今日も今日とて...

アリゾナ州スコッツデールから「寒い」親父ギャグを連発し、少しでも地球温暖化現象に歯止めをかけようと日々奮闘中。

ブンブンでATM。KDでNYXなオヤジより。。。

2010-01-22 15:28:13 | 自己啓発
オヤジが益々住み難くなっている現代社会。

目上を敬うという儒教の思想が希薄になり、個人主義の台頭とともに薄れ行くモラル。

時代とともに変わる、軽薄で流動的な価値観や常識。

流行語や死後の移り変わりの速さは、とてもオヤジにはついていけない。

たとえば、若者言葉のハムト(公衆トイレ)、NHK(何か変な感じ)、ATM(あなたの便りを待っている)、NYX(何をやってもダメ)、ブンブン(セブンイレブン)等、全くちんぷんかんぷんなのである。

まぁ50歳のオヤジがこういう言葉を駆使しても、ドン引きされるのがオチ。

そんな時は、アイムソーリー・ひげそーりー、冗談はよし子さん、などの死語のマシンガントークを展開し、みんなが固まっている間に余裕のよっちゃんでドロンするのが正しいオヤジの作法なのだ(どんだけ古い?)。

ヤバイのは、最近そういう冷たい視線やドン引きの雰囲気にそこはかとない快感を覚えるようになってきた事だ。

やはり、半世紀も生きてきたら、周りを気にせず堂々とオヤジ道を突き進むのみである。

KY(空気読めない)のふりをして、その場の雰囲気を凍らせて楽しむのがオヤジの本道であると改めて確信した50歳の冬。
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モー烈

2010-01-15 12:57:12 | アリゾナ
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁわぁぁぁぁぁぁぁぁぁわぁぁぁぁぁあぁわぁゎあぁぁ」。

車に乗っている家族全員が絶叫した。

く、臭い。たまらなく臭いのだ。

息子のホームスクール関連グループ主催の遠足で、フェニックス市の南に位置するマリコパ市にあるシャムロック・ファームに行く途中の出来事。

エアコンの効いたミニバンの車窓から見える、見渡す限り牛、うし、ウシで埋め尽くされた牧場は、まったく壮観と言うしかない。

起伏の少ないフェニックスにあって、地平線が見えないほどの密度で放牧されている牛の大群。モーそれは数え切れないほどニュウギュウがギュウギュウに押し込められた、とてつもない数の牛なのだ。

アルプスの少女ハイジとかに出てきた、山あいの緑の牧場にほどよく点在し、牧歌的で自然に溶け込んでいるようにたたずむ牛たちとは全くの対極にある、見る者になぜか恐怖さえ与えるほど圧倒的な牛口密度(?)なのである。

この大スペクタクルにして圧巻な牛の大群を、もっとはっきりしっかり持参のデジカメラに納めようと車の窓を開けた瞬間にこの殺人的な臭いの洗礼を受けたのである。

それはもう、悪臭などという生易しい言葉では形容しがたく、気絶するほど物凄い臭さなのだ。極悪臭、超激悪臭とでも言えばよいのだろうか(よくない)。絶筆に尽くしがたい強烈で最悪な汚臭。鉄骨で頭を思いきりブン殴られたように、強烈に否応なく押し寄せ鼻孔に無理やり潜り込んでくる物理的な悪意を持った臭いだ。

昔懐かしい肥溜めの悪臭を1だとすると、軽く10000をクリアしていると思われるレベルの臭さだ。

揮発性のアンモニア臭が満ちた、まがまがしい大気にさらされて目がチカチカし涙が出てくる。気を抜くと意識が飛ばされそうになる。

その想像を絶する臭気に触れたショックで放心状態の私を見て、助手席の妻が叫ぶ。「あなた、早く。窓よ。窓をしめるのよ!」ハッと我に帰り、あわてて窓を閉めるも、時すでに遅し。吐き気をもよおす超最激極汚悪臭は、もう車の中にしっかりと充満してしまっていた。

エアコンをMaxでガンガンにまわして、外気が入らないようにベントを閉めるが、後の祭り。あまりの臭いに頭がクラクラしてくる。後部座席の息子はもう半べそ状態だ。

最初は土だと思っていた牛たちの足元を良く見ると、それはなんと垂れ流されてぐちゃぐちゃに茶色く汚泥化した糞尿ではないか。さらによく見ると、牛たちはその汚泥化した糞尿にまみれているのだ。そしてそんな環境が何十エーカーと続いているのである。

なんだか牛たちが可哀想に思えるほどの劣悪な飼育環境ではないか。

そしてそこから立ち上る耐え切れない暴力的な臭気は、この牧場周辺およそ数十キロ四方に異常な濃度で漂っているようだ。

モーこれは毒ガスや神経ガスと同じ。もし戦場で使われたとしても、戦意をそぎ、気持ちを折るほどの威力を持っている。

人間よりきっと何倍もの鋭い嗅覚をもっているに違いないウシたちは、この環境に慣れうるのだろうか。つくづく可哀想な牛たちだ。

そして、いつも飲んでいるギュウニュウ(牛乳)が、こんなにもギュウギュウ詰めになった牧場のニュウギュウ(乳牛)から採れたものだとわかり、けっこうなショックを受けた。

