狂電関人の写真庫

狂電関人本人のこれまでの写真のストックを思うまま徒然に表現。お立ち寄りの際には一言コメントをいただけると幸いです。

イーハトーブのけむり 終 急勾配を下って・・・

2017年07月13日 20時56分50秒 | 国鉄・JR 東北

アップの時系列は前後するが、詰め込んだ旅程の中往路のみのC58の最後は此処と。
釜石線中最大の難所である仙人峠。
往路は手前の上有住から陸中大橋までで約150m下る。
オメガの隘路を下りこんで来たC58が陸中大橋駅に入線。



ホームでお出迎えのおチファンはしっかりとその雄姿を脳裏に刻み込んだであろうか。



下り坂で乱れた呼吸を整えるかのように静々と到着するが、
点灯のダブルシールドBが勇ましい!



暫し停車で休息。
乗客もホームに出て写真を撮るなどする間、
掛りが足回りをチェックし終わると、すぐに発車時刻となる。
かつて隆盛を誇った鉄の産地に別れを告げ、
一歩一歩行き足を助士が確認しながら速度を上げていく。
山を下れば終着も近い。

2017年6月 陸中大橋駅にて

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4 コメント

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陸中大橋今昔 (風太郎)
2017-07-13 22:26:41
機芸出版社の「シーナリィガイド」に此処が鉱石搬出駅として栄えていた1970年位のルポが載っていて、
レイアウト厨だった風太郎は穴の開く程眺めたものです。
本棚から取り出して写真と対比してみればいろいろ発見がありますね。
右のコンクリート柱は巨大ホッパーの名残りですね。本線のトンネル出口にはこれまた巨大な木造排煙塔があったようです。
煤煙で全てが真っ黒、カラス列車の異名があったという釜石線の残り香はありましたでしょうか。
陸中大橋駅構内 (狂電関人)
2017-07-14 20:21:28
風太郎さま

はい!この角度では望遠なので右手前の大きく長いホッパービンが入っていません。
おそらく、風太郎さんのおっしゃる木造排煙塔は、画面に入っている右の建造物には三角屋根の上部建造物とトンネル出口真上の設備がのって居たようですので、それなのでしょうね!
残念ながら、線路の左側にあった一階が売店で二階が食堂のようなモルタル造の建屋は消失してました。
どんどんこの駅の隆盛を物語る遺物が減って自然に還りつつあります。
いやいや (風太郎)
2017-07-14 21:00:32
写真では判然としませんが列車が通って来た本線のトンネル出口があるはず、
その出口を跨ぐように木造排煙塔がありました。
右側の「足」はあくまでホッパーの下部で、上に屋根を持つホッパー上屋が載っていました。
右側のトンネル入口状のものは行き止まりで、ホッパー線に入った列車が頭を突っ込むスペースだったようですよ。
一度「シーナリィガイド」を持って新旧対比してみたい気がします。
本線の方ですね?! (狂電関人)
2017-07-14 21:39:15
風太郎さま

失礼いたしました。
本線の話でしたね!たぶん冷水トンネルにも似たようなものがついていたようで、カーテンも付いていたとか・・・。
シーナリィガイド超大昔に父親にせがんで買ってもらいましたが今はどこに行ったか不明です。表紙が確かキハ82だったと記憶してます。

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