江別創造舎

地域文化振興活動・江別カルタ制作

陶芸美ー月光シリーズ

2008年09月30日 | 教育・学校
 このたび、文殊の知恵袋講座第6回(10月)にてご講演いただきます横内豪氏の陶芸作品をご紹介いたします。

 <作品(写真)紹介>
 遥か昔から私たちの地球を見守り続け、今も輝いている月の、優しく不思議な光を表した「月光シリーズ コーヒーカップとソーサー」

 今回ご紹介いたします「月光シリーズ コーヒーカップとソーサー」の色合い、形状、風合い等、ブログ写真では、本来の陶芸の美しさは伝わりにくいものと思います。
横内氏は、下記のとおり展示・販売会を開催されています。
作者にとりましては、一人でも多くの方に作品をみていただくことが何にも代え難い喜びのことと思います。
若き陶芸家が一歩を踏み出しています!
応援よろしくお願いいたします!

 横内豪氏の展示・販売会は、下記のとおりです。

1.期間   現在開催中
       10月31日(金)迄
2.場所   喫茶店「葉茶屋(hachaya)」
       札幌市中央区南6西17グランドパレス啓明2 1F

(参考)
 当ブログ9月29日(月)「人が集えば文殊の知恵袋講座ご案内!」
 当ブログ9月18日(木)「本日!横市拓摩氏ご講演大盛況!のご報告」
 当ブログ8月25日(月)「人が集えば文殊の知恵袋講座第5回ご案内」
 当ブログ8月17日(日)「市民・若者が主役!ー個が生き、個が活かされる地域社会を目指してー」

写真:横内豪 作 「月光シリーズ~コーヒーカップとソーサー」
   (北翔大学生涯システム学部芸術メディア学科4年)

葉茶屋については、下記をご参照ください。
http://gourmet.hokkaido-np.co.jp/cont/gourmetdata/2405.php
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「人が集えば文珠の知恵袋講座」ご案内!

2008年09月29日 | 教育・学校
 このたび、「人が集えば文珠の知恵袋講座」(道民カレッジ連携講座)をご案内いたします!

 「地域に生かされ、地域を活かす人づくり」を目指して、「人が集えば文珠の知恵袋講座」を開講し、既に5回を終了いたしました。
 当講座は、「個」を意識し、個から個への働きかけによって人の輪(和)を成しそして各々の知を介して新たな知を創造する地域づくりを目指しております。

 市民の方々のこれまで培っていらっしゃったキャリアを活かす機会の提供と共に、学生のこれまで教育現場で学び、経験した専門性を披露する機会の提供として、10月より「人が集えば文珠の知恵袋講座」を開講します!
 当講座を通じて、ご参加いただきました皆様と共に知の共有を図り、相互に学び合える機会となれば幸甚です。
そして、皆様の御支援を賜り、教育現場と地域が連携して次世代のリーダーである若者の育成に尽力していきたいと考えております。

 今後の「人が集えば文珠の知恵袋講座」の日程は、下記のとおりです。
「火曜一(かよういち)」は、文珠の知恵袋講座
皆様とお会いできますことを、楽しみにいたしております!
 なお、当講座回数は、前期開講講座の連番で開催して参ります。

1.第6回  10月14日(火)13:10-14:40 
 プログラム1  「学生ボランティア活動の現状」
         講師 高瀬仁氏(北翔大学人間福祉学部生活福祉学科4年)
 プログラム2  「陶芸とわたし」
         講師 横内豪氏(北翔大学生涯システム学部芸術メディア学科4年)

2.第7回  11月11日(火)13:10ー14:40
 プログラム1  「人に良い印象を与えるためのトータルコーディネート」
         講師 吉田絵里子氏(北翔大学生涯システム学部健康プランニング学科4年)
 プログラム2  「えべつ・もうひとつの私の地元」
         講師 上村ひかり氏(酪農学園大学環境システム学部地球環境学科4年)

3.第8回  12月 2日(火)13:10ー14:40
 プログラム1  「えべつの河川改修、橋梁、渡船場」
         講師 渡辺良洪氏(元江別市郷土資料館勤務)
 なお、場所はいずれのプログラムも「北翔大学」にて開催いたします。

 今回は、年末年始、年度の切り替わり時期であるため、やむなく3回の講演開催とさせていただきました。
次年度も継続的に開講して参ります。
ご期待ください!