臭くて、悲しくて、なんだかドナドナドナを泣きながら歌いたくなった遠足だった。
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いやぁ、再会って本当にいいもんですねぇ。。

2009-07-28 17:07:09 | 映画
母の喜寿のささやかない祝いの宴に出席するために、家族で日本に帰国した今回の旅。

そして、帰国前にMixiで知り合った同郷のマイミクのいーださんに、私と共通の知人がいる事が発覚。

絡み合った糸をたぐっていくと、中学の同級生であったばかりか、同じ班にいた秀才の女性Duarteさんであることが判明。

とんとん拍子で話が進み、35年ぶりに再会を果たすこととあいなった。

神戸在住の彼女はちょうど松本に来る予定があり、これまた同級生で同じ班だった松本市在住の二人の女性も合流するとの事。

横田のガストで会いましょう、と約束はしたものの、かしましい女性3人にこちらは口ベタな(うそつけ!)男ひとり。

もちろん嬉しくないわけがないのだが、やはり少しばかり照れくさい(って、50才だろうが!)。
せめてもう一人でも男性が居てくれれば、なんとなく心強い気がするのだが。

そんな思いを胸に待ち合わせの場所に向かう。いったい何をどう話したら良いのだろう。

心なしか足が早まる。

ちょっと早めに着いてしまったのだが、先方は既に30分前からこの店に来ているはずだ。

深呼吸をして、店のドアを押す。なんだかドキドキだ。

店員の能天気とも思える「いらっしゃいませ」の声に、なんだか上ずった声で待ち合わせが既に来ているはずであることを告げ、店内を見回す。

...居た。

ぎこちない格好で手を挙げ、当たり障りのない挨拶を交わし、席に着く。

中学の時の面影を残した懐かしの同級生たちは、豊かで幸せな年を重ねたらしく、みな落ち着いた感じの笑顔の素敵な女性達になっていた。

驚いたことに、ギクシャクした雰囲気は、最初の1分足らず。
いきなり打ち解けて、まるで中学生の時のようなノリで思い出話が炸裂する。

不思議なことに、なんだか皆の顔が中学生に見えてくるのだ。
話し方や声のトーンも当時のまま、全く変わっていないせいか。

あいつは今どうしているだの、あの子は当時からああだっただの、空白の35年間を埋めようとするかのように会話がはずむ。

これは喜ぶべきか迷うところだが(喜べよ)、旧姓A澤さんの弁によれば、当時の私は将来犯罪者間違いなし(をい!)と思われていたようで、まともに就職して家庭を持っていることに驚いたとのこと(どんだけ悪かったの?)。

集まった皆それぞれが家庭を持ち、幸せに暮らしていることがわかり、なんとなくホンワカな雰囲気。

そして3年後には、是非もっと規模を拡大した本格的な同級会を計画しようという事で話がまとまった。

こうして、プチ同級会的な35年ぶりの再会の宴は、あっと言う間に所定の時間を一時間もオーバーしてその幕を閉じた。

Duarteさんには手土産まで頂いてしまい、まったく恐縮の至り。
せめて次回は、アリゾナ名産のサボテンの干物とか(あるんかい!)オオトカゲの味噌漬け(ないない)をお土産にしようと誓い、帰途に着く。

なんだか若返って、心が温かくなった気がした今回の再会。

奇しくもキューピッド役(って、デート?)を果たしてくれた、マイミクのいーださんには本当に感謝の念に堪えない。

お礼に、アリゾナ特産のサソリの佃煮でも進呈しようかと思っている(だから無いって)。
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そして僕は途方に暮れる。。

2009-07-15 04:21:53 | その他
某UA社インドおぢさんのエコヒイキな機転で、フェニックス発サンフランシスコ乗り換え成田行きの便にギリギリで間に合い無事機上の人となった今回の旅(前回の日記参照)。

出発時間が遅れはしたものの、無事にアメリカ合衆国を飛び立ち、綺麗なスッチーのお姉さん達の感激的なサービスを受けながら快適な空の旅を楽しんだ。

見たかった映画を3本ぶっ続けに見たり、ゲームに興じたり、雑誌を読んだり、まぁまぁの機内食をいただいたりしている間にJAL001便は、無事成田空港上空に差し掛かった。

最近の機種には機首についているカメラで着陸の一部始終を見せてくれるものがある。そして、不幸にも私の乗っているやつは、外の景色が座席前方にありありと映し出されるまさにそのタイプ。

いざ着陸という時になって、機体は右に左に大きく揺れ始めた。迫り来る滑走路の画像はまるでジェットコースターの最後部に乗っているようにスリリング(他人事?)なくらいぶれまくっている。

この危機的状況に合わせるように、絶叫して泣き始める乳児。
間段なく押し寄せてくる機体の揺れと赤ん坊の泣き声、そして画面に映しだされる激しく揺れる画像が、乗客の不安をいっそう煽り立てる。

