに鶏が鳴いたのであります。

にわとりの鳴き声を聞いて、「鶏が鳴く前に、あなたは3度私を知らないと言いますよ」と言われた主の言葉をペトロは思い出し、主イエスを数秒見たでしょう。どん底に落ち入り、いつも共にいてくださって、愛して下さったイエス様を裏切ってしまった後悔、信仰が弱わり、打ちのめされたでしょう。この先、どうしたらいいだろうか。不安、絶望に包まれたと感じます。

 

Ⅲペトロとユダの違い

ペトロとイスカリオテのユダの違いはなんでしょうか。

   イスカリオテのユダ

ユダにサタンが入りました。ユダは、祭司長たちや神殿守衛長たちの元へ行き、金と引き換えにイエスの居場所を教え裏切りました。最後の晩餐後、イエス様はいつものようにオリーブ山の場所にいくことを知っているユダは、イエスの祈っておられるところまで案内したのであります。私がとても印象に残っているのは、ここには書かれていませんが、ユダがイエス様に接吻しに近づいた時、「先生、こんばんは。」と言って、接吻し、イエス様は、「友よ、しようとしていることをするがよい」と言われました。目の前で裏切ったユダに対して、見つめながら「友よ」と言われました。ユダはイエスに有罪判決が下ったことを知り、自殺してしまうのです。

 

②ペテロ

イエス様は、サタンがペテロに試みを与えようとしていることを予め知っていました。だからこそ、イエス様は「わたしはあなたのために信仰がなくならないように祈った」とおっしゃったように、サタンの試みによってペトロが信仰を失いかけてしまうことがないようにイエス様は、とりなしの祈りをしてくださっていたのです。

サタンが働き、ユダとペテロはどちらもイエス様を裏切り、どちらも数秒間イエス様に見つめられています。イエス様がお選びになった、愛する弟子の裏切り。ペテロだけ特別見つめられたのではなく、同じ赦しと哀れみの眼差をかけられたことに、神の愛を感じます。

 

ペテロにとって、イエス様のまなざしは、どんなだったでしょうか。「こんなにも一緒にいたのに、あなたまでよくも私を裏切ったな」という憎しみの目、冷たい目でペトロを見ていたでしょうか。鶏が鳴いた時、ペトロはハッと気付課されました。なぜ、あの時、自分が3回も必死になってイエスの弟子であることを否定し、全くの無縁であることを主張したのか。最後の晩餐の時、

イエス様を愛するがゆえに「主よ、ご一緒なら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております。」と自信を持って堂々と言ったのに、イエス様が予告された通り、裏切ってしまったことで信仰がどん底にまで落ちてしまったのです。鶏が鳴いたとき、イエス様は振り向いてペトロを見ておられました。数秒見つめあったのでしょうか。そのときのまなざしは、赦し、神の憐れみと失敗を許しておられるまなざしでありました。「あなたは鶏が鳴く前に、私を知らないというだろう。」という言葉を思い出し、涙が溢れたのです。

 

ペトロはイエスのまなざしを決して忘れることはできなかったと思います。自分の弱さを思い知らされ、号泣しました。翌日の金曜日、イエス様は死なれ、復活される3日間、ペテロにとっては、風前の灯でした。しかし、復活の朝を迎えたとき、墓に来た女性たちに「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。」と予告通り復活後、ペテロの名を出して、弟子として招いています。

復活後、イエス様はガリラヤ湖でペテロに現れて、共に食事をし、励まし、もう一度立ち帰らせました。ヨハネに夜福音書21章に「わたしを愛しているか」と3度聞かれ、ペテロは心を痛めて、「主よ、あなたは何もかもご存知です。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます」と信仰告白をしました。イエス様は、「わたしに従いなさい」と立ち上がらせてくださったのです。ペトロは赦して下さったことを知り、主に一切を任せて行ったのです。

 

結論

鶏の鳴き声は、単なる鳴き声ではありません。この時の鶏の鳴き声は、ペテロにイエス様の御言葉を思い出させるきっかけとなったのです。「イエス様を知らない」と3度も否定しまい鶏の鳴き声で、主イエスが十字架へ向かわれているということも思い起こされたわけです。

