どーも、eとりさん”twitte-nine-r”です

ツイてないeとりさんが140文字にとらわれず、己の境遇を
つぶやきます。ニートの生き様を目に焼き付けるがいい!

食べ物のニオイに弱り始めた3月中旬

2009年08月31日 11時24分10秒 | Weblog
3月9日
 叔父がお見舞いに来てくれたのだが、オカンはリハビリに行っていてしばらく待たせてしまった。ようやく戻ってきたら、「今日は熱が38℃台まで出た」とのたまう。そんな熱なのにリハビリに行くなんて無謀!いよいよ判断能力までおかしくなってきたか?
 ベッドで横になりながら叔父と話をしていたら吐き気を催して嘔吐。慌てて看護師を呼び処置してもらう。せっかく叔父さんが来てくれたのに待たせたりゲロゲーロになったりと、なんとも申し訳ない気持ち。

3月10日
 17:15頃病室へ。氷枕はしていなかったが、昼から熱が出て今しがた下がったという。昨日高熱が出たので今日はリハビリ中止。向かいの患者が病室を移った際にイチゴをくれたそうでちょっと食べたとのこと。今度来るときにかかと用の保湿クリームと爪切り、梅干を所望してきた。現在は糖尿食を食べさせられているオカン。塩分が気になるので梅干については看護師に尋ねてみた。基本的にはNGのようだったが「先生に相談してみます」という回答。

3月11日
 病室へ行くと氷枕をしていたが、体温は36.7℃とのこと。今日もリハビリには行かなかった様子。病室備え付けの、ベッド脇にある冷蔵庫に入れていたイチゴは冷蔵庫を開ける際のイチゴのニオイが気になって食べられなかったとのこと。一緒に入れていたお茶もそのせいで飲めなかったと言う。午前中に医師が来て「梅干を食べてよい」と言いに来たとのこと。ほっとくといくらでも食べそうなので晩飯時に1ヶずつ持っていくことにする予定。昼の食事のニオイも気になって吐き気がするということなのでマスクも明日以降持参する予定。

3月12日
 病室へ行くと実姉1号夫妻とその子供らが勢ぞろいで見舞いに来ていた。実姉1号は「たたられてんのか?の2月16日」から約2週間で退院。オカンの足の爪を切ってあげながらいろいろと話をしていた様子。食事を運んできた看護師からマスク着用を指示されたのを機会に実姉1号一家は退室(当時インフルエンザが流行中)。
 今日の夕食には麻婆豆腐が出たのだが、そのニオイがきついらしく吐く寸前だったがなんとか耐える。なのにおかゆの上に梅干を1ヶ載せてあげると結構ガツガツ食べていた。今日は新入りのお向かいさんからお菓子をもらったようで半分食べていたし、誰からかみかんももらっていたようで半分くらい食べていたのだが・・・糖尿なのになぁ、いいのか、お菓子や梅干・・・(-_-;                  (つづく)
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言霊が遺憾無く発揮されてしまった3月8日

2009年08月28日 14時40分19秒 | Weblog
 賢明なる諸君の皆さんコニャニャチワーはもう既にビリルビンなぞウィキなどで調べてることでしょうーね。ウィキによりますと「ビリルビン (bilirubin) はヘモグロビンなどに含まれるヘムの生分解産物で、赤褐色の胆汁色素である。ヒトなど多くの動物の糞や尿の色の原因となっている。」だそーです。こいつが体外にうまく排泄されず、血液中に増えていくと黄だんになるわけですなぁ。

3月3日(この日は腐れカボチャでプリン作ってたなぁ
 今日は発熱せず、朝出された牛乳も飲め、リハビリもやったとのこと。実姉2号が見舞いに来て新しい花を生けていってくれたのだが、向かいのベッドのおばーはんが「アタシ花粉症なの」とぬかしやがってやむなく撤収。何の花だったか忘れたが、花粉が飛ぶような花ではなかったと思うのだが。

