江別創造舎

地域文化振興活動・江別カルタ制作

江別市青年訓練所

2008年12月09日 | 歴史・文化
 大正15(1926)年4月、軍部の強い要請により、全国の全ての市町村に青年訓練所が設置されました。
 対象者は、徴兵検査前の勤労青年で、その目的は現役入隊前における軍事教育、新兵予備訓練でした。

 当時の軍の課題は、欧州大戦後の急速な兵器の近代化を受け、それに対応できる技術と知識をもった兵員の養成が急がれたことにあります。
その必要な技術や知識を入隊前に身につけてもらうことが目的で、青年訓練所が設置されました。
指導者は、各地域の在郷軍人の中から選ばれました。

 この年、江別には、七つの青年訓練所が開所しました。
それぞれの地区の小学校に併置されました。
昭和2(1927)年、幌向太小学校にも併置され、昭和5(1930)年には企業内青年訓練所として富士製紙株式会社江別工場内に開設されました。

「青年訓練ハ設置以来、鋭意主旨ノ普及徹底ヲ図リタル結果、漸次振興ノ域ニ達シ特ニ入所率並ニ出席率ノ向上著シク良好ニシテ 本年4月富士工場従業員ノミヲ以テ 私設富士青年訓練所ノ気運ニ到達セシメ 之レカ設置認可ヲ受クルニ至ル」(「江別町事務概況」昭和5年)。

 しかし、青年訓練所の入所状況は、全国的にも道内的にも芳しくありませんでした。特に、郡市の入所率は低かったようです。それが因か、昭和5年の道内全体の入所者の約60%、しかも平均出席率は60%弱と、甚だ振いませんでした。
江別の状況も同様でした。昭和5年2月町会の「町政施行方針」で鈴木善治町長は、「特ニ市街地ニ置キマシテ 尤も(もっとも)不成績デアリマス 或ハ管理者ノ督励其ノ宜シキヲ得」るならば、あるいは改善が期待されるかもしれない云々と、商店主などへの協力要請を示唆していました。

註:江別市「新江別市史」424-425頁.
写真:写真7-10「学校における軍事訓練が徹底される 於 野幌小学校」
   同上書425頁掲載写真を撮影掲載いたしております。
ジャンル:
文化
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 江別市の学校と国民学校制度2 | トップ | 煉瓦と石狩焼き »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史・文化」カテゴリの最新記事