江別創造舎

地域文化振興活動・江別カルタ制作

今井篁山の誕生

2016年10月31日 | 歴史・文化

 大正14年8月、篁山は、武蔵楼主今井常八の娘マサと結婚し、今井に入籍しました。

 常八は、群城と称し、ちょいと名の知れた民謡狂でした。
 常八のもとには、道内の天狗連が大勢集まり、千歳座などで大会を開いたりしていましたが、彼のお気に入りは篁山でした。

 今井篁山は、歌がうまいと言っては、
「梅原!梅原」、どこに行くのも「梅原!梅原」と猫可愛がりでした。
とうとう体ごと盗んでしまう。
すなわち、梅原篁山変じて、今井篁山の誕生です。

 昭和42年、篁山65歳。
 50年記念民謡発表会を開いた篁山は、その半世紀を振り返って、しみじみと述懐しました。
「江別に落ち着いてから一貫して民謡を唄い続けてこれた。江別は、第二の故郷です」と。

 その江別に腰を据えた篁山は、やがて大きな舞台が待っているのでした。


(参考)
当ブログ2016年10月27日(日)「笑顔を盗む」
当ブログ2016年10月17日(月)「出世前の篁山」
当ブログ2016年10月12日(水)「追分に殉ずる」



註 :江別市総務部「えべつ昭和史」834頁.
写真:六軒町武蔵楼前景
 同上書832頁掲載写真を複写し、江別創造舎ブログおよび江別創造舎FACEBOOKに掲載いたしております。

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