3月4日
 割と元気そうだった。今まで黄だんのせいで黄色くなっていた白目もだいぶ白くなってきた感じ(注:あくまで入院初期との比較です)がする。医師からも「だいぶ調子が良くなってきたのが自分でもわかるでしょ?」と言われたとか。リハビリもし、病棟内の廊下も5周歩いたとおっしゃる。ただし体重はますます減って54kg台。

3月5日
 病棟内の廊下を10周歩いたというが、横になっている時は覇気が感じられなかった。

3月6日
 この日、午前中にH大学から医師が来て「H大で手術するけどもう少し待ってほしい」と言っていったらしい。病室に入ったら、体温は36.7℃だったらしいが氷枕をしていた。朝から何回か吐いたとのことで、横になっていてもつらそうだった。10分程度で病室を辞する。

3月7日
 夜中のトイレの回数が半分くらいに減ったと喜んでいたが、それでも4回ぐらいトイレに行っているらしい。食事で出されるおかゆの量が見ただけで嫌になるくらい多い、と言うので看護師に翌日から量を半分にしてもらうように頼んだ。この日は発熱が無かったが、最近は2日にいっぺん発熱するというペースなので、冗談で「明日は熱が出る番だな」と言って病室を後にしたのだが・・・。

3月8日
 病室に行ったら本当に氷枕をしていた。眠っていたので起こさず、さらに1時間待ってからまた病室に行ったのだが、まだ眠ってたので結局何も話をせずに帰った。縁起でもないことは言うもんじゃないねぇ、はぁ・・・(=_=;           (つづく)
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ビ○ールボンなら知ってるぞ、って思ったワケねーだろ!な3月2日

2009年08月26日 00時03分19秒 | Weblog
2月23日
 17:10頃病室へ。爪切りを渡すが相変わらず右手ではうまく爪が切れないので手伝ってやる。胆のうに挿していたチューブ(1月29日に挿したチューブ)は体から取り除かれていた。痒み止めの薬を見つけたので、いつから痒くなり始めたか問うと5日ぐらい前からだという。もしかしてガンの進行が始まってしまったのか?
 
2月24日~3月1日
 eとりジュニアの子供(=オカンの孫=eとりさんの姪)から手紙や写真が届いたり、オカンの知人があいついでお見舞いに来る。発熱も無く医師からも「肌の色がだいぶ治ってきた」と言われ、体調は一見良さそうなのだが、食があまり進まずご飯が食べれていないのが気にかかる。夜中は1時間おきに尿意で目が覚め、よく眠れないとのことだった。体重は約56kgとなり、病気になる前よりも10kg以上やせてしまった。
 
3月2日
 17:15頃病室へ。また氷枕をしていた。36.7℃だとのこと。朝におかゆを少し食べ牛乳も飲んだが、昼食のカレーのにおいにあてられて吐いてしまったという。そのせいで手術が受けられるように体力づくりをするリハビリも今日はしなかったとのこと。
 昼間に担当のH医師から「(体力づくりのために普段)どのくらい歩いてるか?」と尋ねられた時に、この頃普段はほとんど歩いていなかったにもかかわらず「○○だけ歩いている」と答えたという。昨年(2008)の秋頃からテンパるシチュエーションになると自分に都合の良いことをつい口走ることが多くなっていたのだが、またもや。おそらくこれもパーキンソンの影響なのではと思う。
 見舞いの帰りにナースステーションに行き、「H先生に歩いてもいないのに歩いたって答えてしまったようです云々」をかくかくしかじか話す。そのついでにいろいろ尋ねた。
e:「あとどのくらいでH大学病院へ転院になるか目途は立ってませんか?」
看護師:「ビリルビンの数値が10まで下がれば転院です。今週中には下がるんじゃないでしょうか?」
e:「びりるびん?そのビリルビンというのと、手術を受けるための体力とではどちらが重要なんですか?」
看:「それはちょっと、先生(=医師)じゃないとわからないです・・・」
e:「今ビリルビンってナンボなんですか?」
看:「えーと、12ぐらいだったと思いますけど・・・」

さぁ、ビリルビンって何だー?!それはまた、次回の話(←M本レオ風)。
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"TVたわー"再開にあたり、これまでのおさらい