アームレストを握り締め、足を踏ん張る。

そして、ついに機体は右に大きく傾いたまま、かろうじてタッチダウン。
いつ機体がバランスを崩して、転倒してもおかしくない形での着陸だ。

おそらくダウンバーストとまでは呼べないまでも、かなりの下降気流と横からの突風に翻弄された、いままでに乗ったなかでも一番不安定な着陸だったように思う。

激しく打ち続ける心臓の鼓動をかき消すように流れる、能天気な「日本へようこそ」の機内アナウンス。ドキドキした気分が、ウソのように退いていく。

時間にして約10分ほどの興奮と不安が詰まった大着陸劇は終わった。

やっと我に返り、手荷物を持ってタラップを出る。

約一年ぶりの日本だ。

すこし肌寒くしっとりと心地よく湿った日本の空気に包まれ、成田に無事到着したことを感謝し、実感する。

後は、空港で待っているはずの家族と合流し、妻の実家に行くだけだ。

入国審査を終えて、バゲッジクレームへ。スーツケースの出てくるベルトコンベヤーの前で待つ。

早速ひとつめの荷物を見つけ、カートに載せる。空港内は、ひしめく人々のざわめきや港内アナウンスの喧騒に満ちている。

あともうひとつのスーツケースがなかなか出てこない。苛立ちながら時計を見る。なんとなく周りから人も居なくなってきたではないか。

そして待つこと約30分27秒半、なんとコンベヤーの上には「このフライトの荷物は終了しました。」と書かれた看板が出てきてしまったのである(泣)。

「お荷物をお探しですか?」

呆然とコンベヤーを見詰める私を見つけたJALの社員が声を掛けてくれた。

「ええ、荷物がひとつ出てこないんです。」

そう言い終わらない内に、JALのカウンターに連れて行かれ、フライトのスケジュールと荷物の形状や色について詳しく聞かれ、荷物紛失の手続きが始まる。

ショックが覚めやらぬ私を慰めるように、98パーセントの場合は出てきますよと心強い言葉ではげましてくれるお兄さん。そして、米国在住のため着替えもまったくないことを伝えると、なんと金一封5千円をくれたのである(感激)。

JALの社員の丁寧で真心の行き届いた対応に感激しつつも、消せない一抹の不安。

この時フライト到着から、すでに2時間あまりが経過。到着ロビーで待っているはずの妻達に連絡のすべもない。

疲れた体に鞭打って、ひとつしかない荷物を載せたカートを押しながら税関を通過し、到着ロビーに出る。

待ちあぐねて、これまた疲れきった様子の家族にやっとご対面と相成ったのである。

フライトに乗り損ねたのではないかと心配して泣きながら抱きつく7歳の息子の頭をなでながら、ぽつりと置き去りにされたであろう可愛そうなスーツケースに思いを馳せる。

フェニックスを出発してから、約24時間。波乱万丈の長旅がやっと終わった(さんざん待たせて、これで終わりかよ!)。
 
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インドおぢさん、ありがとう。

2009-07-13 09:14:15 | その他
「実はもう今回の旅行、正直いって止めようかなって思ってるんですよ。」

フェニックス空港にある、ユナイッテド社の待合ロビーで偶然となりに座った日本人の男性は、フライトが遅れるというアナウンスを聞いて、気弱そうに笑いながら自嘲気味につぶやいた。

「昨日もこの便が遅れて、サンフランシスコから関西空港に行く便に間に合わなかったので、諦めて家に帰ったんです。」と彼。

その時は、「はぁそうですか。」と他人事ながら大変だったんだなあと軽く聞き流していた。

朝4時に起きて、5時過ぎにはチェックインを済ませて7:07分発のフライトを待っていた時のことだ。

そして、くだんの日本人男性との取り留めのない会話がつづく。二日連続で4時起きは辛いのだの、この不況のご時世なのでなんとしても日本の本社で顔つなぎをしとかないと将来が危ないだの。。なんとも暗い話ばかり。

そうこうしているうちに小一時間が過ぎ、私が乗るはずの便は飛び立つ気配すらない。

そして6:30に突然カウンターから、名指しで呼び出しが掛かった。

びっくりして、サービスカウンターまであせって行くと、インド人とおぼしき中年のおじさんが聞き取りにくい英語でこう言った。

「このフライトは、遅れるかもしれない。あなたのサンフランシスコ発、成田着の便に間に合わなかった時の事をかんがみて次の10:00の便に仮予約を入れました。」

何がなんだかわからないまま、生返事をした後、お礼を言って席に戻る。
他にも日本人らしき人がちらほら居たのだが、呼び出されたのは私だけ。

インド人おぢさんがしてくれた、どう考えても腑に落ちない、言わば「えこひいき」としか思えないような、親切な取り計らいが私の旅を救ってくれることになろうとは、この時点では夢にも思わなかったのである。

そして、さらに待つこと2時間。出発予定時間をとっくに過ぎてしまった9時にもなろうというのに依然として、エンジントラブルでテスト中なので遅れている、としかアナウンスがない。