主イエス様がペテロに向けられたまなざしは、主を裏切るペテロのためにも「わたしはおまえのためにも十字架にかかるというメッセージとともに、私たちに向けられています。誘惑に満ちたこの世界で生きる時、私たちもペトロのように心が主から離れてしまうことがあります。けれども鶏の鳴き声は、ペテロのように、私たちの罪を気づかせてくれます。イエス様が十字架で死なれたのは、私たちの罪が流された血潮で赦されることであり、弱った信仰でもイエス様の愛にしっかり触れる時、もう一度、ペトロのように立ち上がる励ましを得ることができるのです。

イエス様を裏切ってしまったペトロは、とんでも無い罪を犯したけれど、鶏の鳴き声でイエス様のお言葉を思い出したことがペトロにとっても私たちにとっても大きな恵みと思わずに入られません。鶏の鳴き声というのは、形を変えて今も私たちに気づきを与え、恵みを与えてくだいます。人はどん底にいる時、これ以上下がることのない状態まで落ちた時、天を見上げ、神に助けを求めます。導入でお話ししたスヌーピーの生みの親チャールズ・M・シュルツは私たちが本当にたちなおることができたのは、人ではなく、神です。弱った私たちを神は見捨てることなく、復活されたイエス様の眼差しには希望がありますので、共におられるイエス様と共に今週も歩んでいきましょう。

 

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日曜礼拝(2017年2月19日)

2017-02-19 10:15:14 | Weblog

日曜礼拝(公現後第七)     2017.2.19

       「神様はけちけちしない」 マタイ20:1~16

 Ⅰ導入部

 おはようございます。上芦別教会、鳥栖教会の皆さん、おはようございます。2月の第三日曜日を迎えました。17日の金曜日は春一番が吹き、19度の気温で春の温かさを感じましたが、次の日からまた寒い日が続いております。温度の変化に体がついていかないという方々がおられるのかも知れません。

 マタイ19章には、金持ちの青年の話しがあります。彼は、自分の持てるものが多くて貧しい人に施すことができず、永遠の命を得ることができないで、悲しみながら立ち去りました。その後、イエス様の弟子のペトロがこのような質問をしました。「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました。では、わたしたちは何をいただけるのでしょうか。」(マタイ19:27)と、イエス様の働きの最初のころから従った弟子の一人として、あの金持ちの青年と違って自分は、仕事も舟も家族も捨ててイエス様に従ってきたので、何をいただけるのかと、いただけて当然という態度に対して話されたのが今日のぶどう園の労働者のたとえなのです。

 今日はマタイによる福音書20召1節から16節を通して、「神様はけちけちしない」という題でお話しします。

 

 Ⅱ本論部

 一、今日という日を生きる

 ぶどうの収穫期になると、ぶどう園の主人は、労働者を雇います。この労働者というのは、日雇いの労働者、その日、その日を一日の契約で働く人々です。「巨人の星」という野球の漫画がありましたが、主人公の星飛雄馬が、高校の入学試験の面接で、お父さんの仕事はと訊かれて、なかなか答えることができなくて、その答えを詰め寄られて、大声で、「日本一の日雇い人夫」と言って笑われたというシーンがありました。

 毎日を、仕事にありつけるかどうかで生きていけるかどうかというギリギリの、不安定な生活でした。ぶどう園は、収穫期のすぐ後には、雨季となり雨が降り、ぶどうの収穫が遅くなると雨季と重なり、ぶどうが腐ってしまうために、ぶどう園の主人は、労働者を探しに、仕事を求めている人々の所に出向いていくのです。

 夜明け前に、まず1日1デナリオンの約束で労働者を雇いました。だいたい労働時間は、午前6時から午後6時頃までであったようです。ですから、夜明け前と言いますから、午前6時以前であったのかも知れません。日雇い労働者ですから、今日一日の4人家族の生活が保障されたのですから、それは安心であり、平安で、喜んで1日の仕事ができるのだと思うのです。

 さらに労働力がいりますから、ぶどう園の主人は、午前9時頃に仕事を探している人々のところ、広場に行きます。そして、1日1デナリオンという約束ではありませんが、「ふさわしい賃金を払ってやろう」と約束したのです。ぶどう園の主人は、さらに収穫物を集めることを早めるために、昼の12時にも午後3時にも、でかけていき、「ふさわしい賃金を払ってやろう」と言ったのだと思います。5節の終わりに、「同じようにした。」という言葉がありますから、午前9時に雇われた人にしたように、「ふさわしい賃金を払ってやろう」と言ったのだと思うのです。とにかく、主人はぶどうの収穫のために労働者をぶどう園に送りました。