(参考)
 当ブログ9月19日(金)「江別創造舎主催ー横市拓摩氏ご講演大盛況!のご報告」
 当ブログ9月18日(木)「本日!市民・若者が講師!講座開講!」
 当ブログ8月25日(月)「人が集えば文殊の知恵袋講座第5回ご案内」
 当ブログ8月17日(日)「市民・若者が主役!ー個が生き、個が活かされる地域社会を目指してー」

写真:横内豪氏(北翔大学生涯システム学部4年)「月光シリーズ」陶芸作品
   既に展示会開催されていらっしゃる横内氏の作品を、今後当ブログにてご紹介させていただく予定です。
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本日!アイヌ伝統料理が味わえる講演会ご案内!

2008年09月28日 | イベント
 本日、アイヌ民族の北海道史・江別史公開講演会「ウレシパ・シラリカ~アイヌ文化活動から~」が開催されます。

 「ウレシパ(互いに育み合い)・シラリカ(白糠)」・・・白糠(しらぬか)を拠点にアイヌ文化を伝える高木喜久恵さんによるご講演です。
 ご講演参加者にはアイヌ民族伝統料理コンブシトが振る舞われると共に、伝統楽器ムックリの実演体験も盛り込まれています。
 なお、当ご講演では、要約筆記者と手話通訳者が付いていますので、どなたでもご参加いただけます。
 
 ご講演については、下記のとおりです。

1.日 時   9月28日(日)14:00~16:30
2.場 所   江別市中央公民館(江別市コミュニティセンター)
        北海道江別市三条五丁目11-1 
        JR函館本線江別駅下車 徒歩5分      
2.参加費   無料
3.申 込   先着100名様
4.申込先   道ウタリ協会江別支部清水様
        電話011-382-7556

 江別市中央公民館・江別市コミュニティセンターについては、下記をご覧ください。
http://www.city.ebetsu.hokkaido.jp/kouminkan/community/inst/index.html

 北海道白糠町については、下記をご覧下さい。
http://town.shiranuka.lg.jp

写真:江別市中央公民館(コミュニティセンター)
   2007年「えべつ焼き物21」開催模様撮影。
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江別イーグルス誕生!

2008年09月27日 | 歴史・文化
 昭和26(1951)年、北海道江別市で最初のノンプロチーム・江別イーグルス(クラブ)が誕生しました!

 江別市で最初のノンプロチーム「江別イーグルス」は、江別市六条六丁目で貸本屋を営む向井武雄氏がオーナーで、監督は長野孝平氏、マネジャーには三浦恍三氏、主将兼捕手桑原忠雄氏、投手塚本春男氏、新保光男氏などでチーム編成されていました。

 3塁を守っていた秋山勇氏によると、『江別町営球場で札鉄とやって、コテンコテンにやられた。拓銀ともやったが、手も足も出なかった』と、芳しからぬ戦績を語っています。

 それも無理はありませんでした。選手は、集まらず、金もない。
資金集めに千歳座で「のど自慢大会」や映画会などを催したりもしたようです。
しかし、結局のところ2、3年で行き詰まり、いつか自然解消してしまったのです。

 昭和27(1952)年から石狩支庁管内軟式野球王座決定戦が行われました。江別からは、北日本チームなどが出場しました。しかし、北日本は常時全琴似と優勝争いをし、石狩管内でも群を抜く強さをみせました。
その他、江陵、開発局、郵便局、市役所などがこの時代の江別の球趣を盛り上げた主役でした。
(参考)当ブログ9月24日(水)「千歳座」

註:江別市役所総務部「えべつ昭和史」215-216頁参照。
写真:「江別イーグルス」チームメンバー写真
   江別市役所総務部「えべつ昭和史」216頁掲載写真を複写掲載いたしております。

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四つの映画館

2008年09月26日 | 歴史・文化
 昭和32(1957)年、老朽化していた公園館は解体され、千歳座の西隣に「江別東映」が新築オープンしました。
 また、同年8月、樺沢福蔵らによって、四条四丁目西角に「江栄劇場」が開館しました。

 千歳座は、日活系が多く上映されました。石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎らのアクション活劇が人気を呼んでいました。
 江別東映は、時代劇が中心で、江栄劇場は、ルネ・クレマンの「恋人たち」やエリア・カザンの「エデンの東」など、話題の洋画いち早く上映されていました。