ついに覚悟を決め、またインドおぢさんのいるカウンターへ向かう。
仮予約のフライトに正式に換えてもらうためである。

フライトを待つ人々は、苛立ちと諦めのないまぜになった表情を隠そうともしない。

やっと私の順番がきて、インドおぢさんに今のフライトをキャンセルして、仮予約を本予約にしてもらう。この時すでに9時15分をまわっていた。

新しい10時のフライトは、60人乗り小さなコミューター機。
所要時間は約2時間なので、12時にSFO着いてJALの1:30の便にギリギリ間に合う時間なのだ。

タラップをのぼって席を探す。なんとファーストクラスではないか。

インドおぢさん、本当にありがとう。

彼の機転がなければ、自分もきっと待合室で隣合わせた日本人の家族と同じ憂き目にあっていただろうことは想像に遠くない。

こうして、無事に機上の人となった私に、更に起こる不遇な出来事をいったい誰が予想しえただろうか。。。

つづく。

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言い訳がいいわけ。。がない。

2009-06-18 15:42:18 | その他

最近久しく(ってか、半年も)更新が滞ってしまっていた。

全世界にひしめく、私のブログを生きがいにしてくれている(いねーよ)数億人の(うそつけ)熱狂的読者諸兄には誠に済まない気持ちでいっぱいなのであるが、約3人ほどのさほど熱狂的でもなく、どちらかというと無理矢理読者になってもらった義理堅い友人知人に対しても約3/4ほどの罪悪感があるという事実を改めて表明したい次第である(何が言いたい?)。

毎日自宅の郵便受けがパンクしそうなくらい沢山送られてくるファンレター(妄想?)の内容には、孤独死疑惑、離婚疑惑、重大犯罪発覚による服役等など、私のことを心から心配してくれているもの(心配してねーじゃん)が多い。ありがたいことである(ってか、うとまれてね?)。

このまま放っておけば、この話題は2ちゃんねんるあたりに拡大し(どんだけ?)、社会現象にまで発展しそうな(しねーよ)これらの諸疑惑を払拭すべく、謝罪の意味も込めて、このあり得べからざる更新停滞の裏にひそむ、信じられない事情を公開する決心をしたのである(前置き長すぎ。。)。

無料でブログ環境を提供してくれているGooには誠に恐縮なのだが、実はMIXIと呼ばれるSNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)にはまってしまってしまった(いっこ多くね?)のである(裏切りものぉぉぉぉぉぉぉ!)。

通常ブログは、読者のコメントやトラックバックが唯一のフィードバックであることに加えて、ROM読者がその大半を占めるため、力尽きて更新をやめてしまうブロガーも多い(やばくね?)。

しかしSNSは、自分の日記にアクセスしたユーザ名も確認できる上、同じ趣味や興味を共有するコミユニティーもあり、なんだか楽しいのである。自分の書いたものが読まれて、コメントをもらうことの嬉しさを持続的に実感できるのが、はまってしまう一因だろう。

またMIXI内を検索すれば、同郷出身のユーザーやコミュが見つかり、思いがけない再会も果たせるのである。そして実際に身を持ってその効果を体験することになるのだが、その話は、また次回にすることにする、ことにする(しつけーよ)。

というわけで、MIXIの日記やらコミュニティーやらを読んだりコメントを残したりしていると、もともとあまりない文章を書くエネルギーの約95.823パーセントあたりがいきなり消費されてしまうため、このブログにアクセスすること自体が至難の業的カテゴリーに移行されてしまう感は否めないのだ(超まわりくどい)。

Goo提供のこのブログ環境は、操作が簡単な上にバラエティーに富んでいて、読者の多い著名人などは重宝すること間違い無しである。

しかし典型的な寂しがり屋を自負する(?)私のようなブロガーにとって、SNSが間断なく与えてくれる麻薬のような刺激はすこぶる魅力的なのである。

それに比べると、普通のブログは、あたかも人気のない海に向かって大声で叫んでいるようなものなのである。あるいは、使わなくなった古い機種のゲームボーイのようなものと言えばよいのか。

つまり、壁に落書きをして、密かに隠れて道行く人々の反応を窺っている悪ガキの心境なのである。そしてそれはもう琵琶湖に小石を投げて、広がる波紋を水に指を入れて感じようと必死になっている少年の姿のイメージがダブると言ったら分かって貰えるだろうか(ってか、超しつこいし)。

そして、Goo提供のブログだけに、「怠け者!」(ずくなし)と言われたらもう「グーの音」も出ないのである(極寒)。

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冬山遭難..コンサート

2008-11-28 04:34:55 | 音楽
Gaither Vocal Band(ゲイサー・ヴォーカル・バンド)、略してGVBのコンサートに行ってきた。

GVBは、サザンゴスペル界では超有名なカルテットで、結成からすでに28年目を迎える。メンバーの入れ替わりも頻繁に行われ、最初から居るのはリーダーのビル・ゲイサーただひとり。

彼はもう齢(よわい)72才のおじぃちゃんなのであるが、その暖かい人柄と音楽への情熱が多くのファンをいまだに魅了してやまない。

フェニックスの西の街、グレンデールにあるアイスホッケー場のJobing.comアリーナが今回の会場だ。

向学のためと称して、我がおじんカルテットの面々も勇んで出かけたのは言う間でもない。

やっと会場に着き、パーキングを探す。

通常コンサートやイベントでは障害者用の駐車場は、会場の入り口の一番近くに設けてある。
なんと同行したジャックは、障害者のIDを持っていることが発覚(って、計画的犯罪だろうが)。

駐車場の誘導係のおにぃちゃんに、障害者が乗った車であることを告げると「なんだい、あんた達もかい?今日はなんだかほとんどが障害者なんだよねぇ。」と謎めいた事を言いながら、専用駐車場の場所を説明してくれた。