 夜明けごろに1日1デナリオンの約束をした人は、その契約のゆえに安心でした。午前9時、昼の12時、午後3時に雇われた人は、「ふさわしい賃金を払ってやろう」という主人の言葉に期待するしかありませんでした。

 ぶどう園の主人は、さらに追い込みでぶどうの収穫の必要を感じて、午後5時頃に仕事を求める人がいないか、広場に行ってみました。たとえ、1時間でも、ぶどうの収穫のためには必要な労働力だったからです。すると、そこにも仕事を求めて立っている人がいたのです。主人は、「なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのかと」尋ねると、「だれも雇ってくれないのです」と言ったのです。 ぶどうの収穫期ですから、ぶどう園のどの主人も労働力が必要なはずです。けれども、今まで雇われなかったのは、年がいっていたとか、若すぎるとか、力がなさそうとか、働きそうもないとか、そのような雰囲気があったのかも知れません。このぶどう園の主人は、一日中立っていた彼らに、「あなたたちもぶどう園に行きなさい」と言ったのです。そして、彼らはぶどう園に行き働いたのです。

 

 二、神様の憐れみがある

 一日の労働が終わり、賃金の支払いの時が来ました。通常は、最初働いた人々、夜明け前から1日1デナリオンの約束をした人々から賃金が支払われるべきでしたが、この主人は違いました。8節を見ると、「労働者たちを読んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい。」と主人はぶどう園の監督に命令しました。

 午後5時頃に雇われた人々は、労働に対する約束は何もありませんでした。ですから、あまり期待もしていなかったのかも知れません。けれども、何と彼らは当時の1日の労働賃金の1デナリオンをもらえたのです。それは、驚きでした。びっくりでした。喜びました。これで家族が生活できる。母ちゃんに叱られずに済む。それは、安心でした。本当に、主人に感謝したことでしょう。喜びいっぱいでした。

 午後3時に雇われた人、昼の12時に雇われた人、午前9時に雇われた人々は、主人から「ふさわしい賃金を払ってやろう」という約束がありました。「ふさわしい賃金」とはいくらぐらいだろうと思いましたが、仕事ができることを喜び、主人の約束の言葉に期待しました。普通の常識から考えると、午後3時に雇われた人は、12時間労働のうち3時間の労働、昼の12時に雇われた人は、6時間の労働、午前9時に雇われた人は9時間の労度ですから労働時間から計算すると午後3時に雇われた人は、12分の3で4分の1デナリオン、昼の12時に雇われた人は、6時間ですから2分の1デナリオン、午前9時に雇われた人は、9時間12分の9ですから4分の3デナリオンということになりますが、主人は三者ともに1日の賃金の1デナリオンを支払いました。彼らも、主人に対して感謝したはずです。喜びでいっぱいでした。

 主人の彼らに対する思いが、1デナリオンという賃金に現れていると思います。それは、1デナリオンというお金がなければ、家族が生活できないからです。主人は、そのことを考えて、彼らに必要な賃金、主人が言った「ふさわしい賃金を払ってやろう」という言葉に主人の思いが詰められているのだと思うのです。この心は神様の心を表しているのだと思うのです。ふさわしくない者に、ふさわしいものを与えて下さる。それが神様なのです。

 

 三、他人と自分を比べて生きない

 とてもハッピイだと思っている人々がいましたが、そうでない人々もいました。それは、夜明け前に、ぶどう園の主人と1デナリオンを約束した人々でした。1日12時間働いた自分たちと9時間、6時間、3時間しか働かなかった人々と12時間たっぷり働いた自分たちと同じ待遇だったからです。特に、午後5時から1時間しか働かなかった人々が、12時間働いた自分たちと同じ1デナリオンをもらったことは、大きな憤りでした。彼らは言います。12節です。共に読みましょう。「最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。」 怒り心頭です。夜明け前から働いた人々は、労働時間の違いが無視されたことを怒りました。1時間と12時間の違い。また、労働の厳しさが評価されていないことに怒りました。日照りが続く日中と涼しい夕方の違い。

