摂食障害サポート NPO法人 心ざわざわ

看護師、精神作家、理事長の岡本理香の本音で語るコツコツ話。シークレットのつもりのブログ。

本音で語るから続くんやで。

2011年09月04日 | 摂食障害


ご無沙汰しました。
こちらで綴っていた、岡本の独り言が、出版されたのが、2010年の夏。
毎朝メルマガ独り言は、まだまだ続いています。

よ〜ネタが続くよな〜ほんま。
日々、成長やさかいね。
本音で語るから続くんやよ。

岡本理香著「宝物は心にあるからこそ、宝物を手放すことができる」
−摂食障害を手放した娘は、肺がん末期の母との最期を心に刻んだ−
肺がん末期の母との4カ月間。
http://www.eonet.ne.jp/~kokorozawazawa/takaramono.htm

日刊メルマガ
http://archive.mag2.com/M0064523/index.html
ブログも続いておりますわ。
http://ameblo.jp/kokorozawazawa/
http://blogs.yahoo.co.jp/zawazawa729

ほんなら、ご縁に感謝します。


NPO法人 心ざわざわ 理事長 岡本理香

引っ越し

2010年10月08日 | 摂食障害
諸事情で、ブログを引っ越しいたしました。
ご縁に感謝します。

NPO法人心ざわざわ 
http://kokorozawazawa.org/
携帯、http://www.eonet.ne.jp/~kokorozawaza

教える側のアイデンティティが問われんや

2010年10月06日 | 摂食障害
「本日の講座、終了、1時間で1万円です。以上」。
シンクの前に立ったまま、パートナーに、いつものセリフ。

「今日は、4組目、ほぼ同じことを喋ったような」
我が家の団らんは、毎日、私の講座。

ボーダーと発達障害と怒りについて。
本日のテーマ。

「はい、お風呂に入ってや」。
我が家の団らんは、毎日、私の講座。

職業柄、パートナーの質問は、リアル。
私の助言は、ド真ん中ストライクに入る。

時間軸が今に乗るさかい。


面談と表現するが、講座とも言える日々。
「怒り」の資料も、スーッと飲み込む彼女たち。
知識に飢えているんだろう。
知識があれば知恵への一歩を踏み出す。

「教え」を望む。
愛情飢餓というが、知識飢餓だろう。

愛する。
教える。

これが同じ。

愛される。
教わる。

これが同じ。

知識は、ただの文字。
知恵は、自分の財産。

財産分与は惜しみなく。

どう使うかは、あなた次第。


「教える側のアイデンティティが問われんや」
我が家の団らんは、毎日、私の講座。

我が家の団らんは、今日も、きっと私の講座。

私とパートナーのスタイル。

怒りについて、まとめてみたら・・・

2010年10月03日 | 摂食障害
長くなった。

パートナーが、私を呼ぶ。
「書類マニア」
私が、パートナーに伝える。
「お陰さまで」

怒っている人が多い。
無知なのか?

私は無知だった。

今は、知る。
過去は、知った。
未来は、無知だ。

人は、今を生きるしかできない。



貪りの心、怒りの心、愚痴の心
怒りは、仏教では三毒の一つであり、毒薬のような三つの煩悩。自分の気にいらない事に対しての反発心は、自分があって相手があるという対立の世界から生じる。これは、生きる上で誰もが苦悩するものであり、自他の対立によって私たちはいつも苦しめられている。これを解決するには、本心にたち帰るしか道はないと言われる。怒りは誰にでも備わっている感情であり、存在する価値と理由はある。
人間だけでなく、生き物は、自分を守る本能から怒るのであり、生きるために必要な感情である。怒りを抑えつけると、常に生命の危機を脱しないということでもあり、怒りをため込むことは、大爆発をして、心身を破壊することもある。
まず、自分が怒っていることを知る。浸り、対策を練る。上手に付き合っていくことも必要であり、怒りを憎悪に成長させないことがポイントである。取り除く、発散、離れるなど。
何か自分でしたくないことを強制されたら、はっきりと断るのが最良の方法。侮辱には、黙り込まず、穏やかに反論する方がよい。「あなたの言うことは分かるが、私はこう思う」。
また怒りの多くは、自分は人から大切にされるべきだという無知からも生まれる。特別ではない、お姫様ではないことを知っている人は、足元の豆を拾うので、怒りは少ない。
冷静さがキーワードだろうが、これが難しい。それには、時間が味方になってくれることもある。深呼吸、場所を移動など。
その怒りは、必要か?と問う余裕もほしい。必要な怒りを、皮肉、ごまかし、暴力や体の不調などのゆがんだ形で表現していないか?また、理不尽な過去の怒りや恨みを被せて、相手を追いつめていないか?
伝える時は、アイメッセージ。「あなた」ではなく「私は」を主語にして、「あなたがこんなことをした」ではなく、「あなたのした事を、私はこのように感じている」。また、罪と恥を思い出してほしい。相手の行動や言葉全体を否定せずに、その部分だけを捉える。「この部分だけこうして欲しい」など。
視野を広げて、全体を捉えて(テーブルの飴)いる人は、その1個の飴だけを観ることもできる。ここを逆にしている方が多いのを常に感じる。