そして、怪訝そうに首をかしげる我々を値踏みするように一瞥すると、おにぃちゃんは駐車場の混雑に消えていった。

誘導係のおにぃちゃんの謎の発言の理由は、会場に入るやいなや明らかになった。

どう見ても観客の年齢がムチャクチャ高いのである。平均で60歳は軽く越えているだろうと思われるおじいちゃんやおばぁちゃんでいっぱいなのだ。

車椅子に乗った老人や、杖をついたご年配もそこここに垣間見える。

まるでフェニックス中の老人ホームが空になってしまったのではないかと錯覚を起こす程、シニア系が多いのだ。もう高齢、年配、熟年などという生易しいものではなく、人生の最終コーナーを曲がりきった人々が晩年の最後の輝きを求めてやってきた憩いの広場、と言っても過言ではないかもしれない(過言かもしれない)。

コンサート中に、感極まって心臓麻痺とか脳溢血とかでバタバタ倒れる人々が続出しても全くおかしくない雰囲気なのだ(言い過ぎだって)。

当然のごとく、会場のノリも奥ゆかしく控えめで、手拍子も民謡のモミ手はくしゅ(何?)に近い。さらに、観客総立ちの際にも反応速度の関係か、微妙な時間差がある。

なんだか、前の方ではみんな「養命酒」(古過ぎ)で酒盛りしてるんじゃないかと思えるほど(アリゾナに養命酒ないし)。

さてさて、肝心のコンサートはと言うと、GVBのほかにも5〜6組のサザンゴスペル・アーティストが登場する盛りだくさんの濃い内容。そして、なんと夜の7時から11時までの4時間の長丁場なのである。

もちろん完成されたコミカルな演出や、素晴らしい歌声に飽きることはないのだが、いかんせん長い。

そして、なんだかとても寒いのである。

我がカルテットのビージェイが必死に頑張って、ステージから比較的近いアリーナ席をとってくれたのだが、それがしっかり裏目にでたようだ。アイスホッケー場の氷の上に板を敷き、その上に椅子を置いてあるため足元から冷気が上がってくるのである。もう半端なく、私のオヤジギャグより寒いのだ(ありえない)。

隣に座っていた妻は、あまりの長さと寒さに途中で眠くなり、まるで雪山の遭難者みたいに朦朧としている。私が着ていたウールのジャケットを羽織っても、まだ焦点の合わない視線が宙を泳いでいる。

そして永劫とも思える、極寒4時間耐久老人決起集会(分かるけど..)、もといGVBコンサートはようやくフィナーレを迎える。観客総立ち(時差あり)で、お約束のペンライトを頭上で振りながらの合唱がひとしきり続く。

そして、この10日間に14回も行われたコンサートの締めくくりにふさわしく、ビル・ゲイサーのハートフルな挨拶とともに楽しく寒くそして、異常になが〜いサザンゴスペルの夕べは、その幕を閉じたのである。

それにしても72才のビルの体力と情熱には、心底驚き感心した。自分もこんな風に大好きなことをして、かつ人に喜ばれるような老後にしたいと思った次第である。

因みに、今回はだれも担架で運ばれるような発作や事故はなかったことを報告しておく。アーメン。
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キマイラなんて嫌いら。

2008-11-21 14:48:38 | その他

夢枕獏の20年来のファンである。

幻獣少年キマイラを読んだ時から、この作者のワイルドでダークな世界にどっぷりとはまってしまった。

そのストーリーは、最初は平井和正の名作「狼の紋章」や「狼の鎮魂歌」に人物設定や進行が似通っていた(作者自身もそのことを”あとがき”で白状している)。

しかし、物語がすすむにつれ、果てしなく深く暗く拡がる幻想的でバイオレントな展開に否応なく引き込まれてしまい、初期設定の類似性などまったく些細な事であることに気づくのだ。

夢枕獏の描く世界は、とにかくもう、おどろおどろしくて、暴力的で物悲しくて深い。そして叙情詩のような感情のうねりとリズム感がある。

彼の出した本は、新刊で片っ端からむさぼるように読んだ。しかし、キマイラほどインパクトのある作品は他に類を見ない。

そして問題がひとつ残っている。

初刊発売から20年も経つのに、幻獣少年キマイラは、今だに完結していないのだ。もう彼のライフワークと化しているのだろう。

それにしても物語がふくらみ過ぎて、どのように収束していくのかは見当もつかない。

でもとにかく面白いのだ。

生きているうちに完結篇をぜひ読みたいものだ。

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翻訳コンニャク欲しい〜

2008-11-20 08:37:17 | 自己啓発
副業で翻訳をしている(ホントか?)。

IT系の技術翻訳系なので、専門用語系を理解して翻訳するのにひと苦労系…あ、もういい系?(殴るぞ!)