 彼らは、自分たちは暑さと厳しさの中で12時間という時間を働いた。だから、夕暮れの涼しい時に1時間しか働かなかった者と一緒にしてほしくない。私たちが1デナリオンなら彼らは12分と1デナリオンだろう。彼らが1デナリオンもらったのなら、私たちは12デナリオンだろうと詰め寄りました。自分たちの正当性、努力を、がんばりの評価を求めました。

 しかし、ぶどう園の主人は彼らに言いました。13節と14節を共に読みましょう。

 「主人はその一人に答えた。「友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。」

 ぶどう園の主人が1デナリオン以下しか払わなかったとしたら、それは不正ですが、1日1デナリオンの約束、契約をしたのですから、1デナリオンの支払いは何ら問題はありません。ただ、1時間しか働かなかった人々が1デナリオン、12時間暑い中を辛抱して働いた自分たちと同じ扱いをしたことがしゃくに触りました。

 こうならないために、通常の支払い方法、最初に働いた人々から始めていたら、彼らは1デナリオンを喜んでもらって帰っていたでしょう。けれども、この主人はわざわざ、最後の1時間しか、働かなかった人々から支払いを始めて、しかも1デナリオンを支払ったものですから、大騒ぎになったのです。

 12時間働いた人々は、自分たちは働いた。頑張った。だから、もっと多くもらえるという考え方でした。それは、まさにこの世の考え方です。働きの時間や内容が評価される世界です。それが常識ですが、そのようなことが評価されるのではなく、神の恵みと憐れみが基準となる世界のことを記しています。20章の1節には、「天の国に次のようにたとえられる。」とありますように、天の国についてたとえです。天の国とは、神の国、天国というようにも考えられますが、もう一つ、私たちが住むこの世界で、神が共にいる世界、神の恵みと憐れみが基準となる世界であると言えます。

 私たちは、この世での競争の世界、労働時間や労働力が評価され、力が評価され、頑張りや実績が評価される世界にあって、神様の恵み、神様の憐れみを体験することができるのです。それは、神であるイエス・キリスト様が、人となって私たちの世界、人間の世界に来られ、私たちの自己中心からくる罪の身代わりに十字架にかかって死んで下さいました。罪を持ったままでは滅びに向かっている私たちを罪から解放し、救い、神様と共に歩む新しい世界、死んで終わりの世界ではなく、死んでも生きる世界に導いて下さったのです。私たちは、1時間しか働かなかった者、足りない者、ふさわしくない者であるけれども、神様はイエス様の十字架と復活のゆえに、私たちに恵みと憐れみを与えて下さったのです。

 

 Ⅲ結論部

 イエス様の弟子のペトロは、「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました。では、わたしたちは何をいただけるのでしょうか。」とイエス様に質問しました。自分たちは全てを捨ててイエス様に従い、イエスに仕えてきたので、神様からの祝福をいただく資格がある。そう胸を張ったのです。イエス様は、マタイ19章30節で、「しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先にいる。」と言われました。

 マタイ20章の16節を共に読みましょう。「このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」 当然もらえる資格があるというペトロや律法学者やファリサイ派のように、先にいると者は後になり、徴税人や遊女と言われる罪のレッテルを貼られている、後にいる者が先になるのです。そして、1時間しか働かなかったという資格も権利もない後にいる彼らは先になり、夜明け前から働いて権利を主張する先にいる者は後になるとイエス様は言われたのです。

 私たちは、先にいる者でしょうか。救われたのが早かった。洗礼を先に受けた者は祝福が多いのでしょうか。多くあるでしょう。しかし、最近救われた人は祝福が少ないのでしょうか。神様の恵み、憐れみとはそういうものではありません。年功序列や経験や成績、きよさ、奉仕の頑張りで祝福が決まるのではありません。本来、1時間しか働けないで、賃金を、恵みと憐れみを受けることができない自分に、神様の驚くべき恵みが、憐れみが与えられていることを感謝したいと思うのです。私たちは、この週も、本来与えられるはずのない自分に神様の恵みが、憐れみが与えられていることを感謝すると共に、他の人が恵まれ、祝福されていることを共に喜びたいと思うのです。

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