 これより先、江別興業株式会社では、野幌駅前に「交友館」を開設しました。常設館ではなかったのですが、野幌市街はもとより、野幌の煉瓦工場、それに周辺の農村の人々の数少ない慰めと楽しみの場となっていました。

『映画館の中で一人泣くのが良かったんです。でもね、ああ、映画観てないているんだなぁって、見る人はそう思いますからねぇ。変でないですからねぇ。そうやって、一人で安心して泣いたりしましたですよ』(「江別叢書「れんがと女」)。

 これは、野幌の煉瓦女工の述懐ですが、まさに映画は一日の労働の疲れを癒すだけではなく、生活の、人生の苦しみ悲しみをも癒してくれる同伴者だったのです。
 昭和30年代に入り、市民一人当たり毎月1回以上映画館に足を運ぶこととなります。昭和31年の市民一人当たり年間入場回数は、13.0回、32年は12.5回、33年は13.8回、まさに映画黄金時代だったといえます。

(参考)当ブログ9月25日(木)「富士見座」
    当ブログ9月24日(水)「千歳座」
 
註:江別市総務部「えべつ昭和史」213頁参照。   
写真:江別市総務部「えべつ昭和史」212頁掲載写真「街角に映画の看板が林立していた光景(S.28.12)」複写掲載いたしております。
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富士見座

2008年09月25日 | 歴史・文化
 富士見座は、大正7年、現在の本町通り、七条七丁目にオープンしました。

 大正7年の開道50周年記念博覧会の演芸館を、博覧会終了後札幌から江別に移したのです。
 富士見座命名の由来は、場所が当時の富士製紙株式会社に向かい合う、小手をかざして眺めるところに位置していたからです。

 少年時代を江別で過ごした木下廸介は次のように回想しています。
 『旅芝居や活動写真が毎夜行われ、昼間は宣伝のため”街回り”といってクラリネットや太鼓と、旗持ちと言われる幟を担いだ子どもの行列が、ビラ配りと一緒に町や社宅の中を練り歩くと、そのあとを子どもがぞろぞろと付いて歩く』(「江別の歴史」・第5号)。

 この光景は、千歳座も同様でした。 
 活動写真や旅芝居の上演が「おまつり」同様でした。
昭和の初期の、ゆったりとした時が流れた日々の、街角の光景です。

 この富士見座は、戦中王子航空機製作所の工員寮に転換されました。
終戦直後は、外壁のモルタルは剥がれ、かつての威容は見る影もありませんでした。その後26年、江別劇場の名で開館していましたが、昭和27年8月、300万円をかけて大改造しました。表はガラス張り、中は防音装置を完備し、名も公園館と改めました。
 公園館は、千歳座同様、江別興業株式会社の経営でした。
以降、しばらくの間、千歳座・公園館の2大映画館時代がつづきました。
 時代劇の新スター、中村錦之介、東千代之介、高千穂ひずるなどの「笛吹童子」や「紅孔雀」などが少年少女の夢を育む、そんな時代でした。

 映画には、新しい風が吹き寄せていましたが、まだ当時は「連鎖劇」という映画と芝居を組み合わせた一時代前のものが上映(演)されることもありました。
 例えば、「恩讐の彼方に」では、主人公が玄能と鑿(のみ)で念仏を唱えながらトンネルを掘り続けるという芝居でした。
書割りの岩壁の一部に本物の煉瓦がはめ込んであり、そこを鑿で穴をうがちます。やがて、念仏の高まりの頂点で貫通すると、そこから暗い舞台にサッと光が洩れ、主人公が衝哭します。いささかクサイ芝居ではありましたが、観客は泣きました。泣いた後は、実写の活動写真となります。これが、いわば立体映画だったようです。

(参考)当ブログ9月24日(水)「千歳座」

註:江別市総務部「えべつ昭和史」212-213頁参照。
写真:江別市青年会議所「写真集えべつ」19頁掲載写真複写掲載いたしております。
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千歳座

2008年09月24日 | 歴史・文化
 江別には、古くから千歳座と富士見座という二つの劇場がありました。

 千歳座(館)は、自宅兼用の小さな「寄せ場」の中から千歳座(館)という専用の劇場が誕生しました。
 明治30(1897)年頃始業したといわれる千歳座(五条五丁目)は、平成元(1989)年3月に90年の歴史に幕を閉じました。
 興行内容は、演劇が中心でしたが、その他浪速節、音曲、手踊、軽業などのほか、女力士などといったいわば「際物」的な見せ物も少なくなかったようです。
 