単語をたったひとつ訳すのに1時間とか掛かる場合もある(掛かりすぎ)。そんな時は誰かが翻訳者をいじめるためだけの理由で、わけのわからん造語やいかにもそれらしい言葉を作り出しているに違いないなどと思ってしまうのだ。(おいおい)。

いや、きっとそうに違いない。大国際翻訳者ネチネチイジメ協会などという闇の国際組織があって(どんな組織?)、そこのデータベースにはまだ英語から日本語に翻訳されていない造語とか、間違え易い表現とか、あいまいな慣用句などがギッシリ詰まっているに違いない(たんなる被害妄想)。

例えば、「ここではきものを脱いでください。」(一休さんかよ!)だとか、「はげしくしくしく泣いた。」(どこが技術系?)などなど。

ネチイジメ団(名前違くね?)の陰謀は、間違った翻訳を増殖させ国際間の技術交流を阻害する。必然的に生じる軋轢はやがて政治的な問題にまで拡大し、いつか遂に未曾有のハルマゲドンにまで発展する。あなオソロシや…(んなわけないだろ!)。

オホン。ちょっと主題から逸脱してしまったが、まぁそれだけシリアスな可能性を内包した問題だということが言いたかったのだ(内包してないし)。

しかし、なんだかんだいっても結局はオヤジなので物忘れも激しく、集中力の続かないボーっとした頭でネット文献などとにらめっこしながら、ウンウンうなって四苦八苦、七転八倒してどうにかやっと訳文をしぼり出す。

ついこの間も、たった50ページ弱の翻訳に週末は完全にカンヅメ状態。

翻訳支援サイトの某スペース・アルクのオンライン辞書「英次郎」に頼りまくって何とか完成。もうこれは、インターネットの「ホンヤク、コンニャクゥゥゥゥゥ」(タラララッタラ〜)と言ってもよいほどなのである。

しかし、たった50ページでこんなにボロボロになるのだから、長編小説、特にSF系の翻訳なんて考えただけでも身の毛もよだつ。

翻訳家とかにならなくて、ホントによかったぁ(てか、到底無理)。マジで翻訳コンニャクは欲しい。でも簡単に買えると商売あがったりなので、こっそり自分にだけ売って欲しい。

ところで厄年の本厄ってどう翻訳するんだろう?(終わりかよ!)
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人魚姫が呼んでいる。。。

2008-11-19 06:59:45 | 自己啓発
なんと先週、娘がなんとテレビになんと出た(なんと?)。

もう家中大騒ぎで、親戚縁者はもとよりご近所さんからすべての知合いに吹聴しまくりたい衝動をなんとか押さえて、裏庭の井戸に向かって大声で「王様の耳はロバの耳」と怒鳴って事なきを得た(なんのこっちゃ。それに井戸ないし...)。

実はローカル局が朝のワイドショーで、娘の入っているCYT劇団が上演中の「リトルマーメイド」を取り上げてくれたのだ。

主人公と主なキャストメンバーが劇中のワンシーンを演じ、キャスターが簡単なインタビューと宣伝をしてくれた。普段ボケっとしている娘がまともな受け答えをしていてびっくり。

さて、この話はディズニーのアニメとは、似て非なる物語。原作の悲劇とも違うハッピーエンドな楽しいミュージカルだ。

8〜16才の子供たちが演じるこの劇は、親の欲目を差し引いてもなかなかの出来だと思う(ってバリバリ欲目だし)。

特に主人公のアリエル役の子は、歌が抜群に上手く(プロ並)魅力ある人魚姫に仕上がっている。また子供たちの元気な演技、聞いていて鳥肌の立つほど綺麗なハーモニーなど大人も子供も楽しめる作品だ。

娘は、人魚姫の姉妹役でちょっとだがセリフやソロの歌もある。

厳しい練習を頑張ってやっただけあって、子供たちの演技や歌には自信が垣間見える。なんとも頼もしい限りである(感慨にふけってどうする!)。

場所はフェニックス市のダウンタウンにある3rd Street Theatre。赤レンガ造りの古い教会を劇場に改装した、趣のある建物。

週末に時間とお金と興味がある人はぜひどうぞ。因みに親の私は、売店でスナック売ってます。

Performance Dates: Friday, November 14th 7pm
Saturday, November 15th 2 and 7pm
Friday, November 21st 7pm
Saturday, November 22nd 2 and 7pm

Performance Location: 3rd St. Theater (Phoenix Center for the Arts)

Adults- $15 Children/Seniors- $12 
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それでも、おじんカルテットは歌いつづける。。。

2008-11-16 02:22:47 | 音楽
我がおじんカルテットは、またもや全米のサザンゴスペル界を震撼させる……かもしれない……前人未到の……たぶん……輝かしい金字塔をアメリカの音楽史に打ち立ててしまった……ような気がする。


場所は、去年も慰問で訪れた老人ホーム「ドリームキャッチャー」。


介護が必要な高齢の老人達が暮らすこのホーム。客としては反応が恍惚系なのでいまいちノリに欠けるのだが、音楽が少しでも入居者の心の癒しになってくれたらとの思いで訪問を決めた。


さて今回は、1年をかけて練習してきた14曲のレパートリーを、45分間ぶっ続けで披露しようという極めてはた迷惑な試み。
  


人前で歌を披露できる喜びにテンパリ気味の我オジン達は、その無謀な進行計画になんの疑いも持っていない。


よもや、この平和な老人ホームで繰り広げられることとなる阿鼻叫喚の地獄絵図(おいおい)をいったい誰が予想しえただろうか(ぶるぶる)。


そしてメタボなおじんカルテットの歌が始まった。

     

