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Aufhebenと絶対矛盾の自己同一

まもなく3月11日。東日本大震災からまる6年が経つ。
最近になっても全く収束したとは言えず「フクイチ」ではロボットでさえ数分でぶっ壊れる毎時650シーベルト。予想通り全然アンダーコントロールなんかされていない。廃炉に決まった「もんじゅ」もその方法すら これから研究するそうだ。それが日本の原発のありさまだ。放射性廃棄物も既に満杯の六ヶ所村へ一時保管し最終処分場さえ決まっていない。それを何万年も管理するなんて人間には不可能だ。完全に破綻してる。
これから芸術祭で制作を始める能登半島尖端の珠洲市はかつて原発の誘致、反対運動があり28年間にも及び争いのあった土地。
いくつかのドキュメント番組を見たが やはり悲惨だ。小さな集落で敵味方に分かれ言い争う。結果的に2003年12月 計画は撤回され凍結されるのだが住民からは悲壮感と無力感だけが感じられた。どちら側の人間にも疲れきった表情だったのが悲しい… 勝とうが負けようが主義主張が違ってもすぐ近くに暮らし生活している。顔を会わさないで生きて行くわけにはいかない。
この先ーを考えると両方の人達が仲良くなれる方法を考えたい。
アウフヘーベンという哲学の考え方があって矛盾を乗り越え、否定の先に新たな理論が生まれる。基本的な弁証法の考え方だ。
ヘーゲルは正、反、合という段階をおって新たな価値を創造してゆく。西田幾多郎ならば絶対矛盾の自己同一といったところだろうか…。僕自身もちろん原発には完全に反対だが推進派だった人にもこれから沢山出会うだろう。言い争うのではなくその先にどんな未来を想像してゆくのか?が大切になってくる。持続可能な自然と生活、そんなことを考えられる場になる作品にしたいと思っている
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