 活動写真(映画)が千歳座にかかるのは、大正初頭でした。
しかも、年に1、2回程度でした。これが映画産業の活況と共に上映回数も増えていきました。やがて、正月やお盆の楽しみは映画鑑賞となっていったのです。

「活動写真を観に行く。大入り満員で大混雑だ。入場券買うに弱った。ようやく入場したる時は嬉しかった」(『脇豊勝日記』)。

 街中に旗を立て、クラリネットを吹きながら客呼びの楽隊が行き来しました。クラリネットは風に乗り、夜なべ仕事に余念のない農民の耳にも届いていました。
 
 千歳座は、戦後の映画の全盛時代と共に、連日映画ファンで沸きに沸きました。
 2階の通路まで観客で溢れ、子どもは爪先立ちになって前の客の肩と肩の隙間から覗き見するしかありませんでした。
 エノケン、ロッパ、美空ひばり、原節子、市川右太衛門、阪東妻三郎など銀幕のスターの一挙一投足が疲れた心に滲みたのでした。

 町民一人当たり年間5回余り、小中学生は7回以上映画館に足を運んだことになります。今昔の感ひとしおですが、千歳座3代目館主樺沢吉栄氏によると、昭和25年9月上映の「人妻椿(松竹)」を江別祭りに上映したところ、朝から9回入れ替えで、一日4,400人が鑑賞したそうです。この数値は、後にも先にも最高の観客動員記録となったようです。

 当時は、小学生の団体の映画鑑賞もありました。
 先生が引率のもと校門から2列縦隊で千歳座を目指したのです。そこで、「若草物語」や「オズの魔法使い」など、西洋の夢物語に胸を踊らせていました。
 また、20年代後半には、夏の間、夜明けまでのオールナイト・シアターがあり、古い洋画などが上映されていました。
 料金は、4円99銭でした。この料金は、5円になると税金の関係がでてくるための半端料金といわれていました。

註:江別市総務部「えべつの昭和史」211-212頁参照。
  江別市「新江別市史」195-197頁参照。
写真:江別青年会議所「写真集えべつー風のまちの歴史」1982年,19頁「千歳座」撮影掲載いたしております。
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石版印刷

2008年09月23日 | 歴史・文化
 石版印刷は、1796年ドイツのゼネフェルダー(Alois Senefelder)によって発明された印刷方法です。
200年以上も前に発明されたこの石版印刷方式(リトグラフィ)は、その後金属版が使用され、現在の印刷方式の中心となっているオフセット印刷方式に発展していきました。

 ゼネフェルダーは、1771年に生まれ、ミュンヘンで初等中学の教育を受け、さらにインゴルスタット大学で法律を学びました。その傍らで、劇文学に興味を示し、戯曲小説などを作って楽しんでいたようです。
 自作の小説を印刷して販売しようと試みたゼネフェルダーは、より簡単にできる印刷方法がないかと考慮しました。
当時は、活版や彫刻凹版が利用されていましたが、絵や文字が混在していると相当困難な作業が要求され、精度という点では難しいものがありました。
 
 この方式の発明のきっかけは、偶然の必然で生まれました。
家族で洗濯屋を営んでいたゼネフェルダーは、ある時母親から洗濯物の控え書を書くように言われました。ゼネフェルダーは、それを紙に書かず、作業台の大理石の上に自分が研究中であった黒インクで書きました。数日後、控え書が不要になったから石上からこれを消そうとして、薄い硫酸中にアラビアゴムを混ぜた液を含んだ海綿でなでたところ、文字はそのまま残り、他の部分は腐食され、石上に一種の凸版の版面ができたのです。
この印刷方法は、楽譜の印刷などに利用されたようです。

 ゼネフェルダーは、改良のためのさまざまな実験を行い、石版石には特殊な性質があることを発見しました。
版面が多孔性で脂肪性のものとなじみ易く、インクで文字や絵柄を書いた後にアラビアゴムで表面を処理すると、インクの無い部分は親水性の状態になり、画線部と非画線部が安定した状態になることに辿り着きました。
(1)石版の上に脂肪性のインクで逆像の文字や絵を手書きします。
(2)石版上の酸性のアラビアゴム液を塗り、乾燥させた後、インクとアラビアゴムを洗い流します。
(3)石版上に水分を与え、その上に脂肪性インクを付けたローラーを転がすと、画線部だけにインクが付き、紙を圧着すると絵柄部分のインクが紙に転移します。