2009年08月23日 11時47分14秒 | Weblog
 怒涛のお盆・夏休み週間が過ぎ去りましたので"TVたわー"を再開いたします。ここで今までのお話を、書き漏らした分も含めておさらいしマンモス

 今にして思えば「アレ、変だな、おかしいな」(←怪談でおなじみI川ジュンジ風)となったのが昨年(2008)の11月頃だったでしょうか。それまではもういい年なのにeとりさんよりもワシワシとご飯を食べるオカンの食欲がなぜか落ち、食事を残したりして食べる量が減っていったのです。それまでは「ちょっと食いすぎなんでないかい」と思ってたぐらいだから、まぁいーべ、と思っていたのですけど。

 そして昨年の1泊6日ツアーの前後どちらか忘れてしまいましたが12月頃だったでしょうか、オカンが夜中に頻繁にトイレに行くようになりました。eとりさんが夜中にネットをしていると、歩く音や戸が開閉する音、水の流れる音がするのです。以前はそんなことはあまりなく、あってもせいぜい1回ぐらい。
e:「最近夜中によくトイレに行ってるんじゃない?」
オ:「うん、2時間にいっぺんぐらいで行ってる。トイレ行きたくなって目が覚めて行くんだけど、その割りにあんまり出ないんだよね」

 そんな割には別にどこも痛くもかゆくもないようだったし、普通に暮らしていたので病気になっているorなりつつあるなんて全く頭に無かったんですよね。そしたら今年の1月になって身内や知人から「顔黄色いよ」って言われて、やっとこさ病院へ行ったわけです。

 病院へ行く前夜にネットで調べてみました。黄だんつーのは肝臓が悪くなるとそんなふうになる、というのはおぼろげながら知っていたんですが、オカンは普段酒は全く飲まないし、今まで肝炎など肝臓の病気になんてかかったことはありませんでした。しかし糖尿病にはなっていたのです。「もしかして膵(すい)臓・・・?」と考えまして検索してみますと、膵炎に関するページを見つけました。

 このページを見る限り、膵炎では黄だんとともに激しい痛みを伴うようです。しかしオカンは痛みを訴えません。さらに膵臓の病気に関して調べますと、やはりガンに関するページが多く出てきました。膵臓がんは発生部位にもよりますが黄だんを発症させることがあるそうです。初期症状としては食欲不振などがありますが、明らかにガンだと思われるような特有の初期症状は現れず、それゆえに発見のしにくいガンなんだとか。

 うちのオカンも黄だん以外は痛いのかゆいの言わんしなぁ・・・膵臓ガンに関するページ(※)を見てるうちに冷や汗が出てきました。そんなこんなで運命の1月26日(月)を迎えることになるのでした。

※膵臓ガンに関して見たページのURLを掲載しておきます。
すい臓がんの症状・治療
あきらめないで すい臓がん
膵癌-Wikipedia ←「ガンの王様」って、ひでぇなぁ(^^;

次回から本編再開です。

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 TヴイK三沢選手追悼番組録画に関しましてご協力くださいました方々に厚く御礼申し上げます。
 ありがとうございましたm(_ _)m
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お盆休載のお知らせ

2009年08月14日 12時02分36秒 | Weblog
 どーも、eとりさんです。m(_ _)m

 8月中旬の”主夫”業がとてつもなく忙しくなったため、8月23日頃までブログを休載させていただきます。悪しからずご了承お願い申し上げます。
 
 大雨、地震等で被害に遭われました方々、お見舞い申し上げます。読者の皆様、どーぞ良い夏休みをお過ごしください。ではまた!(^^)/~
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TヴイK視聴可能区域に住んでらっしゃる方へ誠に図々しいお願いm(_ _)m

2009年08月11日 01時18分00秒 | Weblog
 ”TVたわー”連載中ですが臨時のお願いです。

 先日三沢選手の訃報をこのブログでもお知らせしましたが、7月4日深夜に放送された三沢選手追悼番組を、なんと、なんと、見逃してしまったー!!一生の不覚!(T T)