このホームの天井は低く、始めて20分ほどで室内の気温はぐんぐん上がり、軽く汗ばむほどになる。


夕食を食べたばかりの老人達の目は、うつろに宙をさまよい始め、コックリコックリと船をこぐおじいちゃん達もチラホラ見える。


そこに追い討ちをかけるようなスローなバラード。もう寝てくれと言っているようなものだ。


そしてそれは、サビの途中で起こった(なになに?)。


なんと最前列の車椅子に座っていたおじいちゃんの顔が突然赤黒くふくれ、苦しそうにゆがんだと思った瞬間……ゲロゲロと食べたばかりの夕飯をもどしはじめたのだ(うぁぁぁぁ)。

     

しかしそこは、完全介護のホーム。間髪を入れずに介護のオバサンが、どこからともなく素早く登場(はやっ)。


きわめて事務的に床に散乱する吐瀉物をかたづけるオバサンと、グッタリしたおじいちゃんを横目でみながら歌い続ける、内心穏やかではないカルテットの面々。




そしてなんとも自然な様子で、介護のオバサンがおじいちゃんの乗った車椅子を押して我々の視界から消えるまで約3分弱。まわりの人々も今起きたことが、日常茶飯事のように微動だにしない。


Show must go on(ショーは続けられる)を体現している我カルテットは、この後に誰かが倒れたり発作をおこさない事を密かに祈りながら、なんとか全曲を歌いきる。

   


全力を出し切った達成感と、我々の歌を聴きながら昇天する老人がいなくてよかった安心感をかみ締めながら帰途につく。しかし、なんとも痛いギグではあった。


人の迷惑を顧みない我がおじんカルテットの無謀な挑戦は、果てしなく続く(いい加減に空気読めよ!)。

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あの人は今....

2008-11-15 01:52:54 | アリゾナ
20数年ぶりに会ったビル氏の髪には白いものが混じり、日本にいた頃よりだいぶ恰幅もよくなっている。しかし、彼の人なつこい笑顔は昔と変わらず、四半世紀も経っているはずのギャップをまったく感じさせない。


思い起こせば20代(遠い目になってるし)。青山246沿いのオフィスに通い、副社長のビル氏の下で働いていた頃が懐かしい。


同氏は、PCの日本語化に少なからず貢献した日本語ペんらペラの紅毛碧眼のれっきとしたアメリカ人。当時はITに関する講演依頼なども頻繁に来ていた、言わばITの草分け的な存在だった人。


そして私が彼の元を去り渡米した後、日本では様々な紆余曲折があったらしく、多くを語らないビル氏は少し寂しそうに笑った。


2週間前の日曜日。ふとしたことから突然ビル氏の事を思い出し、彼のフルネームをカタカナで(って漢字じゃ無理でしょ)ネットでググって見たところ、結構な数が引っかかってきた。これに気をよくして、今度は英語でもやってみたところ、なんと同氏は現在アリゾナに住んでいることが判明。なんという奇遇。そしてご丁寧に電話番号までも記載されているではないか(すごいぞグーグル!)。


早速ビル氏に連絡を取り、中間点のチャンドラーという町でランチの約束を取り付けた。


そして当日。ハイウェイをひた走ること40数分。あと5分ほどで目的のレストランに到着という時に、なんと財布を忘れてしまったことに気づいてしまったのだ(あちゃ〜)。お金はもとより、免許証も不携帯なのである(超ヤバ)。


こちらから誘っておいて、20数年ぶりに会うビル氏にいきなりおごってもらうのも思いきり気がひける。かと言って取りに帰れば、往復で一時間半は掛かってしまう。


こんな時こそ世間の荒波にもまれ、いくつもの修羅場や死地をくぐり抜けてきた(いつ?)経験を役に立てるチャンスだ。


まずはオーソドックスに、レストランの食べ物に「いちゃもん」をつけて「こんなもんに金払えっかよぉ、タダにしろぃ!」系攻撃。しかしこういうウソはどうも気がひけてすぐにバレそうなので却下(ヘタれ系?)。


トイレに行く振りをして食い逃げ、という手もあるのだがビル氏に迷惑が掛かるのは必至。泣く泣く諦める(しぶしぶかよっ!)。


はたまたレジで支払いの時に「お金持ってませんでした。体で払います。」などと言えば袋叩きにあうか、臓器売買のための暗い部屋に連れて行かれそうな気配が濃厚過ぎて、これも却下(ブルブル)。


あと考えつくのは、ビル氏と結託して大喧嘩を始め、「文句があるなら表に出ろぃ!」系の共謀無銭飲食大作戦。だがこれも、ビル氏が賛同する可能性が極めてゼロに近い。


最後に残ったのは「突然の発作」大計画(いちいち「大」付けるな!)。食事をしっかり食べ終わった後に、やおら「うぁぁぁぁぁ!」などと大声で叫び、床を転げまわるのだ。そして、救急車を呼んでもらっている間に「発作がおさまったから、ちょっとだけ外の空気を吸ってくる。」と外に出てそのままトンズラ。これも周囲の注目を集めすぎる可能性があるので、止めることにする(結局小心者ってことね)。


そして約4分37秒の苦悩と葛藤の末、ビル氏に事の次第を打ち明けたところ「心配するなよ。でも次回はマットのおごりだよ。」と快く支払いを承諾してくれたのだ(なんていい人)。そして無事旧交を温めた二人の昔話には花が咲いて実がなるほどの長居をしてしまった(どんだけぇ?)。


