世界銀行借款による開田事業の特色を要約すると次の三つが挙げられる。
1.基盤施設である水源施設、明渠排水、暗渠排水、客土など土地改良を大々的に行う。
2.農地開発機械公団が外国から高性能の建設機械を購入し、これを開発局が借り受けて行う。
3.事業は国営(北海道開発局)、道営(北海道)、団体営(農協・土地改良区)の三つで行うが、予算の柱を1本とし、総合的に取り組み、短期間に効果をあげる。
さらに、地域内には、既耕地8,530haと開拓地2,801haがあり、既耕地を対象とする土地改良事業と開拓地を対象とする土地改良事業と開拓地を対象とする開墾建設事業に分けて計画されました。
当初85億円での計画事業費は、その後の導入機種変更や、開拓地の飲料水確保のための井戸等を水源とする簡易上水道(632戸)工事などの追加により年々膨らんでいきました。
特に、泥炭地であるため地盤の浮上沈下が著しく、そのため補正工事が続出し、結局46年度の完了時まで約212億円もの巨費が投じられたのでした。
これが、篠津総合開発です。
受益地面積は、4市町村で11,398.2ha、うち江別は2,223.5haを占めていました。
当然のこと、古田島市政時代からのこの開発の促進は、重要政策の筆頭に挙げられ、江別開発促進期成会と呼応、これが実現に全力を傾注することになったのです。
註:江別市総務部「えべつ昭和史」228-229頁.
写真:篠津総合開発・南美原幹線用水路工事(昭和32年9月)
同上書229頁掲載写真を複写し、当ブログ掲載いたしております。
昭和30年は、その後30数年に及ぶ昭和の政治の進行方向を規定した、いわゆる55体制が確立した年でした。
同年10月左右社会党が統一し、同年11月、保守合同により自由民主党が結成されました。政治権力は自民党が握っていましたが、社会党が一定の勢力をもったため憲法の改正はなされず、その新憲法は定着しました。
31年春闘がスタートし、技術革新の時代が訪れ、やがてエネルギーは石炭から石油へと転換しました。
そして、35年の安保闘争を経て、池田内閣の所得倍増論を核とした高度経済成長期へと駆け込みました。いわば、30年は、昭和を画するひとつの年であったのです。
その30年、肥沃な石狩平野の中にエア・ポケットのように取り残された泥炭地、篠津原野の開発が本格化しました。
世界銀行の融資を受け、江別、当別、月形、新篠津の4市町村に跨がる16,300haの広大な泥炭地を開田しようという、壮大なプロジェクトです。
篠津原野の開発に本腰が入ったのは、26年石狩川水系総合開発計画に基づき、篠津運河の堀削が国営灌漑事業としてスタートしたときです。
当初は、畑作を前提に劣悪な泥炭地の改良と排水改良を目指しましたが、その後、当時の食糧事情など
に加え、経営上からも水田が優位との判断があり、篠津地域泥炭地開発事業として再スタートすることになったのです。
註:江別市総務部「えべつ昭和史」228頁.