 これ、ちょうどS幌市に潜伏中でしてeとりさんは自ら録画することはできなかったんです。自分で録画できないことは予めわかっていたので、「とある人」に録画を頼んだのですが、これがまたイタイ子でして、ビデオのタイマー予約ができない子なのでした。頼んだ時はこういうイタイ子だって知らなかったんだよぉ・・・(T T)。

 タイマー予約ができなかったんで、夜中まで起きて頑張ってたらしいのですが、放送直前になんとsleep myself! 寝ちゃったんですねー。まぁeとりさんも寝ちまって見逃しちゃったからスリープタイマーが働いてしまったことについては責める立場にないのですが、でもなぁ・・・。

 というわけで追悼番組はあきらめざるを得なかったわけですが、このたび、な、な、なんと!Kナガワ県ではおなじみの某ローカルテレビ局が8月17日(月)の19:00から三沢選手の追悼番組を再放送してくれるというのです!なんと酔狂なテレビ局、12チャンでもやんねーぞ、そんなこと!

 さてここで誠に図々しいお願いです。TヴイK視聴可能区域にお住まいの方で、「えよ、ここはひとつeとりさんに恩を着せてやるだぉ!とうじーん」という粋な方がいらっしゃいましたら、どーぞこの再放送を録画していただきたいのです。録画メディアはDVD(どんな再生機器でも再生できるようにファイナライズしたもの)か、新品ビデオテープby標準モードを希望いたします。もちろんかかった経費の支出および謝礼はバッチリいたします。録画後の受け渡しなどなど詳細につきましてはメールで打ち合わせさせていただきたいので、「録画してあげていーですよ♪」という方はどーぞeとりさんまでメールでご一報ください。あるいはブログのコメント欄にeとりさんが推測可能な範囲でのペンネームで「録画OK」旨投稿してくだされば、eとりさんからメールいたします(メアドわかってればですが)。

 お盆休み前のしちめんどくせー時に誠に勝手ではございますが、全国1千万の(←ボヤッキー風)eとりさんファンの皆様のご協力をどーぞ宜しくお願い申し上げます。
m(_ _)m
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こういうの小康状態って言いますのん?な2月中旬

2009年08月10日 23時31分36秒 | Weblog
2月17日
 久しぶりにシャワーを浴びることが出来てさっぱりした様子だった。

2月18日
 氷枕をしていて、熱が37℃ぐらいだったとのこと。この日はリハビリをしたらしく、くたびれている感じだった。

2月19日
 K町から実姉3号が見舞いに来る。3号曰く「話す言葉に力が無い感じ」とのこと。・・・(-_-;うーむ

2月20日
 午前中に実姉3号が見舞いをし、帰る。3号が去った後、熱が39℃まで出てしまい、昼飯が食べられずリハビリもできなかったとのこと。この日eとりさんは16:30頃病室へ行ったのだが、オカンが寝ていたりなどタイミングが合わず話が出来たのが18:00過ぎ。疲れていたようなのでちょっとだけ話してすぐ帰った。体調悪そうで心配。

2月21日
 氷枕をしていたが熱は落ち着いたようだった。爪が伸びたと気にしていたのだが、今から思うとこの前爪切ってからまだ6日しかたってないのであった。

2月22日
 実姉2号夫妻が見舞いに来ていた。今日昨日と土日だったのでリハビリはしておらず、そのせいなのか元気な感じ。顔の色もだいぶ白くなってきた感じがする。
 (・・・とこの日は思っていたようなのだ、後からメモを見る限りでは。でもH大病院に移ったあとでも顔の色はしばらくずーっと真っ黄っ黄だったから、たぶん気のせいか、さもなければよーっぽど黄色かったのが薄まったんだろうなぁと思はゆ)。

 今回は特にドラマチックなことも無く次回へと続きマンモス。すていちゅーん!
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たたられてんのか?の2月16日

2009年08月07日 23時53分47秒 | Weblog
これまでのあらすじ:マンモスエライことになったっピー
 
2月14日
 発熱無し。黄だんや尿の色は相変わらずのように見える。昨晩から食事(今まで点滴だけだった)を摂るようになったとのこと。耳にアカがついていたので取ってやる。かなりたまっていた。