怒りについて
「然(しか)るべきことがらについて、然るべきひとびとに対して、そしてまた然るべき仕方において、然るべきときに、然るべき間だけ怒る人は賞賛される」アリストテレス。

怒りとは、感情の一つで「危険にさらされた」という意識や認識に起因する感情的な反応であり、自己目標に到達するための行動が妨害されたときに生じる攻撃的な情動が怒りである。「危険にさらされた」というのは、物理的なものに限らず、自尊心や名誉などの無形のことも含まれる。この怒りは人の自然な感情であり「抑えつけてはいけない。しかし流されてもいけない」ものである。

感情には、左右の側頭葉内側部にある扁桃体(安全、有益か危険・有害かの判断を担う速やかな働き)と前頭前野(刺激に対する行動や良し悪しを評価し長期に行動を制御)が関係する。扁桃体は他者の怒り表情を無意識に検出する。また、一種の差別判断や社会的能力(相手の印象を読みとる)も担っている。扁桃体の活動により自律神経や内分泌の活動が協調して起動される。その扁桃体が暴走しないように前頭前野による抑制的制御が働くが、うつ病などの感情障害の患者は、前頭前野機能が低下しており、不安を強く感じたり、無害なものに恐怖を感じたりすると言われている。感情制御がうまくいかない人は、過剰に感情的になるが、それに伴う身体反応も過剰に起こり、心臓病、糖尿病や喘息などにかかるリスクが高いと指摘されている。

情動の分化
新生児           興奮
3か月     不快____ 興奮 ____ 快       
6か月  不快から恐れ 嫌悪 怒り   
1歳                 快から得意 愛情
1歳6か月 不快から嫉妬         愛情から 成人への、子供への愛情
2歳                 快から喜び

言語コミュニケーションを獲得する前の乳児期と養育者は、情動の表出と読みとりを行い、母親の苦しみを見ている子供が泣き出す「感情の感染的行動」は2歳以降にはさらに共感や同情を生み出す。
出生時は興奮だけであるが、乳児期にはそれから快と不快が分化し、乳児期になると、快からは快のほかに愛情や喜びが分化し、不快からは不快のほかに怒りや恐れが分化してくる。5歳の幼児期になると、怒りから怒りのほかに羨望、嫉妬、失望などが生まれ、恐れからは恐れのほかに心配や羞恥が現れてくるという。

乳幼児期から児童期の怒り。運動不足、空腹、疲労、睡眠不足、身体的疾患。強い刺激に直面して興奮している、周囲の人たちが怒っているとき(模倣行動)、自由な身体運動が禁止されたり抑制されたりしている。
怒りの表現としては、3歳ごろまでは泣きわめく、足をバタバタさせる、床や地面にひっくり返るといった「解決にならない解決への努力」とよばれる無方向性のものが多い。3歳以後は、自分の欲求達成を妨害した人や事物を攻撃するようになる(第一反抗期)。4歳を過ぎると言語、腕力でも攻撃するようになってくる。児童期は、年長者や友達からの干渉、自分の所有物が侵害される、身体的な圧迫、自尊心の損傷、などがある。
青年期。親や社会への物の見方や考え方に対する攻撃は、第二反抗期の特徴がある社会的不合理に対する怒り、失敗を鋭く批判する内側の自分と、言い訳をする外側の自分との戦いでもある自分の能力不足や失敗に対する怒りは、アイデンティティに関連する内的な怒りである。