写真:松川市長(江別第2代市長)
昭和34年5月、地方統一選挙における江別市長選挙は、3期12年続いた古川島薫平の勇退を受け、終戦時の江別町長で、十勝、渡島支庁長などを歴任した松川清(自民党江別支部推薦)、前市教育長の荒井信勝(地区労推薦)、それに江別市農協組合長で市議会議調を務めた中村幸佐久の3人で争われました。
結果は、前回の市長選挙、古田島、富樫の争いをしのぐ激戦となりましたが、知事、道議選で勝利した町村金五、大久保和男との一体選挙を行った松川が、いわば輸入候補のハンディを克服し、僅差で荒井を退けたのでした。
松川清6,565票、荒井信勝6,319票、中村幸佐久4,175票でした。
終戦まじかの20年7月、江別町長に就任、すぐさま戦後の混乱のなか食糧対策等に奔放中、パージを受けて無念の涙を飲んだ松川は、10数年ぶりに江別の首長に就任しました。
ここから官僚の中の官僚といわれた手堅さと、初一念を貫く強靭な指導力を持ち合わせた松川の、3期12年の市政がスタートしました。
松川は、34年6月議会における施政方針演説で、清潔、公正をモットーに市政運営を行うと言明、次の五つを重点施策として挙げました。
1.篠津総合開発の促進と開拓行政の確立
2.教育施設の充実
3.産業の振興
4.福祉社会の建設
5.都市基盤(道路、交通、公園、上水道、住宅団地など)の整備促進
同時に、松川市長は、同じ施政方針の中で『当市現在の財政は相当逼迫し、本年度の施策予算に振り向け得る財源は、1千万円ほどに過ぎず、今次補正予算編成の意のごとくならなかったことをご了承願います』と財政のひっ迫をも訴えたのでした。
註:江別市総務部「えべつ昭和史」226頁.
写真:昭和34年5月、第2代江別市長に就任した松川清氏(於・市長室)
同上書226頁掲載写真を複写し、当ブログ掲載いたしております。
町予算に防空演習費が計上されたのは、10年度からでした。
昭和10年7月、旭川第七師団防空演習を契機に、全道的に防空業務の下部組織の設置が顕著になりました。
しかし、これは満州事変以降の飛行機の発達を背景とした軍の指導によるものでした。
昭和12年10月の防空法の施行は、組織化を一気に押し進めました。
江別においても、12年10月、軍隊や警察を支援する民間組織・防護団の初男子期(於江別高女)が行われ、第1回の演習が実施されました。
ついで、翌11月には、王子製紙株式会社江別工場にも防護団の結成をみ、この年を起点に、以降年々防空事業が活発化することになりました。
15年、江別町事務報告は、空襲が必至であるを前提とした町の取り組みにつき、次のとおり緊迫感漲るものとなりました。
『時局益々重大性ヲ呈スルニ至リ防空ノ事業ハ今ヤ国ヲ挙ゲテノ関心事タルニ至リ一朝事アルノ時ニ於テ混乱ヲ来サス秩序ヲ期スルト共ニ空襲必須ヲ予期シテ物心両面ノ諸般ノ準備ヲ完了スベキヲ目標トシテ経費ノ許ス限リ努力シツツアリ。』
註:江別市総務部「えべつ昭和史」122-123頁.
写真:木製戦闘機キー一◯六
江別市総務部「新江別市史」93頁掲載写真を複写し、当ブログ掲載いたしております。
昭和19年、出征のための欠員募集で江別駅に入った中野幸、高橋フキ、鈴木静子の3人が語るところを要約すると、次のとおりです。
当時の江別駅職員は40数人でした。
昭和2年生まれの中野らと同世代の女性が28人と、半数以上を占めていました。
男性は中年以上で、若い人は体の弱い人でした。
そのため、女性は、庶務や出札、駅手などの他、小荷物、ポイント返し、信号、踏切など力仕事、危険な仕事も引き受けていました。
庶務系の駅務係りであった中野は、朝8時から翌朝の8時までの一昼夜交替で、駅の宿直室に泊まり込んでの勤務でした。
高橋と鈴木は、8時から16時までの勤務で、貨車の入れ替えをするポイント返しや、踏み切り番、それに駅舎やホームを掃除する駅夫の役と、外勤でした。
支給の制服、外套に戦闘帽をかぶり出勤しました。
それぞれの仕事の傍ら、防空演習や出征兵士を見送り、戦死者を出迎え、そして江別空襲にも見舞われましたが、何とか終戦まで、それぞれの持ち場を全うしました。
しかし、年を越し、21年に入り、復員者が増加するにつれ、押し出されるように大方の女性は退職しました。
中野によると、退職金はありませんでした。ただ支給の制服をもらって「さよなら」という感じであったといいます。
郵便局も同様でした。
昭和17年、15歳で江別郵便局に務めた後藤諭によると、男性は出征で少なくなり、集配業務も半分以上が女性であったといいます。
また、松丸篤蔵は、『銀行なんか、拓銀でも、北陸でも、支店長と次席と三席の他は、全部女性だった。そういう時代であった』と、勢い女性に頼らざるを得なかった時代状況を語るのでした。
註:江別市総務部「えべつ昭和史」122頁.