しかし、大事な時に忘れ物をするとソワソワと本当に落ち着かないものである。忘れ物をして落ち着かないだけに、今回もオチがつかない。。。。お後がよろしいようで。(よくない!これで終わりかよっ!)
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不幸中の幸い...で、わいわい。

2008-11-14 09:33:00 | アリゾナ
「事故っちゃったの。。。」


妻が、震える声で言った。 帰国の前日に電話した時のこと。


青信号を直進中に、 無理やり左折してきた車に衝突。(車は右側通行)


オデッセイは大破。とても直せないほどグッチャリいった。
廃棄処分らしい。


原因は、無謀な左折。もちろん相手が全部悪いとのこと。


そしてさらに発覚した恐ろしい事実。


相手は、16歳のメキシコ人の女性。英語が話せない上、免許証どころか身分証明ができるもの一切なし。


息子の話だと、手錠をかけられて連行されたらしい....


息子がいた座席の窓は割れ、スライドドアが大きくえぐれていた。(写真では見えない)


しかし、息子にはかすり傷ひとつなし。娘もちょっと首が痛いだけ。


妻は、腰と首が少し痛いらしいが日常生活に支障はない。


事故処理の後、レンタカーを借りて帰ってきたらしい。
まだ震えが止まらないようだ。


しかし、本当にに大きな怪我がなかったのは奇跡に近い。


感謝である。

そして、この事故の詳細を妻から聞いた後、息子が電話にでた。


息子:「Guess what, Daddy?] (ねぇ、パパ、何が起きたか知ってる?)

私:「What、son?」(なんだい)



息子:「We've got a new car!」(新しい車がきたんだよ!)


って、そこかよ!!


能天気な息子がいて救われている我家である。
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本邦初公開カルテットのオフィシャルな写真...って誰も見たくないよね...

2008-11-13 14:57:59 | その他
というわけで、我カルテットのオフィシャルな写真です。

誹謗中傷、剃刀入りの手紙等は一切受け付けておりません。なお、お食事中の方々には、ご迷惑をおかけする場合もございますのでご了承ください。...って、なんやねん?

やっぱりどう見ても、おじんカルテットだす。。。
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おじんカルテットの運命やいかに...パート2

2008-11-12 14:44:44 | その他
先日の礼拝デビューの興奮も冷めやらぬ先週末、おじんカルテットのリーダーのジャックがなんと「うっ血性心不全」で入院してしまった(うわ、マジ?)。

因みにジャックは、還暦を遥かに越えた69歳。身長は175cmほどで、体重が150キロはあるだろうか(ヤバくない?)。

見た目は、生え際がだいぶ後退した白髪を五分に刈り込み、これまた真っ白な短く刈り込んだ口ひげとあごひげをたくわえた、サンタクロースをもうちょっと可愛くした感じの(サンタクロースって可愛いのか?)目のクリクリした優しそうなおじいちゃんなのだ。

彼の鷹揚でゆったりとした人柄は(同じ意味じゃん)、周りの人々をなんとなく落ち着いた雰囲気で包み込み、慈愛に満ちた笑顔は殺伐とした心を癒してくれる。彼のまわりからマイナスイオンが発生してるような気さえする(ウソつけ!)。言うなれば「癒し系おじい」というところか。

そんな優しいジャックなのだが、ことカルテットに対する思い入れには並々ならぬものがある。選曲から譜面のコピーなども率先して行っているし、私の知る限りでは練習を休んだことは今回を除いて一度もない。

はたから見ていると、カルテットが生き甲斐になっている風なのだ。

というのも、実はこのおじんカルテットは、そもそもこのジャックが発起人なのである。言うなれば、彼の強い想いが歌好きメタボ親父たちを引き寄せ、このグループを創り上げたと言っても過言ではないのだ。

そして先日、結成当時は無謀とも思えた究極の目標「教会での礼拝デビュー」を遂に果たしたのである。ジャックの感慨は、他のメンバーには計り知れない程ほど大きなものであったのは想像に難くない。

しかし永年の夢(大袈裟すぎ)を果たし得た達成感と満足感が大きい反面、その  後に来る喪失感も大きかったのかもしれない。思うに、夢が叶い『もういつ死んでもいい』と思えるほどの境地に達してしまったのではないだろうか(殺したいの?)。

我がカルッテットのメンバーは、もちろんのこと教会の聖歌隊やオーケストラを始めジャックを知る多くの信者達が、彼の回復を昼夜を問わず祈っていたことは言う間でもない。

そして一週間の入院生活を終え、ジャックは戦線復帰を果たしたのだ(よかったぁ)。医者が驚くほどの回復をみせ、後遺症もまったくなく、なんと退院した日曜の翌日のカルテットの練習に元気な姿で登場したのである。

またこの金曜日には、先週急逝したビージェイの奥さんの親友だった女性の葬式が開かれる。我がおじんカルテットは、急遽そのセレモニーで歌うことになっているのだ(ジャック大丈夫?)。

この歳になると、知人友人親類縁者などの訃報が多くなる。しかし我らおじんカルテットは、死ぬまで歌い続けるのだ。ステージの上で死ねたらそれこそ本望ではないか。
     
そして、死ぬまで生きるのだ(って、当たり前でしょ!)、わっはっはっは!
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