Ecological Medicine

地球環境の健康=自分の健康

アウェアネスと民主主義と夢と進化に関する長いつぶやき

2011-09-11 08:40:13 | post311
去年の10月ごろ、夢を見た。
私はあまり夢って覚えていないんだけれど、
その夢は、鮮明に覚えている。
昼間なのに暗い夜空に浮かぶ青い地球、
そして、鳥の羽と動物の骨で作られた、
儀式の道具みたいなものを拾う自分。

なんとなくシンボリックなものだったのだけれど、
解釈などはせずにほっといた夢。

それを事あるごとに思い出す。

アロマセラピストの仕事を始めたのは15年ほど前。
自分の中で確信を持っていたのは、
「一人ひとりが自分らしく生きる事が世界の調和につながる」
ということ。

それは、今になってみて、間違っていなかったと思っている。
セラピストとしては1対1で1人の人に向き合ってきた。
しかし、あるときから、自分のなかで、
何かの繋がりが分断されていると気づいた時に、
自然の中に入り、そのつながりを取り戻したいと思った。
その次には、人とつながりを取り戻したいと思った。

そう思いながら数年間、自分で野菜をつくり、
季節に出来たものをいただき、自然界にあるものを、
自分を癒すメディスンとして使ってきたことで、
もう、自分と自然界は切っても切れないもの、
ひとつのものという感覚が育ってきた。

人とのつながりも、その繋がりができる事が、
ものすごいエネルギーとなり、
何かを大きく動かしていくという事を実感した。

トランジションタウンやパーマカルチャー、
そうした方法論や主義主張のもと、
同じ考えを持った人たちと、
なんとなく、一緒に夢見てきたのかもしれない。

または、周りにある自然界の存在たちと共に、
調和して生きる事を夢見てきたのかもしれない。

つまりは、つながりを取り戻していく事、
自分自身の認識、アウェアネスが広がる事を通じて、
いつしか、自然界も人が作り出す世界も、
自分と一体のものとなっていった。

そうなってくると、意図的にか無意識にか、
自然を破壊していく人たちが、受け入れられなくなってきた。
どこかで起きている理不尽な問題に関しても、
人事と思ってはいられなくなってきた。

今回の原発事故が起きる前に、
ちょうど、山口県の上関で原発建設の強行工事が始まり、
自然とつながり、ほぼ自給的な暮らしをしている祝島の
自然やその自然と共に生きてきた人々の
生活文化が破壊されることが悔しかった。

しかし、そんなことはマスメディアは一切報じない。
この国にある歪んだシステムについての
不信感と怒りを感じていた。

そんな時に起きた原発事故。
国の様々な対応、それにからんでくる東京電力とマスコミ。
それを見続けてきて、日本は民主主義じゃないということが、
明確になった気がする。

***

つながりを取り戻すという事は、
すなわち、アウェアネスを高めるという事に他ならない。

すでに、物事はつながっていて、
そこに気づいていないのは自分なのだから。

自分の内側で起きていることは外側で起きていること、
そして、その逆も真なり。

15年間続けてきた仕事、アロマやエサレンマッサージ、
フェルデンクライスメソッドなど、
身体や自然を通して、何かに気づいて欲しいと思ってやってきた。
自分の中で大事にしてきたことは、個々人のアウェアネスだ。

アウェアネスを高めるお手伝いにすぎない。
外的な力で治すのではなく、アウェアネスを高めて、
自分自身に気づき、自分の力を取り戻すことを、
意識的、無意識的にやっている。

健康問題も、エネルギーの問題も、なにもかにも、
根底ではつながっていて、
結局、ひとりひとりの意識が生み出したもの。

***

今、福島は放射能問題で、1人1人の捉え方や
生き方の価値観の違いにより、
皆がバラバラになってきている。

ネット上を飛び交う虚無な情報、
マスメディアや一部の権力者の思惑に翻弄されている場合ではない。
自分の中からわいてくる感情や感覚に気づくことが大事だ。
それは、いろんな形でやってくる。