2月15日
 発熱無し。黄だんは若干薄くなったような感じがした。逆に尿の色が濃くなったような気がする。食事を摂るようになったからだろうか?トイレに大きいほうをしに歩いていったらそれだけで疲れてしまったとのこと。風呂に入っていないせいで体がかゆいとも言う。体のかゆみは「風呂に入っていないせい」であってほしい。爪切りを所望されていたので持ってきて自分で切らせたが、オカンは右手で左手の爪が切れなかった。

2月16日
 今日も発熱無し。ここのところ体温は36℃台である。おしっこ用の管は取られており、小用の場合もトイレに立つようになっていた。リハビリで歩かされているせいか疲れているようで覇気がない。「ついでに」見舞いに来てくれていた義兄1号も「元気が無いなぁ」と言っておられた。
 ・・・なぜ「ついでに」か?実姉1号がウイルス性髄膜炎なるものを発症してしまい、この日に急遽同じY町総合病院に入院することになってしまったのだ!たたられてんのか、eとり家!?
 オカンがトイレに行く間に実姉1号を見舞い、またオカンのところへ戻るとオカンは夕食を摂っていたのだが、茶わんのおかゆ半分と、おかずは1口程度しか食べなかった。オカンも実姉1号も大変だ。                        (つづく)
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 のりペーも大変だ・・・。1週間以内に身柄をおさえて尿検査しないと立証が難しいんですって。まさかそこまで計算に入れてる、とはねぇ・・・。
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それを押す日が来ようとは、の2月13日

2009年08月04日 11時47分59秒 | Weblog
 新たにPTCDを行って体からのチューブがもう1本増えたオカン。今度挿したチューブには半透明の明るい黄褐色の胆汁が出てきて・・・。

2月6日
 体温は37.2℃だったが氷枕はしていなかった。ちなみに2月3日のERCPの説明時に「毎日熱が上がり下がりしているがどーなのか?」と問うと「血液からの情報のほうが重要であり、熱については今のところ特に重視しなければならない状況ではない」と言われていたのであった。
 それはともかく、今日はいつもより元気そうに見えた。胆汁も調子よく排出されていた感じ。しかし黄だんは解消されておらず、尿の色もまだ赤褐色。

2月7日
 氷枕をしており、体温が38.1℃まで出たとのこと。I医師は「胆汁が出てていいね」と言っていたとか。黄だんも尿の色も変わらず。

2月8日~9日
 顕著な発熱は無かったが、黄だんと尿の色は相変わらず。胆汁の出は順調。

2月10日
 体調は8日~9日と変化無し。I医師が「ここ(Y町総合病院)ではやれることはやったのでH大のほうに話をつけている」とオカンに話したとのこと。転院か?
 つーことは・・・ヤバいのか、やっぱり・・・。

2月11日
 体調変化無し。のどが結構渇くようだった。

2月12日
 体調変化無し。話をしない時の虚ろな表情や入れ歯を入れるときの手の不自由さ加減が気になる。昨年の9月に軽度のパーキンソン病(※)と診断されていたので、おそらくそのせいだと思うけど、今の病気のせいで余計にパーキンソンも進行しなければよいのだが。
 見舞いから帰宅後に病院から電話。「明日(2/13)外科外来でお話がありますので午前中に来てください」とのこと。