怒りは、欲求が満たされない場合における行動の一つで、精神活動のうちでは比較的単純かつ低次なものである。精神の発達している人間では、様々な様式の複雑化がみられる。
怒りと言われる意識が大脳辺縁を刺激すると、脳内で複数の経路で反応が起きる。カテコールアミンが放出され、攻撃もしくは逃避のどちらかの激しい行動が一回可能になるだけのエネルギーが体内で一時的に急増し、身体は指令に備え待機する状態となる。また、扁桃核から副腎皮質神経系を経由して全身的な緊張を作り出し、機嫌が悪い、一触即発の状態が、数時間、数日も継続する。また、あらゆる種類のストレスは副腎皮質に働きかけて人間を怒りっぽくする。
ここで気をつけたいのは、怒りと憎しみを混同していないか?憎しみは、個々の負の感情であり、怒りは常に突発的で、純粋で深いものである。

怒りの処理
最初の何らかの刺激、それに対する評価、さらに評価検討が繰り返され増大していくものであるので、できるだけ早いうちに自分の気分を静めることができれば、怒りを回避することも可能であるという。物の見方を変えることは、怒りを静めるのに有効であり、また憎悪の拡大にブレーキをかける必要があるので、対象となっている人物からとりあえず離れ、他の行動をするのも有効である。
一人で、ムカムカを考え続けるのは効果がなく、それを思い出すたびに怒りが少しずつ積み重なってしまう。気晴らし、例えば、楽しいテレビ番組、映画、楽しい内容の読書などは、怒りを中断してくれるというが、ショッピングや食べることではあまり効果がないという結果が出ている。相手に怒りをそのままぶつけた場合、不快な気分が長引く場合が多いといわれ、一旦自分の頭を冷やしてから、問題を解決すべき相手と話し合った方が効果的だという。

まず知ること
自分は、今、怒っているんだ、怒りの感情が溢れているんだと知る。怒りの感情は抱いていい。どんどん溢れていい。今の時間軸の怒りを、とことん知ること。
不当な扱いを受ける、相手に求めているものがあっても、全然理解されない、与えられない時に怒りの感情がわく。諦めという感情の根底にも、それらがあることが多い。
幼少時、父親や母親がいつも怒鳴っていた、不機嫌だった場合、子供はいつも怒りという感情に恐怖を感じており、大人になってもその影響は何らかの形で現れる。怒りという感情は、人を傷つけたり、脅かしたりするものだと認識してしまい、怒りという感情を自分自身が感じることを極度に抑圧してしまう。怒りを表現する親を心のどこかで批判し、怒りを感じることはいけないこと、情けないことだと強く禁止してしまう。極端にその感情を嫌い、自分の中の自然な感情をすべて抑圧してしまう。怒りという感情だけではなく、すべての感情は自然なものであり、どんどんわいていい、あって当たり前。ただ問題になるのは、その感情があることではなく、感情の表現方法である。まずは、怒りの感情を知ること。「私は、今イライラしている」と知ることに徹してみる。気をつけるのは、感情は一瞬にわくものであり、次の瞬間には、次の別の感情がわく。それらを無視しないで、次々とわく感情を、瞬時に時間軸をずらさずに知っていくことである。知る、浸る、捨てる、その流れを思い出してほしい。
自分の感情(寂しさや悲しさなど)を、誤魔化すために怒りの感情を持っていることがある。我慢のエネルギー=怒りのエネルギーとも言える。自分では努力していても手に出来ないことが多く、愛されたい、わかってほしいと思っていても叶わない。寂しい、悲しい、苦しいなど。そのモヤモヤした気持ちを抱くのが、これまた苦痛、嫌だ。すっきりしたい子供感覚では、誤魔化すか、怒りで表出して八つ当たりするか。
この誤魔化しが、本当の問題点をずらし、取り組むべき現実から視線を反らしてしまう。これは、自分が本当に手に入れたい事柄からも遠ざけて、回復することも拒む。だからこそ、抑圧しているものを知り、それに浸り、捨てていく必要がある。捨てるとは、納得、解決、保留、離す、捨てる、断つなど多くの意味を含む。
自分は怒っていると知ると、その的確な表出方法を自分で見つけることができる。素直な言葉で、伝えることが叶うのである。

源はここにあり

2010年09月30日 | 摂食障害
「優秀」
と投げかける。

成績。
友達が多い。
可愛い。

などなど、10名いれば10の即答。

そして、お父さんが、お母さんが、と付け加わる。


スキーマの源は、やはり親御さんがダントツ。


彼女の口癖。

彼女の母親の口癖。

口癖の源は、やはり母親がダントツ。


寝食共にすれば、情も深まるものよ。