そして、こんな時だからこそ、自分だけではなく、
本来ならばつながっているであろう他者や自然界と共に
「夢見る」事が大事なのかもしれない。
きっと、その夢はすでにどこかに横たわっているのではないかな。
それを、皆で呼び覚まし、息を吹き込む。

皆で集まって話をする場。
本当の民主主義が生まれる場。

自分の思うところが話せて、信頼関係があるコミュニティがあったら、
人々は、心身ともに安らげて、病気にだってなりにくいのではと思う。

そして、人が生きるということは、長生きかどうか、とか、
病気か健康か、とか、そういう問題ではないのだ。
そこで全体性を生きているかどうか。
自分自身をフルに感じて生きていられるのかどうか。

自分がやりたいことは、別にセラピストとか
そういう職業ではないって、ずっと思っていた。
仕事としてやるには、申し分なく、
自分の向かいたい方向をゆがめることもなく、
淡々と探求したい事が出来る仕事ではあった。

最近、「何やってる人ですか?」と聞かれると、
「あ、そういえばなんだっけ?」と思う事がよくある。

***

ある時から、1人1人に向き合うだけではなく、
世界全体にも向き合う必要があると感じてきた。

ボディワークやったら、クライアントは元気になる
しかし、また調子を崩してやってくるクライアント。
セラピーは囲われた安全な空間で執り行います。
しかし、再び外の現実に放り込まれたら、
歪んだシステムの犠牲となり、また自分にそのあおりが来てしまう。

だったら、そのシステムや社会を
みんなが生きやすいように変えていくしかないでしょ。

そして、今、国も誰も宛てにならないとわかったら、
自分達で立ち向かっていかなくてはいけない。
それは、自分のためだけではなく、未来の人々のためでもある。

放射能の問題を考えるなら、なおさらそうだ。
何百年も何千年も消えない相手だから。
空間的にも、時間的にも、今、ここを越えて、
どこまで想像できるか?どこまで意識を拡大する事ができるか。

それは、人類がどこまで進化できるか?という事。
その方向に進化していかないと、人類は滅びると思う。

***

冒頭に書いた夢の話。
未だによくわらか無いけれど、
地球のための闘いを象徴してるのかも。

「セラピストになりたての時には、自分は戦場で倒れる人たちを助ける自分」
というイメージを無意識に持っていた。
でも、戦場なんかにはいたくないとある時から思ったので、
そのイメージは封印しばらく封印していた。

しかし、今、戦場で傷つく人を助ける自分ではなく、
自分が闘いたくなっているのではないか、という気がする。
一人ひとりが自分らしく生きる事、
調和した世界をつくる事、そのための闘いだ。

結局、自分が向かっているところは同じで、
世界が変わった今、やり方を変えないといけないっていうか、
自分もヴァージョンアップしなければいけないってことかな。

ちょうど、あの夢を見る直前、
今、ここにいて、こうしている状況は完璧だし、
文句のつけようが無く幸せだ、と思っていた自分がいる。
反面、なんか、完成されちゃったのでつまんない、
と思っている自分もいた。
それは、まるで、タロットカードの21番世界のカードのようだった。
完成でもあり、行き詰まりでもある。

また、最初に戻って、新しい事の始まりってことに過ぎないんだな。
結局、生きている間は、というか、肉体を去ってからもかもしれないけれど、
ずっと、そうやって進化のスパイラルを進んでいくしかないのかもしれない。
心地いい場所にずっと留まっている、っていうことはありえないのかもね。

いずれにしても、やりたいほうにいってるんだから善しとします。











ジャンル:
ウェブログ
キーワード
アウェアネス クライアント タロットカード フェルデンクライスメソッド パーマカルチャー メディスン トランジション 共に生きて
コメント (0) |  この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« New! 9月24日〜25... | トップ | 今日のお気に入り »

コメント

コメントはありません。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
※文字化け等の原因になりますので、顔文字の利用はお控えください。
下記数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。この数字を読み取っていただくことで自動化されたプログラムによる投稿でないことを確認させていただいております。
数字4桁

トラックバック

現在、トラックバックを受け取らないよう設定されております。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。

あわせて読む