 手書きは、精度の点で不十分であり、後に写真を利用した製版に発展し、精緻な印刷物を作ることが可能となりました。
石版石の成分は、炭酸石灰(97.22%)、無水珪(1.9%)、アルミナ(0.28%)、酸化鉄(0.46%)などであり、ドイツのゾルンフォーヘンで産出されたものが良品とされていたようです。
(参考)
当ブログ7月16日(水)「川守田順吉氏ご講演大盛況!のご報告」
当ブログ5月26日(月)「北海道立図書館企画展ー写真技術の歴史と北海道開拓の記録ー開催中!」

註:鎌田弥寿冶著 「写真製版術」(1956年)・「写真製版技術小史」(共立出版1971年)参照。
写真:石版印刷機械
   北海道開拓記念館にて2007年許可を得て、撮影掲載いたしております。
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石狩川エコミュージアム開催!ご案内

2008年09月22日 | イベント
 このたび「石狩川エコミュージアム」開催のご案内をいたします。
 
 江別の川、街に関する活動が結集した「石狩川エコミュージアム」が下記のとおり開催されます!
 なお、申込期限が本日(9/22)となっています!ご注意ください。

1.イベント名  石狩川エコミュージアム
2.日   程  9月27日(土)(プログラム下記掲載参照)
3.場   所  江別市防災ステーション
         北海道江別市大川通6
         TEL.011-381-9177(当プログラム申込先ではございません)
4.プログラム

【弁天丸乗船】
 江別市防災ステーションを出発し、石狩大橋あたりにて折り返し防災ステーションに戻って参ります。乗船予定時間は約30分ほどです。
(1)10:00ー10:30
(2)11:00ー11:30
(3)13:00ー13:30
(4)14:00ー14:30

【中津湖周辺フットパス(散策路)】
 9時集合
 9:30-11:30 2時間程かけて歩きます。

【渡し船とまち歩き体験】
(1)10:10 防災ステーション(渡し船)発 ー 10:25アートスペース外輪船着
   その後1時間程度まち歩き
(2)13:15 防災ステーション(渡し船)発 ー 13:40アートスペース外輪船着
   その後1時間程度まち歩き

【水辺体験】
 早苗別川で水辺の生き物を採ると共に、蛍の話も聞くことが出来ます。
(1) 9:30     集合 蛍のお話し
   10:00ー11:20  水生生物調査
   11:35     着
(2)12:50     集合 蛍のお話し
   13:20ー14:40  水生生物調査
   14:55     着

5.申 込 先  江別市民活動センター・あい
        電話011-374-1460
6.申込期限  9月22日(月)

(参照)当ブログ8月 1日(金)「上川丸の就航」
    当ブログ6月24日(水)「石狩川沿岸」
    当ブログ6月 6日(金)「アイヌの遺構江別チャシ」
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本日!自分で造った丼で石狩鍋を味わおう!

2008年09月21日 | イベント
 このたび、「丼づくりと石狩鍋体験」をご案内いたします!

 本日(9/21)、江別市セラミックアートセンターにて、「丼と石狩鍋体験」が開催されます。
 ご自身で創作した丼で、石狩鍋を味わってみてはいかがですか?
 詳細は、下記のとおりです!

1.日 程  9月21日(日)10:00~12:00  器づくり
              11:30~13:30  石狩鍋体験
2.場 所  江別市セラミックアートセンター
       北海道江別市西野幌114番地5
       TEL.011-385-1004
3.参加費  1,500-(材料費含む)
4.定 員  30人(小学生以上・先着順)
5.申 込  上記江別市セラミックアートセンターへ電話にてお申込み下さい。

 なお、当センターでは、8月30日(土)~10月13日(月)の期間にて、「アウトサイダーアート/陶のかたちー見たことも無い造形の世界へー」が開催されています。
 アウトサイダーアートとは、正規の美術教育をうけていない人たちによって制作された作品を称しています。
 当イベントは、2階企画展示室にて、9:30~17:00(最終入場16:30です!)、高校生以上600円、小中学生は400円です。
 石狩鍋を堪能された後は、芸術鑑賞もいいですね!

江別市セラミックアートセンターについては、下記をご覧ください。
http://www.city.ebetsu.hokkaido.jp/ceramic/

写真:江別市セラミックアートセンター
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