江別創造舎

地域文化振興活動・江別カルタ制作

明治期初期内陸部踏査

2010年08月26日 | 歴史・文化
 開拓使は、開拓事業推進に先立って吏員を派遣して内陸踏査を進め、明治4年には十勝地方主任酒井忠郁が歴舟川から十勝川の上流、さらに夕張川川上を探査しました。

 明治5年、まず開拓使属吏絵図掛一瀬朝春が2月から踏査に取り掛かり、日高国新冠・染退・浦河筋を跋渉、さらに沙流川を遡り空知川川上に出、十勝川の上流に足を伸ばし、12町ごとに標木を打って、山川の道路・樹林などを取調べました。
 調査の紀要として、「北海道標木稿」が書かれ、またそれを図示した「日高、十勝、石狩三州標木跋渉図」が残っています。

(参考)
当ブログ2010年 8月12日(水)「武四郎北海道国郡図の限界」
当ブログ2010年 8月11日(火)「国郡選定と地図作製の影響」
当ブログ2010年 8月 9日(月)「国郡選定と北海道国郡図」
当ブログ2010年 8月 4日(水)「煉瓦事始」
当ブログ2010年 7月29日(木)「屯田兵本部宅地造成着手」
当ブログ2010年 7月27日(火)「鉄道郵便制度」
当ブログ2010年 7月25日(日)「幌内鉄道」
当ブログ2010年 7月15日(木)「江別駅開業」
当ブログ2010年 7月14日(水)「大河のほとり」
当ブログ2010年 7月12日(月)「江別村」
当ブログ2010年 7月 3日(土)「野幌報徳社発足」
当ブログ2010年 6月30日(水)「二大煉瓦工場進出」
当ブログ2010年 6月28日(日)「村の運営」
当ブログ2010年 6月21日(月)「関矢孫左衛門の力業」
当ブログ2010年 6月20日(日)「集団移民の最初の冬」
当ブログ2010年 6月17日(木)「障害を乗り越えた集団移民の実現」
当ブログ2010年 6月14日(月)「独立移民入植」
当ブログ2010年 6月12日(土)「北越殖民社が越後と交わした互換約定書」
当ブログ2010年 6月11日(金)「殖民社の創立」
当ブログ2010年 6月10日(木)「野幌兵村と日露戦争」
当ブログ2010年 6月 8日(火)「西洋屯田江別兵村」
当ブログ2010年 6月 7日(月)「屯田兵二足の草鞋」
当ブログ2010年 6月 3日(木)「ラッパの響き」
当ブログ2010年 6月 2日(水)「江別村の設置」
当ブログ2010年 5月31日(月)「制度の変遷」
当ブログ2010年 5月30日(日)「屯田兵移住のみちのり」
当ブログ2010年 5月29日(土)「屯田兵設置の目的」
当ブログ2010年 5月26日(水)「屯田兵の設置」
当ブログ2010年 5月24日(月)「集団帰還の前後」
当ブログ2010年 5月23日(日)「組合事業」
当ブログ2010年 5月20日(木)「共救組合設立」
当ブログ2010年 5月19日(水)「廃使置県・保護の打ち切り」
当ブログ2010年 5月15日(土)「海運の統一」
当ブログ2010年 5月13日(木)「石狩厚田の漁場」
当ブログ2010年 5月11日(火)「移民の保護と自立」
当ブログ2010年 5月10日(月)「小樽から対雁へ」
当ブログ2010年 5月 8日(土)「宗谷越冬と先遺隊」
当ブログ2010年 5月 7日(金)「日露樺太千島交換条約」
当ブログ2010年 4月30日(金)「対雁の市街地的発展から農村村形成」
当ブログ2010年 4月28日(水)「豊平川の流れ」
当ブログ2010年 4月27日(火)「幌内鉄道と村の衰退」
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当ブログ2010年 4月19日(月)「小樽港の発展」
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当ブログ2010年 4月16日(金)「対雁駅逓所開設」
当ブログ2010年 4月15日(木)「対雁街道開設」
当ブログ2010年 4月14日(水)「ライマンが見た対雁」
当ブログ2010年 4月13日(火)「移民の挫折」
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当ブログ2008年 6月12日(木)「村名選定ー江別村」
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当ブログ2008年 6月10日(火)「地名解」
当ブログ2008年 6月 9日(月)「場所請負制の成立」
当ブログ2008年 6月 7日(土)「元禄御国絵図」
当ブログ2008年 6月 4日(水)「屯田兵制度の設置」

註:北海道「新北海道史」440頁.

写真:北海道国郡図(北海道大学蔵)
 同上書437頁掲載図を複写・掲載いたしております。
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キーワード
北海道大学 場所請負制 北海道鉄道 北海道炭礦鉄道 樺太千島交換条約
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