写真:昭和20年頃江別駅員
このたび、江別市郷土資料館歴史講座「対雁と明治初期の日露関係」開催のご案内をいたします!
今回の江別市郷土資料館歴史講座は、江別市発祥の地である対雁と明治初期の日露関係について、野幌公民館にて開催されます。
電話申込が必要ですので、事前申込をしてご参加ください。
江別市郷土資料館歴史講座「対雁と明治初期の日露関係」の日程は、下記のとおりです。
1.日 程 2012年3月31日(土)13:30〜15:00
2.場 所 野幌公民館
3.参加費 無料
4.講 師 原 暉之 氏(元北海道情報大学学長・北海道大学名誉教授)
5.問合先 江別資料郷土資料館
011−385−6466
写真:榎本武揚顕彰碑騎馬像
江別市工栄町榎本公園内撮影
このたび、夢工房トンデンファームのガーデンセール開催中!のご案内をいたします!
夢工房トンデンファームは、大地・愛・勇気をミッションに掲げ、
素材そのものが持つ自然の風味を維持するために最大限に職人の手で、
本物の炭火を使って
一品、一品、かまどの火を調整しながら、
最良の美味しさを作り上げています。
また、トンデンファームでは、引き馬などお子さんも楽しめる催し物がたくさん準備されており、大人も子どもも楽しめるトンデンファームガーデンセールです!
夢工房トンデンファームのガーデンセールの日程は、下記のとおりです。
1.期間 2012年3月24日(土)〜25日(日)
2.時間 10:00〜17:30
3.場所 トンデンファーム
北海道江別市元野幌968-5
011−383−8208
トンデンファーム白老牧場で育てた白老牛と、酪農大学で飼育されている酪豚などが特別価格で購入できますよ!
詳細は、こちらをご覧ください!
写真:トンデンファーム
このたび、どなたでも参加可能!Jumping Talk!本日開催のご案内をいたします!
本日(3/24)、Jumping Talkが開催されます。
当ブログにて既にご案内をさせていただいておりますJumping Talk開催のご案内ですが、当初は学生対象の企画でした。
しかし、学生とさまざまな方との意見交流の重要性からどなたでも参加可能な企画として開催されることとなりました。

海外活動経験による2名の活動報告会後、グループトーキングを行い、全プログラム終了後には、野幌駅界隈所在のぶらっとにて懇親会が開催されます。
どなたでもご参加可能ですので、ぜひ学生との交流機会をご活用ください!
当日会場参加も可能です!
Jumping Talkの日程は、下記のとおりです。
1.日 程 2011年3月24日(土)14:30〜16:50
終了後、懇親会(18時から)
2.場 所 野幌公民館
JR函館本線野幌駅下車徒歩7分程
JR北海道バス野幌駅前通り下車徒歩3分
3.内 容
(1)海外活動報告
1)加納由菜氏(19歳)
中国植林活動ツアー参加における報告
2)斎藤花奈氏(20歳)
カンボジアやインドでの一人旅においての体験談報告
(2)グループトーキング
(3)懇親会
4.参 加 費 報告会・グループトーキング無料
懇親会のみ参加費2千円(場所 ぷらっと:会場から徒歩3分程)
5.問 合 先 NPO法人えべつ恊働ねっとわーく
*通称:江別市民活動センター・あい
011−375−1460
E-mail mi_n_ko_n@yahoo.co.jp
(参考)
当ブログ2012年3月20日(火)「Jumping Talk!開催のご案内!」
写真:多大学交流会〜Co.ラボのっぽ〜懇親会の模様
当ブログ掲載許可を得て、掲載いたしております。
このたび、北翔大学短期大学部インターンシップ〜やまほ電器にて最終日のご報告をいたします!