2月13日
 10時40分頃ナースステーションに行く。I医師より「外科へ転科させる。黄だんは改善の兆しあり。」という説明を受ける。病室へ行ったが、尿の色は若干薄くなったような気はするものの黄だんはあまり変わってないように思えた。その後看護師さんとともに外科外来へ。担当は、ここY町では非常にワイルドな風貌でお馴染みのH医師。
 「外科病棟に移って黄だんの解消をはかってから、2~3週間後をメドにH大病院に転院して手術をします」旨の説明。手術に耐えられる体力・筋力をつけるよう、リハビリも行うとのこと。
 診察後、オカンを乗せた車椅子を押してとぼとぼ病室へ。「車椅子を押すなんて、こんな日が来るとはねぇ~」なんて言いながら押してたんだけど、オカンも息子に車椅子を押してもらうなんて夢にも思わんかったろうね。           (つづく)
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※パーキンソン病について
 Mハメッド・アリやMイケル・J・フォックスが罹患していることで知られていますが、高齢者に多い病気だそうで、歳を取ると誰もがこの病気になっても不思議ではないとのことです(Y町総合病院の神経内科医(出張医)談)。
 安静時の体のふるえ(特に手、安静時振戦という)、筋肉のこわばり(固縮という)、動作が緩慢になる(無動という)、姿勢が保ちにくくなる(姿勢反射障害という)という4大症状と呼ばれるもののうち、少なくとも2つの症状があることがパーキンソン病だとする診断基準のうちの1つとなっています。
 このほかパーキンソン病には睡眠障害(なかなか寝つけない、夜中に何度も目覚める、足がむずむずしたり火照る、睡眠中に大声を出したり暴れる)、幻覚・妄想・興奮・錯乱などの精神症状、うつ状態、自律神経症状(めまいや立ちくらみ、失禁や夜間頻尿、吐き気・嘔吐、便秘、腸閉塞、発汗障害)、認知障害などの「非運動症状」と呼ばれる症状があります。そのほかにも細かい症状がいろいろあります(食べるものが飲み込みにくい、歩幅が狭くなる、段取りよく行動できなくなる、etc)。
 参考:パーキンソン病 正しい治療がわかる本、著者:竹村学、編者:福井次矢、(株)法研、2009年1月
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まだまだいろいろあった2月5日その2

2009年08月01日 16時01分29秒 | Weblog
2月5日(つづき)
 ERCPがうまくいかなかった・・・ということは・・・ま、まさか・・・

 なーんて「まさか」っつーことはなかったんですけど、I医師の説明によりますと、十二指腸内部の十二指腸乳頭と反対側の位置に「憩室(けいしつ)」というヘコミができていて、そのために内視鏡から胆管へ通すカテーテルをうまく胆管内部に挿入できないとのことで、取りやめたんですって。

 憩室自体は存在していても別に体には障りの無いものなのだそうですが、カテーテルを胆管内に挿入する際、その反動で内視鏡がちょうど憩室付近にぶつかるらしく、そのままカテーテル挿入を強行すると憩室付近で出血や穿孔が起こるかもしれなかった、とのこと。
 
 ERCPができなかったんで、次にI医師がおっしゃったのは「PTCD(経皮経肝胆管ドレナージ)」をさせていただきたい」。アレ?前にも聞いたことがあるね。今回は胆のうではなく、肝臓付近の胆管内部へチューブを挿すという"本当の"PTCD。「肝臓付近の胆管は太さが約5mmぐらいしかないので難しいが何とかなると思う、しかしこれも合併症のリスクがあるので、それを踏まえて同意してほしい」とおっしゃった。
 
 またまたこれしか他にやりようが無さそうに思えたeとりさんはその場でPTCDの実施に同意(これだって死亡のリスクがあるんだけどね)。以上の説明をされたのが昼の12:30~13:00。んで、PTCDは結局その日の18:30から処置を始めて19:30頃終了。無事に処置できて、処置後のレントゲン写真を見せられた。胆のう出口の上部から肝臓にかけての胆管内にはきちんと造影剤がまわりこんだらしく、管内部が白く写っていましたが、胆のう出口から十二指腸までの間は造影剤がまわりこんでいないらしく真っ黒。つまりこれにて胆のう出口から十二指腸にかけた部分の胆管が詰まっているというように判断できるらしいのです。
(このあたりは前の記事に掲載した図と照らし合わせながらお読みください)

 この処置に際して「胆汁を採取して検査にまわしており、がん細胞が検出された場合は開腹手術になるので、その時にはきちんとした麻酔医のいる大きな病院へ転院を勧めますから」とも言われたこの日。どーなる、オカン!?        (つづく)
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