江別創造舎

地域文化振興活動・江別カルタ制作

氷河期の野幌丘陵

2017年03月21日 | 歴史・文化

 地質時代の最後の時代を第四紀と呼んでいました。

 第四紀は、今からおよそ180万年前以降の時代で、人類の進化の時代であったとともに氷河の時代でもありました。

 第四紀の間には、約85万年前のギュンツ氷期から4回の大きな氷期があったことが、ヨーロッパアルプスの氷河の痕跡かわかっています。

 氷河といいましても地球全体がすっぽり雪と氷に閉ざされていたわけではありません。
最大の表記でもユーラシア大陸では北緯50度あたりまで氷河が張り出していたにすぎないと考えられています。
日本列島では日本アルプスや日高山脈の高所に氷河の痕跡がみられるだけです。
カールやモレーンと呼ばれる氷河に削りとられた特徴的な地形とその堆積物です。

 およそ7万年ほど前から始まった最終氷期(ウルム氷期)は寒冷期と比較的温暖な時期を4、5回繰り返し、2万年ほど前には最後の寒冷期に入りました。
この頃の北海道は、年平均気温が現在より8度Cほど低く、年間降水量も500ミリほど少ない荒涼とした台地でもありました。

 これは、現在のサハリン北部より厳しい気候であり、当時の野幌丘陵周辺はグイマツの疎林が広がるタイガ地帯であったと推定されます。
氷河は地球上の水を凍らせ陸に閉じ込めるため、海の水が減少し会水面が低下していたと言われています。
この海水面の低下により宗谷海峡と間宮海峡は陸地化し、北海道は大陸と地続きとなりました。また、現在約20キロメートルある津軽海峡は約10キロメートルほどに狭まり、石狩湾は現在の沖合10数キロメートルまで陸地化したのです。
陸橋を渡って大陸から日本列島に渡ってきた大型動物の化石が北海道各地から見つかっています。
当然、それらの動物を追ってヒトも移動してきたと考えられています。

 やがて、この極寒の気候も徐々に温暖の方向に進み、一万年前にほぼ現在の気候になったと考えられています。



註 :江別市総務部「新江別市史」17頁.

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