3月よりスタートしたやまほ電器様でのインターンシップが、本日(3/23)最終日を迎えます。
3週間余りのインターンシップ、
温かな空間の中で
地域密着店の大きな社会的役割を感じ取ったことでしょう。
山保様のインターンシップが、北翔大学短期大学部人間総合学科インターンシップの最終となります。
本年、皆様のご支援を得て野幌7丁目界隈インターンシップ・トリプルゾーンが出来上がりました。
また、北海道立図書館様のご支援を得て、新たなインターンシップをスタートさせました。
インターンシップ履修学生は、「地域」を知り、その地域の中で多くの方々と触れ合い、こうした時間経過の中で、今学生たちは自身の役割を見出そうとしています。
次世代の若きリーダーたちが
地域を感じ、
地域を知り、
地域と共に歩みを進めていく、
そして、先輩から後輩へ受け継がれ、
多くのコミュニティが築かれていくのです
地域に生かされ、地域を活かす、地域密着型インターンシップ、
多くの方々の支えとご指導によって実現しているインターンシップ、
出会った全ての皆様に感謝いたします!
心で繋がる素晴らしきネットワーク、
学生共々、今後とも宜しくお願いいたします!
2007年度生インターンシップから受け入れを快諾していただき、
今日まで支えてくださった山保様にあらためて感謝の意を表します。
ありがとうございます!
そして、これからも宜しくお願いいたします!
写真:有限会社やまほの皆様に囲まれたインターンシップ生
当ブログ掲載許可を得て、撮影・掲載いたしております。
このたび、北翔大短大部インターンシップNPO法人えべつ恊働ねっとわーくにて第2弾終了!のご報告をいたします!
昨日(3/21)、NPO法人えべつ恊働ねっとわーくにて北翔大学短期大学部インターンシップ第2弾が終了いたしました。
本年度2名の学生を受け入れていただき、通算2ヶ月近くインターンシップ生のご指導を賜りました。
そして、昨日2人目のインターンシップ生は、
3週間のインターンシップで経験し、学んだことを、ご支援いただいた皆様の前で発表させていただきました。
インターンシップ生の光る涙を目の当たりにして、どれだけ温かく見守り、ご指導いただいかが拝察されました。
また、今回のインターンシップ事前指導として参加させいただきました「多大学交流会〜Co.ラボのっぽ」の参加を通じて得られた学生交流活動は、NPO法人えべつ恊働ねーとわーくを拠点として引き続き活動が展開されています。その活動にもインターンシップ生は地域活動の一環として参加させていただいています。
今後、就職活動が本格化する中で、できるだけ学生の可能性を引き出していける体制づくりが急務であることを痛感した次第です。
実直に、積極的に活動していく学生の姿をみていると、学生たちの将来性を加味しながら、教育機関と地域が連携して育てていくことの重要性をあらためて痛感しました。
多くの方々のご支援によって実現している北翔大学短期大学部1年生のインターンシップ、地域密着型インターンシップを推進して5年を経た今、次なるステップを構築することが求められる時期を迎えているのだと思います。今後、一層密着する地域の方々との交流の中で、ご高見を賜りながら、新たなステップを検討していきたいと考えています。
NPO法人えべつ恊働ねっとわーくの皆様、
そして、学生地域交流活動でご指導をいただいた他大学の学生の皆様、
長期間にわたるインターンシップにおいて、多大なるご支援とご指導を賜りましたこと、厚く御礼申し上げます。
今後インターンシップ生たちは、就職活動と勉学の傍らで皆様と共に活動をさせていただくことでしょう。
引き続きのご指導の程、何卒宜しくお願い申し上げます。
写真:NPO法人えべつ恊働ねっとわーくセンター長より花束を贈られ喜び溢れる森戸さん(インターンシップ生)










