江別創造舎

地域文化振興活動・江別カルタ制作

古田島氏道議選敗退から養鶏業へ

2017年03月13日 | 歴史・文化

 江別市長の座を後進に譲り、道議選に敗退した古田島は、夫人とともに養鶏業を営む、もとの一農民に戻りました。

 自宅裏の鶏舎で多羽数飼養に乗り出し、34年600羽、その後、成鶏1,200羽、幼鶏を入れると常時2,000羽の飼養と、苺やアスパラガスの栽培などに、日々の楽しみを重ねていました。

 この間、42年から市内の石狩中央信用金庫理事長の任に請われてつきました。
しかし、47年1月退任、今度こそ本当のただの農民となりました。
時たま文化財保護委員(委員長)として市庁舎を訪れる古田島の足許は、戦後の一時期の開拓農民に似て、泥のこびりついたゴム長でした。
あのダンディな往時の姿はかなぐり捨てられていましたが、やはり毛並みの良さなのだろう、どこか枯れた色気がありました。

 昭和49年11月、勲五等双光旭日章を受けました。
そして、54年6月、町村敬貴に次いで2人目の江別市名誉市民の称号を受けました。

 この時、古田島薫平は、既に77歳の老境にありました。


註 :江別市総務部「えべつ昭和史」854-855頁.
写真:首長3期目の古田島市長
 同上書853頁掲載写真を複写し、江別創造舎ブログおよび江別創造舎Facebookに掲載いたしております。


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